そのに
――2――
人工の浮島で行われる、最新技術の粋が集められた特専最大の行事。
“遠征競技戦”。そう呼ばれる大会では、なにも生徒たちのみが競技に参加する訳ではない。教員及び英雄の参加が義務づけられた“エキシビションマッチ”があるのだ。
昨今の悪魔や天使の跳梁は、及び腰の国連を除いても、管理協会や特専理事連盟などで問題視されている。そこで、毎年、代表の教員のみの参加であったエキシビションマッチを全教員――非戦闘員除く――に適用し、全員参加が義務づけられることになった。ようは、教員全体の実力向上が狙い、ということだ。
「そこで、君と一度話をしておきたいと思ったんだよ」
そう、私に切り出したのは、関東特専の理事長――浅井狼さんだ。
私の鬼籍に入った父の古い友人だという浅井さんは、なにかと私的な相談にも乗って貰った過去がある。とくに一番荒れていた、“黒百合の魔女”時代……いや、この話は止めておこう。
と、そんな訳で、私は浅井さんに呼びかけられて理事長室にいた、という流れであった。
「話、ですか?」
「ああ、そうだよ」
オールバックに撫でつけられた黒髪と、青とも銀とも言い難い涼やかな眼差しを覆う、左目のモノクル。ストライプのスーツにベストの出で立ちが、よく似合っている。
口元に柔らかい笑みを携えながら、浅井さんは私にそう切り出した。
「特異魔導士の出現、英雄の集結、悪魔の復活、天使の跳梁、種と天使薬と神獣化。めまぐるしい情勢の変化は、必ずや、特専に波乱を巻き込むことだろう。そこで――未知、君には力の制限を取り払って欲しい」
「っ」
言われた言葉に、息を呑む。
力の制限。それは、誰に言われたわけでもなく自分で心がけていたモノだ。余計な混乱を生むかもしれないということが一つ。魔法少女の真実にたどり着かせてしまうかも知れないという事実が一つ。
あくまで速攻術式や“アレ”を公表せずにいるのはそれが原因だ。けれど、それを取り払って欲しいと浅井さんが言うのは、どういった事情だというのだろうか。
「昔は、魔導術が出てきたばかりの頃は、君の技術は確かに不可解なモノであっただろう。けれど瀬戸君の速攻詠唱や、公のモノでは無いが碓氷君の術式刻印など、魔導術も進化の時代になってきた。その上で、今回の遠征競技戦で“お披露目”となるであろう、笠宮鈴理の“特異魔導士”」
そう、か。
鈴理さんには異能を制限させない方向で、国連から“通達”があった。それは彼女の周囲が沸き立つことであるのと同意義だ。
そこで私が“机上の空論”でしかなかった速攻術式を初めとした技術の数々を披露することで、注目の分散を図るということか。それなら、むしろ望むところだ。鈴理さんを、大事な生徒で弟子でもある彼女を守れるのが私であるのなら、それはむしろ喜ばしいとすら言える。
でも、何故わざわざ直接話したのだろう? そう言ってくだされば、私は必ず頷く。そんなことは浅井さんだってわかっていることだろう。説得が必要、とは見ていないはずだ。
「……だから、未知。ずいぶんと長い間、君には肩身の狭い思いをさせてしまったね。コネ入社、縁故採用、そう言われていたのを知っていながら払拭しきれなかったのは、ひとえにこの私の実力不足だ。すまなかったね」
「っ頭を上げてください! 私は、自らに課したことです。その責任は全て私にあります……」
そうか、だから二人で。
これで人目に付くところでこんな行為をすれば、また、私に良くない噂が立つと思ったのだろう。
――そうやって、私のためを思ってくれたことが、なによりも嬉しい。
「そうか、いや、ならばこれ以上の謝罪は君の負担となってしまうね。……なら改めて、君には一つ、お願いしたいことがある」
「最善を尽くします」
「簡単ではないだろうけれど、ごくシンプルなことだよ。――此度のエキシビション、君には魔導術師としての力を示して欲しい」
「それは……魔導術師を守るため、ですか?」
教員のトーナメントは異能者魔導術師混合で組まれる。日程前に各特専で行われる“予選”では魔導術師と異能者に別れて三人ずつ六名の教員を選出。その後、遠征競技戦で行われる本選では混合にされ、機械で振り分けられることになる。
生徒たちは全員観戦し、教員の戦いを目にして勉強をする、という形を取る。そのために、確実に紛れ込んで居るであろう間諜に“抑止力”たり得る情報も見せることという事情も込みなのだ。
この戦いで魔導術師が異能者に勝てる存在であると言うことを示せば、それは魔導術師を獲物にしようと考える全ての犯罪者への、“抑止力”となることであろう。
ならやはり、私に否はない。昔なら私の力の使い方は、疑問視されて、下手をうてば魔法少女へたどり着かれなかったことだろうけれど、実力者が生まれて特異魔導士が出現した今なら、魔法少女の真実が発覚されることも考えづらい。浅井さんは私にそう伝えてくれたのだと、直ぐに理解することが出来た。
「受けてくれるかい?」
「最善を尽くしますと、そういった言葉に嘘はありません。――ずっと、守ってくれていてありがとう、浅井おじさん」
「いや、それが君の父君との約束だったからね。――ありがとう、は、私の台詞だよ。いつも誰よりもひとのために動いてきた君を、私は父代わりとして誇りに思う。君は私の誇りだよ、未知ちゃん」
そう言って、頭を撫でてくれる浅井さん。
その手が気恥ずかしくはあるけれど、嬉しくも、あった。
「さ、もう戻った方が良いだろうね」
「はい、お話、ありがとうございました。それでは」
立ち上がり、頭を下げて部屋を出ようとする。
そしてその扉が閉まろうとする、直前。
「そうそう、今回のトータル・エキシビション、私も出場するから、よろしくね」
「へぁっ?!」
思わず、変な声を上げてしまう。
けれど閉まってしまった扉をもう一度空けることも、こう、周囲の目という点でも難しい。ええ、そんな爆弾発言……。
「エディション・マッチ……か」
遠征競技戦の“目玉”イベントが三つ。
教員同士による“セブン・クロス・マッチ”。
英雄が相手取る“ヒーロー・エディション”。
そして、総合優勝校が代表を選抜して、教員及び英雄の中から好きな相手を指定し、観客の前で戦うことができる“トータル・エキシビション”。
理事長が参加するというイベント。
普通ならみんな、英雄を選ぶであろうこのイベントに、理事長を含めると言うことは――やはり、何かしらの追加ルールがあるのだろう。そう考えると頭が痛い。
「余計な波乱がないと良いのだけれど」
そう、思わず、口に出してしまう。
なんだか儚い願いのように思えなくも無かったが、祈らずには、いられなかった。
――/――
真っ暗な部屋だった。
部屋の広さはそこそこあるが、それ以上に、ひしめく人間たちの数が多すぎる。すし詰めのような密閉空間の中、けれど全員、みじろぎ一つする事は無い。
そんな中、中心に立つ白頭巾が声を放つ。
「――この時を待っていた」
静まりかえった室内。
しんしんと降り積もる声。
「かの遠征競技戦で、我らは真なる力を示す必要がある。さすれば風は我らに向き、忌々しい“アレ”らを排除することが出来ることだろう」
その言葉に、静謐さが小さく割れた。
ざわりざわりと、凪いだ水面が東風にざわめくように。
「今まで我らは強いられてきた。なにをだ!」
『影に徹して潜むことを!』
「今まで我らは耐えてきた。なににだ!」
『あの御方に近づくことを!』
「今まで我らは許してきた。それはなんだ!」
『権利の独占を!』
「では、今、機会が与えられたのなら、我らはどうする!」
『戦い! 戦い! 戦い!』
それは熱気だ。
暗い部屋をそれだけで照らすような“狂信”が、空間を揺らすほどに溢れる。
それは怒気だ。
強いられてきた圧政に揺らぐ民のような“献身”が、空間を割るように満ちる。
それはあるいは、愛でもある。
彼らは今日まで耐えてきた。今日まで忍んで、涙を呑んできた。その発露である。
「叫べ、叫べ、叫べ、おまえたちの叫びが力となって我らを導かん!」
『オォオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!!』
教祖に従う信者のように。
神々に倣う賢者のように。
同士に寄り添う戦士のように。
「此度の遠征競技戦にて、我らは全ての競技を制覇する!」
『オオオオッ!!』
「その果てにあるものこそが、我らの渇望する望みである!」
『オオオオッ!!』
「であるならば、我が誇り高き同胞たちよ、理解できるな!!」
『オオオオッ!!』
揺れる。
揺れる。
揺れる。
心を、割らんばかりに。
「名をあげろ! 我らの悲願を達成せんがために!」
『オオオオオオッ!!』
「名を叫べ! 我らが宿願を成就されるために!!」
『オオオオオオッ!!』
「我らの名を叫べ! 信ずるモノを同じとする同胞よ!!」
『オオオオオオッ!!』
彼らは、一糸の乱れなく。
彼らは、一心に疑いなく。
彼らは、一意に集うよう。
「我ら――“未知先生を敬愛し信奉する友の会”は、ここに、忌々しき魔法少女団をひねり潰し、裏切り者の名誉会長を追放し、我らの顧問に未知先生を据えることをここに誓おうぞ!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!!!!』
その熱狂が、通ずる道に――女神の微笑みがあると信じて。
「帰りたい……」
「手塚、そんなことで良いと思ってるのか? まったく」
「なんでおまえは順応してるんだよ、村瀬」
「金山ほどじゃないさ。あいつも教祖が板に付いたもんだ」
「片山だろ? ……はぁ、どうしてこうなった」




