えぴろーぐ
――エピローグ――
事の顛末を話そう。
私たちが暴走車で特専に到着した時には既に、瀕死の重傷を負っていたジャック。それが弟子の功績だと思うと、私も師匠として嬉しく思う。
私は、というとその場についてきた都さんに怪しまれないために、飛行術式で上空待機。ふと、復活したジャックが能力変わらずの場合は魔導術では勝てるか不明であることに思い至り、泣く泣く変身して一息で討伐した――というのが、私視点の特専襲撃事件の顛末。
問題は、その事後処理だ。実際に襲撃にあったことを報告。だが、国連は、英雄たちの暴走行為を咎めた。けれど、ギリギリまで公表を待った時子姉が、金沢無伝室長のサインの入った“緊急車両届け”を公開。すれ違いがあったとして国連は綺麗な掌返しを披露してくれたので、しばらくは彼の動きを封じられるのでは、という場所に落ち着いた。
解決した、とはいえ簡単に終わった訳ではない。
何故か国連は“時期尚早”として、天使の公表をせず、超人否定主義団体“カロフ”が暴走した為だ、と発表した。カロフって? と時子姉に聞くと、知らないとのこと。
おそらく、適当な――それも、魔導術のイメージダウンを計るような超人“否定”主義団体が罪を着せられたのであろうということだった。
「事件は何も解決していない……そういうことね」
「ああ、そうだな。だが未知、あまり気に病むなよ? こういうのは、地道な作業が一番だ」
「拓斗さん……ええ、ありがとう」
そう言ってグラスを差し出してくれる拓斗さんに、苦笑と共に礼を言う。
――回転寿司型個室居酒屋“りつ”。久々に関東に集まったのであれば、行かない理由はない。そんな意見を元に、車と共に消えた都さんを除いて、私たちは“りつ”で杯を交わしていた。
「未知、大丈夫よ。私たちはいつだって、力を貸すわ。それに昔とは違う――悪魔とだって、手を取り合うことが出来るのだもの」
時子姉の言葉に、深く頷く。
そうだ。今も私の隣、拓斗さんの反対側で私に寄り添う少女。リリーは、“当然のこと”と言わんばかりにウィンクをしてくれた。
あの、強大な敵だった七魔王も、二柱は私たちと共に在ってくれる。魔龍王、ファリーメアだって今日もどこかで子供たちを守る愛と正義の使者として、活躍をしてくれているはずだ。
「ま、天使だって未知の手に掛かればイチコロだろ。フラグ的にも」
獅堂はそう、無駄に整った顔で唇を尖らせて、子供っぽく言い放つ。
ワイルド系なのにイケメンが過ぎると、これはこれで絵になるのが腹立つが。
「天使側だったレイル、天使のフィリップ、その家族まで一網打尽。なぁ、未知」
正面に座っていた獅堂は、そう言いながら私に手を伸ばす。
それから髪の一房を手にとって、愛おしげに口づけ……って、うぇぇっ?!
「ちょっ、獅堂?!」
「――逃げたくなったら、それでも良いんだ。おまえが護りたいものは、俺が守ってやる。だから俺の腕の中で、守られてくれないか?」
頬に、手が触れる。
その無骨な指が、私の唇をなぞって。
「はい、無料版はそこまで」
「あだっ」
私の隣のリリーに、無情にもたたき落とされた。
「これから先は有料版の購入を検討してくださらないこと?」
「はっ、いくらだ? 悪いが俺は、金はあるぜ」
「入金後に検討するから、未知の口座に全財産貢ぎなさいな」
「……それ、ずいぶんとずさんな詐欺だなオイ」
――た、助かった。
獅堂はこういう不意打ちが多いから、ついついドギマギさせられる。良いようにからかわれているとも言えるのかな。うぅ、頬、赤くなってないよね?
「未知、獅堂の馬鹿は野獣なんだから、油断をしてはいけないよ」
『などと申すが弟殿よ、貴殿はむっつりであろう?』
「そうそうむっつり……って、違うからね?!」
七はそう、濡れた瞳でどこか艶っぽく言って。
次の瞬間には、ポチのコントに巻き込まれて漫才になった。なんだかこの二人、結構相性が良かったりするのだろうか?
今度何かある時は、二人で組ませてみよう。……なんて、七がヘンな目で私を見るから、ドキドキさせられたとかではないよ? なんだかみんな、今日は変。
「未知、ペースが早くは無いか?」
「大丈夫だよ、拓斗さん。子供じゃないんだから」
「良いから。水、挟んでおけ。仙じいさん、水とってくれ」
「ほっほっほっ、お安いご用じゃ」
「もう、心配しすぎよ。いつまでも妹分じゃないんだからね?」
確かに、ちょっとぽかぽかするけれど。
そう唇を尖らせて、子供みたいに反論する。そうしたら拓斗さんは、いつもみたいに私の頭を撫で――あれ、何故顎を持ち上げるの?
「――当たり前だろ。おまえが惚れた女だから、心配しているんだよ」
そうやって、瞼に口づけを落とされて。
「可愛い顔はおれにだけ見せること。約束できるな? おれの未知」
「ふぇっ」
肩を抱き寄せられ、吐息が掛かるほどの距離で、耳たぶに声を落とされた。
「返事が聞こえないぞ。どうした?」
どうした、だなんてそんな。
どうしよう、とかだって、そんな。
「へ、へんじ、返事? えっ、ええっ」
「た、拓斗! 君はそうやって抜け駆けして!」
「七。弟分から脱却できたのか? おれは兄貴分としておまえが心配だよ」
「余計なお世話だからね?!」
触れられた肩が熱い。
瞼に手を当てると、脈打っているようにさえ錯覚する。
拓斗さんの吐息は、まるで私を本当の少女のようにしてしまうようであった。
「ちょっと未知、顔が赤いわよ? 大丈夫?」
「り、りりー……。あ、あはは、いやね、ぜんぜん大丈夫よ?」
「そう? 良いわ。信用してあげない」
「うぇっ」
信用してくれないの?!
そんな私の様子も何のその。リリーは私の裾を引いて引き倒すと、彼女の膝枕で横にならされた。
「時子、霊気治癒。人間は酒精でも毒になるのでしょう? それだけ浄化なさいな」
「ええ、そうね。ほら未知、お腹に手を当てるよ」
「リリー、時子姉……恥ずかしい、よ」
私の訴えかけもまるっと無視して、あれよあれよという間に眼鏡を外され、ブラのホックを外され、シャツのボタンも外されて楽な格好にされてしまう。
ってちょっと待って。拓斗さんたちが居るのにこの格好は本当に恥ずかしいんだけど?!
「安心して寝なさいな。大丈夫、私の未知をいやらしい目で見ていた輩がいたら、あとできっちり報告してあげるから」
そうリリーが言うと、肌で感じてた視線が一斉に外れた。
同時に、時子姉の呆れたようなため息が響く。
「仙衛門、あなたまで見ないでしょうね?」
「孫娘が心配なだけじゃ。なに、儂も監視に回ろうぞ」
「未知、聞いた? 仙衛門もあなたを守ってくれるって」
そうなの、時子姉。
うん、なら安心かな。
なんだかとても、眠いから。
少し、休ませて貰おうかな……。
――/――
小さく聞こえ始めた寝息に、ふぅっと息を吐く。
惚れた女だと未知には言ったが、可愛い妹分“でもある”。心配は尽きないし、甘えさせてやりたいし、守りたい。
「……で、拓斗。わざわざ“寝かせた”ってことは、未知に聞かれたくない話があるのか?」
そう、何気に鋭い洞察力を見せることがある獅堂が、おれに問う。
乗ってくれた時子とリリーには感謝しかない。もっとも、時子に至ってはおれと目的は同じかも知れないが……腹に一物抱える立場だ。それもまた道理だろう。
「――中部特専に襲撃があった」
「はぁ?!」
「獅堂、未知が起きる。拓斗、それで?」
声を上げた獅堂を、七が諫める。
未知が関わらなければ、一番冷静なのは七だ。まぁ、未知以外にさほど興味が無いのだろうが、それでも、おれたちには“仲間”という意識を抱いてはくれている。
だからこそ、こういう時に場を納めてくれると言うことには安心できる。
「中部特専生徒会――通称“ナゴヤレンジャー5”が撃退したようだが、少なくないけが人が出た。無用な混乱を避けるために情報は公開されていないが、各地でも似たような事件が起こっている。いずれも、被害に遭っているのは魔導術師だ」
未知に“ぞっこん”だというロードレイス姉弟が中々帰ってこられない理由もそれだろう。海外でも、似たような事件が起きている。はっきりと天使が犯人だとわかるような証拠は残さず、あくまで実行犯は超人至上主義団体だ。
海外では今、超人至上主義の連中が大々的に魔導術師の権利を縮小させるためのデモを行っていたりと、忙しない。
「時子、関西はどうなんだ?」
「結界と医療の名門、“紫理”を守護に回しているわ。仙衛門、九州は?」
おれが問うと、時子は淀みなくそう応える。
まぁ退魔七大家の名門が肩を組んで守っているような土地だ。天兵といえど、早々に侵略はできないか。
「以前、伝えたろう? 魔導術師を攫って異能者にしようとしている、と」
「チッ、それが学生だったつぅことか? 仙衛門」
「うむ、獅堂。それで間違いないぞい」
無辜の子供も、魔導術師というだけで襲撃の対象となっている。
――異能者以外の存在に、“魔導”という才能を与えたのは未知だ。知れば、気に負うことだろう。
「未知の日常を狂わす煩わしいものは、事前に全て打ち砕く。この子の心が平穏でいられるように、な」
眠る未知の頭を撫でながら、そう、告げる。
周囲から返ってくるのは、当然のような肯定だ。おれたちは誰一人欠けること無く、未知を愛しているから。その愛の形は様々かも知れないが、向ける心は同じだ。
「あ……そうそう」
「どうした? リリー」
そういえば、と思い出したように口を開くリリー。
魔王の娘ということだが、未知がこれだけ信頼している相手だ。その言葉は、聞く価値があるに違いない。
「もしあなたたちの不甲斐なさで未知が傷つくようであったら、魔界に連れて帰るからそのつもりでね」
なんて、言い放つモノだから。
「ぶふっ」
「うわっ、獅堂、汚い!」
ビールを噴いた獅堂がのたうち回る中、おれは背筋に冷たいものを感じた。
こいつ、間違いなく“本気”だ。本気も本気、実際に“そう”なったら、どんな手を使っても実行することだろう。
「覚悟、しておくさ」
「連れて行かれる覚悟かしら?」
「決まっているだろう? ――傷つけない覚悟だよ」
そう、未知に誓うように告げる。
するとリリーは小さく口角を上げると、それきり興味を無くして未知の頭を撫でる作業に戻った。ずいぶんと幸せそうだな?
「気は抜けない、な」
口に含むアルコールは、熱く冷たい。
その熱を誤魔化すように大きく呷ると、決意と共に息を吐く。
例え誰であっても、未知の心は傷つけさせない。そう誓うように吐いた息は、どんなものよりも重く思えた――。
――To Be Continued――




