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そのじゅうはち

――18――




 ジャック・ヴァン・レストリックにとって、今世は大まかに三度目の生だ。

 一度目は人間として、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれて快楽に溺れた生。悪魔の種を呑み込んで、人間としては死に絶えた。

 二度目は染蝕者として、悪魔として他者を嬲り殺してきた生。魔塵王と呼ばれ、たくさんの生を踏みにじり、英雄によって息絶えた。

 三度目は天使として、聖鎧兵装“ゴスペル”としての今世。正義のためと言われ、違うと知りながらも大義名分を振りかざし、天使の犬として主に偽りの忠誠を誓っていた。


(『嘘だ、嘘だ、嘘だ。僕は新生したんだ。正義のために人を殺しても良いのだと、赦されたんだ!』)


 痛む身体を押さえながら、歯を打ち鳴らし、走る。

 黒い車に追突され、引き摺られ、辛うじて逃げ出した。だが夜霧に溶けて逃げようにも、霧は既にジャックの力から引き離されて“奪い取られて”いた。

 そんなことができる水遣いなど、ジャックは一人しかしらない。そう、二度目の生を終わらせた、忌々しい英雄しか知らない。


『逃げないと、体勢を立て直して、また情報を集め直して、今度こそ殺し尽くさないと――ぁ』


 その逃亡に、終わりなき絶望に、一筋の光明が灯る。

 視界の先。街灯の下に佇む少女の姿。ジャックはその光景に、切り裂いてきた犠牲者の姿を重ねる。皮肉にもこの関東特専で、一人寂しげに歩いていた少女に襲いかかった記憶が、ジャックを刺激した。

 他人の魂を喰らって、力を取り戻す。そのなんともちょうど良い機会が訪れたことにジャックは口を歪めて悦んだ。


『ひひ。こんなところで一人なんて、不用心だなぁ』


 ナイフを手に生み出して、刀身に舌を這わせる。

 ゆっくりと後ろから近づけば、少女はジャックに気がついたように、ゆっくりと振り向こうとしていた。

 恐怖に歪む顔が見たい。けれどそれ以上に、血肉が欲しい。だからジャックは躊躇わない。ただ確実に、少女の柔肌を楽しむことも勘定に入れて、歪んだ笑顔でナイフを振り上げる。


「は、半年前の私は、抗うことも知らずに刃を受け入れた」

『は?』


 呟くように零した声。

 振り向いた少女の“海色の瞳”が、憤怒に揺れているようだった。


「い、今の私は、と、友達、を――私の鈴理と夢を傷つけた豚を調理する一振りの刃だ」


 少女の腕が持ち上げられる。

 ジャックは唐突に感じた“嫌な予感”に従うように、身を捩った。それが手遅れであるなどと、強化された身体に慢心を秘めた彼は気がつかず。




「一刀両断。断ち切れ、【ゼノ】」




 揺れる腕。

 突如現れる剣。


『な、その、剣、その名前はまさか?! ひっ――』


 立てられた刃は、抜ききるまで止まらない。


『――ギァアアアアアアアアアアァッ!?!?!!』


 ジャックの右腕がナイフごと落ちると、黒い粒子に変わって掻き消える。

 その――独立した魂として蘇ったジャックは、絶望に揺れる未来を見据えて後ずさっている自分にきがつかない。


『魔鎧、王? なぜだ、何故だ、何故』


 踏みにじってきたジャックに、踏みにじられる側の気持ちなど、わかるはずもなかった。


「おいおい、ゼノの登場だけで満足だなんて、寂しいことは言わねーよな?」


 だからジャックは。


「足らないところもあるが、豪勢なコースの数々だ。時間はねーからさっさと選べよ」


 顔の整った男の声に、ただ呆然と反応することしか出来ない。

 抵抗も足掻くこともなにもかも、楽しむ側でしか無かったジャックは抗えない。




「俺にしておくか? それでもいいぜ」


 顔の整った男が言った。

 手を振ると、真紅の炎が波打つ。




「なんじゃ、儂を所望かのう」


 筋骨隆々の老人が言った。

 稲妻を纏う拳が、空を切る度に風が焼き切れる音がする。




「また僕かい? 構わないけれど、懲りないね」


 優しげな顔立ちの青年が、残酷にそう見下す。

 彼の手に纏わり付く水に慈悲はない。あるのは冷酷なまでの冷たさだけだ。




「私を見たのかな? 東西南北、選んで良いよ?」


 白い髪の少女が、微笑みながら言った。

 左手に持つ四枚の札。白青朱黒の鮮やかなそれからは、微笑みに似合わぬ暴威を覚える。




「おれだろ? 遠慮しなくて良いんだぜ。相棒も一緒に相手をしてやるよ」


 黒髪の男が、愛嬌のある笑顔でそう言った。

 左手に刃を持ち、右手で唸る鋼の巨腕。鉄のそれが、うなり声を上げている。




「私でしょう? かつての飼い主の娘ですもの。アレなんかよりも強いけれど」


 紫の少女が、日傘をくるりと回しながら艶然と言った。

 空中に座る彼女の周囲で、鉄が、石が、空気がひしゃげる。まるで、ひれ伏すように。




『我かもしれんぞ。かつての同胞に介錯を所望か? ――悪いな、剣を持つ腕はない』


 大きな黒狼が、ニヒルにそう言った。

 どう考えても面白くも何ともない冗談なのに、ジャックは口元が笑みのように引きつる。




『ひ、ひひ』


 どう考えても。

 どれに挑んでも。

 例え背を向け逃げても。


『こんなの、嘘だ、嘘だ、うそだ』


 勝てるはずがない。

 そう、理解させられてしまった。


『ひ、ひひひ、ひひゃ』


 だから。


『お、おおおおおおおお!』


 だから、ジャックは、“諦め”た。


『オギャアアアアアアアアアアアアアア!!』


 左手でナイフをめちゃくちゃに振り回しながら、“背後に感じた”気配に斬り掛かる。

 ただ一人でも、多くの道連れを。そんな愚かで浅はかな行為は、結果的に、英雄たちを驚かせた。

 残念ながら、彼らの想定内の行動であったことなど、ジャックは知る由もない。ただ唐突に、自分が何も出来ないことを理解させられる。


『ひ、ぃえ?』


 硬質音。

 銀のトレイに、ナイフが防がれる。



「メイド神拳奥義――」



 メイド服を着た少女だった。

 緑がかった黒髪に、鮮やかなほどに澄んだ翡翠の瞳。

 クラシカルなメイド服に身を包んだ少女は、光輝く右腕を振り上げる。



「――【真・斬光メイド掌】」



 振り下ろされた腕から生まれる、巨大な光の刃。

 その暴威から逃れる術など存在しない。ただ、防御に構えたナイフも翼も全て切り捨てて、都の斬光はジャックを焼き切る。


『ひぎゃああああああああああッ?!』


 その刃にのたうち回り、息も絶え絶えに顔を上げる。

 そこに柔らかく浮かぶ笑顔に、ジャックは顔を引きつらせた。


「ごらんなさいな。やっぱり私だったじゃない」

『あなた、さま、は』


 ジャックは日傘の少女の声に、何かに気がつく。

 ――それがなにもかも手遅れなど、知ることはない。


「あ、あなたはもう喋らなくても良いわよ。さようなら」

『ひっ』

「【闇王の重鎚ダークホール・スマッシュ】」

『あぎぃいいいいいいいいッ!??』


 押し潰され、かき回され、ジャックは己の意思が途絶えてくるのを感じ取る。

 同時に思うのも、ただ一つだけのこと。これまでもこうして生きてきた。それが三つ四つ変わろうと、なにが違うというのか。

 細やかな“死”ならば、ジャックは何度も体験してきたのだから。


「し、死んだんですか? 時子さん」

「ええ。まだ“繋がり”は感じるけれど……まぁそれも、時間の問題ね」

「ああ、で、ですよね」


 だから。

 最後の最後で油断をしたジャックは気がつかない。

 黒い粒子になって消えゆくジャックは、激しい痛みの中で息絶えた。
























 上空一千メートル。

 雲の上。宙に縫い付けられているのは、一本のナイフだ。

 鈍色に輝くそれが輝いたかと思えば、血肉を形成して、布を一枚巻き付けた天使に変化する。


『また能力を失ったが、まぁ良いよ。生きてるだけで正解さ』


 ジャックはそう、余裕のある表情でそう告げる。

 これがジャックの異能。生前から使えた、“魂の保険(ソウル・ホルダー)”の異能。

 準備にそれなりに時間がかかる上に、一度に作れるのは一つだけ。その一つも、肉体が死ぬ時に近くに居なければ発動しない。

 けれどどんなに条件が多くとも、その見返りは強大だ。なにせ、疑似的な不老不死であるのだから。


『さて。主には悪いが担当をハズして貰おう。生には慎重にならないとね。弱った身体はまた、正義の名の下に魔導術師を狩って蓄えれば良いか。いやほんと、英雄に関わるとろくなことにならない』


 一度、魔塵王として死んでからのジャックは、驚くほど慎重だ。

 もう二度と間違わない。そう誓った言葉はなるほど、英雄の生活圏から離れて行動をして、関わらないというその方針は、理に適っている。


『だがまずは、雲隠れか。行動を起こすのはもう少し後だな』


 “もしも”ジャックに未来があれば、それでのうのうと逃げおおせたことだろう。

 だがそんな未来など、快楽殺人犯であるジャックに、用意されているはずがないのだ。


 それをジャックは。






「きらーんっ☆」






 強烈なまでの視覚的暴力で、否応なしに理解させられる。


『なっ、誰だ?!』


 ジャックの問いかけに応えるように、声の主はびしっとポーズ。

 念のため空中に張り付いて、念のためだけに控えていた“最強戦力”は、七や獅堂の推測どおり、空に現れたジャックを笑っているようだった。






「みんなの夢を護るため」

――振り上げた手に纏うは、むっちりピンピンに二の腕を強調する長手袋。

「空より舞い出て愛を唄う」

――緩やかに上げた足に纏うは、キツキツパンパンの太ももを強調する足袋。

「希望と愛と勇気の使者」

――胸をこれでもかと強調するのは、首元で交差する白い天使服。ノーブラ? 知らない!

「魔法少女、ミラクル☆ラピっ」

――背に生えるのは天使の翼とは名ばかりの糸くず。

「スカイフォームで、清楚にす・い・さ・ん♪」

――槍型ステッキをくるりと回すと、ハイレグを隠すA3サイズの羽衣が翻った。






 静まりかえる夜空。

 時間が停止してしまったのかも知れない。そう思わせられるほどの沈黙。

 先に口を開いたのは、ジャックだった。


『天使は気狂いばかりかと思ったが、なるほど、君もか?』

「一緒にしたら怒っちゃうぞ! ぷんぷんっ! 私は天使じゃなくて、魔法少女なんだから!」

『少女? おいおい、冗談も休み休み言ってくれ』


 むくれる女を前にして、ジャックは高速で頭を回転させていた。

 敵? 味方? ――態度から、間違いなく敵だろう。ならどうする? 適当に挑発を繰り返して、さっさと撤退する。

 それが最善だろうと、ジャックは当たりを付ける。だがこれでもし、関東特専で“保険”を使わされた事情を正確に覚えていたら、そんな甘いことは言わなかっただろう。

 ジャックのここでの最善は、なりふり構わず逃げることだった。けれど最早、それは叶わない。


「むぅ。そういうことを言う悪い子は、オシオキなんだから!」

『ははっ、痴女にされるオシオキか。こわいこわ――』


 煽りながら作戦を考え、突破口を探すジャック。

 その頬に唐突に黒い粒子が溢れ出すと、ジャックは思わず固まった。


『――どう、やって?』

「近づいて斬った。それだけだよ♪」


 ならば最早、手に負えないことは明白だ。

 なんとしても、逃げおおせる。そうジャックは飛び退くようにその場を離れ、踵を返して飛翔した。

 離れてしまえばどうとでもなる。逃げることだって難しくはない、アレほどの存在だ。“上”に報告すれば、担当を外すくらいのことはしてくれるだろう。


 だからジャックは逃げ出して。




「【祈願セット悪滅天誅槍ジャッジメント・ランス成就イグニッション】」




 背を向けていたが故に、気がつくのが一瞬遅れた。

 だが、遅れていなかったとしても、避けきれるモノではなかったことだろう。


『こ、こんな、こんな馬鹿なことがあって――』


 揺れる風。

 ジャックの身体を包み込み、まだ余裕のある太さのレーザービーム。

 “それ”は容易く、ジャックを捉える。


『――ぇあああああああああああああああああああッ!?!?!!』


 だから“あと”には、何も残らない。

 ただ消えたジャックを一瞥すること無く、魔法少女は夜空に向かってぶいサイン。

 その可愛らしい装いとは対照的に、ラピは小さく涙を流す。




「今日も魔法少女はきれいに解決! 魔法少女は正義の使者なのだ☆!」




 もうやだ、なのだってなに?

 そんな呟きが響きそうなほどに悲愴な表情で――ラピは肩を落としながら、いつものように帰路を急ぐのであった。





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[一言] >>強烈なまでの視覚的暴力で、否応なしに理解させられる。 予定調和
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