そのじゅうなな
――17――
わたしが発動した“干渉制御”。
その種類は三つ。加重――重力制御。慣性――慣性制御。そして、“強化”――前述二つの強化能力。
三つの異能の併用を、超覚で把握・制御しながら、わたしはジャックに狙いを定める。
「会長、離れてください!」
「っ“爆火抗”!」
わたしの声に、会長は直ぐに行動してくれる。
斬り掛かったジャックにカウンターで爆破。僅かに怯んだジャックを尻目に、大きく飛び退く。わたしは、この瞬間を待っていたんだ!
『油断はしない。そう言ったはずだけど?』
様子見も無く、淡々と命を刈り取るナイフを投げるジャック。
白く輝くナイフは夢ちゃんが弾いてくれる。でも、全部弾いていたらプレートが“足らなく”なる。
だから。
「づぅっ!」
普通のナイフは、覚悟を決めて受けた。
熱を帯びた激痛が、蝕むように腕から肩へ、肩から全身を巡る。刺されたのは左腕。足を掠めたナイフ、右肩に突き立つナイフ。致命傷だけは避けて、それでも異能の照準は狂わせない。
『我慢ごっこかい? なら、死ぬまでそうすればいい!』
頬を掠めるナイフ。
夢ちゃんの激情が伝わってくる。会長の、気遣う声が聞こえる。それでも、わたしのやりたいことはやらせてくれるから――わたしはそれに、応えるんだ!
わたしの心に応えるのは、宙に浮かぶ“瓦礫”の山。
修復から逃れた瓦礫を浮かび上がらせて、その全てをジャックに向ける。
「いっけぇええええええええええっ!!」
『なに?!』
轟音。
空気を焼くような音と共に、重力の向かう先をジャック自身に定められた瓦礫が集約する。さながら、隕石の群れが月に墜ちていくように。
『ちっ、だがそれで僕に傷を付けられると――ぐぁっ』
爆音。
「“爆火装”――何度も後輩の身体を刻んでくれた塵芥にくれてやるには、上等なスイーツでしょう?」
『貴様、瓦礫を爆弾に変えたのか?! ヅッ!! がっ』
炎の渦に、ジャックの認識が甘くなる。
……わたしも、血を流しすぎてくらくらする、けど。
「よくも、人の嫁をキズモノにしてくれたわね?」
悪鬼羅刹の如く怒り狂う夢ちゃんが、わたしの背中を支えてくれるから。
いつだって、誰も信じることが出来なかったときだって、夢ちゃんはわたしを支えてくれていたから。
『なに、を?!』
爆炎で視界が染まった、その僅かな中。
瓦礫と爆炎という全ての“囮”をかいくぐり、嵐を抜けるように銀刃が走る。
『僕に、刃など、ふざけるなッ!!』
「遅い。【起動術式・忍法】」
稲妻のように迫る直刀、嵐雲を、ジャックはたたき落とそうとする。
けれど重力制御まで加えられた投擲を避けるには、少しだけ、遅かった。
『ぐぁッ!?』
ジャックの右肩に、突き立つ嵐雲。
血液は出ない。ただ、黒い粒子を吹き出す身体。
「あの世に戻って地獄に落ちなさい――【雨々降々・展開】」
それは、本来は無数の雨のように水の刃を振りまく魔導術。
けれど発動媒介は、ジャックの内側に由来する。雨乞いの魔導は、正しく夢ちゃんの意図に準じて。
『ッばかな、この僕が、魔塵王とまで呼ばれた僕が――ァアアアアアアアアアッ!?』
のたうち。
苦しみ。
暴れ。
叫び。
苛立ち。
天に手を伸ばして。
『主よ――オオオァアアアアアアアアアアッ!!!!』
内側から、黒い刃がジャックの身体を突き破った。
『あああぐぅあああああ、ぎ、が、ああああああ、アア、ヒッ、ひゃ、はは、は』
それでもふらふらと立ち上がり、わたしたちを睨むジャック。
その身体からは立ちこめるように黒い粒子が噴出し、長く保つようにはとても思えない。
けれど、ぎらぎらと殺意に濡れる双眸からは、刃のような悪意に満ちていた。
『殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す、バラバラに刻んで殺してやるよォォォッ!!』
刃が溢れる。
身体が崩れる速度が上がろうと、気にも留めずに刃を手にするジャック。
どうする、どうする、どうする? わたしも夢ちゃんも、会長だって満身創痍。例え相打ちになってもわたしたちを殺すのだと、歪められた口元が、語りかけてくるようだった。
――…………。
?
あれ?
今、なにか聞こえた?
『ひ、ひゃははは! まずはおまえだ、笠宮鈴理ィィィ!』
「鈴理、私の後ろに隠れなさい!」
「いや、待って夢ちゃん。この音……」
なんだろう、これ。
まるで車の駆動音の、ような?
『は? な、なんだ?』
ぐらぐらと揺れる地面。
その正体を考えさせてくれるような、時間なんかなかった。
――「――……ぁああああああ」
だって、聞き覚えのある声が、悲鳴のように響いたから。
――「きゃあああああああああああああああああっっ!!」
絹を裂くような悲鳴。
窓ガラスどころか、壁を突き破る車。
そのまま黒い車はジャックを轢き、そのまま引き摺るようにジャックごと壁を壊して視界の端へ消えていく。あとにはぽっかり風通しが良くなった渡り廊下が、そこにあった。
「助かった、のかな? 夢ちゃん」
「あー……後部座席に居た静音が気になる、かな」
「静音ちゃん? よく、見えたね」
「ま、この程度はね」
この程度って、さすが忍者だね。
まだ現実が追いついてこなくて、なんでもないような会話しかできないわたしたち。
そんなわたしたちに嘆息しながら近づいてきた会長は、わたしを見てニッコリと微笑んだ。
「そんな重傷で暢気にお喋り? ふふ、直ぐさま必要なのは治療ですってパブロフの犬のように頷けるまで、調教がご所望かしら?」
「ひゃいっ、ご、ごめんなさい!」
「さ、早く慧司のところに行くよ。下の階に待たせてあるから。碓氷さん、あなたもよ」
笑顔が恐ろしい会長に抱き上げられて、移動する。
その間、夢ちゃんが手を当てて止血をしてくれたから、ぜんぜん辛くは無かった。
だから、あとはお願いします。
師匠。
――/――
――関東特専屋上。
おびただしい数の羽根。
粒子になりかけの、無数の天兵。
屍の山の上、老人はただ一人で佇む。
「むぅ、腕が落ちたかのう。わしも仙衛門に混ざるべきであったか?」
あらかた片付けて生徒の救援に向かった老人――江沼耕造重光は、壁を突き破って車が去って行くのを見てそうぼやく。けれど直ぐに、いやいやと、些細な妄想を振り払った。かつては仙衛門に誘われて、“革命”の一助を担うことも覚悟していたが、迷いの中で誘惑を振り切ったことを、江沼は後悔していない。
なにせ彼は、ほのぼのおじいちゃん先生、という呼ばれ方を甚く気に入っているのだから。
そう。
「ふむ、しかして」
だからこそ。
「無粋じゃのう」
彼は“乱入”を許さない。
前線を退き、後進の育成に当たることを決めてから、彼は自分の生徒たちが自分自身で道を拓けるよう指導してきた。ならば、自分が生徒たちの前に現れて現役ぷりを見せてしまうのも如何なものか。
だから彼は、杖――に仕込んだ仕込み剣をしゃらん、とならす。ここに脅威があるぞと伝え、あくまで舞台の裏方に徹して舞うために。
「ここから先も、わしが相手じゃ」
そう江沼は、新たに降り注いだ天兵に、挑発でもするように口端を持ち上げるのであった。
2019/01/08
後半部分、改稿いたしました。
内容は変わっておりません。




