そのじゅうろく
――16――
黒い靄から飛び出してくるのは、いずれも白く輝く短刀だ。
このナイフに当たったもの――例えば、建造物の一角などは、突き刺さった場所から半径十五センチほど、“えぐり取られて”いる。
わたしの盾で防ぐと、抉られるまでにタイムラグがある。夢ちゃんの黒いプレートで防ぐと、抉られない。だから夢ちゃんは今、完全に後衛に徹して、プレートを操りながら鏃の弾丸で援護をしてくれているんだけど……。
「チッ……あの靄、なんで出来ているのよ」
靄に呑み込まれて外れる、ならわかる。
けれど、ジャックを包み込む靄は一体何で出来ているのか。夢ちゃんの鏃の弾丸を、“弾いて”いた。ちょっとずるすぎるよぅ。
「【速攻術式・平面結界・速攻追加・四枚・展開】!」
平面結界を一枚展開。
そこから派生するように展開して、合計五枚。
防御は夢ちゃんに任せて、わたしはこれら全てを“硬化”&“投擲”で攻撃!
『いやはや、想像以上に良いコンビだ。だが、良いのかな? そのまま続けていると、足場が無くなってしまうよ』
「っ」
思わず、拳を握り込む。
わたしの盾なら、なんとか靄の奥へ侵入できる。けれど、速度が遅くなるから避けられる。
夢ちゃんのプレートなら、白く輝くナイフを弾くことができる。けれど、夢ちゃんのプレートは完全な手動だ。わたしを狙うモノは綺麗に弾いていくれるが、“建造物”を狙うモノに対しては、一部対応し切れていない。
頑丈で複雑な構造になっているから崩れていないというだけで、崩れるのも時間の問題だろう。そうなったら、無数の天兵が降り注ぐ中で、ジャックと戦わなければならない。
『ほらほら、もっと綺麗に踊ってくれよ! どうせここから挽回は出来ないんだ。ああ、そうだ。友達を見捨てるというのなら、命だけは助けてあげよう』
誰のことを言っているかは明白だ。
夢ちゃんに、わたしを見捨てろと言ってるんだ。
夢ちゃんに――わたしの死を背負えと、そう告げているんだ。
「はぁ? なめんじゃない――」
「夢ちゃんをなめるな! あなたみたいな外道に、夢ちゃんは穢させないッ!」
「――鈴理……」
そんなこと、認められるわけがない。
認めて良いはずもない!
『ははっ、いいね、涙を誘うよ。ならキッチリ殺してあげよう!』
どうする?
霊魔力同調? いや、確実性がない。
狼の矜持?
一人で突っ走ることに意味は無い。
『ほうら、闇に踊れよ!』
「ならあなたは、ビターに溺れなさい――“爆火矢”!」
『な、ガッ?!』
爆音。
『な、んだ、よ!?』
黒い靄を奇襲で吹き飛ばされて、ジャックが狼狽した表情を見せる。
そのジャックの向こう側。渡り廊下の入り口に佇む、菫色のロングポニーテール。
「私の可愛い後輩に、余計なちょっかいをかけようなんて笑えないわ」
「会長!? なぜここに……」
「四階堂生徒会長? ――鈴理、また引っかけたわね」
いやいや、誰も引っかけた事なんてないからね?
混乱する間にも、状況は進んでいく。穴ぼこだらけだった建物に火花が散ったかと思えば、瞬く間に修復されていったのだ。
『なんだ?!』
「ものを直すのに便利な幼馴染みがいる。それだけのことよ?」
会長の幼馴染み……ということは、鳳凰院副会長?
炎系の異能だというのは聞いたことがあったけど、モノを直す炎なんてあるんだ。
……って、感心している場合じゃないよね。
『は、はは――やっぱり人間は恐ろしい。それを知る僕で、本当に良かったよ』
「っ、会長、離れて!」
雰囲気が変わったジャックから、咄嗟に離れる。
下がったせいで夢ちゃんと並び会い、会長も少し遠くなった。けれどちゃんと距離を測って作戦を練るような余裕は、どうやら与えてくれないようだ。
『ここから先は、油断も慢心もない。十全に、君たちを殺し尽くそう』
目を凝らす。
一瞬でも動きを見逃さないように、全力で“観察”をする。
『こんな――』
「え?」
『――風にね』
炸裂音。
わたしの首元に迫るナイフは、夢ちゃんのプレートに止められていた。けれど、夢ちゃんも咄嗟のことだったのだろう。驚愕に目を瞠っている。
『おっと、こっちも気にしなきゃ』
「会長!」
「待って、待ちなさい、鈴理!」
会長の方へ振り向いたジャックを制止しようと飛び出る――寸前に、夢ちゃんに裾を引かれて尻餅をつくと、白く輝くナイフがわたしの“首”の位置を通り過ぎた。
間違いない。もしも今、夢ちゃんに引かれなかったら。
『良い判断力だ。けれど、遊ぶつもりは無いんだ』
「“爆火雨”!」
連続した炸裂音が、ジャックの翼に衝突する。
けれど翼は傷つかず、ジャックの視線がぎょろりと会長に向いたようだった。
『っと、爆発は厄介だね。やはり、君から行こう!』
「あら、光栄。でもダメよ、乙女の柔肌はチョコレートのように繊細なのよ」
『なら、僕のナイフで切り刻んでやろう!』
爆発音。
斬撃音。
交わる攻撃の雨で、二人の姿が見えづらくなる。
「夢ちゃん……わたし、勝ちたい」
どうしよう、どうしたらいい?
そう問おうとした口は、いつの間にか勝手に動いていた。
「安心なさい、私も同意見よ」
だから、夢ちゃんの答えに安心する。
だから、夢ちゃんの応えに立ち上がれる。
「作戦は?」
「制圧よ。ひねり潰すわ」
「何をすればいい?」
「引き寄せて、押し潰す」
「わかった、やってみる」
夢ちゃんの言いたいことは伝わった。
なら、わたしに出来ることは、意図のとおりに動くことだけだ!
「すぅ……はぁ……“超覚”」
他人の霊力を感知できるということは、自分の霊力だってできるんじゃないのかな。
自分の内側に目を向けて、より正確に把握して、全てを自分の身体の一部とする。
そうすると、ほら、見えてきた。わたしの内側にぼんやりと輝く、蒼玉の光。
「“多重干渉”」
内から外へ。
境から界へ。
天から転へ。
血から智へ。
声から星へ。
星から世へ。
重なり合わせるのは、理外の法だ!
「“加重・慣性・強化”」
身体が軋む。
魂が悲鳴を上げる。
ああ、それでも、超覚が教えてくれる。
壊れずに十全と力を扱う方法を、伝えてくれる。
『ん? あっちもまずいか?』
「行かせないよ!」
『チッ、しつこいよ、君!』
だから、大丈夫。
ここから先は、負けないための戦いじゃない。
勝ち取るための、戦いだ!
「“三重制御”」
わたしを中心に、蒼い光が渦巻く。
「反撃開始だよ!」
渦巻きは炎のように、渡り廊下に充ち満ちて。
わたしは全能感を“捨てる”が如く、躍り出た。




