そのじゅうご
――15――
重装甲のボディ。
分厚いタイヤに窓ガラス。
複数人乗り込んでも余裕のあるサイズ。
そして、バックバンカーに取り付けられた、一目でわかる巨大な“ブースター”。
「こ、これって、あの、未知先生?」
「静音さんは、はじめてでしたね……もっとも、私も二度目があるとは想像もしておりませんでしたが」
キャデラック・ワン・ザ・アポカリプスⅡ。
都さんが伝手を使って用意したというその車は、その伝手とやらがどこのものなのか一目でわかる姿をしていた。メイドさんって、けっこう横の繋がりもあるんだね。
そう、あの天使カタリナの事件でシシィが用意したとんでもカー。これは、どう見てもそのヴァージョンアップ版であった。
「緊急車両として公道を走る許可については、飛行許可所得の際に色々と紛れ込ませてサインをいただいております。仮に“道路を壊す”ような事態になったとしても、金沢無伝様が責任を取って下さることでしょう」
紛れ込ませてって、どうやったのだろうか。
だが、それを聞いて安心した。道路にも重量制限を初めとした、色々な制限がある。それによって事故は起こさせないが、道路の保証は出来ない。
けれど、そう、“平和のため”に“責任を取って”くれるんだね。
「でかした、都! 運転はおまえがするのか?」
「はい。お任せ下さい、九條様」
「あら、またこの車? ふふ、良いわ。楽しませてごらんなさいな」
リリーもとても楽しげにしているが、実のところ憂鬱であったりする。
隣で震える静音さんを安心させるために気丈に振る舞っているが、私も強制空中飛行のトラウマが蘇って、くらりと来ることもある。
しかし、静音さんを守ることが出来るのは私だけだ。なんだかみんな、とても平気そうな顔をしているからね。
「静音さん」
「は、はい?」
「気を強く持って。大丈夫、何があっても私があなたを守るから」
「えっ、そ、そんなに危険なんですか? な、なんで目を逸らすんですか?!」
ぎゅっと静音さんを抱きしめてから、車の中へ導いていく。
静音さんはまだ状況が頭に追いついていないのだろう。車と私の間を目で何往復もしながら、抵抗することも出来ずに車内へと導かれていった。
「あわ、あわわ、あわわわわわ」
頑張って、静音さん。
私も精一杯頑張るから。
「……す、鈴理、た、辿り着けなかったら、ごめんなさい……」
そんな意味も込めてぽんっと頭を撫でると、何故か、静音さんは色を失った瞳で虚空を眺めていた。
「では、出発致します」
目指すは関東特専。
天使たちに支配された領域に、踏み込む。
だからどうか――無事、辿り着けますように。そう願わずにはいられなかった。
「メイド神拳奥義――開幕ブースター!」
「ちょっ!?」
願わずには、いられなかった……。
――/――
渡り廊下の“七方ふさがり”。
正面だけが解放された空間で、わたしと夢ちゃんはジャックと向き合っていた。
「蘇り……」
『そうさ、蘇生だよ。主に仕え主のために働く使命を仰せつかったのさ。今の僕は正義の使徒だよ。正義のために、“異端者”を“成敗”しているのさ』
ジャックを見れば、理解できる。
彼は本気で主に心酔している訳ではない。ただ適当に得られた大義名分を振りかざしているだけだ。それが正義だなんて、わたしは認めない。
だってわたしは、本当の“正義”を知っているから……!
「夢ちゃん」
「ええ」
「倒そう」
「ええ!」
どうせ、逃げ場なんてどこにもない。
だったら今ここで、倒して切り抜けるのが最善だ!
『“神霧”――決意のトコロ悪いけど、僕は油断も慢心もしないと決めていてね。全力で切り裂いてあげるよ!』
また、あの靄だ。
ジャックの背後から沸き立つように霧が満ちる。
それはまさしく、霧の都の殺人鬼であった彼のシンボルなのだろう。
『さぁ、これより“闇夜の――ぐぁっ!?』
わたしの背で狙いを誤魔化していた夢ちゃんが、詠唱無くジャックの肩を撃つ。
その僅かなひるみを見逃さない。充填した力で以て、一足飛びに駆け寄る。
「【回転】!」
『その、程度の小細工!』
ナイフが煌めき、盾と衝突。
――する前に、霊力を絞って持続展開させていた“加重制御”を操作。ナイフに僅かな負荷が掛かると、それだけで軌道がズレる。
『ちィッ』
だが、流石に一筋縄ではいかないのだろう。
ジャックは身を翻して避けながら、空中で身体をひねってナイフを投げる。投げた一本のナイフに追従するように、背後の霧から水のナイフが出現。瞬く間に数えるのもばかばかしい数のナイフが展開された。
「っ【拡大】!」
咄嗟に、盾を巨大化。
硬質音が、窓に降り注ぐ雹のように断続して響く。
「【起動術式・忍法・熱風飄々・展開】!」
「【反発】!」
夢ちゃんの詠唱が聞こえると同時に、大きく後方へ下がる。
入れ替わるように前に出た夢ちゃんが嵐雲を宙に突き立てると、渡り廊下全体を覆うような魔導陣が出現。離れていても肌で感じるほどの熱が、霧を吹き飛ばしながらジャックに襲いかかる。
『中々――』
その熱に、なすすべもなくやられてくれたらどんなに良かったか。
ジャックはナイフを無数に展開。“檻”のように身体を守ったかと思えば、熱が通り過ぎた瞬間には檻に用いた全てのナイフを、わたしたちに向けた。
『――やるじゃないか!』
金属のナイフは、水のナイフよりも切れ味が上なのだろう。
わたしの盾を数回で切り崩し、鋭利な穂先を突きつける。それ自体は夢ちゃんの手甲、黒風から別たれた菱形のプレートが弾いてくれたのだけれど――強い。そう、実感させられる。
「無限にナイフを生み出すことが出来るのに、自らもわざわざ生み出していた。ということは、水には何か副次効果があるはずよ。例えば、“毒”、とかね」
『良い洞察力だ。敬意を表して大盤振る舞いと行こうか!』
「それには及ばないわ。鈴理!」
名を呼ばれ、ジャックの警戒が僅かにわたしに移る。
――その瞬間、その刹那を、見逃す夢ちゃんではない。
炸裂音。
『ヅッ?!』
打撃音にも似た音が、ジャックの左肩から響く。
『おまえ――ガッ!?』
次いで右肩。
更に、右足。
防がれる可能性が非常に高い急所をあえて外すことで、次へと繋げる。
「穿てぇッ!」
最高のタイミング。
最良の選択肢。
放たれた鏃の弾丸は、防御をすることも叶わないジャックの胸に吸い込まれて。
『――この手札は、温存しておきたかったよ。“天化”』
ジャックの背から出現した“白い翼”によって、弾かれた。
『第二ラウンドだ。――“闇夜の狩人”』
ジャックの身体から噴出するのは、黒い霧だ。
夢ちゃんが行動するよりも早く、瞬く間に広がる霧。それは予想を外れて小規模に展開され、ジャックの身体から二メートル程度の空間のみを球状に覆った。
『天罰執行――僕の剣に酔いしれることを、許してあげるよ』
告げるジャックの雰囲気は、先ほどまでよりも“清浄”だ。
だからこそ、吐き気を覚えるほどに悼ましい寒気を覚える。
「鈴理、警戒レベルを引き上げるよ」
「うん。だね、夢ちゃん……」
不気味に蠢く影が嗤う。
どうやらまだ、ミッションクリアとはいかないみたいだ。




