そのじゅうよん
――14――
教員棟にたどり着いて直ぐのことだった。
纏わり付くような違和感。忍者として鍛えられた私の“勘”が、疑うことを止めない。
「鈴理、ちょっとストップ」
私が声をかけると、鈴理は奥に進もうとした足を止めてくれる。
信頼してくれているその姿に感謝しながら、私は直刀型魔導機械、嵐雲を構えた。
「ちょっと離れていて」
「うん……わかった」
通常、弾丸は信管に撃鉄で衝撃を与えることで、間に挟まれた油紙に着火、火薬に引火して爆発、弾丸を射出という手順を辿る。
この直刀に備えられた薬莢の役割も、それに非常によく似ていた。撃鉄に刻まれた“術式開始”の術式刻印が、忍法準備用の刻印紙柱油紙を着火同調。魔導火薬によって外界に干渉し、キーワードの詠唱だけで魔導術を発現させる。それがこの嵐雲である。
手甲の黒風が最新技術のプロトタイプだとすれば、嵐雲はこれまでの技術の集大成だといえるだろう。習得に、それはもう時間が掛かったのもそのせいだ。今回は完全に、静音に良いところを持って行かれたからね。いや、静音たちとも遊びたいけれどね?
それはともかく。
鈴理が見ている前で、トリガーを引く。
すると、“術式刻印”の施された撃鉄が信管を打ち鳴らし“刻印紙柱”の油紙に着火。魔導火薬が爆発すると、刀身に施された刻印鋼板に術式が流入。
「【起動術式】」
詠唱と同時に空に魔導陣が刻まれて。
「【忍法・天網恢々・展開】」
霧のような魔導術が、教員棟に広がった。
「全方位領域探査――鈴理、やっぱりこの棟の人間は、ほとんど眠らされているわ」
「えっ。それなら、江沼先生も?」
「いえ。江沼先生はおそらく大丈夫。けれどこれは、足止めでもされているみたいね」
「なら、わたしたちの行動は――」
鈴理の言葉に、強く頷く。
今、私たちが行うべき行動は、おそらく一つ。
「――ええ。江沼先生との合流よ」
なんとか無事な人間同士で合流して、敵対者の企みを封ずること!
「江沼先生の場所は?」
「反応が出ているのは、屋上ね。外からのショートカットはこの状況じゃ無理でしょうし……ま、穏便に階段から行くわよ」
「うんっ」
探査の術式は継続されている。
なら、おそらく問題は無いだろう。このまま探査を持続して、“先手を打つ”。後の先なんて甘いことは言わない。見つけたら即、射貫く。
「ここからは慎重かつ、迅速に移動よ」
「任せて! あ、そういえば夢ちゃん」
「なに?」
振り向けば、そこには、どこか悪戯っぽく笑う鈴理の顔。
「合流前に、倒しちゃっても良いんだよね?」
その言葉から来る“自信”は。
紛れもなく、“信頼”から来るモノで。
「ははっ――私に先を越されないように、気をつけなさいよ? 鈴理」
「ふふっ、こっちの台詞だよ、夢ちゃん!」
普段、どこか“良い子”であろうとしているそぶりを見せる。
それは未知先生に甘えられるようになってから、少しだけ弱まった。だからずっと、未知先生にしか引き出せない感情なのだと、“諦めて”いたのかもしれない。
けれど、今、鈴理は私に対して、全幅の信頼を見せている。私という人間に対して、“子供っぽい自分”を見せても良い相手だと、思ってくれている。
だったらさ、親友。
その期待に応えなきゃ、女が廃る。
「行くわよ、鈴理!」
「うん、行こう、夢ちゃん!」
二人並んで、駆け出す。
反応はおそらく天兵のもの。数はハンドサイン、位置はアイコンタクト。
「穿て、黒風」
私の右腕から放たれた鏃の弾丸が、靄から“まだ出てきていない”天兵の胴に当たる。
そのまま連射をしてやると、何度か弾かれ、翼と肩と足は貫けた。
「私の黒風で射抜けるのは、末端だけね。鈴理、私が行動不能にするから」
「わたしがトドメだね!」
「ええ、ぶった切りなさい!」
鏃の弾丸が天兵の動きを鈍らせて。
「【回転】!」
鈴理の盾が、鋭利に両断していく。
その進撃を止められる存在などはいない。ただ余すことなく、討ち倒すのみ!
もっとも、“後ろ”から追いかけてくる相手はぜったい強い奴だから、追いつかれないように必死だけれども!
「鈴理、階段」
「わかった!」
細かい指示は必要ない。
昇りながら、鈴理は階段を潰していく。そうすると、がれきで天兵や“後ろの敵”を引き離せる。
「屋上へ移動するには、渡り廊下で南棟。走り抜けるわよ!」
渡り廊下を崩されたら厄介だが、そうそう崩れないように建築されているらしい。
階段とは訳が違う。デザインにこだわる余り、建物が崩壊しても生き残ると言われた渡り廊下を駆け抜ける。
「って夢ちゃん、あれ!」
「あれ? なっ」
鈴理の指さした先で、降りるシャッター。
渡り廊下の出口を封鎖? そんなことが出来るのは、“国連に呼び出されて不在”の理事長か、それに次ぐ権威のある人間だけのはずなのに?!
「ぶち破るわよ!」
「うん、まかせ――」
鈴理がそう、手を翳し。
『いや、それをされると困るんだ。せっかく追い詰めたのだからね』
飛来したナイフを落とすのに、行動を持って行かれた、
「――っ、夢ちゃん、この“匂い”」
「ええ、私も探査結界にビンビン感じているわ。アレが、今回の黒幕ね」
ぱちぱちと、ここまで逃げてきた私たちを、称賛するような仕草。
長いコートが特徴的で、片手には穴の空いた帽子を持っている。空いた手に持つのは、鋭利なナイフだった。
その顔はさらけ出されている。青白い肌。濁りきった青い眼。くすんだ金髪。貼り付けた笑み。ドタマぶち抜いてやろうかしらと思うくらいには、腹立たしい表情だ。
「って、鈴理?」
そんな敵を見て、驚愕に目を瞠る鈴理。
もしかして、並み居る変質者共の一人だったのかしら? だったら、タマは潰すけど。
「なんで、生きているの? ――ジャック・ヴァン・レストリック!」
『やあ、久しいね、笠宮鈴理。といっても前回は、ろくに挨拶もせずに退場してしまったがね』
ジャック・ヴァン・レストリック?
どこかで聞いたような――いや、違う、習ったんだ。異能及び魔導史の授業で必ず学ぶ“七魔王”の項目の一人。近年、人間から悪魔になりはてた人物で、ジャック・ザ・リッパーと同一人物であることを発表された、“死者”。
それがなんで、天使と手を組んでいるのよ?! 悪い冗談にも、程がある……!
『いや、間違いなく死んだよ。だが僕は、偉大なる“あの御方”に蘇らせて貰ったのさ』
――天使が、悪人の魂を蘇らせている。
なんて、悪い冗談。わざわざそんな奇跡を快楽殺人犯に与えようとは、ひどい冗談だ。
「夢ちゃん」
「ええ」
だが、なんにせよ。
『さて、鬼ごっこもここで終わりだ。君たちの血はどんな色なのか、僕にみせてくれ』
この楽しそうに笑う男と、戦わなければならないという事実には、なんら変わりは無い。
「やるわよ、鈴理!」
「うん、やり通そうっ!!」
『はははは、いいね、その表情! 希望に満ちた顔だ! ――実に、切り刻み甲斐があるよ!』
嘲笑に屈しない。
ただその決意を弾丸に込めて。
「撃ち穿て、黒風!」
私はその一撃を、ジャックの額に向けて放つ。
「反撃開始よ!」
さぁ、今ここに、今一度、見せつけてやろう。
人間の持つ力の脅威を、あいつに刻みつけよう。
鈴理が隣に居る時の私は、最強の忍者だと――その薄ら笑いに叩きつけてやろうじゃないの!!




