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そのじゅうさん

――13――




 ――鞍馬山・黄地の屋敷。



 地下空間の一角。

 地面に薄く水が張られ、常に循環している空間がある。黄地の人間が水系の式神を操作する際に契約や練習を行うための場所、なのだとか。

 関東特専になにかあったのかもしれない。その状況をいち早く調査するために、七が水を所望したところ、ここに案内されたのだ。


「儀式を行う。ちょっと集中力が要るから、邪魔はしないでね? 特に獅堂」

「しねーよ。ほら、チャキチャキやれ」

「まったく。では、始めるよ」


 そう告げると、七は見守る私たちの眼前で、水に翳すように手を差し出した。



「【祭壇に祈りを(ヴァモス)】」



 水滴の落ちるような音。

 薄く揺らいで波紋を立てる、水面。



「【贄を我が手に(スィスィア)】」



 七が指に傷を付け、一滴の血を捧げる。



「【中央に原初を(プロエレスフィ)】」



 それから、謡うように詠唱を繰り返した。



「【一番に東を(アナトリ)】【二番に北を(ヴァラス)】【三番に南を(ノトス)】【終末に西を(スィスィ)】」



 徐々に、水面から水が沸き立つ。

 水柱のように、あるいは逆さまの雨のように。



「【我が願いを渦に(エルピダ)】」



 やがてそれは蒼い球体となり、七の詠唱に応えるように渦巻いた。



「【導きを深淵に(シンテシィ)】」



 渦巻く球体。

 嵐のように形を変えて。

 台風のように目覚めて。



「【知啓を身代わりに(アンダラギィ)】」



 渦巻き、乱れ。

 その姿形を変えていき。



「【我が前に叡智を示せ(ソフィーア)】」



 まるで映画のように、どこかの景色を映し出した。




「【ここに儀式を完了するサブマ・テレティ・テロス】」




 最後の一言によって、術が完了したのだろう。

 ぼんやりと輝く青。水晶の如く澄んだ球体の中に浮かぶのは、まるでミニチュアのように精巧な関東特専の景色だった。

 昏い雲に覆われた敷地。その上空を偵察するように迂回するのは、紛れもなく天兵だ。


「【未知占視(アストロロギア)】で映し出した風景だよ。僅か未来の光景を“始原の図書館”から借り受けて映し出している。未来予知の精度では啓読の天眼には負けるけれど、範囲はこちらが上だ」


 なら、天兵がいるということか。

 また、誰かを傷つけるために――私たちの掛け替えのない日常に、爪痕を刻もうと言うのか。


「時子姉」

「ええ。直ぐに向かいましょう」


 私の声に、時子姉が頷いてくれる。

 次いで周りを見回すと、みんなの意思もハッキリと確認できた。




「す、鈴理がピンチなんですよね? は、はい! 天使共は全て逃さず両断します」


 ――静音さんが、目が笑っていない笑顔で告げ。


『我が同胞に傷を付けようとは片腹痛い。へそで茶が湧かせるというものよ』


 ――へそを見せるために腹を見せて服従のポーズを決めたポチが、キリッとそう言い。


「全員で、か。腕が鳴るな。よう未知、おまえにも久々に、俺の“紅蓮腕ぐれんかいな”を見せてやろう」


 ――弾いた指から炎を吹き出し、不敵に笑う獅堂がそう笑い。


「ほっほっほっ、過剰戦力じゃのう。我らを目にする天使共の姿が楽しみじゃ」


 ――仙じいはそう、誰よりも楽しそうに握り拳を作り。


「みんなに抜け駆けはさせないよ。なに、僕の水は汎用性なら群を抜く」


 ――七がそう、何でも無いように言い放ち。


「足は任せておけ、未知。なに、おれの鋼腕で空を飛ぶのは、嫌いではないだろ?」


 ――拓斗さんは、うっすらと黒い紋様が浮かぶ右腕を掲げ。


「未知とデートをしながら羽根付きを屠るのね? 心が躍るわ」


 ――リリーまでがそう、日傘をくるくると回しながら嗜虐的に微笑んでくれた。




「みんな――ありがとう」


 なんて心強いのだろう。

 このメンバーが揃っていれば、不埒な輩など、灰も残さないに違いない。


「決まりね。みやこ、緊急事態よ。都市部飛行の許可を」

「申し訳ありません。却下されました」

「仕事が早いわね……と、却下?」


 時子姉が指を弾くと、メイド服姿の都さんがすたっと現れる。

 けれどその口から零れたのは、朗報とは言い難いものだった。


「誰が、そのような権限を?」

「国連安全保障理事会極東異能監査室、金沢かなざわ無伝むでん室長です」


 金沢無伝室長?

 何度かテレビで見たことがある。異能犯罪や異能者の権利保護を謳う部門のトップだ。禿頭で小太りの男性で、自信に満ちあふれた表情の多い、四十代の異能者だ。

 確か彼は、“英雄等という戦略兵器に権利を与えるべきではない”と提唱。七大家の怒りを買って、警告に髪が全て抜け落ちるという悲惨なことになったはずだ。抜け落ちたあと、妙に色つやの良い髪の毛を“被って”いるようだったが。

 そんな彼が何故、わざわざ京都に居て、その上口出ししてくると言うのだろうか。


「関東特専の異常事態も余すところなく伝達致しましたが、“足を運んで撮影し映像資料の提出後であったら許可を検討しよう。少なくとも往復に八時間はかかるであろうから、大事な会議を行う。その間は当然ながら許可は出せんが構わないだろう?”とのことでした」


 知らず、唇を噛む。

 それは、真っ黒じゃないのか? 証拠が出てこない?

 いずれ必ず、報いは受けさせよう。


「――チッ、あのどや顔クソマシュマロめ。なんの権限で黄地を縛ろうと言うのか」

「時子姉?」

「ああいえ、ごめんなさい。そこまで言うということは、強行すれば全員に不利になるような策を用意してあることでしょう。罠でも構わず強行するのも手だけど、無辜の警察官を犠牲にして私たちを止めるような采配を、必ずしてくる輩よ」

「じゃ、どーすんだ? ――やっぱり、滅ぼすか?」


 低く、獅堂がそう言う。

 仙じいも険しい表情を作り、肯定はしないが否定もない。


「――謎の靄のせいで飛行機も止まっています。ので」

「都さん?」


 一歩、珍しく己を主張する都さんに、視線が集まる。

 私が思わず名を呼ぶと、都さんは嫋やかに微笑んだ。


「伝手により、車両を用意して参りました。新幹線より早い到着を、お約束致しましょう」

「よし、なら僕は法定速度以上出しても記録に残らないよう尽力しよう」

「仕方ないわね。重力操作で色々とカヴァーはして差し上げるわ」


 それに、七とリリーが続くと、空気が弛緩する。


「み、観司先生」

「静音さん?」

「た、助けられるのですよね? す、鈴理を助けに行けるんですよね?」

「ええ、もちろん。みんなで助けよう、静音さん」

「っはい!」


 友の危機。不安に怯える静音さんの肩を、抱き寄せる。

 大人たちの都合の悪い欲望に、この子の悲しみを募らせたりはしない。そう強く決意しながら、急ぐ都さんに続く。

 その一歩前、ふと振り返って確認した、特専の風景。


「七! あれ!」

「え? ――これは」

「コイツ……おれが相対した異能者だな」


 靄の中に佇む、コートに帽子の男。

 彼を靄から飛び出した“鏃の弾丸”が撃ち抜き、けれど男は、おそらく異能で手に生み出したナイフを用いて弾丸を弾く。

 だが、咄嗟のことだったからだろう。その弾丸は帽子を撃ち抜き、男の素顔を露わにした。


「ッ」


 七が、驚きに目を瞠る。

 それは私も――そして、静音さんも同じ事だった。


「どうした? って、アレか。聖鎧兵装“ゴスペル”――犯罪者の魂を用いた改造天兵か」


 拓斗さんの言葉に、その事実が重くのしかかる。

 まさか“こんなもの”まで材料にしているなんて、いったい誰が思いつこうというのか。


「急ぎましょう!」


 私の声に、けれど都さんは動揺することなく足を速めてくれる。

 その最中も、私の瞼には先ほどの光景が焼き付いて、離れようとしなかった。





 くすんだ金髪。

 濁った青い眼。

 青白い死人の肌。

 狂気に満ちた笑み。


『くは。なんだ、餌かと思えば面白そうだ――!』


 ミニチュアの中に響いた、声。





「鈴理さん、夢さん、どうか諦めないで……!」


 その姿、その声を、私が、私たちが忘れるはずがない。

 この因縁は、それこそ十七年前の大戦にまで遡ると言っても過言ではないのだから。

 だから今一度、その名を胸に刻み込もう。




魔塵まじん王、ジャック・ヴァン・リストレック――今度こそ、その魂の一片すらも残さないッ!!」




 七魔王の一。

 血と夜霧の快楽殺人犯。

 ジャック・ザ・リッパーの異名を持つ、種を呑み込んだ染蝕者。









 その“悪”を、忘れることなどできはしないのだから。

 ――両親の仇であった、“あの男”がそうであるように。





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