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そのじゅういち

――11――




 朝焼けの光が瞼に映り、寝ぼけ眼で見る景色の違和に、ここが黄地の屋敷であることを思い出す。そういえば、京都に来て今日で三日目だった、と。

 昨日は大変だったなぁ、なんて、ほっこりと息を吐く。英雄総会の翌日、つまり昨日はリリーたちとデートだったのだが、あれやこれやと大はしゃぎ。時子姉も“みいちゃん”として子供の振りをして参加だったので、大人役は私一人となったのだ。

 デートのあともたっぷり温泉に浸かり、食事に舌鼓を打ち、お酒でほろ酔いに。翌朝の今日にお酒が残らなかったのは僥倖だけれど、色濃い一日だった。いや、本当にね。


「ふわ……ごきげんよう、未知。もう朝?」


 私の腕にしがみついて寝ていたリリーが、身体を起こしてそう零す。

 普段のどこか艶然とした雰囲気は見られず、ただ、外見相応の少女のような振る舞いだ。


「ええ。おはよう、リリー」


 当然のように個室が与えられ。

 当然のように私と同じ部屋に泊まったリリー。

 彼女は私の答えに、“そう”とだけ頷くと、私に抱きついてまた寝てしまった。


「リリー? ほら、朝ご飯を食べに行こう?」

「いいからねるわぁ」

「リリーと一緒に、ご飯食べたいな」

「むぅ。ほんとう?」

「ええ」

「なら、おきる……」


 ふわふわと私から離れて、その場でぺたんと座り込む。

 私はそんな彼女に苦笑すると、まずは髪を梳いてあげることにした。って、うわ、さらっさらね……。


「良くてよ。ええ、そうそう。上手じゃない」

「ふふ、ありがとうございます、お嬢様」

「あら、板に付いてきたわね。私に永久就職も近いわね」

「ごめんなさい、お仕事と結婚しているようなモノだから」

「まぁ。では、仕事よりも私の方が魅力的だと思い知らせてあげるから、覚悟なさいな」

「こわいわね。ええ、楽しみにしてる。――これでどう?」

「上々ね」


 髪を梳かせて、着替えを手伝い、身支度を調えて。

 並んで黄地の屋敷の廊下を歩く。なんだかリリーと二人でこうして歩くのも、新鮮だなぁ。

 そうしていると、食堂に着く前に、角を曲がってきた人影を見る。ガッシリとした身体に甚平を着た仙じいと、やはり甚平を着崩した獅堂の姿。


「おはよう、獅堂、仙じい。二人なんて珍しいね」


 片手はリリーと繋いでいるので、もう片方の手を上げて挨拶を一つ。

 そうすると、二人は同時に気がついて、片手を上げてくれた。


「よう、おはようさん。なに、仙衛門と丑の刻まで飲み明かしていてな」

「ほっほっほっ、そのまま雑魚寝じゃ」

「二人とも、ほどほどにね?」

「未知、近づいたらダメよ、移るわ」


 なにが移るの?

 いやでも、追求すると仙じいたちがショックを受けることになりそうだから良いか。


「七と拓斗さんは別室?」

「みたいだな。二人揃って朝は早いし、もう先に行ってんじゃねーか?」

「そっか」


 七はあまり睡眠を“必要としない”ところがあるし、拓斗さんは短時間睡眠で十分なように訓練を積んであるらしく、遅く寝て早く起きる。どうやらポチは拓斗さんの部屋にいたみたいだし、拓斗さんの生活習慣に巻き込まれたのかも知れないなぁ。

 ちなみに、静音さんは時子姉と同じ部屋に泊まったみたいだ。“夜這い対策”と言っていたが、十中八九冗談だろう。静音さんは、これからは時子姉と過ごす時間が増えることだろうし、予行演習かな。

 一昨日と昨日、実技鍛錬だとかで仕込みに仕込まれていた時弥君を、今更疑ったりもしないだろうしね。又聞きで聞いた限りでも、誤解の積み重ねだったみたいだし。第一、私の大事な生徒に権力でどうこうなんてことは、させないしね。


「おはよう、みんな」


 食堂に到着して、そう会釈する。

 時子姉と静音さん、拓斗さんと膝の上のポチ、それから七。長机と座布団が並べられていて、私は拓斗さんの隣に座った。

 理由? ポチがいるからね。いつまでも拓斗さんに世話をさせるのは申し訳ないよ。




(「まさか拓斗の奴、アレがわかってて率先してポチを持って行ったのか?」)

(「あり得ない、とは言えないね。拓斗はアレで策も練れる戦闘巧者だし」)




 獅堂と七は、なにを小声で話しているのだろう。

 まぁ良いか。なんだかあの二人、仲が良いなぁ。


「おはよう、未知、リリー。昨日はよく眠れたか?」

「ええ、おはよう、拓斗さん。少しお寝坊をしてしまったかしら?」

「いいや。おれが一番で、次が時子と静音。あとは全員大差ないさ」

「ふふ、拓斗さんは早起きだから」

「おう。寝起きの良さは自慢でね」


 そう、愛嬌のある笑顔を浮かべる拓斗さんに、思わず笑いかける。

 そうすると、拓斗さんは目を眇めて私を見た。まるで――とても、愛おしいモノを見るような、そんな目で。


「拓斗、さん?」

「あまりおれを困らせるな。おまえの笑顔がどれだけおれの鼓動を早めているか、知らないだろう? ほら――」


 ぐいっと、抱き寄せられて。



「――確かめてみろ」



 厚い胸板に、閉じ込められた。


「どうだ? わかるだろ?」


 とくとくとく、と、早鐘を打つ鼓動。

 でもそれが拓斗さんのモノなのか、あるいは私のモノなのか、ちょっと判断が付きそうにない。あわわわ、どうしよう、どう答えれば良いのこれ?!

 ただ、鼓動の熱が、私に響く。歩みを揃えるように、静かに強く。


「はい、そこまでになさいな。未知、静音がつめたーい目で見ているわよ?」

「へぁっ?!」


 ばっと顔を上げて静音さんを見ると、冷たくはないが赤らんだ顔で、じとーっと見る。


「い、良いんです、良いんです……ただそう、す、鈴理が可哀想だ、なんて思わないでもないですが」

「ええっと静音さん? その手元の端末は、その写真だったり?」


 こう、まずい。

 普通にまずい。

 教育委員会にしょっ引かれてしまう。


「いいえ」

「そ、そう、よかっ――」

「動画です」

「――えええっ」


 それだと、先ほどまでの一連の動揺も撮影されていたのだろうか。

 顔に熱が集まる。うぅ、恥ずかしい。


「と、時子さん」

「どうしたの? 静音」

「観司先生って、か、かわいいですね」

「あら。私はもっとずぅっと前から知っていたわよ」


 あの、からかうのはやめてくれませんか?

 そうじとーっと見つめたら、時子姉に悪戯っぽい笑みで返された。


「拓斗さんも、私のことをからかって……あれ? リリー、拓斗さんは?」

「あっち」


 リリーが指さした方向には、獅堂と七に連れ去られた拓斗さんの姿。

 男の人って幾つになっても“こう”だよね。なんだかちょっと、子供っぽいところがある。楽しそうで羨ましい……なんて思う瞬間が、無いとは言えないけれどね。


「ところで静音さん」

「は、はい、なんですか? 観司先生」

「なぜ、まだ手に端末を?」

「す、鈴理に送ってあげています」


 現在進行形?!

 送信ボタンは押されたあとということか!

 そっか、それで時子姉はあんなに面白そうに見ていたんだね。


「あ、あれ? 送信できませんでした」

「え? 端末に圏外はないはずですよ?」


 静音さんの隣まで歩いて行き、時子姉と一緒に端末を覗き込む。それからもう一度送信をして貰ったが、“共有端末がネットワークに繋がっていません”という簡易の文字列。


「私からも送ってみるね」


 メッセージ内容は、“端末に異常はありませんか?”というもの。

 送信先は、今日当直で学校にいるであろう、異能科学年主任の江沼先生だ。


「――だめね、届かないわ」


 やはり、共有端末――つまり、特専側と通じないようだ。

 ものは試しに電話も入れてみたが、結果に変わりあるようにも見えない。


「至急調査に入るわ」

「す、鈴理は大丈夫でしょうか?」


 静音さんが不安そうに零す。

 だから私はその頭に手を当てて、笑いかけた。



「大丈夫。鈴理さんが、この程度のトラブルでどうにかされるはずがないわ」



 静音さんの頭に手を置きながら、時子姉にアイコンタクトを送る。すると。時子姉は強く頷いてくれた――。





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