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そのきゅう

――9――




 どんよりと陰る関東特専を眺めて、ため息は出ない。

 なにせやっと未知先生監修の“新兵装”を習得することが出来たのだ。いやもう、本当に長かった。未知先生、ありがたい話ではあるけれど、碓氷の秘伝をなんだと思っているんですか。

 まぁでも、修行の日々も今日で打ち止め。やっと真っ当に夏休みを謳歌できると思うと、心も躍るというものだ。


「鈴理はどうしているかねぇ」


 私の出した“課題”は、成熟できているかな?

 一日しか期間がないんだし、実際にオシオキしようなんて思っていない。オモッテナイヨ?

 ……こほん。ただ、こう、ああ言って“狼の矜持”を改変すればなんとかなる問題だ、と、捉えてくれたらそれで良い。

 鈴理が自己犠牲に見える動きをする“本当の理由”に気がついているのは、たぶん、私だけだ。一番付き合いが長い、私だけが理解していること。鈴理自身も気がついていないことを掘り返す気は無い。


(そういう意味では、会長も余計なことをしてくれたものね……)


 九分九厘善意だろうけれど、そう思わずに居られない。

 もし気がついてしまったら――その事実に、誰よりも傷つくのは鈴理自身だ。だから、気がつかなくて良い。そんな認識(もの)、初めから無かったように思わせてあげるのが、親友の役目だと思うから。


「鈴理。あんたは私が守る。そこのところ、よーく覚えておきなさい」


 私の呟きに呼応するように、“右腕”が刹那、熱を持つ。

 ……成熟したけど、これ、どうもむずがゆいんだよなぁ。第一、発想が鬼畜過ぎるのよ、未知先生。なんなのよ、“手動回路モーション・サーキット”って。


「……って、うん?」


 ふと、足を止めて空を見上げる。

 雨の予報はなかったけれど、雲は重い灰色でどんよりと暗い。なんとなく、薄気味悪さを覚えないこともないのだが……それはそれとして。


「今、なにか見えたような?」


 目をこらして、なんだったら魔力で視力強化を施して確認する。


「……」


 けれど、どれほど見ても景色は変わらない。

 うーん、どうしよう。こういうとき、リュシーが居れば“啓読の天眼”の現在視――所謂、千里眼のようなもので確認して貰うんだけど、なぁ。

 なんでも、“友達が新武装?! よし、リュシーも新武装で行こう!”とか言われて、色々と調整中らしい。それでもリュシーママに夏休みの重要性について諭されて、明日には戻ってこられるみたいだけど。


「気のせい、かな?」


 警戒だけはしておいた方が、良いかもしれない。

 あとはアレ、変わったことがないか鈴理に聞くのがベストよ、やっぱり。

 なにせ鈴理の巻き込まれ体質は、かなりのものだ。もしかしたら既に巻き込まれていたり、あるいは、何かを察知している可能性がある。


「ま、何事もないのが一番なんだけどさー」


 用心に越したことはない。

 そう、自分に言い聞かせるように、私は鈴理の待つ特専へ足を踏み出した――。
































――/――




 普段は白いパネルの部屋か、教室を模していることが多い第六実習室。

 けれど今は、畳張りの茶室に実体形成されていて、わたしは緊張を隠しつつ男の人の正面で正座をしていた。


「茶は飲めるか?」

「は、はい!」

「そう緊張しなくても良い。直ぐに点てよう」


 撫でつけた黒髪は、光の加減によって赤銅にも見える。

 赤銅色の瞳は、光の加減によって黒く落ち着いているようにも見える。

 黒縁の眼鏡は細いラインで整えられていて、知的で落ち着いた雰囲気の男子生徒。


「作法は気にしなくて良い」

「は、はいっ、いただきます、鳳凰院ほうおういん先輩っ」


 鳳凰院ほうおういん慧司けいじ先輩。

 彼が今回、わたしが“我が儘”を言って呼んで貰ったひと。生徒会副会長さんだった。


「けっこうな、お手前です」

「ふっ……凛を経由に呼び出したというから如何ほどに豪毅な人柄かと思えば、中々丁寧じゃないか」

「はぅっ――それはえっとそのあの」


 豪毅?!

 あわわわ、どうしよう。やっぱりなんか誤解されてるよね、これ?!


「くくっ……はは、すまない、冗談だ。大方、凛には話しづらいことでもあったのだろう?」


 そう、噛み殺すように笑う副会長の様子に、思い切り息を吐いて胸をなで下ろす。

 よ、良かった。へんな誤解は無かった、ということかな? いやでも、まだ、会長の方はわからない。うぅ、誤解があったら解かないと……。


「実は、ええっと、はい」

「やはりそうか。どうした? 授業がキツかったか? あいつは見た目通り嗜虐的とでも言うべきか。厳しいところがあるからな」


 嗜虐しぎゃく的……ええっと、Sってことだよね?

 わたしに優しく接してくれようとしているのはわかるけれど、流石にそんな風には見えなかったけれどなぁ……?


「あ、いえ! 会長はとても優しいですよ?」

「なに……? そうか、凛が。では、君はよほど気に入られているのだろうな」

「そう――なん、ですね」


 誰かに、わたしを重ねているだけです。

 そう口に出すことは出来ず、ただ、呑み込んで頷く。

 さすがにこれは、言っても大丈夫なことかわからないからね。


「そうか、ふむ。では、どんなことを相談したいと思った?」

「実は、その、会長の“課題”のことなのですが――」



 そう、わたしは昨晩出た“答え”についてお話しする。

 自己犠牲とでも言うべきか、自分を危険な方向に追いやるような作戦ばかり決行するわたし。そんなわたしに、自分の価値が低いからそうなるのだろうと考えて、“我が儘”を言わせてくれようとした会長。

 我が儘ってなんだろう、と考えている内に、会長の求める回答――“自分を守れる力を付ける”ということと、“他人を信頼して頼ることを覚える”ということにたどり着いた。

 会長はわたしが友達と協力して、会長に勝って欲しいと思っていたんじゃないか。そう、そこまで辿り着いた経緯とともに、答えを出す。



「――と、いうことなんです。さすがに、会長には言うに言えなくて……」

「あー……あー……うむ……っはぁ、そうか……」


 副会長も困惑されているご様子で、眼鏡を外して目頭を揉んでいる。

 そ、そうなるよねぇ……。だからこそ、どうしたら良いかわからず、副会長に相談させていただいたのだし。

 ご迷惑をおかけします……。


「変なこと言ってしまい、ごめんなさい」

「ああ、いや、君が気にすることではないさ。こればかりは、君の洞察力や勘の良さを推察しきれなかった凛の責任だ」

「いえ、その! わたしも、友達から“おまえの常識は変”って言われてたり、とか」


 常識って、難しいよね!

 ……って、そういえば、夢ちゃんからの課題についてスッカリ忘れてた! あわわわ、なんて時に思い出しちゃったんだろう、わたし。うぅ、オシオキかなぁ? なにをされるんだろう。

 いざとなったら、泣き落としだね。うん。ええっと、ごめんね、夢ちゃん。普通のオシオキだったら甘んじて受けるのでっ。


「妙に甘いと言うことだ。大方、梨衣りいと君を重ねていたのだろう」

梨衣りいさん、ですか?」

「ん? ああ。隠すことでも無いか――梨衣は、凛の妹だよ。魔導術師でね、足を悪くしているから、空気の良い北陸特専で療養しながら通っているのだが、その妹と君が重なってしまったのだろう」


 妹さん、か。

 そういえば、会長は“ご褒美はチョコレート”と言っていたっけ。もしかしたら、妹さんが好きなのかも知れない。


「話してしまったことは秘密にしてくれ。きっと、恥ずかしがるだろうからな」

「はい。わかりました。内緒、ですね?」

「ああ、助かるよ。お礼に今回の相談の件は、こちらから凛に話しておこう」

「っありがとうございます! でもその、お礼なんて。もともとわたしが……」


 言いかけたわたしを、副会長は手で制す。

 それから、ふ、と口角を上げて笑った。


「後輩に格好付けるのは、先輩の役目だよ。恩に着るというのであれば、それは君の後輩に返せば良い」

「――はい。わかりました、副会長。必ず」


 そう、告げられてしまえば頷くしかない。

 うん、立派な人だ。こんな風に後輩に頼られる自分になりたいと、そう思うほどに。


「さて、ではこれから凛に話しておこう。明日からも授業は続ける、と、そういうことでいいんだな?」

「はいっ! 会長にも、よろしくお願いしますと、お伝え下さればっ」

「ああ、任された」

「あと! お茶、ごちそうさまでした。美味しかったです」

「……そうか。ああ、なら良かった。また点てよう」


 そう、薄く微笑む副会長に頭を下げて、第六実習室を後にする。

 どうにか、問題が片付いて良かった。このまま会長と気まずいまま終えるのは――うん、とても嫌だったから。















「あれ? 雨、降るのかな?」


 一歩出た外は、朝よりもずっと暗い色をしていた。

 もしかして一雨きてしまうのだろうか。一人で居る時の雨は、あんまり好きじゃない。なんだか、気分まで重くなってしまうから。


「傘、あったかな」

「予報では降らないってことだったけど、この感じだものね」

「うん……あれ?」


 独り言に返ってきた言葉。

 空を見上げていた顔を正面に戻すと、数メートル先に佇む見知った顔。

 と、言うか。


「っ夢ちゃーんっ!!」


 走り寄って、夢ちゃんにがばっと抱きつく。


「っととと、情熱的じゃない。さては、寂しかった?」

「孤独で倒れちゃいそうだった!」

「よしよし。この私が来たからにはもう大丈夫!」

「そう?」


 夢ちゃんから一歩離れて、改めて口元を緩める。

 やっぱりもう、ひとりはだめだ。気分が暗くなってばかりで、良い事なんて一つも無い。


「おかえり、夢ちゃん」

「ただいま、鈴理――と言っても、マイホームじゃないんだけど……細かいことは、言いっこなしね」


 だから、あとは。




「さて、それじゃあ――せっかくだし、私の部屋で、課題の進展でも聞かせて貰おうか?」




 お手柔らかに、お願いします。

 そう想いを込めて苦笑すると、なんとなくだけれど、想いが伝わっているような気がした。





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