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そのはち

――8――




 ――京都・黄地の屋敷。



 品の良い和室。

 大きな一本木の机。

 実家で飲んでいたものよりも、ずっと上品な香りのお茶。


「……」

「……」


 私の目の前で、背筋をぴんっと伸ばして湯飲みを傾ける、女の子みたいな顔立ちの男の子と、小柄だけれど将来かっこう良く成長しそうな男の子。

 ――それぞれが、退魔七大家序列序列四位、緑方みどりかたの現当主と、序列二位、黄地の現当主だというのだから、宗家の水無月ですら及ばないのに分家の水守の当主ですらない私の場違い感は、相当なモノでは無かろうか。


(「うぅ、い、胃が痛いよ、ゼノ」)

(『斬るか?』)

(「だ、だめ」)


 それは、私の胃を痛めるどころの騒ぎで収まらなくなるので却下です。

 そもそも。あの、天使たちに関わって鈴理と先生が合体した事件のあと。私は時子さんと後見人手続き諸々のために京都を訪れた。

 けれど、黄地のご意見番が後見人となると、偉い人に関わらないわけにもいかないようで、なにかと会食、顔合わせ、会食、会食……と、お腹のお肉が心配になるような会食三昧。けれど相手が、七大家序列一位、赤嶺あかみねや序列三位、青葉あおば、序列五位、藍姫あいひめ、序列六位、橙寺院とうじいん、序列七位、紫理ゆかりやら……退魔七大家そろい踏みによる精神疲労で、体重は落ちるという結果に。

 もう、こんな身体に悪いダイエットはしたくない。だが、次は五至家ね、と言われた私には、どうやら逃げ場がないようだ。ふ、ふふ、図太くなりそうだ。鈴理に会いたい。夢の自爆芸が見たい。リュシーによしよしされたい。フィーとのんびりしていたい。


「もう、慣れた?」

「と、時弥ときや様。お、お心遣いありがとうございます……」

「ははは、そう簡単には慣れないか」


 不意に、黄地の現当主、黄地時弥(ときや)様から話を振られてびくりと硬直する。

 お願いですからそっとしておいて下さい。どうか、私のことは置物だと思って無視していて下さい。そう心の中で必死に祈るも、届くはずもなく。


「男性二人と君一人では心細いだろうけれど、もう少し我慢して欲しい。未知さんもそろそろ終えることだろうからね」

「いいいい、いえ、あ、あきら様。ど、どうかお気になさらないでくださぃ」


 むしろ、見た目だけなら女の子二人だと思います、なんて言ったら物理的に首が飛びそうだ。

 お二人には名前で呼ぶように言われたけれど、敬称を外すのは無理です。はい。それだけは頑なに固辞したが、諦めて居なさそうな雰囲気がある。公式の場ではともかく、非公式の場くらい、という話だけれど、私の小鳥のような心臓ではとてもじゃないけれど、そんなことはできない。

 付き添いの観司先生に早く戻ってきて欲しいということは事実なので、言われたようにもう少し我慢するしかないだろう。


「けれどそうか、また戻ってしまわれるのだったね。ボクも、可能ならば関東特専に行きたかったよ」


 女の子みたいな顔立ちの彰様は、そうしみじみと零した。

 元々は観司先生と“約束”があって、関東特専に進学するつもりだったようだ。けれど、当主としての仕事が忙しく、授業免除で仕事にかかり切りにならざるを得なくなったらしい。そこで、籍は関西特専に於いて、例え登校しても急務があれば直ぐ戻ってこられる場所に通わされているのだとか。

 友達の一人も作れない環境だ。羨ましいとは到底、思えない。


「ま、まだ、あと五日は滞在されるようですよ?」


 情報共有のため、着いてきて貰ったというリリー。彼女の提示した条件が“京都観光デート”をする、ということだったようだ。そのため、今日に会議を終えたら明日と明後日は二人でデート。それ以降は、それなりにリリーの覚えも良い時子さんも交えて、京都観光に乗り出すのだとか。

 私としては早く帰って二人きりで愉しく過ごして居るであろう夢と鈴理の間に混ぜて貰いたいのだけれど。どれもこれも全部水守の家のせいなのは間違いない。呪詛の大家、橙寺院とうじいんと仲良くなれたら呪いを教わろう。全員髪の毛が全部抜ける呪いとかどうかな。ふふっ、喜んでくれそう。


「うん、そうだね。急いては事をし損じる。“約束”を果たすためにも、大きく構えられる男でなくてはならないね」


 緑がかった綺麗な黒髪に、澄んだ緑の目。

 彰様は女の子のような顔立ちだけれど、堂々とした佇まいは確かに男らしさを感じる。


「はは、おまえは良いね。こちらにそんな出会いは望めそうにないよ」


 時弥様はそう、ため息と共にはき出した。

 黄色の髪と黄色の目。鮮やかで色素の薄い見た目に対して、纏う雰囲気は老成している。なんというか、“苦労人”という言葉がよく似合っているような感じだ。


「と、悪いな、静音。こちらばかりにわかる話ばかりで。なぁ彰。女性を楽しませる小話の一つでも持っていないのか?」

「無茶ぶりも良いところだね、時弥。――そうだ、静音さん。鈴理は元気かな?」


 不意に振られて、目を丸くする。

 ええっと、鈴理? 鈴理と知り合い、なんだっけ。いやそうか。鈴理の“特異魔導士”としてのパトロンもまた、時子さんだったか。それなら鈴理も一緒に来られたら良かったのだけれど……一度に纏めて、とか、大雑把な括りで儀式儀礼を行うことを嫌うのは、上流階級では良くあることだ。


「は、はい」

「そうか、良かった。同じ人を好いている、謂わば同好の士だ。壮健であるに越したことはないからね」

「ああ、そうか。笠宮鈴理か。彰も面識はあるんだったか」


 私たちの話にそう、時弥様が乗る。

 なんでも以前、鈴理はパトロンの承諾について時子さんに会いに行った時に、彰様とお会いしたのだとか。なるほど、それで“同好の士”なんだね。

 やっぱり時弥様も、ご友人であられる彰様の懇意の人は気になるのかな。なんてそう、思っていたのだけれど。



「ご意見番と懇意にある、特異魔導士の少女か。どれ、見合いでもしてみるか」



 は?


「そう、結婚相手か。時弥は相手選びが難しいからね」

「ご意見番が支援していて、かつ、それなりの立場を確保できる相手だろう? なら、こちらもやりやすい。手札としても、押せば通る」


 え?

 鈴理と結婚?


 ふぅん?


「静音、君はどう思う?」


 どう?

 どうって、ええっと?


「ええっとそれは、権力で鈴理を手込めにするという認識ですよね? ふふふふふそうですかなるほどそれはちょっと鈴理の大親友としては看過できない問題ですよね? ね?」

「え? いや、ちょっと待ってくれ。俺が言ったのはそういう意味――」

「なるほど。確かに時弥の言葉はそう取れるね」

「――おい彰、おまえなんで裏切った?!」


 そうだよね、権力者ってそうだよね。

 なんだか実家の“静”で始まって“騎”で終わるどこかの誰かさんを思い出すよねふふふふそっかそうなんだこの人も結局は有無を言わせない権力を行使して鈴理にあんなことやこんなことをするつもりなんだねふふふ。


「そうだ! 時弥さん、手合わせをしませんか? こう、ズバッと」

「さ、先ほどまでとは違って流暢だね?!」



 ――剣撃線検索。

 ――両断位置規定。

 ――召喚から振り抜きまで二秒。



「時弥、君は一般の方の視点をよくわかっていないよね? 普通は、親友が恋も出来ない道に引きずり込まれると思うと怒るモノだよ。静音さん、ボクの友人がごめんね。彼は話せばわかる人間だから、どうか矛を収めて欲しい」


 そう、言われて。

 彰様の言葉を反芻するように、頷く。


「いや、君は強いのだね。サポート系の異能と聞いていたのだが、両断されるような気配を感じたよ。――不快な思いをさせてしまって、悪かった」

「い、いえ。こちらも早とちりをしてしまい、ごめんなさい」


 そうだよね、斬る前にちゃんと話をするべきだった。

 話をしてから斬るべきだよね。辞世の句は残すべきだし。


(『主よ、まったく落ち着いていないな?』)

(「そんなことないよ?」)


 鈴理には幸せになって貰わないとならない。

 もし、鈴理を幸せに出来るような男性が現れないのなら、私が養うよ。おはようからおはようまで。


「いや、もし見合いをしてうまく事が運んだとしたら、周囲に文句は言わせないとそう言ったつもりだったんだ。有無を言わせず女性を手込めにするような真似をしたら、君よりも先にご意見番に手討ちにされてしまうよ」

「で、でも、権力者に見合いの席を設けられたら、しゅ、周囲の状況が断らせてくれないのでは、ないでしょうか?」


 私がそう言うと、時弥さんは首を傾げる。


「む? そうなのか? 彰」

「そういう場合もあるだろうね」

「……そうなのか。それは盲点だったな」


 この感じだと、お見合いは諦めるのかな?

 良かった。両断はせずに済みそうだ。


「では、非公式に進めるべきだな。場にご意見番も在籍して貰えば、彼女も居づらくはなかろう」

「時弥……君という人は」


 うん、やっぱり斬ろう。


「いや、はは。いずれは突き当たる問題だからな。俺の立場で未婚はまずい。血を残すのは責務のようなものだ」

「で、ではやはり……?」


 そっと、右腕を掴む。

 調子は万全。いつでも切れる。


「ああ。だがそうだな――君、という方法もあるか」

「は、はい?」

「由緒正しい名家の血筋で、自身もSランク稀少度の異能者。ご意見番が後見人であるならば、世間的には花嫁修業と捉えてくれる方向に持って行くことも可能だろう。どうかな? 水守静音。不自由はさせないつもりだが?」


 え? え?

 私が、黄地の家に嫁として入るということを、提案されている?

 でも、それは最初は鈴理にしようとしていた話であり、それが私に振られたと言うことは、鈴理の代わりに……ということだろう。だいいち、鈴理と違って私に“結婚したい”と思わせるような魅力があるとは思えないし。


「――ごめんなさい、みんな、待たせてしまったね」

「あ、時子様。いえ、お気になさらないで下さい。ちょうど今――」


 ということは、欲しいのは血。鈴理の代わりになるような、稀少な血。

 子を産ませたら、お金を渡して不自由なく解放する? 違う、世間体もある。よくて軟禁、悪くて幽閉か。




「そ、それで、鈴理を犠牲にしないと約束して下さるのなら、お、仰るとおり私が身代わりに身体を差し出します。と、時弥さん……」




 ならもう、これしかない。

 そう、苦渋に満ちた覚悟を決めて、俯きながらそう、告げた。


「うん、ちょっとお姉さんとお話ししようか? 時弥。今なら英雄ハーフコースだよ。良かったね?」

「いいい、いや、ちょっと待って下さいご意見番! 君も何を言ってるんだ?!」

「はーい、時子はこっち。未知はあっち。ちょおっと時弥を信用しすぎていたから私も頭を冷やしてくるね? 獅堂、七、拓斗、仙衛門、行くわよ。英雄ハーフコース」

「ご、ご意見番、どうか、おゆるし――アッー!?」


 首を傾げて、前を見る。

 色んな覚悟――こう、後ろからズバッとか――を決めていたのだけれど、気がつけば時弥さんは時子さんに引き摺られて見えなくなった。

 あとに残されたのは、私と、観司先生とリリーとポチと、彰様だ。


「お待たせしてしまってごめんなさい、静音さん」

「い、いえ、とんでもないです」

「それで、ええっと、彰君?」

「はい。詳しい状況、お話ししますね。まぁデリカシーもなく婚姻の話を女性に振った時弥が悪いのですが」


 ええっと、なにがどうなったのだろうか。

 いつの間にか引き寄せられて、観司先生の膝に寝かされていた。ぽんぽんと頭撫でられるのが気持ち良い。なんだか、とても手慣れてはイナイでしょうか?


「ポチ、どう思う?」

『雄なら雌にはまず実力を見せつけるべきだ。番いになるまではむしろ自身の立場は下と思うべきであろう。もっとも、番いになれば尻に敷かれるのもまた自明だが』

「あら、解っているじゃない、魔狼王」


 リリーとポチの会話だけが、ぼんやりと聞こえてくる。


「狼さん的には、静音はどうオトすのかしら?」

『鈴理と共に囲う。これ一択であろうな』

「あら、ポチハーレムでも作る気なの?」

『いや、囲うのはボスだ。ボスが形成するハーレムの一員として、我も混ざる』

「未知ハーレムね。なるほど、考えたわね。鈴理だけではなく、イルレアなんかもそれなら喜ぶんじゃないかしら? 正妻は私だけれど」

『うむ』

「あの、二人とも? ハーレムとか、築かないからね?」

『むっ』

「えっ」


 緊張から解放されて、心配事がなくなったとわかったからだろうか。意識は弱く薄らいでいく。なんだかとても、心地良い。



「と――寝ていても良いですよ? 静音さん」



 そうか。

 観司先生がそう言ってくれるのなら、安心、かな。

 とりとめの無い思考は、ふわりと浮き沈む。やがて音すら遠くなり、静かに、瞼が落ちた。





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