そのなな
――7――
――京都・英雄総会。
事の始まりは、時子姉からの依頼だった。
私たちがこれまで巻き込まれたり、解決してきた事件。即ち、対天使のことについて一度、顔を合わせて情報共有しておこう、というものだ。
通信だとどこから漏れるかわからないから、確実に安全と言える時子姉の家に集まって、会議をしようということである。そんなこんなで集まれる人間に声をかけた結果が、いないことが分かりきっていたクロックを抜いての全員参加。
ここに、かつての英雄たちが集まることになったのだ。
「さて。では、進展から話しましょうか。獅堂」
「俺からか。良いぜ」
そう、議事長として場を纏めてくれる時子姉が指定すると、獅堂はさっきまでのおちゃらけた空気を霧散させ、気怠げながらも鋭い視線で頷いた。
「三十九――俺が潰した、天使薬の工場だ。つっても研究施設みたいなもんで、生産を行えていたのはその内、二ってとこだがな」
「多いわね……気になったことは?」
「拓斗からの報告にもあったと思うが、まぁ、“材料”さ。他でもない、生産者である吸血鬼野郎とバチバチやってたからわかるが、ありゃ確実に保存状態の“種”だな」
「励起状態ではなかった、と、そういうこと?」
「ああ、未知。そうだ」
励起状態になった“種”は、手当たり次第に近づいた物を侵食して、悪魔の苗床に変えていく。保存状態で持ち歩いて、励起状態にして蒔く。あるいは、“呑み込む”とか“踏む”といったキーで励起状態へ移行するよう設定する。
それが、かの七魔王――ダビド・ディアドロ・ド・ラ・アルファルセルファ。魔血王ダビドの生産した“種”だ。
「まさか今になってそんなもんが来るとは、思ってもいなかったがね。なぁ、嬢ちゃん。おまえのトコロから“種”が持ち出された可能性はあるのか?」
「知らないわよ。吸血鬼の居城なら、趣味が悪かったからサイコロくらいになるまで重力圧縮で鋳つぶして、魔界火山に投げ捨てたけれど」
「あー……なら、昔、天使が回収してたって事か」
天使。
悪魔。
聖書で綴られる、絶対的な敵対者。そんな彼らが何故、手を組んでいるのだろうか。いや、手を組んでいたことは確実ではないのか。搾取し合う関係だった? まだ、そちらの方がしっくりと来る。
――人類を守ってくれない天使、なんて、そんな風に考えたくはないから。
「ありがとう、獅堂。では次、並びの順に仙衛門、お願い」
「ほっほっほっ。儂は地脈の捜査から色々と探りを入れていたのだがのぅ。妙じゃな。各地の霊峰霊山に羽根付きどもが集まって、なにやら画策をしとるようじゃ」
「羽根付き……天使?」
「うむ」
霊峰霊山……つまり、霊脈。
地下の流れが集う場所に、天使たちが集まって何かをしている、ということかな。何かってなにを? そう目線が集まると、仙じいは長いヒゲを撫でながら頷いた。
「羽根付きを一羽捕まえて、仙法で“ちょちょい”とやってのぅ。即席スパイに探らせてみたら、面白いことが解ったのじゃて」
「面白い、こと? 仙じい、それは?」
「ほっほっほっ。彼奴ら……霊脈から流した霊力を天使薬に流し込み、魔導術師を異能者に変革させる実験を行っておったわ」
「っ!」
魔導術師を、異能者に?
霊力を持たない物に、魔法少女の魔法で力を分け与えたのが魔導術師だ。魔力を扱えると言うことは、霊力を扱えないということ。それはつまり、霊力を扱う下地がないということだ。
「そんなことをすれば……!」
私が、身を乗り出してそう叫ぶと、仙じいは重く頷く。
「うむ。“魂核”が保たんじゃろうな。おお、魔導術師の救出には間に合ったぞい。羽根付き共は天界に叩き返したがのう。羽根が付いてようが、殴れば皆、等しく肉塊よ。ほっほっほっ」
そっか、うん、無事だったのなら良かった。
けれど何故、そんな無茶をしたのだろうか?
いや、違うな。……無茶をしたらなんとかなるかもしれない。そんな、“下地”が出来てしまったことこそが、基点なんだ。
「鈴理さん……“特異魔導士”の存在が、彼らを走らせた?」
「考えすぎじゃろう。おそらくだが、あやつら、もっと昔から計画を立てておったはずじゃ。そこに“特異魔導士”の存在が出てきて――“こりゃ、美味そうな餌だ”とでも思ったのじゃろうなぁ」
「仙じい……うん、そっか」
確かに、天使カタリナの作戦は、一年前から始まっていた。
その時点で、鈴理さんはまだ特異魔導士に覚醒してはいない。もしも原因の一つであったら、鈴理さんに余計な責務を負わせてしまうような状況が、振って掛かるかも知れない。
そういう意味で、彼女が追い詰められるような状況ではなくて、本当に良かった。
「じゃ、僕の番だね」
『弟殿の破廉恥トークだと?』
「そうそうあれはまだ僕が小さい時――って何を言わせるのさ?!」
『わふ?』
ええっと、うちのポチがごめんね、七。
それはともかく。並びの順で、私を飛ばして七の番。七はわざとらしい咳払いで気を取り直す。
「僕の調査対象は、例の“天兵”だった訳なのだけれど……施設は海の中。それも“深海”と呼べるような場所にあったよ。彼らはどうやら、聖天兵装エクスシア――至高の天界精兵と呼ばれたアレらから、一歩逸脱したものを計画していてね」
「逸脱?」
時子姉が、そう、首を傾げる。
そしてそれは、聞いている私たちも同じ事だ。まぁ、リリーは早々に飽きてお茶菓子に舌鼓を打っているようだけれど。え? 膝枕? うん、良いよ。
「高い戦闘力を有した死者の魂を蒐集し、特上の天装体に入れて、洗脳染みた“主への忠誠”を誓わせる、という代物。彼らはあえて“罪の償い”という言葉で自分たちを納得させて、犯罪者や死刑囚の魂を起用しているようだね」
「それって……関東特専の合同実践演習の試験に送り込まれた、あの?」
「ああ、そうか。未知が対峙したのだったね。そうだよ。彼は数年前にイルレアと獅堂が仲良く討伐した、異能犯罪者だ。その魂を蒐集して、天装体に植え付けたのだろうよ」
それは――なんと残酷な話なのだろう。
どうであれ一度、死んだ魂を捕らえて、罪を重ねさせる。そのなんと残酷なことなのだろうか。私には理解できない。理解、したくもない。
「“聖鎧兵装ゴスペル”――彼らはそう呼んでいたね」
「ゴスペル……幸福を呼ぶ福音とでも言うのかしら? ふふっ、どうやら天使共はよほど我らと抗争をしたいらしいわね」
「どうどう、時子、落ち着けって」
「落ち着いているわ。それより獅堂、人を馬みたいに扱わないでくれる?」
一瞬、可視化出来るほどに沸き立つ霊力。
時子姉の“超覚”を変身しなければ“使用できない”私でも察知できるほどの霊力の気配に、冷や汗を掻く。霊力とは、時間に比例して大きくなるという。
私でも聞いたことがないほど長く生きているという時子姉は、いったいどれほどの霊力を蓄えているのだというのか。
「――未知、気にしても無駄よ」
「リリー?」
ふと、膝元から声が届く。
平坦な、なんの感情も込められていない声。良くも悪くも感情的な一面のあるリリーにしては珍しい、声色だ。
「天使という生き物は、むき出しの魂でのうのうと生きているの。そこに、五感を兼ね備えた肉を与えれば、当然のように破綻する。肉ある人間たちが、彼らにはモノのようにしか見えていないのよ。死ねば代わりの肉を与えれば、それで良いのだろう。“自分たちがそうなのだから”……とね」
天使と悪魔の因果関係。
その歴史に何があったのか。リリーは黙して語ろうとしない。だから、私はただ、それでも私を元気づけるために口を開いてくれた優しい少女を労るように、髪を撫でた。
「――では、次に参りましょうか。拓斗、良いわね?」
「ああ。おれもまぁ獅堂と同じように、天使薬工場の探索と調査、破壊を担当していたんだが……この間、縁の出来た天使から興味深い話を聞けた」
拓斗さんはそう、興味深いと言いながらも、嫌そうに告げる。
そうだよね。こちらの有利になるような情報かもしれない。けれどそれは同時に、不愉快な情報でもあるんだ。
「どうも人間界での活動がスムーズかと思えば、やはり、人間サイドにサポーターが居た。元より予想できたことだがな」
「見つけたの?!」
時子姉が、拓斗さんの言葉に身を乗り出す。
国連の“蜥蜴の尻尾切り”以来、ハッキリしていなかった、人間サイドの“人間の敵”。その情報はなるほど、不愉快だ。不愉快だが、これ以上無いほど有益でもある。
「ああ。――異端審問、と言えばわかるか?」
「ほっ? もしやそれは、“超人至上主義団体”かのう?」
「そうだ。アンタがやらかした時の“スポンサー”……で、あってるか?」
「うむ」
仙じいは一度、私たちを裏切ろうとした。
けれどそれはあくまで、仙じいなりにバケモノ扱いされることもある英雄たちへの救済であり――結果的に、目論みは阻止されることとなった。
その仙じいが違法取引をしたという相手。それが超人至上主義団体――即ち、魔導術師を排除して、異能者だけの世界を築こうとする彼らの集団、なのだろう。
「世界最大規模の超人主義団体“エデン”。そいつらが、おれたちの“敵”だ」
「エデン? なぁ拓斗。俺は似たような団体名を聞いたことがあるんだが?」
「ああ、そうだろうな」
似たような名前?
え? いや、ちょっと待って。それって、まさか!
「今日の新聞!」
「こちらに」
「ひゃんっ……あ、ありがとう、都さん」
どこからともなく現れた都さんに、今日の新聞を渡される。
その記事に大きく組まれた文字。南米の恵まれない孤児たちに、大規模な支援を行ったと書かれている見出し。
「国連、理事長の経験もある政治家、ラエム氏を代表に掲げるNPO国際支援財団――“エル=エデン”」
――なるほど、国連に息が掛かるわけだ。
新聞に大きく載った写真。そこには、長い金髪をたなびかせる、美しい顔立ちの男性が映っていた。恵まれない子供たちに、愛の手を。そう、嘯くように。




