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そのご

――5――




 我が儘。

 ようは、自分の欲求をさらけ出すことだ。その行為をしたことがないというような追求を受けたのだと気がついたのは、翌日の朝だった。

 何事も全部初めてで、異能がまったく通じなかったこともあって、おそらくわたしはテンパっていた、と、思う。


「いやいやでも、わたし、我が儘を言ってるよ?」


 主に、こう、師匠に対して。

 弟子入りも我が儘なら、我が儘で甘えたこともある。なんだったら、静音ちゃんと友達になりたかった時は思い切り我を通した。なら、なんでわたしは“そう”思われたのか。


「……って、“価値”か」


 変質者やら寄生虫おじいさんやらのせいで、わたしはわたしを他人のように客観視できる。

 他人が求める最適解を、客観視して投影し、体現する“悪い癖”だ。会長にはきっと、我が儘を言えなかったせいで辛い思いをした誰かが居る。それをわたしに重ねているのかもしれない。

 おそらく、その“誰か”は会長のすごく身近なヒトだ。会長は“敵”ではないから夢ちゃんに聞いてまで探りを入れようとは思わないけれど、その身近なヒトは会長にとって大事な方なんじゃないかな。

 その“誰か”とわたしの雰囲気が似ていて、かつ、わたしの行動が目に余るようだったら? ここまで推察すればあとは簡単だ。会長自身を悪者にして、あるいは“怖い先生役”にしてでも、矯正したい。


「あれ? そうするとわたしって……矯正されなきゃならないほど、無茶な戦い方をしてた、り?」


 ――これまで、命の危機にさらされた時、真っ先に怪我をしていたのはわたしだった。

 なら一度、“わたし”の行動を“他人の物”として分析してみれば良い。常に、わたし以外のみんなが傷つかないように、最前線に飛び出る。なんだったら多少の無茶は損益に入れて無理を通す。

 だから時には大怪我をして、時には死にかけてきた。だって、無茶をすれば手に入る力があるから。一歩進めると思ったから。

 でもその行動の全ては、客観的には“自分自身の優先度が低い”ということになる。そりゃあだって、みんなが怪我をするよりわたしが怪我をした方が良い。でも、この考えがダメなんだ。




「つまり――我を通せるほど強くなれば良いんだよね! なるほど!」




 わたしは、わたし自身を守れるほど強くなれば良い。

 みんなは、わたしが足手まといにならなければすっごく強いから、協力し合えば良い。


「なんだか気分が楽になったなぁ。あ、でもどうしよう、会長への宿題、宿題?」


 そう、宿題。

 これってもしかして、一週間とか、場合によってはもっと時間掛けてわたし自身の答えに到着させるための、“助走”だったりしないだろうか。普通は、完全客観視にいきなり入ったりはしないらしいし。

 だとするとわたし、もしかして、会長のプランをこう、ちゃぶ台返しのごとくひっくり返してしまったことにはならないだろうか。


「か、会長、そんなことぜったい想定してないよね? どどど、どうしよう?」


 会長との授業までには、まだ時間がある。

 わたしはふらふらと白い制服に着替えると、懇願するような気持ちで端末を手に取った。

 短縮ダイヤルから、呼び出し音。なんとワンコールで取られる電話。


「あの、もしもし?」

『はいはいもしもーし。珍しいわね、あんたが電話を掛けてくるなんて』

「あはは。ええっと、今、大丈夫? ――夢ちゃん」


 昔からわたしを知ってくれている、わたしの一番古い友達。

 ここのところすれ違い気味だった夢ちゃんに、思わず電話をしてしまう。


『鈴理以上に優先する事柄なんてないわ』

「わたしと静音ちゃんたちだったら?」

『うぐっ……ひ、卑怯よ鈴理』

「ふふふふ、冗談だよ。ごめんね?」

『私と仕事、どっちが大事なの! みたいな展開は勘弁して……』


 うん、やっぱり、“一人”はだめだ。すごく寂しい。

 夢ちゃんと、友達と話をしているだけで、心の奥が優しく震える。師匠? 師匠は――熱く、揺らぐかな? あれ? い、いや、今は良いか。


『……それで、どうしたの? 私が力になれることなら言いなさい』

「うん……ありがとう、夢ちゃん。ええっと、実は今ね――」


 そう、わたしはコトのあらましと、今至った心境までまるっと全て話していく。

 会長とわたしの個人授業。わたし自身の問題点。わたしが導き出した答え。わたしが課せられた宿題。


『はぁー…………――あんたって子は、もう』


 その全てを話し終えた時、夢ちゃんから返ってきたのは盛大なため息だった。


『まず、私が推測する限り、鈴理の答えと会長の求める答え、ずれまくってるわよ』

「えっ」


 わたしが強くなれば良いんじゃないの? 我が儘を通せるくらいに、強く。


『そうね』


 そう、口に出してもいないのに、察してくれた夢ちゃんが端末越しに頷いた。

 わたしの答えが間違っている、とかではない?


『まぁ、最低限大怪我をしないように強くなってくれるんなら、私たちも安心よ。でもそれは、それだけのポテンシャルと鬼札が鈴理にあるって知っていて、なにより鈴理を信じてる私、あるいは私たちだから言えること。未知先生はその上で、安全マージンをとって行動して欲しいって思っているのだろうけれどね』


 そっか……師匠は、度々わたしのことを“大事な生徒”だと言ってくれる。

 だからやっぱり、危険な目には遭わせたくないと、思っていてくれるのだろう。そのことは、うん、照れるけれど嬉しい。同時に、信頼して貰えるだけの力が無くて申し訳ないな、とも、思うけれど。


『で、会長が求める答えは、“自分自身を価値ある存在と定めて、自分を守るために行動すること”。つまり、鈴理の口から聞きたい言葉としたら、“周りのみんなを信頼して、協力し合う”こと、よ』

「えっ、でも、一対一の授業だよ?」

『最終的に、ってことでしょ。明日になれば私も特専に帰れる。で、会長は“他者への協力”を禁止していない。“我が儘として他者への協力求めて挑む”――こんなところかしら』

「うひゃぁ、すごーい夢ちゃん!」

『いや、あんたの基礎解析があったから導き出せただけだからね? 鈴理は常識が他人とズレてんのよ』

「うぐっ」


 か、考え方の根本がずれているってこと?

 それはちょっと、どう解決すれば良いの?


『で、情報を統合して、鈴理が本当に目指すべき行動はわかるかしら?』

「統合……。わたしだけでもみんなだけでもなく、みんなが常に万全でかみ合う状況を、いつでも作り出せるようになる、こと?」

『そういうこと。鈴理が鈴理自身を守れるくらい強くなって、その上でみんなの力を一として背中を任せること。じゃあ、現状は何が悪いの?』

「……そんな力も無いのに、脆弱なわたし“だけ”の力で、乗り越えようとしてきたこと?」

『そうね。――あんまり心配をかけさせないで、ばか』

「うん――ごめんね、夢ちゃん」


 改めて、か細く響くような夢ちゃんの声が、わたしの心に届く。

 そっか、そんなに心配をかけてきたなんて、気がつかなかった。これじゃあ、会長に心配されるのも無理はない。


『はい、じゃ、切り替えるわよ』

「う、うん?」


 ええっと?

 声が強くなった夢ちゃんの様子に、端末越しだというのに首を傾げる。


『ここまでで問題!』

「はひっ」

『で? 結局、なんで無茶をするの?』

「はえ?」


 それはだから、わたしが自分を守るための力も無いのに、みんなの力を頼らないから、じゃないの?

 そう言う、前にため息で遮られる。あぅ。なんだかわたし、夢ちゃんにすっごく読まれてない?!


『答えは簡単。むしろ、“これ”が答えである限り、会長は鈴理の行動原理にたどり着かないわ』

「えっ」

『“狼の矜持”――鈴理、あんた、自分を“群れの長”でみんなを“群れ”として自己暗示をかけてんでしょ? “それ”よ』

「――――あ」


 そうか、確かに会長との戦いでも使った!

 わたしは群れを守る狼の長だから、わたしが誰よりも前に出て、例え命脈尽き果てようとも怨敵の喉笛に食らいつく。そんな気持ちで戦っていた。


『本物の王様だったとかいうポチなら、それで良いんでしょうけれどね。鈴理はそろそろ、守られる側としての矜持を持つべきよ。良い、だからこれは、明日特専に到着するまでの私からの宿題よ。――あなた自身も群れの一員として、認識だけでも変えておきなさい。出来てなかったらお仕置きだから』

「明日までって短い気がするけれど……オシオキ目的じゃないよね?」

『なななななに言ってるのよいやねーもう! そう、そうよ、結局アレはどうする? 会長の思惑を前倒しで暴ききったことへの対処』


 あ。

 どうしよう、忘れてた!

 なんだか誤魔化された気もするけれど、忘れてたことには変わりないし、うぅ。


『黙っておくのも手よ。その方が何かとスムーズに進む』

「ぇえ……でも、騙しているようで気が引けるよ。それに」

『それに?』


 伏せた瞳。

 零れる哀愁。

 切なさを、閉じ込めたような。


「ううん、なんでもない。でも、黙っているのはつらい」

『ま、鈴理ならそういうでしょうね』

「わかったの?」

『何年の付き合いだと思ってるのよ。で、こちらから提案。いい?』

「うんっ」

『会長からの我が儘を使用なさい。内容は、“副会長”と話がしたい、ってね』

「へ?」


 副会長?

 えぇっと、確か――鳳凰院ほうおういん先輩、かな。


『副会長は、会長のオサナナジミリアジュウよ』

「ん、え?」

『こほん。副会長は、会長の幼馴染みよ。会長に話しにくいことがあるから、副会長にまず話をしてみたい。そんな可愛らしい我が儘なら、良いんじゃないかしら?』

「そっか。副会長に、話すんだね?」

『そ。その方がまぁ、互いに爆発しないで済むでしょ』


 なるほど、確かに会長に暴露することが正しいのかわからない。

 けれど、会長を良く知る幼馴染みの副会長に助言を請えば、ここで悩むよりもずっと良い案が出来そうだ。


「そうしてみる。ありがとう、夢ちゃん!」

『いーわよ。それより、私のお仕置きも忘れないようにね?』

「オシオキは確定じゃないからね?! ……ちゃんと乗り越えておくので、楽しみにしていてね?」

『ふふ、言うじゃない。――と、最終調整に戻るわ。じゃ、また明日』

「うんっ――色々と、ありがと。夢ちゃん、また明日」


 通話の終了した端末を握りしめて、立ち上がる。

 会長との待ち合わせまで、あと一時間を切ってしまった。けれど、それだけの価値がある時間だったように思える。






「よしっ」


 せっかく、会長は初対面のわたしを相手に真摯に取り組んでくれるのだ。

 誠実には誠実を返さなければ、師匠の弟子として顔向けが出来なくなってしまう。

 そうわたしは、顔を叩いて気合いを一つ。第六実習室へ向けて、足を速めた。





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