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そのよん

――4――




 ――第六実習室。



 学校の教室風に実体プログラムが実行されたスペースで、わたしは教壇前の席に腰掛けている。

 教壇には、菫色の髪を結った会長が、にこにこと笑顔でわたしを見ている。なんだか、笑顔のハズなのにちょっと雰囲気がこわい、かな、あはは……はぅ。


「さて、反省点は多々あれど、それらは異能学に触れてこなかった故のものよ」

「異能学に、ですか?」

「そう。異能者なら中等部の頭で習うようなことであったとしても、魔導科のあなたがそれを知らないのは無理もないわ。ましてやそれが、より上級の内容であるのならね」


 なるほど、そうか、そうだよね。

 専門の学問、“以外”を勉強する機会なんてないもんなぁ。


「けれど」

「?」

「問題は、“それ”じゃないよ、笠宮さん」

「ふぇ?」


 と、再び笑顔が怖くなる会長。


「あなたは無理・無茶・無謀をしすぎるきらいがあるわね」

「ぎくっ」


 あ、あれ。

 これってやっぱり、ギチギチに絞られる流れだ?!


「これからお話しするのは大前提。基本的な心構えの“お説教”よ。良いね? それができない内に次を学ぼうなんて、ミルクチョコより甘いわ」

「ひゃい……チョコ?」


 そう言って、会長は黒板に“説教”と妙に達筆な字で綴った。

 顔は、薄く微笑んだ表情。これから説教タイムだとは到底思えない空気が、却って不安を煽る。


「実のところ、観司先生から少しだけ聞いていたのよ」

「え?」

「“無茶をしすぎるきらいがある”という評価ね。観司先生の目線……というより価値観、かな。あの先生はずば抜けて人が良いから気がつかなかったのかも知れないけれど、ふふ、あなたを良く知らない私だから見える物もあるわ」


 確かに、師匠はすごく良い人だ。

 大人という存在に対して恐怖と不信感しか抱けなかったころのわたしが、一度助けて貰っただけで信用してしまったひと。わたしに、誰かを信じる心を思い出させてくれた先生。


「――笠宮さん。例題を出しましょう」

「は、はい!」

「状況は以下のとおりよ」


 そう、会長は黒板に板書する。






    人質:【少女】

■  強盗:【犯人】【犯人】 ■

■ ■

■■■■■■      ■■■■





     【笠宮】

     【警察官A】【警察官B】』







「はい、銃を持って武装する犯罪者二人が、障害物の向こう側に陣取って少女を人質に取っているわ。近くにはあなたと、そうね、念動力系の警察官がいる。彼らは特専生であるあなたに協力を要請してきた。どうする?」


 四角いのは、タブレットじゃなくて障害物だよ、なんて説明する会長にこくりと首を振って頷く。

 なるほど。二人だけで制圧は難しく、応援はおいそれと呼べない状況っていうことかな。犯人二人は銃を持っているから、迂闊な動きをすると人質の少女に危害が及ぶかも知れない。

 だから、特専生であるわたしに協力を要請。手数を増やして、安全性をあげる、というところかなぁ。


「だったら、ええっと」


 会長の隣に並んで、チョークを借りる。







    人質:【少女】

■  強盗:【犯人】【犯人】 ■

■ ■

■■■■■■■■      ■■■■■■

【警察官B】 【警察官A】





     【笠宮】

                 』







「まず、こう配置して貰って、わたしが犯人に協力者であることを告げて、交渉役として出てきた旨を説明。人質の幼さを理由に人質交換を振って、反応を見る」

「そう、それで?」

「あ、はい。人質交換に乗ってくれるのであれば、少女とわたしを交換した時に、犯人を制圧。なんらかの手段で銃を封じて、お巡りさんに犯人を確保して貰います」

「交換に応じなかったら?」

「少女から銃が離れるように意識誘導を試みて、成功したら突入。魔導術で少女に結界を張って、攪乱。その隙にお巡りさんに人質を救出して貰って、犯人を確保します」


 うんうん、なるほど、と会長は頷いてくれる。

 これはひょっとして、最適解だったり?


「はい、不正解。準チョコも良いところね」

「ええっ」


 けれど、予想に反して会長は残酷な結果を告げる。

 あ、あれ? なにが悪かったんだろう……? 被害を最小限に抑えるにはこれで良いと思ったのだけれど?


「何がだめか、わからない?」

「う……はい」

「ま、でしょうね」


 ええっと、予想が付いたということなのかな?

 席に促されて腰掛けると、教壇に立つ会長がまた説明役に回ってくれる。わたしの気分はすっかり生徒そのものになっていた。会長、教師とか似合ったり?


「笠宮さん、あなたの動きは褒められたものだわ。なるほど、被害を常に考えて動くのは良いコトよ。けれどそれは、達人であった場合よ」

「ええ、と?」

「達人ならば、どんな状況下でも余計な被害を負うこと無く行動することが出来るわ。けれど、あなたはそうではない……にもかかわらず、常にあなたが一番被害を負うポジションに置こうとしている」


 それは、でも。

 そう続けようとした言葉を、目で封じられる。


「言ってしまえば、警察官の二人。彼らはリスクを負うことを仕事としているの。一番危ないポジションは彼らに任せてしまえば良いわ」

「突入は、危なくはないんですか?」

「あなた、“危なくない突入”にお膳立てしてから突入して貰うと、自分でそう言ったのを忘れたのかしら?」

「うぐ……」


 だって、危険が無いならそれで良いじゃないか。

 お巡りさんだって家族や大事なひとがいるのかもしれない。だったら、リスクを最小限にすることは、決してマイナスではないはずだ。

 そう、自信なさげに告げると、それはもう大きなため息を吐かれた。ええー……。


「その“リスク”の中に、笠宮さん、あなた自身のことは入っているのかしら?」

「え……?」

「あなたの視点で展開される作戦に、あなた自身が薄いのよ。自分へかかるリスクは度外視にして作戦を展開している。違う?」

「そう、でしょうか?」


 そんなことはない。

 そう言い切れるはずなのに――心のどこかで、足踏みをしていた。


「無意識ね。――常にそうなのでしょうね。あなたはいつだって、自分が一番“価値がない”」

「っ」


 だって。

 だって、それは。


「まだ卒業もしていないひよっこの取る“べき”最適解は、あなたの言う作戦から抜粋するのなら、障害物脇に警察官と一緒に待機して人質に結界を張ることよ。突入も囮も、警察官の仕事」


 価値?

 価値って、なんだろう。どう答えるのが“正解”なんだろう。


 わたしに価値がないなんて、そんなことは言わない。だってそれは傲慢だ。悪魔も、おじいちゃんも、踏みにじってきたわたしが言って良い言葉ではないよ。

 わたしに価値がないなんて、そんな風には思わない。だってそれは怠慢だ。夢ちゃん、リュシーちゃん、静音ちゃん、フィーちゃん、師匠。色んなひとが慕ってくれた恩を、捨て去るような感情だ。


「いずれで良いよ。でも、今から始めないとダメ」

「え?」

「今から、もっと我が儘になりなさい。我を通すことも、時には必要だと覚えなさい。それが、たった一年でも先を生きる、偉そうな先輩からの助言よ」


 会長の顔に浮かぶ色。

 それを、培ってきた経験が、勝手に“観察”して読み取る。

 郷愁? ううん、誰かを思い出して、重ねている?


「会長、は」

「なにかしら?」

「会長は、我が儘を言えなかった誰かを、知っているんですか?」


 僅か。

 動揺? 違う、気付き、かな。

 自分の表情に、初めて気がついたかのような顔。


「ふふ。まぁ、そのうちね。……明日から、また通常授業。今度こそ基礎霊術を学ぶから、今日のところは宿題を一つ、持って帰りなさい」

「しゅくだい……宿題、ですか?」

「そう。内容は簡単。単純明快」


 そう言うと、会長は得意げに指を立て、ぱちんっとウィンクを披露する。


「私に叶えて欲しい“我が儘”を、一つ持ってくること。良いわね?」

「ええっ」

「はい、じゃあ今日はここまで。見事宿題をクリアしたら、美味しいチョコレートでも進呈しましょう」

「あ、あの、その、えっ」


 か、会長に我が儘を一つ?!

 なんだろう。我が儘なんて、思い浮かばないっ。これで夢ちゃんだったら、会長に同衾の一つでも頼むのかも知れないけれどそのあのうぅ。




「って……あれ? 会長?」


 頭を抱えて、悩んで。

 気がつけば、真っ白な空間に一人きり。


「撤回は、できない流れ、なんだね……」


 うぅ、我が儘なんてどうしたら良いのかわかんないよ、会長ーっ!

 わたしの声なき叫びは届かない。ただ呆然と立ちすくんだわたしが再起動するまで、しばしの時間を必要とすることに、なった。





2017/04/07

誤字修正しました。

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