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そのいち




――1――




 居住区寮の一室に、よっこらせと荷物を置く。

 ばたばたとしていて合計十日にも及ぶ入院を終えて、ようやく一息。なんだか、いつもよりもずっと疲れちゃったなぁ。

 入院中はほぼずっと静音ちゃんが居てくれて、入院前はリリーかポチのどちらかは出入りしていた。そのせいか、なんだか急にひとりぼっちになってしまったような気がして寂しい。

 静音ちゃんは今ごろはもう京都について、黄地の家で手続きやら水無月の当主との会談やらで忙しいようだ。夢ちゃんは師匠が開発した新システム、刻印鋼板レリーフィング・プレートを使いこなすまで実家から離れられないらしい。

 リュシーちゃんも色々と、遠征競技戦に向けて新装備の伝授や使いこなしやらで忙しく、同じ魔法少女団で言えば、杏香先輩は現在ご実家で家族サービス中。

 一番早くて、フィーちゃんは明後日にでも帰ってきてくれるらしい。次期当主としての諸々よりも友情を優先しろ、とお父様からお達しなんだとか。本人はアルバイトに時間を費やす気みたいだけどね。

 ポチはペット用定期検診(ポチ自身がやってみたかったらしい)で鏡先生に預けられていて、リリーちゃんは“約束”があるといって、師匠とデートをしているらしい。


「師匠とデートかぁ」


 ――なんて、口に出して。




『――その、初めてだったら、ごめんね?』




 ――唇に宿った熱を、思い出す。


「うぁあぁぁぁぁぁぁ……」


 枕に顔を埋めて、ばたばたと足掻きながら思い出すのは、あの日のこと。

 あのときは胸の痛みと憧れの魔法少女に変身した興奮で意識していなかったけれど、よくよく考えてみたら、わたしってばもしかしてすっごいことをやったのではなかろうか?!

 引き寄せられた肩。抱きしめられる身体。――深く、魂を繋ぐような……。


「わわわわわ……わたし、師匠と、き、きすをしちゃったんだ」


 どうしよう。どんな顔で師匠に会えば良いの?

 せ、せきにんとってもらうとか。ひゃわぁ……。だだだだめだよ、すずり。それはいくらなんでもせーじつさに欠けるよ。でも万が一……。


「お、落ち着かないと」


 わたしは別に、夢ちゃんのように同性に恋愛感情を抱くようなことはなかった。

 ただ単純に、寄生虫系祖父やこれまで生きてきてわたしを付け狙ってきた変質者たちのせいで、男の人とどうこうなるのはないな、なんて思っていただけで。

 ただ、師匠はなんというか、男女の垣根で計れないほどにわたしにとって“大切な人”なんだ。だって、救ってくれたから。諦観で生きてきた世界で、闇で覆われた世界で、わたしを救ってくれたヒト。恋や愛はわからないけれど、最上級の“好き”を想う方。

 ――わたしにとって誰よりも大切な恩人で、誰よりも尊敬する師匠。その師匠からあんな……うぅ、あんなことがあって、意識せずには居られない。唇を、見て、しまう。



「師匠……」



 唇に触れる。

 熱を蘇らせ。

 愛に耽る様。

 想いに惑う。



「師匠――」



 唇をなぞる。

 熱を想って。

 愛を覚えて。

 想い奔らせ。



「し、しょう」



 唇を――。




――Pikon!




「うひゃあっっ」


 突然鳴った端末の音。

 メッセージの着信音に驚いて、慌てて立ち上がろうとして、足を絡ませ転んでベッドから落ちる。

 あわわわわ、恥ずかしい。今のわたし、最高に恥ずかしい!!


「うぅ、はなうった……は、恥ずかしいぃ……」


 よろよろと立ち上がって、ベッドの上に落ちた端末を手に取る。

 メッセージは……うひゃあ、タイムリー。師匠からだ。


「なんだろう?」


 リリーちゃんのデート中ではなかったのかな。

 デート中に端末を触っていたら、リリーちゃんに怒られてしまわない物なのか、ちょっぴり心配もある。だから念のため、恐る恐るメッセージを開いた。


『おはようございます。退院おめでとう、鈴理さん』


 そんなワードから始まる文章は、師匠らしい気遣いに満ちていた。

 たったそれだけのことが嬉しくて、わたしの機嫌と調子はうなぎ登りだ。

 ……また転ばないように気をつけなくてはならないのだけれど、そこはそれ。わたしはもう忘れましたとも。ええ。


「と、続き続き」


 はにかみながら、文章を読んでいく。

 なんでも一息を吐いた段階で、修行をしようという提案だった。魔導術は師匠が自分で教えてくれるけれど、師匠自身が付きっきりという訳にもいかないのもあって、異能者の“先生”は別に用意をしてくれたのだとか。

 そのアポイントメントが取れたので、異能者としての修行をして欲しかったのだとか。修行を望むのはむしろわたしの方なんだけど……師匠ってば、相変わらず律儀だなぁ。


「もちろん、お受けします……っと」


 で、受けたのは良いのだけれど。

 師匠からのメッセージには、明日、顔合わせを行うための場所が記されていたが、相手が誰かは書かれていない。

 了承をしたら、相手にもその連絡を取るようだ。もしわたしが断る事態になっても、顔を合わせた時に相手と気まずくならないため、かな。相手にもその旨で連絡をとっていたのかもしれない。

 現に、次いで届いたメッセージには、相手の名前が記してあった。ええっとなになに? 発現型アビリティタイプの異能者で、生徒の中でも最上位の実力者? ええ、ええっと、だ、誰だろう?


「名前は、と――」






『異能科三年生 発現型アビリティタイプの異能者。

 “魅惑の爆弾魔ボンバー・ショコラティエール

 現生徒会長 四階堂しかいどうりん






「――げんせいとかいちょう……えっ、生徒会長?!」


 記された名前に驚きながら立ち上がって、その拍子に端末を取り落とす。

 がんっと小指に落ちた端末に、音の無い悲鳴を上げて、蹲った。


「っ~……っっ」


 し、師匠。

 ちょっとこれは、荷が重くはないでしょうか……?

 もしかしたら、先に名前をあげなかったのは、わたしが動揺することも見越しての物かも知れない。そんな風に考えずには居られないインパクトが、その名前にあった。


 実力主義で名高い生徒会。

 その現生徒会長と言えば、名実共に――関東特専高等部“最強”の、異能者だった。


























――/――




 翌日、というタイミングは実に絶妙だ。

 動揺を落ち着かせることで精一杯で、それ以上の深い部分まで頭が回らない。栄誉なことではあるのだし、とか、色々と考えながら迎えてしまった当日。

 わたしはいつものように魔導衣の制服に着替えると、待ち合わせ場所に指定された第六実習室――耐異能特殊装甲教室に向かった。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……うぅ、緊張するなぁ」


 道中で息を整えて、実習室の扉の前に付く。

 シンボルである九條先生をイメージして建設された関東特専は、揺らめく炎のような立地で校舎が建てられている。実験が多くフィールドワークが必要な大学部は、直ぐ横が森になっている一番左の外側で、中等部は安全性の確保から一番右の外側。その内側に高等部があり、大学部は左の内側で、一番左が大学院及び研究区画がある。

 中央は理事長室や一部の実習室があり、大講堂や試験塔などが設置されている“特別学区”だ。

 ちなみに、わたしたちの第七実習室は、中央学区の右端にあって高等部に隣接している。扱いとしては旧校舎みたい。第“七”なのに。

 その、中央学区中央部に、第六実習室はある。見た目は中規模の“ドーム型”の施設で、中は常に最新設備で更新されるという、特別な“試験”のために用いる場所なんだとか。卒業試験とかね。そのため、機密性はばっちりで、ここで行われていることはそうそう外には漏れないらしい。


「入らないの?」

「うぅ、緊張しちゃってどうも足が進まなくて」

「はは、“あの”観司先生の肝いりなのでしょう? 想像よりも愛らしいのね」

「そ、その師匠に恥はかかせられな誰ですかっ?!」


 思わず、飛び退く。

 いったいぜんたいなんなのか。うひゃあっと変な悲鳴を上げる私に、声の主はくつくつと声を漏らした。


「そんなに驚かなくても、取って食べはしないよ」


 腰まで届く菫色のポニーテール。髪型だけ見るなら風子ちゃんを連想させるけれど、吊り目の奥に輝く赤紫色の瞳が、風子ちゃんのように柔らかな雰囲気ではなく、いっそ怜悧な美しさを覚える。

 スレンダーな体躯は、ほどよい肉付き。男の人に好かれそうな体系ではなく、女の子とかにモテそうだ、なんて、不埒な考えが頭を過ぎるほどだった。



「さて、待ち合わせの場所よりも“一歩手前”になってしまったけれど、自己紹介をしましょうか。私は四階堂しかいどうりん。恐れ多くも世界初の“特異魔導士”の指導の任を賜ったこと、幸福に思うわ」



 そう丁寧に礼をしてくれる四階堂先輩に。


「かっ、かひゃみや……笠宮鈴理です、よろしくお願いしますっ!」


 わたしは噛み噛みながら、土下座せんばかりの勢いで紹介を返すことしか、できなかった。





2017/04/23

小等部を大学院研究学区に変更しました。

小等部は特専にありません。

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