そのじゅうなな
――17――
地下大空洞。
苦渋の表情で戦うカタリナに私が投げかけた一言は、彼女の大きな隙となった。その間に、私は魔導陣の効果により状況を把握。血を吐いて倒れる鈴理さんの元へ駆ける。
ポチとの憑依合体により悪魔の因子が混ざった鈴理さん。命を繋ぐのに必要な手段だったのだが、その影響が彼女を天力の脅威に晒している。
「っま、待ちなさい!」
「行かせるかよ!」
「カタリナ、君はここで止まれ!!」
「援護するよ――神無月秘伝【真言結界】!」
攻防は入れ替わる。
カタリナの一瞬の隙は、膠着した状況を打ち崩す一手となった。
「っ……鈴理さん!」
走る。
――鈴理さんに縋る静音さん。
走る。
――鈴理さんに呼びかけるポチ。
走る。
――周囲の雑魚を切り伏せるゼノ。
走る。
「――来たれ【瑠璃の花冠】」
私に気がつく静音さんに、強く頷く。
もう大丈夫だよ。私が助けるから。
「【ミラクル・トランス・ファクト】」
包み込む瑠璃色の光。
身体が星に呑み込まれて、魔法少女の衣装が身を包む。
「させませ――きゃあっ、何故この流れで脱ぐのですか?!」
「隙ありだよ、天使さん! ……って、本当に脱いでる!?」
「あー、茅、おまえは落ち着け。オズワルドは知ってるんだな? よし、畳みかけるぞ!」
「ああ!!」
「え? え? え? 何故そんなに、落ち着いて?! きゃぁっ」
カタリナに隙を作れたのは予想外だけど……予! 想! 外! だけど。
なんにせよ、好都合だ。私の変身に安心する静音さんの頭を撫でて、鈴理さんの元へ跪く。
「み、未知先生っ、す、鈴理、鈴理がっ」
「ええ、もう大丈夫、大丈夫だから」
「……し、しょう?」
抱き起こした鈴理さんの反応は、弱々しい。
思えばこの子には、いつも“大人の事情”に巻き込んでしまっている。そうすると痛感させられるのは、時子さんの言葉だ。先生としては正しい。けれど、師匠としてはどうなのか。私がもう少し厳しく、彼女に生き残るための力を授けていれば、こんな事にはならなかったのではないか。
そんな後悔を、今だけは封じ込めて――これからすることを、謝る。
「ごめんなさい、鈴理さん」
「…し…しょう……いつ、も……けほっ……あし、を、ひっぱって……ごめ、ん、なさ」
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい。あと、もう一つ――その、初めてだったら、ごめんね?」
「……え……?」
困惑する鈴理さんの顎を、くいっと持ち上げる。
生徒にこんなことをしなければならない自分が、消えてしまいたくなるほど恥ずかしい。だからその、あとで誹りはたっぷり受けますので、その、ごめんなさい。
「み、未知先生? す、鈴理になにを?」
『下がれ静音! ボスの百合儀式に巻き込まれるぞ!』
「え? え?」
ポチ、あなたはあとで覚悟をしていてね。
でも、静音さんを引きはがしてくれてありがとう。
「し、しょう? ちか――」
そうして私は。
「【ミラクル・トランス・コンヴァーション】!!」
鈴理さんの唇に、己のそれを重ね合わせた。
「――いむぅううう?!?!!」
光が満ちる。
魔法の瑠璃色。
魔導の青色。
霊力の翡翠色。
妖力の紅色。
四色の光が満ち、渦巻き、そして。
「きらきらりーんっ☆!!」
瑠璃色の夜空のような空間。
呆然と私を見る鈴理さんと、手を繋いで苦笑する私。
天力がかき消された大空洞。
顔を真っ赤にして“私”を見るカタリナと、開いた口がふさがらない静音さん。
「乙女の願いと少女の心!」
――身に纏うのは正統派魔法少女衣装。
「愛を守り、恋を貫く星の使者!」
――亜麻色のツインテール。瑠璃色の瞳。犬型の髪留め。
「全ての子供たちの夢を護るため、参上するのは正義の味方!」
――服装は四色。青と、瑠璃と、翠と、紅。
「鮮烈の魔法少女ウルトラ☆ラピが、悪いやつらをやっつける!」
――ステッキを振り回し、瞳に横向きのピースサイン。
「さぁ、悪い子は、ウルトラ☆ラピがお仕置きしちゃうぞっ☆!!」
――普段の十倍はノリノリで、十割鈴理さんの心境が伝わるそれは燦めいていた。
ああ、うん、わかるよ。
凍るよね……空気。
『師匠! 師匠! わたし、魔法少女になってます!! 格好良い!!』
『うん、そうだよね、鈴理さんならそう言うよね……その、唇を奪ってしまってごめんなさい。もしかして、初めて』
『師匠以上の初めてなんかありません!! さぁ師匠、一緒に戦いましょう!!』
『そ、そう? ――ええ、そうね、一緒に戦いましょう。行くよ、鈴理さん!』
『はいっ!!!!』
鈴理さんの“これでもか!”というテンションに後押しされて、私は正統派魔法少女風のステッキをきゃるーんと構える。
なんだろう。鈴理さんの影響で、意識しなくても少女力高く振る舞える。ステッキが“無理をしてないね”と判断したのか、満ちる力が普段の比ではない。ついでに、鈴理さんの異能――“干渉制御”もこれ、私なら、鈴理さんがたどり着くであろう領域まで扱える?
『鈴理さん、この戦いが“師匠”としての私の教えです。身に刻みなさい。良いですね?』
『はいっ! どこまでもついていきますっ!!』
も、モチベーション高いね……若いってすごい。
だがいずれにせよ、これならば、師匠として鈴理さんに多くのことを教えられることだろう。願ったり叶ったりだ。
私の羞恥? 捨てますがなにか?
「なな、ななな、なんですかあなたは! それでも教職者ですか! 破廉恥ですよ!」
「可哀想に……悪い子になっちゃったから、はれんちと格好良いの差がわからないんだね?」
「え? え? わ、私が主の御心を疑ってしまったから? でも年端もいかない子供をどうこうしろなんて……い、いいえ、違います。とにかく、主の御心に間違いなどありません!! 破廉恥なのはあなただと、この剣で証明しましょう!」
ええっと静音さん? 破廉恥なのはラピで間違いないと思うとか、小声で呟かないでね? 聞こえているからね?
「“多重干渉”――“加重・慣性・流向・熱量”――“四重制御”」
低空にふわりと浮き上がり、“思うがままに”空を飛ぶ。
通常感じる空気抵抗も、重力の負荷も、飛行制御では得られない段階で“空を舞う”。魔法少女の高速移動はこれより速いが、地形や周囲の配慮は出来ない……とは言わないが、難しい。
つまるところ――ソニックブームを起こさずに、音速で移動できるということ。
「神徒の剣よ、悪を断て――」
「遅いよ」
「――なっ、後ろ、いつの間に」
瞬く間にカタリナの背後に回り込み、肩を叩く。
咄嗟に振り向くカタリナよりも速く動き、また背後に現れて、とんっと手で押した。その衝撃はもちろん――飛行に使った力をそのまま、吹き飛ばすことに転じた力だ。
「あぅっ!?」
押しただけ。
とてもそうとは信じられない轟音が、カタリナの身体を吹き飛ばす。
「“多重干渉”――“生成・製錬・精錬・付与・慣性・流向”――“六重制御”」
カタリナが立ち上がる前に、こちらの用意が終わる。
最初に空中に十三本の石柱が出現。精錬され、銀の剣が石柱から出現。それら全てが磨き上げられ、比重はそのままに威力と勢いを殺さずカタリナに殺到した。
「こんなもの」
――一振りの銀剣をたたき落とし。
「づっ」
――一振りの銀剣に翼を貫かれ。
「まだ、あぅっ」
――決死の思いで銀剣を弾き、別の銀剣に腕を裂かれ。
「あ、あああっ、あああああっ!!」
――五本、六本、七本と銀剣を落として。
「あうっ、しまっ」
――八本目で剣を取り落とし。
「きゃっ、うぁっ」
――九本目と十本目を、左手を犠牲に避け。
「そん、な」
――残り三本の銀剣が、絶望の表情を浮かべるカタリナに、牙を剥く。
「行きなさい!」
「ひっ――」
だだだん、と、耳をつんざくような音。
カタリナの右肩と、胴と、左足に突き刺さった銀剣。急所は狙わない。天装体を砕いてしまったら、それこそ背後関係がわからなくなる。
だがそれ以上に、記憶を残したまま、彼女にはして貰わなければならないことがあるのだ。
「トドメは、ささないの、っつぅ、ですか……?」
「あなたの行動で、傷ついた人たちが居ます」
「っ」
「その気持ちを抱いたまま、きちんと“ごめんなさい”して貰うんだから、覚悟してね☆」
一年間を奪われた片桐佳苗さん。
傷ついて倒れ伏した鈴理さん。
なにより、その残酷な嘘で取り返しの付かない過ちを起こすところであった、カタリナの実兄――フィリップさん。
「鈴理と私の、愛の合体パワー! 行っくよー♪」
――らぴらぴらぴらぴうるとら~♪
ポーズとともに、弾ける星。
何故か流れるテーマソング。
「ま、待って下さい、その悼ましい歌になんの意味が?」
カタリナの困惑を置き去りに、振り回すステッキから溢れる四色。
「【干渉祈願・愛と平和の魔法少女・重奏成就】!!」
くるくる回って。
※回ることに意味は無い。
腰を振りながら。
※腰を振ることに意味は無い。
ステッキをばびゅんっと振る。
※普通に振っても良い。
「あなたの愛に、届け、ミラクルハート!!」
「――ああ、光が満ちる? ……かみさま」
巨大な☆マークがステッキから射出され。
「う、ぁああああああああああああああああぁぁぁっ!?!?!!」
四色の星をまき散らしながら、カタリナの身体を呑み込んだ。
「“その姿”で、やり直しなさい。それが魔法少女からの試練だよ」
地面に倒れ伏す――エストと年の変わらない“幼女”を背に、いつものようにポーズを決める。
瑠璃色の爆発もいつもどおり。けれど優しく巻き上げたカタリナの身体は、フィリップさんの腕の中へ、すとんっと収まった。
――/――
――池袋教会前。
空を覆っていた曇天が、薄く晴れていく。
その光景を眺めながら、時子はおぉと気の抜けた声を出した。
「解決した、ということかしら?」
「おそらくね」
イルレアの問いに、時子はのほほんと返す。
――そんな時子の背後では、最後の天兵が、獅子に喉を噛み砕かれて消滅していた。天兵相手に奮闘したせいか、イルレアの服には土汚れがある。だが、時子には怪我どころか汚れの一つも無く、足下にすり寄る狛犬と獅子を撫でて微笑む余裕すらあるようだ。
それに、密かに驚くイルレアもまた、汚れのみという事実があるのだが。
「天兵に浄化がうまく作用しなくて焦ったわ」
「そうは見えないけれどね。焼き払ったの?」
「ええ。白は高温の色よ? 羽根すら残さないわ」
教会周辺に、無様な跡は残さない。
そう物語るように、イルレアの周辺は綺麗に片付けられていた。
「でも、これからが大変ね。みいちゃん?」
「ほんとそーよ。私も、伝手をあたってみようかな。天界との全面戦争なんてことになったら、未知おねーさんが悲しんじゃうから」
「あら、悲しまなければ良いのかしら?」
挑発的に微笑むイルレアに、時子は見た目にそぐわない艶やかな笑みを向ける。
「人の世界はヒトのものよ。自分たちの世界に引き籠もるか、友好的に接するのならまだしも――あの魔王たちのように牙を剥くというのなら、手心なんて必要ないわ」
「……さすが、黄地の“四神使い”とでも言うべきかしら」
クスクスと微笑みながらも、時子から漂う気配は老獪な実力者のものだ。
深淵から覗き込むような目に怪物を見たような気がして、イルレアは思わず目を逸らす。敵対してはならない相手、という認識を、いっそう強くしながら。
「さ、帰りましょう。イルレアおねーさん」
その気配を霧散させ、無邪気に笑う時子。
イルレアは“気にしても無駄なこと”と意識を入れ替えると、差し出された手を握り返す。
「ええ、みいちゃん。事の顛末も、気になることだしね」
イルレアの苦笑と共に、時子が何気なく指を弾く。
すると、狛犬と獅子は伏せるように一礼し、虚空へと掻き消えた。
――/――
――弓立山外縁部。
なぎ倒された木々。
めくれ上がった大地。
とてつもない規模の戦争の痕を思わせる、山の一角。
「ほら、晴れたわよ、メイド」
「シシィです。リリーお嬢様」
切り株を椅子に、滑らかに両断された岩の塊を机に。
シシィの入れた紅茶を啜りながら、天を指さすリリーの姿に、シシィは思わずため息を吐く。
「良かったのですか? 駆けつけなくて」
「ええ。私たちの役目はここまでよ。未知一人で過剰戦力なんだから、何人行っても同じこと。私は未知が恭しく迎えに来るのを待てば良いの」
「はぁ……」
周囲の雰囲気にそぐわない様子だが、リリーに気後れは見えない。
むしろどこからか紅茶とクッキーを取り出して見せたシシィの方が、よほど狼狽しているようにすら見える。
「シシィ」
「はい」
「不思議ね、カップが空いているわ?」
「……はい」
空いたカップに紅茶を注ぎ、傾けるリリーにため息を隠す。
どうせ何を言っても無駄なのと、なにをどうしたってリリーには叶わない。それは、“前のボディ”で瞬殺された時からよく理解していることだ。シシィとて、怒りを買いたい相手ではない。
「そうそう、シシィ」
「なんでございましょうか」
「お菓子が恋しいわ?」
「………………はい」
長い沈黙のあと、期待するようなリリーの表情に負けるシシィ。
いや、最初から勝ち目はなかったのだ。そう、シシィは深いため息を一生懸命押し殺して、“鍵”を取り出し、連絡の一つも寄越さない主人へのせめてもの意趣返しに、亜空間から“旦那様のとっておき”のカステラを取り出して、恭しく切り分けるのであった――。
2018/01/05
誤字修正しました。




