そのじゅうろく
――16――
空洞を覆い尽くすような魔導陣が、絶えず私に情報を送る。
拓斗さんの戦闘方法は、左手を盾のように扱いながらなぎ払い、すり抜けてきたものを竜吼剣で切り倒すというものだ。拓斗さんは非常に視野が広い歴戦の戦士だ。私が口を挟まずとも最良の戦法を用いることだろうが、念のため、魔導術によるサインで味方の位置を伝えておく。
茅さんは、完全なボクシングスタイル。霊力による肉体強化と、敷き詰められた正六角形、ハニカム構造の結界を薄く全身に纏った超防御。行き着く先は、ものすごく硬い拳で打ち砕くという超肉弾戦殺法だ。神無月はどこを目指しているのだろう。彼女にも、味方の位置だけ伝えておく。あれはおそらく、抜けてきた敵はカウンターで仕留める戦法だ。
フィリップさんは、杖を用いてカタリナと鍔競り合いをしているようだ。カタリナの武器は、光で出来た剣。それを器用に振り回し、杖を弾いて流していた。フィリップさんにも魔導術のサインで味方の位置と、それから円環から放たれた球体眷属の位置も教えてある。だが、天力を制限させてしまっている分、ここが一番苦しいか。
「……【術式固定化】」
なら、私は、そろそろ援護に回ろう。
展開した魔導陣を固定することに成功。安定するまで時間が掛かってしまったが、これでもう大丈夫だ。異常があれば私に知らせてくれる。
「【速攻術式・身体強化・展開】」
肉体強化。
単純魔力循環でも肉体強化が可能なレベルの術者が、詠唱をして術式を構築して強化をするというのは文字どおりの意義がある。蒼い光が満ち、身体を包み込んだ。
「【速攻術式・術式接続】」
さぁ、これから一気に、場を崩す。
反撃開始の合図は――
「ちぃっ」
「貰いました。天装体を砕いて天に還りなさい、お兄様!!」
――あれで充分!
「【1:追尾貫通弾・2:精密連弾・3:術式持続・展開】」
身を捩って一撃目を避けたフィリップさんに、カタリナの追撃が入る。
同時に、カタリナは私が手を向けていることに気がついて障壁を張るが、。それではだめだ。私の術式は“貫通術式”――そんな紙のような障壁では、防げない!
「なっ」
ガラスを砕くような音。
放たれた針のような弾丸を、カタリナは剣で落とす。
「あなたは……どこまで邪魔を!」
一度距離を取るカタリナ。
魔導術師のこともよく研究してきたのだろう。なるほど、次の詠唱までに自身も次を用意するというのは効率的だ。なにせ、近距離に近づくには、間に挟まれたフィリップさんが邪魔になる。
だが、それは一般的な魔導術師である場合だけだ。私はもう先ほど、連弾属性で詠唱を終えているのだから。
「射貫け!」
かけ声と同時に、蒼い弾丸が放たれる。
今度は連射。秒間三発のマシンガン全てが貫通属性。速度と貫通に重視したから追尾はおまけだが、軌道修正くらいはしてくれる。
「なっ、異能? いえ、確かに魔導のはず、なのにっ!」
障壁は貫かれ、眷属も三発で沈む。
カタリナは光の剣で懸命に弾くが、圧倒的に、速度はこちらの方が速い。そのうち捌ききれなくなって、だんだんと白衣に亀裂を入れていく。
「カタリナァッ!」
「お兄様?! もう……っ」
もう立て直したのか。
そう続けることは叶わない。フィリップさんの猛攻と、私の弾丸。絶え間なく放たれる嵐のようなそれに、カタリナは徐々に追い詰められる。
新しく眷属を召喚できなくなった。その事実がなにを産むのか、気がつく間もなく。
「――ブーストナックル……ってなァッ!!」
巨神の鋼腕が、銀の炎を噴出しながらカタリナを襲った。
「きゃあっ!?」
銀の炎は確か、紅の炎から続く巨神の鋼腕の“二段階目”。
その発現能力は確か、“炎に特殊効果を付与する”ことだったはずだ。だからだろう、霊力にとって格上の天力を物ともせずに、カタリナの身体を掴む。
「神無月! 天装体を砕くと記憶が吹き飛ぶ。やり過ぎるなよ!」
「ははっ、任せてよ。僕の力は一級品でね……イルレアさんも参考にしてくれた程度には、扱いに長けたつもりさ!」
んん? イルレアに参考?
そういえばイルレアは、日本の術者を参考にして“欲求浄化”を身につけたのだったか。あれ? そういえば暦探偵事務所の面々と、イルレアは面識があると言っていた。
ということは、イルレアが参考にした術者。“欲求浄化”の本家とは、まさか。
「汝、生き抜くこと是、欲深し。我欲我執の全て捨て、神の道へと帰依せんことを――」
鋼腕に捕まれて身動きが取れないカタリナのもとへ、茅さんが駆け抜ける。
その顔に浮かぶのは獰猛な笑み。爽やか王子様風の表情の全てを捨て去って、修羅の道に身を投げる生粋の戦闘者。
「――過剰浄化【ディバイン・オーバー】!!」
「なっ、なんですかその非常識な光、は、あああああああああぁぁっ!?!?!!」
茅さんの拳が衝突する刹那。
手から解放されたカタリナは、けれど、今から体勢を立て直すことなど到底叶わない。障壁を砕いて突き進んだ茅さんの拳が、カタリナを穿ち抜いた。
「やったか?」
「オズワルドっていったか? それはフラグだと思うが……」
拓斗さんの呟きに、端で聞いていた私は思わず苦笑する。
まさかそんなこと、現実には起こらないと思うのだけれど。
「茅さん、どうかしら?」
「……ずらされた。クリティカルだったら、生者も成仏させられるんだけど」
成仏って……神無月は神道ではないの? 神仏習合?
まぁ良いか。それより、ならば、これは本当に“ふらぐ”? なのかもしれない。
土煙の向こう側。魔導陣も纏めて浄化させられかけたから探知が効かないのだけれど、嫌な予感しかしない。
「拓斗さん、今のうちに鈴理さんを」
「もう犬っころに指示を出したが……だめだな、空洞が天力に満ちている。逃がす気は無いようだ」
そうして、徐々に土煙が晴れてくる。
その向こう側に立つのは――手に、黄金の剣を持った、カタリナの姿。
「まずいッ! 観司未知、君は娘候補たちの守護に回れ!」
「させません――“裁きの日”」
黄金の剣を中心に、空洞を染め上げるほどの白い光。
その全てが天力であり……この状況は、フィリップさんと戦ったあのときの、焼き回しだ。
「天の力を天使薬により増強し、“神の御心に沿わない”魔導術を駆逐し、異能を発現させた魔導術師の魂を調べることが私の使命――ならば、これは必要な犠牲なのです」
「なに、を?」
「しかして。私たちも天使に名を連ねる者なれば、その魂の調査が終われば必ず、天国へ召し上げることは約束いたします――故に」
甲高い音。
「ちっ、おれ狙いかい? お嬢さん!」
掻き消えるように移動したカタリナが、拓斗さんに剣を振る。その速度に反応できたのは、経験故か。拓斗さんは速度では到底追いついていないはずなのに、カタリナの攻撃を捌いている。
「練炎、強化付与。砕けよ鋼腕!」
「なるほど、熟練の戦士と言うだけありますね」
拓斗さんが無言で、刹那、私に視線を送る。意味するところは、その間に探知魔導陣の回復だ。状況を把握できない状態では、例え変身を選択しても、ステッキを取り出す一瞬を違和と捉えられかねない。
拓斗さんは鋼腕を盾に、視線と剣戟と、口調と呼吸の全てでフェイントをかけている。
「攻めあぐねているみたいじゃないか!」
「ええ、ですが、あなたも援護は期待できないでしょう?」
カタリナの黄金の剣に、竜吼剣を合わせて逸らす。
視線を右に向け、性能が高いが故に目線を追うカタリナの左側から竜吼剣が迫る。弾いて攻めようにも、巨大な鋼腕の向こうへ踏み込めない。
なるほど、拓斗さんの言うとおり、カタリナは攻めあぐねている。だが同時に、その余波は砕けて舞う石が砂に変わるほど激しいものだ。フィリップさんも茅さんも、割って入ることが出来ないでいた。
「【再設定】」
だが、拓斗さんのおかげでなんとか、術式の再起動が間に合う。
「拓斗さん!」
「……ああ!」
探知能力の戻った魔導陣。
窮理展開陣の機能で見た鈴理さんは、悪魔の因子を追い詰められて蹲っていた。静音さんがその様子に気がつくと同時に、血を吐いて意識を朦朧とさせる。それが天力による“影響”であると、魔導陣からの情報で、わかってしまった。
「――カタリナ、それが正しい行いだというのなら、あなたは何故そんな顔をするのですか」
「え?」
「私は鈴理さんの下へ向かいます。拓斗さん、茅さん、フィリップさん!」
「任せろ、行け!!」
私の言葉に、僅かに怯むカタリナ。
そんな彼女に背を向けて、私は鈴理さんの下へ向かう。どうやって助ける?
変身して、魔法で救い上げる? 悪魔の因子を排除する? 天力を排除する? いいや、違う。一つだけ、もっと確実に――鈴理さんの魂を補強する術がある。




