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そのじゅうご

――15――




 豪雨の中。

 病院は静まりかえっていて、灯りの一つもついていない。解析魔導で調べてみれば、一般職員や入院患者は全員、眠らされていることがわかった。

 特殊な術式による睡眠。なら、多少騒がしくしたところで問題は無いだろう。


「ポチ、観司さん、オズワルドさん、あそこです」


 茅さんがそう指さしたのは、病院の中庭に置かれた定礎の石だった。

 それがおそらく、地下空洞とやらの中心部なのだろう。なら!


「ポチ、穿ち抜きなさい!」

『ここ掘れわんわんであるな!』


 いや、そうだけれど、そうじゃなくてね?!

 私のツッコミも追いつかないままに、私と茅さんを乗せたまま、ポチが大きく跳躍する。

 そして爪に妖力を溜めて、振り下ろした。



『狼雅“クロウ=オブ=ロア”!!』



 爆砕音。



『な、なんだ?! ぎゃああああああっ!?』



 褐色の悪魔が、何故か爪に呑み込まれて消滅する。

 えっ、なんで?


「な、なにごとですか?!」

「んあ? って、あれは……」


 次いで聞こえたのは、二つの声。

 空洞の中央に降り立つ私たち。土煙もあるのだろうが、そんな私たちの正体も解らず叫ぶ女性の声。これが、おそらく片桐さんを騙った天使のものだろう。

 もう一つは男性の声。なのだけれど、あれ? すごくこう、聞いたことがあるような。


「って、竜吼剣ドラグプレイヴァー?!」


 土煙が見えた先。

 最初に見えたのは、妙に見覚えのある西洋剣。鍔に竜の意匠が施されたその剣は、“本人曰く”竜の眠る溶岩地帯で、竜の息吹に晒されながらも悠然とオリハルコンの台座に突き刺さっていたという経緯があり、熱に強く、折れず曲がらず刃こぼれもない一級品。

 確か、二番目にトリップした先で引き抜いて、それを機に“鋼腕の勇者”と呼ばれるようになったのだとか。


「よう、未知。久しぶりだな」

「た、たたたた」


 黒いフルフェイスにライダースーツ。

 右手に嵌められた薄い手甲はおそらく、“操者の籠手”か。四番目の異世界で、人形師に貰ったとかいう。

 左手に装着されているのは、どこか見慣れた鋼の籠手。巨大なナックルとでもいうべきか。彼の、代名詞の一つ――巨神の鋼腕(ギガント)

 その姿を、この私が見逃すはずもない。


「拓斗さん?!」

「ああ。手札は隠し抜くつもりだったんだが、今更か」


 そう言って、拓斗さんはヘルメットを脱いだ。

 黒い髪に黒い目。愛嬌のある笑顔と、熱を孕んで輝く目。どきっとしたのは内緒です。


「師匠!? どうしてここに?」

「み、未知先生……来て下さったんですね」

「鈴理さん! 静音さん! それからゼノも。無事で何よりです」

『うむ。ポチよ、おまえも壮健か』

『如何にも』


 拓斗さんの影からひょっこりと現れた二人の姿に、安堵の息が漏れる。

 いつも巻き込まれる時は半ば前のめりな鈴理さんだが、今回は否応なしに状況が進んだ。普段よりも圧倒的に謎だらけな状況に戸惑いを隠せなかったが……うん、本当に、間に合って良かった。


「おや、噂の英雄様ですか。ご高名はかねがね」

「ああ、東雲拓斗だ。あんたは?」

「神無月茅と申します。以後、お見知りおき――」

「ええっ!?」


 茅さんが名乗ると、鈴理さんが驚きの声を上げる。

 見れば、静音さんも目を見開いて驚いているようだ。


「神無月茅さんって、あの、黄昏探偵の?!」

「あ、ふみの読者さんなんだ。いつもご愛読ありがとう」

「あわわわ、さ、サイン、サインくださいっ」

「わわわわ、私も、私も良いですか?!」


 なんだろう。一気に場が和んでしまった。

 見たところあらかたの天使が倒されているのも、そう感じる一因には違いないだろう。まぁ拓斗さんが“異界の品”を二つも用意してこの場に居るのだ。

 その上、フィリップさんを初めとして、この場には実力者が万全の状態で溢れている。この構えで遅れを取るとは思えない。余裕が出来るのは当たり前だ。ってあれ? この状況ってもしかして、珍しく変身しないでも切り抜けられる!? やったっ!

 っと、だめだめ。最後まで気を抜かないようにしないと。


「未知、しばらく連絡しかできなくて悪かったな」

「えっと、ずっと調査をしていたということでしょう? 気にしないで」

「ばーか。おまえは佳い女だ。佳い女らしく、愛は強請るくらいでちょうど良いんだぜ」

「……ばかはどっちよ、もう」

「はは、言われちまったな。さて、そろそろ警戒しろ、未知。どうやらこじれそうだ」

「え?」


 拓斗さんが鋭く見つめる方向には、呆然と佇むフィリップさんの姿。

 その向こうには、片桐佳苗さんを騙った天使が――目を見開いて、フィリップさんを見ていた。いったい、どういう状況なのだろう? ええっと、騙った天使の名は、確か。




「――……カタ、リナ……why……生きて?」




 そうそう、カタリナだ。

 池袋のシスターが名乗っていた名前だ……って、あれ? フィリップさんにも聞こえていた? いや、違う。顔を青ざめたフィリップさんの様子を視ていれば、それが違うと言うことくらいわかる。


「……何故、そちらに立っているのですか? ――お兄様」


 お兄様?

 っと、そうだ。どこかで聞いたことがあると思っていたけれど、思い出した。あの修学旅行で、光に呑み込まれたフィリップさんが呟いた名。

 ――フィリップさんが、悪魔を憎む理由になった原因。悪魔と手を組んだ人間によって殺されたという、フィリップさんの妹。でも何故、生きているの? いいえ、生きているのだとしたら、生きていたのだとしたら、フィリップさんの抱えてきた苦しみや葛藤は……。


「入れ込みすぎるな、未知。今、護らなければならないものはなんだ?」

「っ……ごめんなさい、拓斗さん。ありがとう」


 そうだ。私が今、護らなければならないものは、大切な生徒たちだ。


「何故だカタリナ! 君は懸命に使命を果たそうとしたが、主の下に召された! そうではなかったのか?!」

「っ、それ、は」

「セブラエル様が偽りを命じたのか?! 我が同胞、レルブイルが騙ったとでもいうのか!! Answerしてくれ、カタリナ!!」


 詰め寄るフィリップさんに、口を噤む天使――カタリナ。

 その間にゆっくりと鈴理さんを逃がそうとするが……流石に、そこまでの隙は見せてくれないか。


「――全ては主命です。主命によりこの身は既に死者であるならば、お兄様、あなたを天界にお送りすることもまた主の御心であるのです」

「偽りを、主が申す? そんなはずがないだろう! Whoだ! カタリナ、MySisterにそのようなことを命じたのは!」

「どのような経緯を辿ろうと、主命は主命。主の御心を示すことに、私は躊躇わない!」


 カタリナの瞳が翡翠に輝いたと思えば、次いで、黒髪が鮮やかなハニーブロンドに変わる。そして、翼が二対四枚に増え、神々しさがかさ増しされた。


「っ、鈴理さん、ポチ、ゼノ、無事?」

「っ、ええっと、はい。ちょっとだけ息苦しいかも、です」


 やっぱり、か。

 以前の復活から、悪魔の因子が“混ざっている”鈴理さんは、聖の、ひいては天力の気配に脆い。一応、天力に対して影響力のある魔力で鈴理さんの周りに結界を張っておこう。

 ポチたちはどうなって……?


『我は慣れた。ゼノよ、おまえは?』

『この身は鎧。静音の属性に合わせるよう変化を身につけた』

『静音の属性? 人見知り腹黒女子か?』

『その属性は知らん』


 いや、うん、こんな時にコントはやめてね?

 本人たちは大真面目なのだろうけれど!


「す、鈴理、辛くなる前に辛いって、言ってね?」

「むずかしいよ、静音ちゃん……」


 静音さんは、言いながら鈴理さんを支えてくれる。

 よほどのことが無い限り、鈴理さんのことは静音さんとポチゼノコンビに任せておけば問題ないだろう。


「フィリップさん! 極力、天力の解放は控えて下さい」

「未知、だが!」

「ここは! ……ここには、私たちが居ます」


 狼狽するフィリップさんの目を、覗き込む。

 フィリップさんは悔しげに唇を噛み、けれど、苦笑して首を振った。


「……これは、君たちの戦いだったね。横入りした挙げ句、主演の座までRobとはNonsenseだ。ああ、もちろんだとも。私は人間として、君たちの傍に立つよ。だから――」


 フィリップさんは身体を起こし、澄んだ目でカタリナさんを見る。

 するとどうだろう、カタリナさんは詰め寄られた時よりもずっと、狼狽した表情を見せた。


「――カタリナ。私はただの人間として、No、人間の父親として、息子と娘候補の願いを叶えるために戦おう。行くぞ!」

「なんで、そんな、お義姉様が生きていた頃のような目で……? ッ良いでしょう。天使として天力を扱わないその傲慢、この場で打ち砕いて差し上げます! “眷属招来”!」


 カタリナの言葉で、空中に浮かんだ円環から翼の生えた光球が生まれる。

 その数はざっと二十。多くはないが、秘められた力は大きい。


「さて、ここから先は大人組の力あわせだ。神無月、おまえはどうする?」

「これでも神無月の現当主ですからね。引けませんし……それに、こんなに血が滾る戦いを観戦していろだなんて、僕には酷だ」


 そう言って、茅さんは両手を顔の前に構えて、ゆらゆらと左右に揺れるようなステップを踏む。ええっと、神無月は結界の名家だったと思うのだけれど……ボクシング?

 いけない。気を取られてはならない。鈴理さんが不調を来している以上、望ましいのは短期決戦だ。



 なら、私たちは――



「吼えろ、巨神の鋼腕(ギガント)。叫べ、“練炎れんえん”」



 拓斗さんの左手で、鋼腕が銀の炎を宿す。



「圧縮結界【龍鱗りゅうりん鎧操がいそう】」



 茅さんの身体の表面に、一瞬、透明のなにかが輝く。



「神杖、限定解放」



 フィリップさんが、白銀の杖を構える。



「【速攻術式セット窮理展開陣(ハイアナライズバレル)追加プラス広域予測フィールドグラム展開イグニッション】」



 私が、全員のサポートに回る。

 すると、カタリナが腕を振り上げるその瞬間まで、私の目には克明に写った。



 ――もう、やることは決まっている。



「一気呵成に畳みかけるぞ!!」


 拓斗さんの言葉に、カタリナに向かって駆け出す。

 ここが事件の終着地点だ。逃しはしない……!




 そう、決意に震える心は、警告を止めない。

 それでも私たちは、突き進むしかなかった。





2017/04/01

2018/01/05

誤字修正しました。

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