そのじゅうよん
――14――
迫り来る獣の牙。
這い寄る触手たち。
千切れ飛ぶ怪獣のようなもの。
「おいおい、手応えがなさ過ぎるんじゃないか?」
フルフェイスのヘルメットで顔を隠した男の人は、肩に構えた西洋剣で、神獣たちを切り捨てていく。
天使が天使薬を呑み込んだ神獣たちとはまた別。片桐さんがなにやらボタンを押した途端、周囲の機械が一斉に起動。シリンダーに収められていた天使薬一つ一つが、歪な神獣に変化して、わたしたちに襲いかかってきたのだ、けれど。
「思ったより大変じゃないね、静音ちゃん」
「う、うん。あのひと、強い」
静音ちゃんが、身体を回転させながら飛びかかってきた虫型の神獣を切り落とす。
返す刃で二つ首の蛇を一刀に伏せ、なんでもないようにわたしにそう頷いた。うん、静音ちゃんもびっくりするほど強いのだけれど……それはあんまり触れない方が良いのかな。
「わたしも、負けてられないよ……ね!」
“速攻術式”
“平面結界”
“追加・三枚”
“円周固定”
“展開”
一枚の結界の周囲を、回転しながら軌道を固定された三枚の盾。
刃の少ないチェーンソーのように【回転】が加えられたそれを、襲いかかってきた神獣に向ける。
『グロオォォォッ!!』
「はぁッ!!」
『グルゥアッ?!』
ただの一撃で首を断たれた半ゾンビの大虎は、悲鳴と共に煙と化した。
……というか、半ゾンビってなに? 赤紫色の結晶そのものは、床に落ちて砕けている。けれど少しでも翡翠色に変化していると神獣化し、赤紫色が強ければその分だけ、歪な形になるみたい。
「静音ちゃん、あの結晶、なんだかわかる? わたし、見たことがある気がするんだ」
「わ、私も既視感がある、けれど――ゼノ、わかる?」
静音ちゃんが問いかけると、ゼノは魚人のような神獣を縦に斬り分け、飛来する鳥型の神獣を切り落としながら振り向いた。
『気がつかなかったか? アレは“種”に相違ないだろうよ』
「そっか! どこかで見たことがあると思ったら――って、えぇっ!?」
「た、種って、あの、悪魔の、だよね?」
『ああ』
“種”。
七魔王が所持していた赤紫色の結晶で、その力を取り込んだひとは種蝕者として悪魔の体を持ち、いずれは悪魔そのものに乗っ取られる。
――わたしが師匠の正体を知る切っ掛けにもなった、悪魔の種。
「それが、天使薬の材料?」
「おいおい、ずいぶん深い事情まで精通しているんだな? まぁ、そのとおりだ。天使は全国津々浦々、何カ所かに“工場”を作って、古い大戦で悪魔から奪った種を材料に天使薬の精製を行っていた。他の天使たちの工場は比較的見つけやすくてな。獅堂たちが手分けして潰しているんだが……」
男性はそう、肩に担いでいた西洋剣を“投げる”。
すると、新しいボタンに手を伸ばしていた片桐さんの、手元の機械を破壊した。
「……こいつらは綿密に人の生活に潜り込み、その影で暗躍していた。特定に時間が掛かったよ。よう天使、おまえたちはいざとなったら、病院の人間たちを兵隊にでもするつもりだったのか?」
「っなんと誹られようと、反論できる立場にないことは存じております。けれど決して、一般人に被害を加えようとは思いません」
「へぇ? 一般人のこいつらに、襲いかかっておいて? それはずいぶんと、都合の良い口先だな」
男性の鋭い舌鋒に、片桐さんは押し黙る。
その瞳に宿るのは、後悔、焦燥、使命感、抑圧。ええっと、焦燥が一番強い? だめだ、距離があるからそこまで深く“観察”できないや。
『グルォオオオオオオオ!!』
その言葉に割って入るように、ティラノ天使が男性に向かう。
って、そういえば、彼の剣って投げたんじゃ?!
「静音ちゃん!」
「う、うん、剣を」
「――ああ、こっちは大丈夫だから気にするな。“来い”」
男性が右手を翳すと、機械に突き刺さっていた剣が独りでに動く。
そして、飛来した剣はティラノの片翼を両断しながら男性の手に収まり、男性は右手で軽く剣を振って見せた。ええっと、念動力の異能、とか?
いやでも、よく見たら右手に薄い装甲が嵌まっているみたいだ。ということは、共存型なのかな?
「それがあなたの異能ですか? 人の子よ」
「ああ、そう見えるか? もちろんタネはあるが……当ててみろよ、天使殿?」
「戯れ言を……光の翼よ!」
男性の挑発に当てられるように、片桐さんの背から翼が生える。
どこか半信半疑だったけれど、ああして翼を見せつけられると、否応なしに信じさせられる。やっぱり片桐さんは、天使だったんだって。
でもなんで、天使がお医者さんなんかやっていたんだろう?
「おい、三人組。おれと一緒に前線、おれの後ろで後衛。どっちが好みだ?」
男性からの問いに、咄嗟に口を開く。
「わたしは前!」
「わ、私は鈴理の隣!」
『我は彼女らに付き従おう』
ためらいなく続いた言葉は、わたしたちを奮起させるものだ。
「よし。なら正面突破だ。切り抜けるぞ!」
「はいっ!」
「う、うん、行こう、ゼノ!」
『応』
ティラノ天使が咆吼し、鮫天使が追従する。
その周辺に浮かび上がるのは、数十数百の歪な神獣。
「ちょっとばかしブーストをかけるぜ。“練炎”!」
「ひゃっ……銀の炎? あ。熱くないよ、静音ちゃん」
「ほ、ほんとだ」
男性の身体? 剣? から溢れた炎が、わたしたちの身体を包み込む。
するとなんだろう。少しだけ、身体が軽くなった。ええっと、発現型か、特性型の異能者、なのかな?
「おまえの顔は見飽きたよ――噛み砕け、ドラグプレイヴァーッ!!」
『グルォオオオオオオオオオオオッ!!』
ティラノ天使と、男性の西洋剣が激突する。
なら、わたしの役目は、彼が万全に敵を倒すことなんだと思う、から!
「静音ちゃん!」
「う、うん。ゼノ! 切り拓いて!」
『オオッ!!』
ゼノが大剣を水平に構えると、身体ごと回転させながら振り抜いた。
すると、漆黒の斬撃が周囲を舐めるように飛来。神獣たちを切り裂いて、露のように消えていく。わたしはその結果を見届けることなく、振り抜いたゼノの肩に足を掛けて飛び上がった。
「す、鈴理、サポートするね! ――汝は希望、汝は勇気、汝は闇を祓う勇猛なる戦士。なればその身は、【勇者の旅団】と知れ♪」
静音ちゃんの“歌声”。
わたしだけじゃない。ゼノも、男性も、静音ちゃん自身も。“仲間”という括り全員を強化する詩。
その健やかな声が、わたしの背中を押し上げる。
「【回転】、【回転】、【回転】、【回転】」
円周固定によって固定されて回転する一枚の盾と小さな三枚の盾。
チェーンソーのようなそれに、更に回転を足していく。
「“干渉制御”――“重力追加”!!」
『ギュギィイイイィ――』
轟音。
「斬り断て!!」
『――イィィイイイイイィッ!?』
両断。
悲鳴を上げながら、一直線に斬り分けられる鮫。
鮫はまるで魚の切り身のように左右に分かれると、地面に落ちる前に、光の粒子となって消えた。
その鮫の消滅に、ティラノ天使は咆吼を上げながらわたしを見る。けれど、それは悪手だ。
「おいおい、よそ見か?」
『ギル?!』
「燃え上がれ、ドラグプレイヴァー!!」
銀の炎に包まれた西洋剣を、男性は振り上げる。
咄嗟に、片桐さんが光の矢を飛ばすが、黒い長剣を携えた静音ちゃんが切り落とした。
『ギルゥァッ!!』
ティラノ天使は、男性の一撃を身をひねって避ける。
それは片翼を犠牲にし、さっきと合わせて両翼を失う行為だったが、その甲斐があってか西洋剣を強靱な尾ではじき飛ばした。
――けれど、フルフェイスのヘルメット越しでもわかるほど、彼は動揺を見せない。
「“操者の籠手”よ、撃ち抜け!!」
『ギルァアアアアアアアアアアアアアッ!?』
右手を翳し、振り下ろす。
その動きに合わせて、空中を飛んでいた剣が方向を変えて落下。意思を持つような動きで、ティラノ天使の脳天を串刺しにした。
「――残るは雑魚だぜ? 降参するか?」
「いいえ、まだです。――カーマル!!」
『ヒヒヒヒッ、貰ったァッ!!』
いつの間にか、天井に張り付いていた隻腕の悪魔。
釜井恭造医師が変貌した褐色の悪魔が、わたしたちに片腕を向ける。そこには、チャージが完了したのであろう、黒いエネルギーが集っていた。
『おまえたちを殺せば、お役御免でなァッ! 死ねッ!!』
「ちっ――仕方ない。おれの後ろへ回れ!」
「は、はい! ゼノ、鈴理を!」
『承知!』
「ひゃあっ」
ゼノに抱えられ、静音ちゃんと一緒に男性の背後へ隠れる。
すると、男性は放たれようとしている黒いエネルギーに、“左手”を向けた。
「待たせちまって悪かったな、相棒。目醒めろ――」
『今更遅いんだよッ!!』
漆黒のエネルギーが、弾丸となって放たれる。
ずっとチャージされていたのだろう。その一撃は、タダで受ければとてつもないダメージになることだろう。
けれど、男性は怯まない。なんでもないように向けた左腕に、服越しでもわかるような、黒い紋章が浮かび上がる。その力の脈動に、わたしは思わず後ずさって、静音ちゃんに抱きしめられた。
「――巨神の鋼腕!!」
そして。
『なにィッ?!』
破裂音と共に。
漆黒の弾丸が、“握り”潰された――。




