そのじゅうさん
――13――
嵐の雲から現れるのは、歪な天使たち。
天兵たちが四方を埋め尽くす光景は、いっそ壮観ですらあった。けれど私には、そんなものに気を取られている暇はない。
「あはははははははっ! 消えなさいな! 【闇王の重鎚】!」
「っ、リリー様、巻き込まないで下さいね?!」
「気をつけてはいるわよ? 気をつけきれないところは避けなさいな」
超広範囲。
超高出力。
リリー様の放った黒い砲撃のような一閃は、瞬く間に強力な天兵を削っていく。
これはもしかしたら、私は不要なのかも知れない。けれど、日本のミヤコとロシアのベネディクトにメイドとして大敗したあの日、かつて誓ったメイド道への気持ちを取り戻したのだ。
真のメイド道、こんなところでは挫けない!
「【クリスタ・ケージ】」
水晶の板を出現させ、一直線に束ねる。
それはさながら鞭のように、射線上の天兵を両断した。これぞメイド秘剣の一つ。
メイドマイスター、ミヤコのようにお辞儀で敵を皆殺しにする事は出来ないが、“お掃除”テクなら負けませんとも!
「へぇ、面白い技ね」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「なら、私も面白いものを見せて差し上げますわ」
「え?」
あの、嫌な予感しかしないのですが?
私がそう告げる前に、リリー様は身体を持ち上げて、空中を浮遊しながら天兵たちを見下す。
「【闇王の剣獄】」
リリー様の掌から、八つの球体が浮かぶ。
その球体を八方向に射出すると、天兵たちに当たらず、天兵のまとまりの中央に停止して。
「ばーん♪」
――ズ、バンッ!!
爆発した。
黒い球体から無数の黒い剣が射出。周囲一帯の天兵を次々と消し飛ばしていく。そう、、小さな剣が刺さった敵は、“消し飛ぶ”のだ。いったいどれほどの威力があの剣に圧縮されているのか……考えない方が良いのかも知れない。
「あは、あははは……っはははははははは! 我が名はリリー・メラ・観司! この名を刻んで天に還りなさいな。ふふ、ふ、あはははははははははっ!!」
嘲笑が響き渡る。
その小さな魔王の姿はなによりも恐ろしく、だからこそ思わずにはいられない。
(こんなの、どうやって手懐けたのですか? ……観司教諭)
そう、底知れぬ観司教諭の実力に、小さく震えながら。
――/――
豪雨の中、風を切って走り抜ける。
ポチの背に私と茅さん。その隣を併走するように翼で飛ぶフィリップさんの姿。
「ポチ、辛くはない?」
『雌を乗せて辛い雄などおらんぞ!』
「……降りようかな」
『わふ?』
ポチ……は、なんだか元気そうだなぁ。
茅さんは苦笑していて、平気そうだ。良かった。引かれたらどうしようかと思ってしまった。
――Turururururururu
「っはい! 茅です」
そんなときだった。
鳴り響いた電話を、茅さんが出る。設定はスピーカーホン。豪雨と強風で聞き取りづらいためか、それでもフィリップさんには届かない。が、私には辛うじて聞こえてきた。
「どうでしたか?」
『手短に説明するよ。そもそも事の発端は一年前――』
一年前。そう語り出した暦所長の言葉を、一字一句聞き漏らすまいと耳を傾ける。
『――早くに妻を亡くした片桐常継は、年の離れた娘であった佳苗を深く愛していたが故に、己の財産と病院を譲り渡した。片桐佳苗は遺言に従う……ちっ、しつこい! ……失礼。そう、遺言に従う形で財産を受け取り、院長のポストを経た。だが、問題は受け継ぐ予定の病院の立地だったのさ。弓立山片桐総合病院は、こそこそと何かを行うのにほどよく隠れていて……失礼、いい加減に諦めてくれ』
「所長? 銃声が聞こえますが……?」
『うむ、気にしないでくれ』
確かに、私の方にも響いてくる銃声。
暦所長の方は、大丈夫なのだろうか?
『で、なんだったかな?』
「今、病院の立地が、あくどい連中が隠れて悪さをするのに良い立地、というところですよ」
『ああ、“小人閑居して悪を成す”だね。そのため、おそらく敵は片桐佳苗を亡き者に仕立て上げ、その権利を奪うつもりだったのだろう。だが、敵の中で意見の食い違いがあり、片桐佳苗は生存――向こうにとっては都合の良いことに、“記憶を失った”』
「それって、まさか」
記憶を失った?
最近、私たちは記憶を失った人間に出会っている。
彼女は、確か、そう。
――切れ長の目。
――やんちゃな子供たちへの手当が巧く。
――事故で記憶を失い“一年前から”教会に暮らす。
――同時に、“天使を見た”という男がステンドグラスを作って。
『ああ。片桐佳苗は今、教会にシスターとして赴任している。そして我々の動きから発覚を怖れた敵さんが、“シスターを消して”しまおうとしているのさ。不祥事も良いところだからね』
……汚職を隠蔽するみたいに?
他者とズレにズレていたけれど、息子のために悪魔ですら受け入れたフィリップさんには聞かせられないよね。いや、聞かせなくてはならないのだけれど。
そうか、それで時子姉とイルレアを、教会に向かわせたんだね。なら教会の方は大丈夫だろう。イルレアの実力がどれほどの物かはわからないが、有能な方だと獅堂から聞いている。
――なにより、そんな連中に、時子姉が負けるはずがない。
『そして今、病院に赴任している女。片桐佳苗を名乗る存在の正体は、もうわかっただろう?』
「片桐佳苗に成り代わった、天使、ですか?」
『正解だ。そして、その天使の名こそが、シスターが名乗っていた名前なのだろう』
シスターの名前。
少しでも、手がかりになるように……って、あれ?
「茅さん、なぜ、シスターが天使の名を知っていたのでしょうね?」
「あ、確かに。わざわざ名乗ってから事故に遭わせた、とか?」
『ああ、それか』
私との会話が、そのまま暦所長に聞こえていたのだろう。
直ぐに意図を把握してくれたようだ。だって普通、消す相手にわざわざ名乗らないからね。逆に、名乗ったのなら確実に消すはずだ。
『簡単だよ。おそらく、成り代わった天使が、“意見の食い違い”――つまり、消すことを反対した天使なのだろうさ。だから懺悔と覚悟を込めて、自分の名を片桐佳苗に贈ったのだろうね。天使からのギフトは、総じて幸運を招きやすい。ましてそれが“名”ならば、記憶に携わること以外で不自由はなかったはずだ』
「あれでも、今、消そうとしているんですよね?」
『それが今回の厄介なところさ。おそらく、“頭は二つ”ある。片桐佳苗に成り代わった天使が実行犯なら、今回、おそらく計画が頓挫しても表には出てこないものが、計画犯だ。それが天兵を指揮し、自分の手は汚さずに来たのだろう。だが……ククッ、今回、私たちにその影を踏ませたのは、痛恨のミスだろうよ』
そう、暦所長は、嘲笑にも似た声をあげる。
これはひょっとしなくても、怒ってる?
『まぁ、計画犯を捕まえるのは今後の課題でしかないのもまた事実。今は、巻き込まれている当人の救出が先だろう……ということで、敵が居るであろう場所、おそらく地下の空洞だろう。地図を史に送らせるから、確認はよろしく頼むよ。私もそろそろ本腰を入れて! こほん、入れて、片付けてくるからね』
「はい、ご武運を」
茅さんの言葉を最後に、電話が切れる。
それとほぼ同時に――おそらく、あらかじめ指示していたのだろう――茅さんの携帯電話に地図が届いた。
「場所は……よし、圧縮結界【蛛眼・鏡展】!」
また、ハニカム構造――正六角形の結界の集合体を、茅さんは展開する。
今度は八枚八層。左目の前に展開され、それぞれでズームや見回し、透視まで行っているようだ。ここまで出来て家格は退魔七大家の方が上だというのだから、退魔古名家ってわからない。
「場所は把握しました。地面を破って侵入しましょう」
『指示を出せ、我がやろう』
「はい、お願いしますね、ポチ」
ポチの言葉にそう、茅さんが頷く。
相手はおそらく、上位の天使だ。ゼノが居るとは言え、鈴理さんと静音さんでどこまでしのげるか……そう思うと、不安が募る。
「どうか、無事で居て」
呟く声は、雨に消える。
ただ耳には、悲鳴にも似た風音が、ごうごうと響いていた。
2017/04/03
2018/01/05
2024/02/02
誤字修正しました。




