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そのじゅうに

――12――




 ――池袋。




 豪雨と強風に晒される教会を、ビルの上から二つの影が眺めていた。

 一つは銀。白炎浄剣の担い手、イルレア・ロードレイス。

 一つは黄。退魔七大家序列二位、黄地おうぢのご意見番。黄地時子。


「時子、本当に来るのかしら?」

「そうね……こよみの予知は曖昧な部分もあるけれど、限定状況下に於いては信頼できるわ」

「限定状況下?」

「ええ、そう」


 時子は、幾分答えを逡巡するが、イルレアの権力ならばいずれわかることか、と切り替える。


「始伝宗家、暦は代々なんらかの形で予知能力を有す。暦本家に住む現当主のこよみれんは、限定空間に限って確実性のある予知を、霊力が枯渇するまで十三倍速で見続けることが出来るようにね」

「つまり、手帳という場に限り、本人にしか読めない難解な詩編を解読する黄泉は、その予知の解釈が正しい物でさえあれば信頼できる結果である、と?」


 通常、“予知”という異能は他人に知られたり、自分が知ってしまった時点で世界に影響を与え、結果を変化させていく。そのため、予知能力は“良く当たる占い”というレベルでしか認識されないことが多い。

 だが、暦の異能はその発現場所や条件を限定化することにより、確実性のある予知を可能とさせる。つまるところ、世界の法則を欺いているのだ。

 それを制限無しで予知し続けられるアリュシカの天眼は文字どおりの規格外であり、それ故に制限はないが“代償”はあるのだが。


「そうね。加えて、既に当主を退き次代に譲っていることからもわかるように、あれは私と同じ“見た目どおりの年齢”ではないわ。本人の老獪な思考と経験による推理力も、伊達や酔狂の類いではない」


 時子にとって、暦黄泉は強い繋がりのある相手ではないが、“昔を知る”相手ではある。

 それ故に、彼女の能力の頼もしさも“怖さ”も、よく知っていた。


「現に、見なさい」

「っ」


 時子がそう指さした先。

 市街地戦を想定したのだろう。通常の個体よりも一回り近く小さい、成人男性ほどのサイズの天兵が四体、曇天と豪雨に紛れるように教会の傍へ降り立つ。

 そして同時に“それ”は、予言の的中を示していた。


「じゃ、イルレアおねーさん。私は東南にいくね?」

「ええ……なら北西は任せて頂戴。みいちゃん?」


 四方に降り立つ天兵。

 彼らが教会に牙を向ける前に、食い止める。

 けれど同時に、市街地を傷つけないように戦う必要がある。


「白炎浄剣“ディルンウィン”」


 イルレアはそう、“灼く”対象を選択し、他への危害を抑え込み。



「【左方顕現・阿象あぞう始行しぎょう・霊気召応・守護獅子】」



 時子の詠唱で、彼女の左側に獅子像が現れる。



「【右方顕現・吽象うんぞう終行しゅうぎょう・霊気召応・守護狛犬】」



 加えて、右側に狛犬像が現れる。

 時子はそれらに式苻を貼ると、指の腹を噛み切り、式苻を横一直線になぞった。



「【我が意に従い守護を成せ・急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう】!!」



 そして、最後の詠唱に従って、像がその姿形を鮮やかに変えていく。

 獅子は黄の毛並み。ごぅっと叫ぶ阿の呼吸。

 狛犬は白の毛並み。ぐるぅと唸る吽の呼吸。


「行きなさい」


 忠実な守護獣は、ただの一言に動き出す。

 やがてその姿が見えなくなると、時子自身もまた、豪雨の中を走り出した。






























――/――




 ――弓立山片桐総合病院地下大空洞。



 わたしの隣に立ち並ぶ、大きなガラスシリンダー。

 その中には赤紫色の結晶体がぷかぷかと浮かんでいて、液体に緑色の光が流し込まれ続けている。

 どうやら入り口に近いほど新しい物で、大空洞に所狭しと並べられている中でも、奥の物ほど新しいようだ。奥のシリンダーには、鮮やかな翡翠色に姿を変えた結晶体が浮かんでいた。


「お待ちしておりましたよ、笠宮さん」


 わたしの背後には、わたしを連れてきた目元の見えない黒髪の男性、釜井かまい恭造きょうぞう医師。

 わたしから見て洞窟の先、右奥には昨間さくま杵彦きねひこ医師と工藤島くどうじま和成かずなり医師と小郷こさとつとむ医師。

 彼らが立ち並ぶその奥。悠然と佇む黒髪童顔の女医。


 院長、片桐かたぎり佳苗かなえ医師がわたしにそう、声を掛けた。


「あなたが、どうして、こんな?」

「必要なことです。特異魔導士という貴重な存在。その力はやがて、天に牙を剥くことになるでしょう。故に解析し、対処し、処分する必要があるのです」

「処分……って、そんな、勝手な!」

「はい、そうでしょう。あなたは心優しく、真っ当であるでしょう。ですから――私を恨んで、かまいません」


 その、光を通さない深海のような。

 ――深くて暗い、群青色の目。その物語る確固たる意思は、犠牲にされようとしているわたしの言葉など、容易く跳ね返す。変質者の中にも混じっていたことがある、“狂信者”の、目だ。


「主命は果たさなくてはなりません。それが、未来の世界の幸福に繋がるのです。故に――あなたにはここで、新たな同胞を生み出す礎となっていただきます。みなさん」

「はっ」


 片桐さんが告げると、奥の昨間医師と工藤島医師と小郷医師が、返事をする。

 そしておもむろに“翡翠の石”を飲み干すと、その背から翼を生やした。歪な白翼。なら、その次は?


『グルォオオオオオオオッ!!』

『ギャォオオオオオオオッ!!』

『ギガァアアアアアアアッ!!』


 言うまでもない。“神獣化”だ。

 純白の大翼を生やした、聖なる獣たち。だがその姿は、これまでの神獣とは毛色が違って見えた。


『グルルルル』


 一体は爬虫類。

 ティラノサウルスに翼が映えたような姿。


『ギャゥオオオ』


 一体は鮫。

 角と翼が生えた、宙に浮く大鮫。


『ギグゥゥア』


 一体は蜘蛛。

 胴から生えた人間の身体から翼が生えている、が、人間の頭はのっぺらぼうのように何もない。


「こんなものが、天使、なの?」

「そうだ。俺は違うがな」

「え?」


 その、地獄絵図のような光景に目を奪われていたからか。

 わたしの背後から振り上げられた手に、わたしは気がつくことが出来なかった。

 ――避けるのには間に合わない。けれど、大丈夫だ。わたしは“一人ではない”のだから。


『魔鎧呼応・剣技召喚』

「なに?!」


 わたしの右腕から外れた腕輪が、後ろの男――釜井恭造の爪を止める。

 そして輝きの中から現れた漆黒の“長剣”と、それを携えた静音ちゃんが。


「斬り断て――【ゼノ】!!」


 黒く変質した彼の腕を、切り落とした。


「ぐぁッ?! もう一人いただと!?」


 大きく飛び退いた釜井は、蝙蝠の翼をはためかせて神獣の隣に並ぶ。

 その額に大きな汗を浮かべた姿は――どう見ても、“悪魔”のそれだった。


「悪魔が、何故?」

「ゼ、ゼノ、なんだかわかる?」

『隷属しているな。大方、悪さをして捉えられて隷属しているうちに、新たな悪に身を染めたのだろう』

「つ、つまり、斬れば良いんだね?」

『うむ』


 斬れば良いって……うん、まぁ、そうなんだけどね?


「な、なら、一緒にやるよ、ゼノ」

『応』


 ゼノが答えると、剣から“分離”してゼノが離れる。

 彼の手には漆黒の大剣。静音ちゃんの手には漆黒の長剣。そんなことができるようになったんだ……静音ちゃん、すごい。


「さ、最近、夢の中でゼノに剣を教わっていたんだ。だから、わ、私――鈴理と肩を、並べられるよ?」

「静音ちゃん……うん、やろう!」


 そっか、そうなんだ。

 ……うん、だったら負けるはずがない。百人力だ!


『グゥウウウ、貴様、魔鎧王か!? 俺の箱を隠したのはおまえだな!』

『如何にも。幼稚な術であった。減点』


 減点って、ゼノ……。

 点数を付けてあげたことに、静音ちゃんはしきりに感心していた。ええっとでも、向こうは怒っているみたいだけれどね?


「人数が増えてしまいましたか。犠牲は最小限に納めたかったのですが、仕方ありません。――悪魔たちを討ち倒し、笠宮鈴理を我が前に運びなさい。ゆけ、神獣たちよ!」


 片桐さんの声に従って、三体の神獣と悪魔が動き出す。

 わたしたちはその光景に互いに頷き合うと、身構えた。


「【速攻術式セット平面結界フラットバリア展開イグニッション】!」

「汝は光、汝は剣、汝は主君を守る忠義の士。なればその身は、【騎士の王】と知れ♪」


 力が漲る。

 力を引き出してくれる、静音ちゃんの歌だ。


「その程度で、この先手は覆せません――“光矢万雨アートレイン”」


 けれど、そんなわたしたちを嘲笑うように、神獣たちの背に大量の矢が浮かんだ。

 どうする? ティラノを捌いて、鮫を潜る? だめだ、蜘蛛に負ける。悪魔の不確定要素がなければ、せめて。

 いや、だめだ。こんなことじゃだめだ。どうにか、どうにか!






――「おいおい、子供にそれは過剰戦力だろ?」






 鳴り響く、重低音。

 音の正体がバイクの排気音だと気がついたのは、黒塗りのそれがわたしたちの背後から飛び出して、一直線に片桐さんに向かってからだった。

 流石の片桐さんも、光の矢の方向を変えなくてはならなくなる。


「くっ、何者なのですか、あなたは!!」


 だが、どういったテクニックだというのだろうか。

 すいすいと光の矢の間を抜けて、黒ヘルメットの男性は片桐さんに迫る。けれど、あと一歩というところで、蜘蛛が割って入った。


「悪いな。おれの目的は最初から――戦力を削ることさ」

「っ下がりなさい!」

『ギゲェエエエエッ! ――ガギャッ!?』


 男性はバイクから飛び降りて、蜘蛛にバイクをぶつける。

 バイクは蜘蛛に弾かれてそのまま地を滑り、シリンダーを幾つか割って停止した。おかげで、怯んだ蜘蛛を、男性は逃がさない。


「じゃあな――断て、ドラグプレイヴァー!」

『ギギャアアアアアアアアアアッ!?』


 鋼の剣が、蜘蛛の胴を断つ。

 すると蜘蛛は光の粒子となって、消えていった。


『む。あやつら、天使の神獣化だったか』

「ゼノ、ど、どういうこと?」

『あの光は天装体が砕けたことによるものだ。中身は天界に転送されたというところだろう』


 ということは、倒しても死なない、ということか。

 倒せるかどうかはともかく、それはとてつもなく気が楽だ。

 ……って、そうじゃなくて、あの人は?!


「よう。二人と一体だけでよく頑張ったな。ここからはおれも参戦させて貰うぜ」

「え、ええっと、あなたは――」

「なんだというのですか!!」


 わたしの声を遮って、片桐さんの叫び声が聞こえる。

 けれど、その疑問はわたしたちと同じ物だった。


「はっはっはっ――こちらも何ヶ月もおまえたちを追っていたんでね。当てるまで正体は不明にしておこうか」

「ふざけないで下さい!!」

「なら、ふざけられなくしたらどうだ?」


 男性はそう、わたしたちを庇うように前に出る。

 ええっと、よくわからないけれど、味方には間違いなさそうだ。


「後方に立てば孤立する。全員突撃、で、問題ないか?」

「ありません!」

「は、はい」

「よし、良い返事だ。んじゃ、行くぜ!」


 男性が駆け出す。

 わたしは静音ちゃんと頷き合い、ゼノと三人でその背中を追った。





 さぁ、反撃開始だ!





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