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そのじゅう

――10――




 風と雨に揺れる弓立山。

 台風の到来を畏れて啼く木々の下。


「一つ、二つ、三つ……七つ、八つ、十? 何匹揃えてやがる」


 黒塗りのバイクに跨がった男は、苛立ちながらそう呟く。

 彼の眼下には、ゆらゆらと巡回する“天兵てんぺい”の姿があった。彼の“目的”にとって、眼下の天兵はひどく邪魔なものだ。


「さて、どうしたもんか。囮でもあれば……んあ?」


 豪雨であらゆる音がかき消される中、突如として耳に響く音。

 首を傾げながら顔を向けると、山の向こうに上がる煙。爆発でもあったのだろうか? 延焼が心配だがこの雨だ、直ぐに鎮火されるだろう。

 だが、彼にとってはそれ以上に“渡りに船”であった。


「運が向いてきたな」


 見張りの天兵たちが、組み上げられたルーチンに従って轟音の方へ移動していく。

 すると、彼が目指す方角に残る天兵は、ただの一体にまで減らされた。


「一体か。仲間を呼ばれる前に、切り抜けさせて貰うぜ?」


 男の身体から翡翠の光が零れると、バイクに満ちて、排気口から“銀の炎”を噴き上げる。今にも爆発しそうな車体を支えながら、彼は手にむき出しの剣――“竜吼剣ドラグプレイヴァー”を片手に構える。


『――……』


 徘徊にはパターンがある。

 ずっと見てきた彼は、そのパターンを記憶していた。ぐるぐると同じようなところを見て、やがて、後ろを振り向くその瞬間。


『……――』


 その瞬間を、男は見逃しはしない。

 タイミングをじっと見計らい、獲物を見据えて――爆発した。


『っ?!』

「遅ぇよ」


 天兵が気がついたその瞬間には、ドラグプレイヴァーは天兵の首を捉えている。

 空を裂く轟音。雨を灼くような摩擦。重厚な音。物理的な加速だけで、あらゆる異能よりも凶器と化した“丈夫なだけの”剣。

 天兵の、両手に持った二本の長剣を、構えることすら許さない。ただ閃光が如く鈍色の輝きを以て、天兵の首を撥ねた。


「燃え尽きろ」


 天兵の身体と首が、銀の炎によって灼き尽くされる。

 男はその光景をただの一瞥もすることはなく、黒塗りのバイクを走らせて――その先にそびえる、弓立山片桐総合病院へと、走り去っていった。






















――/――




 未だ雨脚が強い中。

 わたしに与えられた個室で、静音ちゃんは恥ずかしそうに身を縮こまらせる。


「うぅ、は、恥ずかしいところをお見せしました」

「それを言うのなら、わたしのせいだよ。あはは……ごめんなさい」


 強く抱きしめすぎて呼吸困難に陥った静音ちゃんが正気を取り戻したのは、あれから直ぐ五分後のことだった。い、いやぁ、まさかこんなことになろうとは。


「それで静音ちゃんは、“会話”って聞こえて……ないよね?」

「お恥ずかしながら」


 ということで、わたしが聞いた会話を静音ちゃんに説明する。

 正体のわからないなにものか――でも、おそらく病院関係者の声。夕方の検査、計画、“箱”。わからないことだらけなのでより正確に、聞いたままのことを話す。


「そ、そんなことが……ゼノ、なにかわかる?」

『ああ、ちょうどいい。箱の解析が終わった』

「! 本当?!」


 静音ちゃんと顔を見合わせて、それからゼノの腕輪に向かって身を乗り出す。


『これは対の“箱”だな。機能としては近隣の対象から霊力を吸収し、その霊力を解析するための代物だ』

「えぇ……そ、それじゃあ鈴理の力が解析されていた、ということなの? ゼノる?」

「静音ちゃん、落ち着いて?」


 まだ、誰をゼノれば良いのかわからないからね?

 ゼノに視線で続きを促すと、ゼノは何事もなかったように続けてくれた。


『解析されてはいるが、解析結果は送られていない』

「どういうこと?」

『どのような代物にせよ、“送信”という行為にはなんらかの気配を伴う。それを避けるために、送信の状況は限定されているようだ』

「触れば、とか?」

『それでも、自身の近隣に度々誰かが触れ回れば、違和は免れないだろう』


 うーん、そうかも。

 なにかがあれば、気がつく。それこそスタート地点からなにも変わらなければ、気がつくもなにもない。きっとそういうことなんだろうなぁ。


『これの送信状況は、“破壊”だろう。黒は吸収、束縛を意味する。であるのなら、対となる白い箱に解放を意味づけておけば、これが破壊された時に情報が渡るのであろう』

「えっ! 壊してない、よね?」

『無論。……しかし、隠蔽が施されているが、所々から天力の気配がする。よもや天使かと想定していたが――“これ”は、“呪術”だ。それも妖力を扱う存在が得意とするような』


 妖力。

 それって確か、妖魔や悪魔が使う力のことだ。ゼノやポチ、それからリリーも妖力を使って能力を使用している。

 きっと、わたしたちの区分に当てはめるのなら、ゼノが共存型キャリアタイプ、ポチが特性型スキルタイプ、リリーが発現型アビリティタイプだろう。


『そうなれば、夕方の検査とやら、おまえ一人では不安だな』

「そ、そうだよ鈴理! 私も行く!」

「うん……来てくれたらわたしも安心、だけど……」


 どうしよう。

 どうやって、バレずに連れて行けば良いんだろう。わたしの“遮光迷彩ステルス・カット”では、姿は消せても“そこにいる”という状況は覆せない。

 例えば、狭い通路で密着でもされたら、存在が発覚してしまう。そうなると、あらゆる気配遮断の類いでも、難しい。


「――だから、どうしよう」

「そ、そうだよね」

『何を言っている。手段ならあるだろう?』


 え?

 ゼノの言葉に、思わず顔を見合わせる。

 そっか、手段があるから話を振ってきたのか。そっか……そうだよね。うぅ、恥ずかしい。


『その方法とは――』


 わたしたちはそう、ゼノの言葉に耳を傾ける。

 夕方の検査、その時に行われるであろう“計画”について。

 その全容に、立ち向かうために。




























――/――




 なんだか、不思議な感覚だ。

 視点がとても低いから、酔いそうにすらなる。けれど、鈴理と“一緒にいる”という安心感から、心が安らいでくるような感覚もある。


「静音ちゃん、どう?」

『う、うん、大丈夫。い、いけそうだよ』


 私がそう、鈴理が嵌めている“腕輪”から返事をすると、鈴理は満足そうに微笑んだ。うん、この笑顔は私が守らなきゃ。


「でも、こんな方法があったんだね」

『だね……』


 私はそう返事をしながら、この“意外な方法”について思い返す。

 ゼノが提示した“方法”というのは、実に単純明快なものだった。ゼノの内部結界に私を取り込んで、その状態で鈴理に取りつく、というもの。

 それから鈴理が“遮光迷彩ステルス・カット”を発動させれば、完璧だ。完全に隠蔽された状態で、鈴理についていくことができる。


「――来た」


 足音。

 ノック。

 開かれるドア。


「笠宮さん、定期検査ですよ」

「あ、はーい」


 男の方だ。

 やせ形の、眼鏡を掛けたお医者さん。胸元の名札から読み取るに、釜井かまいさん、という方みたいだ。


「おや? 水守さんはどうなさいましたか?」

「ええっと、その、お手洗いに……」

「おや、そうでしたか。では検査に行っている旨は、こちらから職員がお伝えしましょう」

「ほんとうですか? ありがとうございます!」


 鈴理が笑顔で返事をする。

 さすが鈴理だ、相手を疑い抜いている事なんて、欠片も悟られていない。本気になった時の鈴理の演技力は、すごいからね。やっぱり鈴理は凄い。可愛い。

 あれ? なんで顔が赤いんだろう。ゼノ?


(『制限しなければ、思念はダイレクトに繋がるぞ。意識して遮断せよ』)


 えっ。

 もう一度、鈴理を見る。よく見たら耳まで赤い。きっと、鏡を見ればわたしも同じような顔色なのだろう。うぅ、は、恥ずかしいっ。


「本日の検査は、予備電力を用いたレントゲン検査になります。携帯電話を初めとした貴金属の類いは待ち運べませんが、大丈夫ですか?」

「はいっ、わかりました」

「よろしいです。では、地下レントゲン室になりますので、ついてきて下さい」


 来た。

 地下室だ。


 釜井さんに従う形で、彼の後ろを歩いて行く。病院の中を通り、階段を下り、何故か地下一階くらいの場所に備え付けられたエレベーターに乗り込む。


「けっこう、遠いんですね?」

「ええ、そうなんです。職員からも不評なんですよ」


 そんな何気ない会話ができる鈴理は、本当に凄い。

 地下三階分。そんなに深く進んで、どうしようというのだろう。


「さぁ、つきました。病院設立前からあった、地下空洞を利用しています。薄暗いので気をつけて」

「は、はい」


 ほどほどの不信感。

 ほどほどの信頼感。

 絶妙に相手を油断させながら、鈴理は進む。


 ごつごつとした道は、むき出しの岩壁。

 青いライトに照らされるのは、壁を走る幾本ものコードやパイプ。

 風が冷たいのか、鈴理はしきりに腕をさすっていた。


 そして。


「さ、到着ですよ」


 立ち並ぶ大きなシリンダー。

 ぷかぷかと浮かぶ、どこかで見たことがあるような、赤紫の結晶。

 その結晶は、奥へ向かうほど、翡翠色に変わっていく。




「お待ちしておりましたよ、笠宮鈴理さん」

「っ、あなたは?」




 響いた足音に、私たちは息を呑む。


「なぜ、こんな?」

(『っ? このひとが、何故?』)


 そして、私たちは。

 ただ呆然と、そんな言葉を零していた――。





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