そのきゅう
――9――
窓に当たる大ぶりの雨。
ぐらぐらと空気を震わす強い風。
わたしは静音ちゃんと二人並んで、とにかく大きなため息を吐く。
静音ちゃんのベッドが運び込まれて、早三時間。わたしたちはどうやら、暇をもてあましているようです。
「雨、どうなっちゃうんだろうね」
「そ、そうだね。ぁ、そういえば鈴理、け、検査ってどんなことを?」
一通り“黄昏探偵”について語り合い、一段落付いた頃。
静音ちゃんは、ふと思い出したようにそう聞いてきた。
「えっと、普通に、血液検査とかMRIとかレントゲンとか脳波とか――」
「う、うんうん」
「――体力試験とか魔力反応試験とか魔導術展開実働検査とか」
「ん、ぇ?」
なんだか、色彩検定や身体測定や問診や。
とにかくたくさんの検査をしているのだが、当然、わたしにはそれがなにを意味するのかはわからない訳で。とにかくこう、わたしが見慣れた“ねっとり”とした視線はなかったから、真っ当なものかと思って受け続けていたのだけれど。
静音ちゃんの目。宿っているのは、“心配”、“不審”、“怒り”かな。一番強いのは“わたしへの”心配。次に強いのが“病院への”不審。同じくらいに大きいのが、“静音ちゃん自身への”怒り、かな。
――うん、咄嗟に分析できてしまう自分が、いやになる。って、後ろ向きじゃだめだ。
「静音ちゃん!」
「は、はい!」
「こわい顔をしています!」
「ふ、ふぇ?!」
「罰としてぎゅーってしなさい!」
「は、はい!!」
ちょっと幼く振る舞いすぎたかも。怒られるかな?
そう思って上目遣いで見上げると、真っ赤な顔でぎゅーっと抱きしめられた。ええっと、実際、わたしなんかのぺらぺらな身体なんて抱きしめてもつまらないと思うけれど。
「ぎゅ、ぎゅー」
……うん。
なんだか、胸がぽかぽかと温かくなっていく。これならまぁ、良いかな。このまま――
――ガタンッ
「き、きゃっ」
物音。
咄嗟に静音ちゃんを巻き込んで、毛布にくるまる。
寝たふりをしながら、今度は逆にわたしが静音ちゃんの頭を抱え込んでいる状況だ。あれ、なんだかこの状況って、とてもインモラルな勘違いされてしまうのでは?
(「こっそり――“気配制御”」)
気配を“一つ分”と判断させる異能を発動。
この程度の出力なら、師匠レベルのびっくり人間でもなければ感知は出来ない。
「眠っている?」
「――気配は、就寝時の人間のそれです」
(あれ? 気配、薄くしすぎたかも。調整難しいよぅ)
「そう。……気がついている? 目を付けられた」
「では、計画を早めますか?」
(計画? 目を付けられた? シーツにくぐもってるから、誰だかわからない)
「“箱”は?」
「破壊されておりません。感づかれていないかと」
(箱……えっ、箱!?)
「そう。箱の回収は誘導後でいいから、夕方の検査で地下へ」
「畏まりました。そのように」
声と音が遠ざかっていく。
そして、完全に聞こえなくなった辺りで、もぞもぞとシーツから這い出た。
「静音ちゃん、聞いてた?」
「きゅぅ」
「あ」
真っ赤な顔で目をぐるぐると回す静音ちゃん。
どうしよう、のぼせた?! 違う、呼吸困難だ!
「し、静音ちゃん、しっかりして~っ!!」
ゆさゆさと静音ちゃんを揺らしながら、正気に戻す。
ええっと、“意識浄化”! で、大丈夫かな?
うぅ、ごめんね静音ちゃんっ!
――/――
轟々と窓に叩きつけられる怒濤。
重く響くように車体を揺らす風。
「天力装填率、七十%、八十%、九十%、百%……臨界突破。プレミアムバースト承認」
「いやいやいや、シシィ?! 私は承認していな――」
「フルバースト」
「――いぃいいいいいっ!?!?」
公道を走り抜けるまで、二時間。
公道から抜け、人目のつかない地点に着くと急激に加速を始めた車。ごうごうっと爆音を上げながら、タイヤから火花を散らす様が車内からでもよく見える。
「あはははははっ、見て、未知、早ーい!」
「あわ、あわわ、あわわわ」
「そうですね。ポチは平気ですか?」
「あわわ、あわわわ、あわわわわ」
『もちろんだ。ボスよ、無事か?』
「むぅりぃぃぃ……」
ソファーに掴まって震える私。
平気そうな顔で窓の外を見るリリーと茅さん。
くつろぐポチ。シシィさんを窘めるフィリップさん。
「ふ、浪速の爆走にゃんにゃんと呼ばれたこの私のドライビングテクニックにかかれば、この程度の山道」
――ガダンッ!!
「あ」
突然、身体を襲う浮遊感。
「逆噴射」
衝撃。
「修正完了」
もとの轟音に戻ったのだけれど、あの、今?
「今、一瞬、落ちたよなシシィ!?」
「気のせいです。旦那様、落ち着きを持って下さい」
「君に言われたくはないからね?!」
私もフィリップさんの言葉に同意見です。
同意見ですが、これはちょっと無理。おはなしできる状況ではありません。しんじゃう。
「もうすぐ目的の山岳地帯です。減速しますか?」
「しなかったら土砂崩れに巻き込まれてDieだがね!?」
「我が儘ですね。わかりました。噴射率低下、臨界に戻し……?」
「シ、シシィ?」
シシィさんはそう、レバーと思われるものを手にとって首を傾げている。
そして、おもむろに――レバーを“持ち上げ”た。あれ? それって固定式では?
「取れてしまいました」
「はぁ?!」
もう、本当に、合宿の敵対していた時にだって見せなかったような狼狽をする、フィリップさん。えっ、待って、本当に? 止まらないの?
私がフィリップさんとシシィさんを何度も見ていると、その様子に気がついたリリーが、私の肩をぽんっと叩く。なにか打開策でも見つかったのだろうか。
「いざとなったら、重力過多で止めるから大丈夫よ?」
「それ、慣性の法則ですごいことにならないかしら?」
「大丈夫です」
真っ青な顔で首を傾げる私に、シシィはそう言い切った。
「そうなの?」
「緊急脱出装置はありますから」
「そうなんだ?」
その脱出装置にも嫌な予感しかしないけれど、ま、まぁ、生きて目的地に辿り着けるのであれば、もうそれで良いのかな?
重力過多で止めて、車に異常を来して爆発されても困るからね。
「む? 十五キロ先、交通封鎖されております」
「えぇぇぇ!? ひき殺しちゃうよね!?」
「そんなに狼狽する未知、始めて見たわ。ふふ、新鮮ね?」
交通封鎖?!
そうだよね、この先、土砂崩れだもんね!?
するよね、交通封鎖!
「よく見て下さい」
「へ?」
直線距離。
確かに封鎖されている、が、そこに居るのはどう見ても“天使”だった。
背中から生える翼。顔面から頭部を覆う穴のない白い仮面。ベルトが巻き付いたようなデザインの白い服。それから、両手に持った先が半月状になった長剣。
普通の人間よりも明らかに大きい、二メートル半はあるだろう天使が二体、道路を封鎖するように立っていた。
「えっ、車ごと真っ二つにしようとしている?」
「“天兵”だと!?」
その先は、トンネルだ。
トンネルの中から向こう側の道路にかけて、長い距離で土砂崩れと崩落を起こしているのだろう。
「シシィ!」
フィリップの鋭い声に、シシィさんは力強く頷く。
ええっと、嫌な予感しかしないのだけれど?
「最大速度で突っ込め! 緊急脱出のタイミングはわかるな?」
「承知いたしました。轢殺します」
「いいの?!」
「後でExplanationする! “天兵”がいるのなら、それしかMeansはない!」
シシィさんが何かボタンを押す。
すると、車の天井が開いて、雨水が浸入してきた。えっ、まさか。
「いきます」
「ちょっ」
待って。
その言葉は、届かない。
ただ――射出された景色は、意外と見応えがあった。
「きゃぁああああぁぁぁぁぁっ!?!?!!」
ような、気がするということで、はい。
うぅ、出発前にお手洗いに行っておいて良かった……。




