そのなな
――7――
池袋の街は、繁華街だけあってそれなりに色々な施設がある。
教会を出た私たちは、テーマパークを周り、昼食に舌鼓を打ち、ある程度遊び回ってから落ち着いたカフェに足を運び、デザートタイムに入ることになった。
私はミルクレープとミルクティー、時子姉はショートケーキとココア、イルレアはザッハトルテとアールグレイ、リリーはガトーショコラとブラックコーヒー、茅さんはモンブランとレモンティーだ。
カフェにやってきたのは、別に、休憩が目的というわけでも無い。リリーがそろそろむくれてきたので、頭を解す意味合いも込めて遊び回り、それから情報の統合をしようということになったのだ。
やることは当然、“教会で聞けたこと”だった。
「最初は聞き心地のいい未知の声から聞きたいわ」
「採用ね、リリー・メラ」
……と、なぜだかこんなやりとりがあって、トップバッターは私に決まった。
「次は?」
「みいで良いんじゃない?」
「なら、リリーおねーさまの言うとおりにしようかなー?」
「ふふ、よくってよ」
なんてことがあり。
順番は、私→時子姉→イルレアに決定みたいだ。
……ところで、面識があるのならもう普通に、“時子姉”じゃだめなのかしら。
「こういうのは気分だから」
そ、そうなんだ。
いやまぁ、時子姉が楽しそうでなによりです。何故かクラウン社から援助があって大忙しだって言ってたから、ここのところ忙しかったのだろうしね。
「ということで、【霊気呼応・我が意を逸らせ・急々如律令】」
時子姉が、コップの水を媒介に、周囲の意識を逸らす簡易結界を張ってくれる。
これが発動している間は、周囲の人間は私たちの会話を聞き取ることが出来ないし意識も向かない。同時に簡単に破ることが出来るが、破らずに会話を聞き取ることは出来ず、破られたら直ぐにわかる。
内緒話にこれ以上の術はそうそうなく、特性型異能者の霊術の中でも簡単で使いやすい、というものであるようだ。
「なら、私から話すわね?」
そう前置きをして、ステンドグラスを観察しながら、他の参拝の方に聞いた情報を教えていく。
なんでもあのステンドグラス、もとはそこまで立派なモノでは無かったそうだ。だが一年ほど前にふらりとやってきた男が、“天のお告げ”がどうのこうのと良い、あのステンドグラスを作り上げたのだとか。
ステンドグラスに描かれているのは、女性の天使のものだ。幼い天使が光の中から降りてきて、人々を救済する、という模様になっている。そこまで立派なものにするのに、半年もかかったのだとか。
「毎朝訪れるおじいさんが居てね。その方に伺ったの」
「未知おねーさんは、子供とか老人とかと仲良くなるの、上手よね」
「両方お持ちのご意見番様の言葉には、重みがありますね」
「ん? 茅おねーちゃん、なにか言ったかな?」
「さて、なんのことやら」
……とにかく、そんな訳でして。
ステンドグラスの話を切ると、次いで、ため息一つ吐いた時子姉が私に続いてくれる。
「はいはい、それじゃあ神父さんの話ね」
時子姉はそう、ケーキの最後のひとかけらを口に放り込み、ぺろりと唇を舐めてから話し出した。
「なんとなーく世間話をしながら“ここの雰囲気いいですねー”ってお話をしていたの。そしたら、こうなったのは一年前からなんだって」
なんでも、あのシスターさんが来てから教会の空気が良くなっていったそうだ。
子供の扱いが巧く、やんちゃした子供に手当もできて、老人にも親切で、尖った若者にも真摯に話を聞く姿勢。その春の日だまりのような人柄があって、だからこそ神父様も含めて、教会に通うみんながシスターさんに感謝をしているのだとか。
この出会いこそを神の思し召しとしている。だから、人と人との出会いは何物にも勝る幸福である、とか、そういったお話を時子姉にしてくれたようだ。
「なるほどね。神父様“も”そうおっしゃっていたのね」
「イルレア、“も”というのは?」
「そうね。私の話も必要ね」
そう、イルレアは上品に紅茶のカップを傾けると、ナプキンで口元を拭う。
なんだか彼女の仕草は、とても品が良い。容姿にあっている、といってもいいのかもしれない。
「私は懺悔室で、シスターさんに恋愛相談をしつつ――」
「えっ、ちょっとイルレア、待って、それ」
「――しつつ、色々と話をしてきたのだけれど」
「続けちゃうのね?!」
ま、まぁ良いでしょう。気にしないことにしよう。
あれから会うたびに花を一輪くれるとか、はい、気にしませんとも。ええ。
「どうも彼女は、去年、教会を訪れるまでの経緯が一切わからないそうよ」
「……え?」
「記憶喪失、ということみたいね」
なんでも、事故かなにかに巻き込まれ、通りがかりの人に助けられ、半年前まで隣にあった開業医の先生のところで見て貰っていたようだ。なにせ記憶喪失なのでなにもわからず、かといって入院施設があるほどの病院ではなかったので寝泊まりは教会で行っていたのだとか。
記憶に対して何かの刺激に成れば良いと、聖書を覚え、礼拝を覚え、やってくる方々の話し相手になるうちに人々から慕われるようになって、怪我が完治してからも教会に暮らしながらシスターをやっている――ということのようだ。
「それで、なにせ自分の名前もわからないのだけれど、ただ、怪我で意識が朦朧としていた時に呟いた名前があったそうなの。それを手がかりになるかもしれない、ということで名乗っているそうよ」
そうか、自分の名前だったらそれに越したことはない。
けれど、そうでなくても、朦朧としていても呟けるような名前ならば、本人にとって強く関わりのある物と言うことだろう。
なるほど、それを名乗っていれば間違いない。
「ええっと、それで、その名前、というのは?」
イルレアは私の言葉に頷くと、小さく、喉を震わせる。
「そうね、確か――カタリナ、と、そう名乗っていたわ」
その音は。
「あれ?」
どこかで耳にしたことがあるような、ないような。
不思議と胸に残る、文字列であるように思えた。
――/――
――Turururururururu
――Turururururururu
――Turururururururu
――Turu……ガチャ
「はい、暦探偵事務所です」
夕暮れの探偵事務所。
デスクに備え付けられた古風な黒電話を手に取り、史は抑揚の無い声で告げる。
『――』
「僕? ぼくぼく詐欺は受け付けておりません」
『――!』
「はぁ。最初からそう言ってくだされば。では」
『――!?』
「あと三冊読み終わった頃にお掛け直しください」
『――!!』
「はい? 六法全書程度の厚さです。お気になさらず」
『――――!』
「はぁ、手間の掛かる方です。所長」
『――』
史は抑揚も、更に言うなら表情すらなく電話の相手をからかい倒すと、己の所長に受話器を手渡す。
そのやりとりを直ぐ隣で聞いていた所長――黄泉は、苦笑しながら受け取った。
「さて、茅隊員。居心地はどうかな?」
『――』
「それはなにより。本題? いきなり本題に入ってしまっては、会話の楽しみが薄れるというものさ。人生に焦りは必要だが、スパイス程度に留めておくのが大人の――」
『――!』
「――くくっ、冗談だ、冗句さ。そうかっかっするな。では、聞かせてくれるかな?」
『――、――』
「ほう、ほうほう、ほう? ふむ。くっ。そうか、はは、なるほど」
茅の話を聞きながら、黄泉は楽しそうに笑う。
その様子に直ぐ隣の史がため息を吐いていることになど、気にしたそぶりも見せない。この事務所にとって、この様子は“いつものこと”であるのだろう。
『――』
「ああ、細かい指示はこちらから出す。経費も好きに使って良い」
『――』
「ありがとう、そうだね。ああ、また」
受話器を置くと、黄泉は手帳を手に取り眺める。
それから身を翻してトレンチコートを手に取ると、肩からバサリとそれを掛けた。
「史、私はちょっと出てくるよ」
「はい、どちらへ?」
「ああ、そうだったね。――旧、片桐常継邸だよ」
颯爽と立ち去る黄泉を、史はただの一瞥だけして見送る。
それから彼女はまた、手元の本に目線を落とした。
2018/01/05
誤字修正しました。




