そのろく
――6――
暦探偵事務所を出て直ぐ。
教会までの道のりを歩きながら、私の隣を歩いていたリリーが大きく伸びをする。
「終わったー。さて、未知、遊びに行くわよ。茅と言ったかしら? 荷物持ちくらいはできるのでしょうね?」
「任せて。これでも力には自信があるんだ」
探偵事務所の所員で、今回、私たちのサポートにと付けられた少女。
スレンダーな体つき、金髪のショートヘア、深い黒の瞳。少年のようで、顔だちは幼さの残る少女。暦所長の助手と名乗った彼女、茅さんは、リリーの申し出に快く頷いていた。
「ええっと、リリー。教会に寄ってからね? あと、荷物は買い物先で寮に送りましょうね? 茅さん、付き合わせてしまってごめんなさい」
リリーの頭を撫でながら窘めて、私も私もと何故か頭を寄せてくる時子姉も撫でて、イルレアも寄せてくるから仕方なく撫でて、付き合わせてしまっている茅さんに申し訳なくなり、謝りながら撫でた。
って、違う!
「ひゃっ」
「ひぇっ、ごごご、ごめんなさいっ、流れでつい!」
「い、いえ、恥ずかしいけど、くすぐったくて、良かったです」
「ゴッドハンドね、未知。さ、次はまた私よ。たっぷり可愛がってくれたら教会に行ってあげますわ」
いやいやいや、なんだろう、ツッコミが追いつかない。
時子姉も時子姉で、イルレアと楽しそうに会話をしていて、早々に“我関せず”だ。こういうときにツッコミに回ってくれる人間がいないと、私の負担が大きいのですがそれは。
「教会、は、こっちだったかな?」
「歩けばたどり着きますよ。ここは“領域”の中ですから」
「え? 茅さん?」
にこにこと笑う茅さんに、首を傾げる。
領域? そういえば、事務所自体も“望むモノしかたどり着けない”ってはなしをしていたのだったか。それは、どういう意味だったのか。
「道中、少しお話をしておきましょう。うちの所員の史が、小説家をしていることはご存知でしょうか?」
「ぁ――文月史さんの、“黄昏探偵”シリーズ?」
「はい。あれは依頼者に許可を取って、依頼の内容をインスパイアしたような内容になっています。似て非なる物語、ですね。そうやって現実とかけ離れないように、けれどどこか違ったモノに仕上げることで依頼主の特定を避けると同時に、読者に“暦探偵事務所は望むモノにしかたどり着けない”という印象を与えます。それはやがて信仰のように力を持ち、現実世界に影響を及ぼす」
「っ! それって」
まさか、異能の力?
そう問いかけると、茅さんはこくりと頷いた。
「真伝十三家七番宗家“文月”の“遺物級”特性型異能力、“史書心憶領域”です」
「それは……明かしてしまって、良かったのでしょうか?」
「構いません。“ここ”までなら、ですがね。史も次期当主ですから、それだけが手の内でもありません」
しかし、そうか、“遺物級”か。
特性型の異能は、その血の積み重ねや掛けられた歴史、あるいは信仰や伝承などが強い意味を持つ。それに合わせて、異能者の一般的なランク付けである、EクラスからSクラス稀少度と似た意味合いで、順序づけがされている。
稀少度Sランク――“伝説級”
稀少度Aランク――“遺物級”
稀少度Bランク――“伝承級”
稀少度Cランク――“口伝級”
稀少度Dランク――“記録級”
稀少度Eランク――“紋様級”
ドンナーさんやイルレア、七、時子姉なんかはこの“伝説級”の異能だ。また、同じ退魔七大家であっても、例えば彰君――退魔七大家序列四位、緑方現当主――なんかは、“遺物級”であったりと、単純な稀少度とまったく同じ区分というわけでもなかったりするらしい。
そして、文月さんの異能は区分として上から二番目、“遺物級”。これだけでも強力なように思えるが、それだけでもないという。もしかしたらこの探偵事務所は、私が考えているよりもずっと奥が深いのかもしれない。
「そういえば、同じ十三家なのですね。その、文月さんと暦所長は」
「クスクス、ええ。それから僕もです」
「茅さんも?」
あれ、そういえば茅さんの名字、聞いていない。
そう目を丸くしていると、茅さんに小さく笑われてしまった。うぅ、恥ずかしい大人で申し訳ないです……。
「改めまして。僕の名前は“神無月茅”――真伝十三家十番宗家“神無月”当主という肩書きですが、僕自身はまだまだ若輩者ですから。どうぞ、お気になさらず」
え、えぇ。
そう言われても困る、と、そう言いかけてぴしりと固まった。えっ、次期当主ではなくて、“現”当主、だったりするの?
「当主ですから、授業免除が施されて所長の下で、色々と仕事をしているんです。ですが籍は関西にありますから、黄地のご意見番様とも、交流させていただいたこともあるんですよ」
黄地のご意見番様。
おうじのごいけんばん。
それって、まさか。
「みいちゃん?」
振り向いて偽名を呼ぶと、イルレアと手を繋いでいた時子姉が、気まずげに目を逸らした。
まさか、面識があったなんて――先に言ってくれても、良かったよね? まったく、もう。
「えへへ、ごめんね?」
「もう」
イルレアから離れて、私と手を繋ぐ時子姉に苦笑する。
それでも時子姉がここまで心を開いて、気を楽に接してくれているのがわかっていて、それがちょっとだけ気分が良い――なんて、絶対にバレている“一生の秘密”を考えながら。
裏道にある小さな教会は、小さなお墓と隣接したものだ。
青い屋根に十字架。古ぼけた白い壁だけれど、ステンドグラスはなぜだかひときわ美しい。
「僕が先に。――すいませーん」
そういって、茅さんが先行して入っていった。
それから数分もしないうちに、中からひょっこり出てきて手招きしてくれる。
(「教会だけれど、リリーは平気?」)
(「ええ。私を天力でどうこうしたいのなら、この程度では足りないわ」)
そうなんだ、良かった。教会と聞いて一番気がかりだったのが、“それ”だ。
いざとなったら、リリーと一緒に外で待っているつもりだったが、なら構わないかな。
「こんにちは、お邪魔します」
「――これはこれは、若い方がこんなに。どうぞここは神の家です、歓迎いたしますよ」
そう言って招き入れてくれたのは、黒いカソックを身に纏う、老齢の神父さんだった。
彼の隣には黒い瞳の、切れ長の目のシスターが立っていて、こちらは柔らかく微笑んでいる。
そんな彼らの背には、大きな十字架と、その後ろ側に美しいステンドグラス。私は思わずそのステンドグラスに見入ってしまう。
「……なるほど。なら、未知おねーさんはステンドグラス担当ね。私は神父さんに話を聞いてくるわ」
「そう? みいがそちらなら私は、シスターさんの方へ行くわ。リリー・メラ、あなたは?」
「私はここで、未知と一緒にいるわ。良いでしょう?」
「え、ええ?」
ええっと、どういうことだろう。
首を傾げて茅さんを見ると、彼女は笑顔のまま首を振る。
「僕は見学ですので、お気になさらず」
ええっと、そうじゃなくてね?
どうしよう、もしかしなくても私だけ理解していない。焦りながら考えて、ステンドグラスを見て――。
「あ」
――ふと、思い出した。
これは、先ほどの暦所長の言葉だ。みんな、それに従って動いてくれたのだろう。ええっと確か、暦所長は、そう。
『懺悔をするのも良い、可憐なシスターと世間話に講じるのも良い、敬虔な神父に説教を受けるのも良い、ただぼんやりと美しいステンドグラスを眺めるのも良いだろう』
つまり、みんなは早々に思い出していた、と、そういうことかな。
うぅ、なんだか出遅れてしまって恥ずかしい。けれど、気づくことが出来たのであれば、問題なく調査開始だ。
暦所長も言っていた“得られるものがあれば”という言葉に従って、私は差し出してきたリリーの手を握りながら、ステンドグラスをじっと眺めた。




