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そのはち

――8――




 観司先生の手から浮かび上がったバスケットボールサイズの球体が、みるみるうちに圧縮されていく。


「【圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス】」


 バレーボールサイズになり、テニスボールサイズになり、ゴルフボールサイズに……っていやいやいや!


「なななな、なにあれ、ちょっと鈴理?」

「なぁに、夢ちゃん?」


 何でアンタはそんなに落ち着いているのよ!?

 魔導術式で追加できる効果は、せいぜい三つまで。なのに、観司先生の手に集束していく弾丸にかけられた圧縮は、想像を絶する数だ。


「【圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス圧縮プレス】」


 さらに言うのなら、ポチ? 観司先生の犬もおかしい。

 能力を限定的に解放されている状態だと思うのだが、どう見てもあの化け物の第一段階よりも強い。ポチを見ているリュシーだって冷や汗を掻いている。

 だというのに平然と受け入れている鈴理も、あんたちょっとどうしたの?!


 思い返せば鈴理の術式。

 あれもおかしい。一度展開した魔導術を変換するとか聞いたこともなければ見たこともない。

 そのおかしさは観司先生に並ぶ物が……あれ?


「あんたの術式、観司先生が?」

「うん! ぁ、他の人には内緒だよ?」


 言えんわ。

 それなら納得納得……って、観司先生、短縮術式使ってなかった?

 やだなにそれ机上の空論。どうなってんのよ!?


「はぁ……とんでもないわ」


 碓氷うすいの家に生を受け、がさつな自分には似合わない可愛らしい名前を付けられ、何故か課された忍者修行。

 一族秘伝の【術式刻印レリーフィング】ありきとはいえ、その気になれば水の上だって歩けるし、火だって吹ける。

 こりゃあ人には言えない技術だと思ったのに、親友はいつの間にかトンデモ術者で、新しい方の親友は未来予知能力者。それだけならまだしも、見知った教師は歩くパンドラボックスみたいな魔導術を大盤振る舞い。いやいやいや。


「【圧縮プレス追加プラス精密射撃ロックオン術式固定バレルフリーズ】」


 圧縮中にも、羽化した化け物は障壁をガンガン攻撃していた。

 だというのに、まったく揺るがない防御。なにこれ? なにこれ。

 そして圧縮が終わると思うと、いつの間にか魔力弾はビーズサイズまで圧縮されていた。えぇ……。


「苦しむ暇も与えません――【展開イグニッション】」


 化け物は本能的に危機を察知したのだろう。

 全身の鎧を鋼殻化させた上で、幾重にも結界のような物を張る。

 だが観司先生の弾丸はその全てを紙のように貫き、化け物の身体に残留。


 ズガァンッとけたたましい音。

 内部からばらばらになる化け物。

 私たちがあれほど苦戦した相手に、傷一つ無く佇む観司先生。


「お待たせしました」

「いいえっ」

「ぜんぜん待ってないです」

「ミツカサ先生はすごいな……流石スズリの師匠だ」


 そんなサラッと倒せるなんて、誰が想像しますか誰が……。


「さて、そろそろ救援が来ることでしょう。警戒は続けますが、傷の手当てを――」

「むちむち!?」

「――有栖川さん?」


 え? なに?!

 急に左目を押さえて叫んだリュシーに、私たちは思わず目を剥く。


「い、いや、すまない。私の【天眼】は基本的には前後数瞬の映像を映し出すのだけれど、たまに神の悪戯かのように誤作動を起こして、それなりに後のことや前のことを映し出すのだけれど……」

「それで、ええっと、むちむち?」

「ああ、うん。何というか、そう、水着? のような」


 首を傾げる私と鈴理。

 顔引きつらせる観司先生……って、どうしたんだろう?


「みなさん、下がって!」


 観司先生の声と共に、ポチ? の結界にナニカが当たる。

 そのナニカは化け物の攻撃を綺麗に弾いていたはずの結界に、僅かに罅を入れている。

 うそ……なに、が……?


「……ポチ。三人を護り切りなさい」

『心得た』


 洞窟の地面から、沸き立つ泡。

 その泡はぽこぽこと音を立てて、ゆっくりと形を作る。


「ッ――【速攻術式セット心理防御メンタルディフェンス展開イグニッション】!」


 観司先生の張った結界が、私たちの目の前を覆う。

 優しい夜の色をしたその結界は、しかし、私たちになんの影響も及ぼさない。ただ、心が軽くなるような気がして――視界が、ぐらつく。


『■って■たぞ』


 ノイズだらけの声。

 見ているだけで不安になって、息をするだけで胸が苦しくなる。


『英■と■■し■■よ』

「魂が欠落してる……? 異界主として現れたのではなく残滓? きな臭いわね」

「先生?」

「なんでもありません。あなたたちは決してアレと目を合わせないように」

「は、はい」


 先生の張ってくれた結界の影響なのだろうか。

 不思議と、視線を下ろすだけで身体の震えは収まった。


「有栖川さん」

「は、はい?」

「あなたのその“目”は、これまで様々なビジョンを映し出し、時にはその運命に振り回されたこともあるでしょう」

「……はい」

「ならば今ココで、ひとつ、証明いたします。あなたが先ほど見た悪夢の光景は――必ず、この命に代えてでも覆してみせる、と」


 観司先生の言葉は、決意に満ちていた。

 リュシーもその言葉に思うところがあったのか、瞳に期待を宿す。

 でも、そっか、そうだよね。リュシーの目が過去現在未来を容赦なく見せるんだったら、見たくないものを見せられることだって、あるんだ。

 ちょっと羨ましいとか、うん、思っていて、恥ずかしい。……ああもうだめだ! 私らしくない!


 あ、そうだ……ところで、先生の言ってたリュシーが見た悪夢の光景ってなんだっけ?


「そして感謝いたします。あなたのヒントが、私の(尊厳)を護ったのだ、と」

「んんんん? ミツカサ先生、今ナニカ副音声が聞こえたような?」

「あれ? ええっと、観司先生? リュシーの言ってた“むちむち”が悪夢の光景とやらと関係が……?」

「私の命を護ったのです」

「え、でも、あれ」

「私の! 命! を! 護ったのです!」

「あっはい」


 鬼気迫る先生の様子に、私とリュシーは目を合わせて頷いた。

 なんだったのだろうと鈴理を見ると、彼女もなんだか首を傾げている。やっぱり、付き合いが深い鈴理でもわかんないことなのかなぁ……?


「わたしはかっこいいと思うんだけどなぁ?」

「……鈴理?」

「ううん、なんでもないよ、夢ちゃん」


 悩んでいると、ふと、赤いナニカが視界に映る。

 俯いてる視界。ポチの結界に当たって流れる液体。これって……まさか!?


「先生?!」


 思わず顔を上げると、そこには左上腕を押さえる観司先生の姿。

 その押さえた手からこぼれ落ちるのは、赤だ。


「【術式開始オープン】!」


 唱えながら、先生が走る。

 相手は目を合わせられないから全体像はよくわからないけれど……そう、古い怪奇物に出てくるような“魚人”のようだ、と、思う。


『我■■■れ■■ない』

「ッウォーターカッター、ね。こうも簡単に結界が破られるなんて――【形態フォーム】」


 ウォーターカッターってあれよね? 水を圧縮して物を切断するっていう……。

 それを振るわれてる? だから、少しずつ傷ついてるってこと?


「【攻勢展開陣アタックバレル付加パーツ属性付与エンチャント・アトリビュート様式アーム短縮ショートカット付加パーツ】」

『■計■事■さ■■い』

「づっ、やりにくい……でも! 【時限リミット十五分(900)起動スタート】!」


 んんんん?

 先生、なんの詠唱をしたのだろう? 鈴理に教えたって言う術式変換とも違うし、あれ?


「【影縫いの剣ソード・シャドウバインド】」

「無詠唱属性魔法?! いや、事前詠唱、とも違う? え? え?」

『ぐ■ッ』


 先生の放った剣が魚人の足下に突き刺さると、剣はそのまま魚人の影を縫い止める。


「【雷撃の弾丸(ブレット・ボルト)】」

『■ァッ』


 魚人は魔導術で肌を焼かれながらも、攻撃の手を緩めない。


 先生の腕を、水が切り裂く。

「【弾丸ブレット】!」

 先生の足を、水が切り裂く。

「【加速剣弾ソード・ハイ・ブレット】――」

 先生の頬から、赤い血が零れて、落ちる。

「っ――【散弾スプレッド】!」


 先生の猛攻に、しかし魚人は怯まない。

 怪我は負っているようだけれど、どう見ても観司先生の方が重傷だ。


「先生、未知先生、もう良いですから、だから――!」

「っ、先生、そうです、私たちのことは良いからポチの結界を先生に使ってください!」


 鈴理の悲痛な声で、我に返る。

 そうだ、私は何を無邪気に観戦しているんだ!

 私の、みんなのリーダーだった私の油断で、先生はここに居るのに!


「だめだよ、先生。未来は変わらない。宿命は終わらない。運命は――」


 リュシーの声が、不安に、恐怖に揺れる目が悪夢を物語る。


「いいえ」


 けれど、そんなリュシーの言葉を遮ったのは、今にも倒れそうなほどにぼろぼろになった未知先生の背中だった。


「運命は、覆ります。ほら」


 そう、未知先生が両手を広げる。

 誘うような動きを、見逃すような敵ではない。


「先生、だめ――!」


 そして、魔導術を振り切り、飛び上がった魚人が――





「【第三の太陽ゾンネ】」





 ――渦巻く炎の柱に、包まれた。





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