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そのご

――5――




 ――東京都赤坂見附・クラウン社ビル社長室。


 上品に整えられた社長室で、金髪の男がキーボードを叩いている。

 よほど仕事が溜まっているのか。時折肩を回してため息をつくなど、疲労の様子が見て取れた。


「? どうした、入ってこないのか」


 そんな中、男――フィリップは不意にそう告げる。

 するとその声に反応するように扉が開いて、外から二つの足音が届いた。


「シシィ、どうかした――エスト?」

「パパ! お仕事の邪魔をして、ごめんなさい。でも、ぼく」

「いや、いいよ。ちょうどTeatimeにしようと思っていたんだ。シシィ」

「既に」


 ソファーにエストを座らせて、自分もその隣に座るフィリップ。

 それを見計らったように、シシィが紅茶を入れて二人の前に置いた。


「最近、学校はどうだい?」

「楽しいよ! 毎日、新しいことだらけなんだ!」

「ハハ、そうか。良かったよ。でも、解らないことがあれば、私かシシィにちゃんと聞くんだぞ?」

「うんっ。シシィはなんでも教えてくれるよ。でも、今度、パパにも勉強を教えて欲しいな!」

「ああ、任せてくれ、エスト。パパはことさらLearning得意でね」


 フィリップはそう、穏やかな顔つきでエストの頭を撫でる。

 エストもそれを、目を細めて嬉しそうに受け入れていた。


「さて、それで、今日は何か話がCertainなんじゃないのかい?」

「――うん。パパに……パパに、お願いがあるんだ」

「なんでも言ってごらん。パパは、エストの願いを断ったりはしないよ」


 躊躇いがちに告げるエストに、フィリップは目を合わせてそう告げる。

 母を早くに亡くし、血の繋がった叔母を亡くしてもう一年も経つ。寂しい思いをさせてきて、先日に至っては、母を用意しようとして己が消滅しかけるという失態。もう、フィリップはエスト以外を己の一番にはしないと誓って、仕事に復帰していたのだ。


「静音を――静音を、助けて!」

「え――?」


 だが、告げられた言葉に思わず首を傾げる。

 水守静音とエストの関わりについては、シシィから聞き及んでいた。その件について、後見人である黄地に、正式な謝罪文も送っている。

 息子の恋路は全力で応援するつもりで居たし、どうも実家に虐げられていると噂のある静音がエストに靡きやすいように、水守の弱みも調査して、いざというときに渡して恩を売れるようにしてある。

 おもむろにシシィに視線を寄越し「弱みの使いどころか?」と目で問いかけると、シシィは首を横に振った。


「だめ、かな?」

「いいや、ダメではないさ。だからパパに、なにから水守静音を助けて欲しいのか、言ってごらん?」

「っうん!」


 そうして、エストは説明する。

 シシィが静音たちへの警告のために、新聞の切り貼りで作っていた警告文を見てしまったこと。静音たちの近くを、凄腕の不審者がうろついていること。


「そうか……ふむ。Understandingしたよ、エスト。そうなっているのであれば、まず間違いなく“彼女”は動くことだろう。ついでにそちらの助けもして、そうだな――シシィ」

「はい」

「キャデラック・ワン・アポカリプス号を用意してくれ。エストは留守番だ。それはいいね?」


 シシィに指示を出したフィリップは、エストと目を合わせてそう告げる。

 エストの瞳は、一緒に行きたいと物語るかのようだ。けれどそれを、エスト自身が振り切る。今、一番大切なのは自分の欲求ではない。他ならぬ、静音の安全なのだから、と。


「うん。ぼくは、足手まといだってわかるから」


 その言葉に込められた、大きな一歩。

 自分の力で歩み始めたエストの成長に、フィリップはなにより大きな歓びを思う。

 だからこそ、その頭にぽんっと手を乗せて、フィリップは力強く笑って見せた。


「いいや、そうじゃないさ」

「え?」

「エストが帰りを待っていてくれる――それだけで、私はいくらでも頑張れるんだよ」

「っ――わかった、ぼく、パパを待ってる!」

「ハハ、良い子だ」


 飛び跳ねて喜ぶエストを抱きしめて、片手間で仕事の調整。

 シシィがそれを受け取り実行し、指を三本立てた。取れた休みは三日。三日後に、地獄の仕事量が舞い込むことになるが、フィリップは笑顔で受け取るだろう。

 今の彼に、エスト以上の原動力は無いのだから。


「エストを社の託児所に預けてくれ、シシィ」

「承知しました。アポカリプス号も回しておきます」

「ああ、頼んだ。――ところでシシィ、その名前はどうにかならないのか?」

「なりません」


 敏腕メイドの雑な名付けに、フィリップはため息を吐く。

 ソレさえなければ腕の良い侍従なのだが、と。




























――/――




 ――池袋・暦探偵事務所




 茶色のチェックの探偵装備に身を包んだ、事務所の所長――こよみ黄泉よみ

 真伝十三家統括“始伝宗家”のこよみという、名家本流の家柄だという気品は、湯飲みを傾けるような一つ一つの仕草から、如実に伝わってくるようだった。

 彼女に依頼をするために事務所を訪れた私たちは、応接ソファーで事情を話す。すると、暦所長はニヒルに笑って、一つ、“なるほど”と頷いた。


「もう、なにか?」

「いや、そうだね。こちらから聞こう。観司君、君はどこを不審に思った?」

「入院期間の延長です」

「ふむ、他は?」


 他、他かぁ。

 確かに、入院期間の延長は不審だけど、言われてみればそれだけで歯痒く思っていたわけではない、かな。

 そうなるとやはり。


「病院側の対応、でしょうか」


 検査結果は当然ながら、ご家族しか見ることが出来ない。

 だが違和感を踏まえて、私は鈴理さん本人と鈴理さんのご両親の許可を貰った上で、閲覧を断られている。そこまで頑なにあの、弓立山総合病院に入院させなければならないのか。それに、不信感を覚えた。

 それで病院の関係者を調べようかとして、なにも見つからずに行き詰まったのだけれど。


「そうだね――ふみ、少し異能者の視点から見てみよう。あそこにはなにがある?」

「弓立山片桐総合病院。慈光七石の一つにも数えられる男鹿岩おがいわの麓に建てられている。地脈の上に位置していることもあり、霊脈と密なる関係があるためか、霊力的に恵まれた地。呪術及び祈願系異能の視線で見ると、男鹿岩と女鹿岩は雌雄の大蛇の伝承があるという点から、恋愛成就、翻って縁切り、多産から見た祈願に携わるか」


 本から視線を外さないまま、黒髪お下げにセーラー服の少女はそう告げる。

 一息でここまで出てくるとは……知識の底が知れない。


「つまるところ、あの病院は“異能を用いてなにかをする”という一点から見て優位な場所にあるということになる訳だ。病院の関係者たちがなんらかの思想を持って、なにかに利用するために笠宮鈴理を利用している、とするのなら、必要なのは片桐総合病院の医師団を基点とした推理ではなく、片桐総合病院という場所を基点に考える必要がある」


 ええっと、それはつまり?

 イルレアに視線を向けると、イルレアは苦笑しながら首を振った。もったいぶったような言い回し、謎を解くという行為に対して持ち上がる口角。イルレアが小さく「以前、依頼した時もこうだった」と呟くと、なるほど、と納得させられた。

 まるで本当に、フィクションの世界の“探偵”のようだ、なんて。


「片桐佳苗院長を筆頭とする医師団。彼女たちでなくてはならなかったのではなく、都合の良い立地に暮らす人間が、彼女たちであったという視点も、考えられないかい?」

「それは、確かに。ですが、何故?」

「ふ、それをこれから解きほぐしていくのさ。だが私は見ての通りの“安楽椅子探偵アームチェア・ディティクティブ”でね。フィールドワークは得意ではないのさ」

「は、はぁ」

「だから、動くのは君たちだ」


 動くのは、えっ、私たち?

 いえ、別に不満はないのだけれども、不安というか……探偵に依頼して、探偵が動くわけでもないの?


「いやはや、普段は不満が噴出してやりづらいのだがね。経験者がいると話が通じやすくて楽で良い。なぁ、イルレア君」

「黄泉所長、あなたは変わりませんね。見た目も、五年前と同じですし」

「探偵がミステリアスなんだ。面白いだろう?」


 そうか、やはり見た目どおりではないんだね。

 暦所長は動じた様子もなく、パイプを噴かして笑っていた。その様子から見て取れる“余裕”は、なるほど、時子姉のような熟練の雰囲気を覚えさせる。


「では、少しヒントを貰おうか」

「ヒント、ですか? 貰う? え?」

「未知、よく見ておくと良いわ。“アレ”が暦の秘伝よ」

「へぇ? 面白そうじゃない、楽しみね、未知」


 暦所長の言葉に、真剣な表情で背筋を正すイルレア。

 イルレアの言葉に、面白そうに目を細めるリリー。

 そんな私たちに、我関せずと羊羹を頬張る時子姉。


 そして。

 暦所長は、おもむろに古ぼけた手帳を取り出し、栞を引き抜いた。


「我に真なる未来を示せ――暦黄泉が、我が力に命ず。急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 手帳が輝き、一人でに開く。

 私たちにも見えるように開かれていて、確かに日本語でなにか書かれているようなのに“読めない”。理解することを、文字によって拒まれているような、ノイズが走っているような、不可思議な感覚。


「ふむ、ふむ、なるほどね」

「なにがわかったのでしょうか?」

「なに、行動のヒントを貰ったのさ」


 それでも首を傾げていると、時子姉が小さく、「あとでね」と呟いた。

 始伝宗家としての力が携わっている、と、そういうことかな。


「君たちはどちらにせよ、動かなくてはならなくなる。その時は街道から目的地を目指すと良い。協力者は惜しむな、全てが真実に導いてくれることだろう。ああ、それと、だ――教会に赴いた方が良いな」

「教会?」

「ここに来るまでの道のりにあったろう? 見えるように道を整えたからね」


 あー、と。

 確かに、道中に教会があったような気がする、かな。


「懺悔をするのも良い、可憐なシスターと世間話に講じるのも良い、敬虔な神父に説教を受けるのも良い、ただぼんやりと美しいステンドグラスを眺めるのも良いだろう。得られたなにかがもしあるのならば、そうさね……かや

「はいはい、雑用ですね、所長」

「ああ、いつものとおりだ、頼むよ」

「――彼女に、教えてくれ。そうすれば私の耳にも入る」


 言われて、金髪ショートに黒目の少女、かやさんは恭しく頭を下げた。


「数日、行動を共にさせていただきます。みなさん、よろしくお願いしますね?」

「は、はい。よろしくお願いします、茅さん」


 茅さんは暦所長の無茶ぶりによほど“慣れて”いるのか、文句も質問もなく了承する。

 あるいは一つの信頼の在り方なのかも知れないが、如何せん私たちは置いてけぼり気味だ。ええっと、連れ回せば良いということなのかな?

 見れば、リリーは完全に話に飽きて、暦所長の後ろに回って興味深そうに手帳を観察していた。良いのかな? いやでも暦所長、気にした仕草もないからなぁ。


「さて、推理と確証が出そろったら披露しよう。ふみ、久々の依頼だ。調べ事は頼んだよ」

「承知」

「茅、存分にサポートをしてくれ。君の足に期待しているよ」

「はい、畏まりました」

「では早速、動きだそう。役者は揃った、あとは幕を開けるだけ、さね」


 茅さんと握手をして、暦所長に頭を下げ、あれよあれよという間に事務所を出される。


「あ、れ?」


 呆然と暦探偵事務所のテナントを見上げて、私はただ首を傾げながら佇んでいた。

 ええっと、これはこれで前途多難な気もするけれど――少なくとも、出口のない迷路からは抜け出せたような、奇妙な安心感もある。

 あとは指示に従って、流れに身を任せよう。なにせ私には頼もしい仲間たちが居るのだ。難しいことなんか何もない。




 見上げた雲は、灰色でどこか薄暗い。

 けれど雲間に覗く太陽が、私たちを導いてくれているような気さえした。





2018/01/05

誤字修正しました。

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