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そのに

――2――




 朝の検査やなんかが終わり、時刻は正午。

 目が覚めた時には既に降っていた雨は、強くなるばかりで止む様子はない。どうやら台風が近づいてきているらしく、それも合わせて長雨になるようだ。

 何時になっても外は薄暗くて、こんな天気の日はどうしても、“おじいちゃん”のことを思い出してしまう、というのが本音だ。わたしに寄生していた、悪意の人。あの人と始めて出会ったのは雨の日で、あの人が死んだのも雨の日で、師匠がわたしを救ってくれたのも雨の日。


「はぁ……いや、だめだめ。あんまり考えないようにしなきゃ」


 そう目を伏せると、視界に入ってくるのは、静音ちゃんが貸してくれた小説だった。

 これが中々面白くて、気がつけば大半を読み終えてしまっていた。面会時間が始まってくれたら、直ぐにでも静音ちゃんと語り合いたいくらいだ。黄昏探偵、何巻まで出てるんだろ。続きが早く読みたいっ。


――コンコンコン


 ノックの音。

 わたしはぱっと顔を上げて、にやつきそうになる頬を抑える。


「どうぞー」

「お、お邪魔します。お待たせ、鈴理」


 そう言って静音ちゃんが入ってきてくれたら、なんだか心がふわっと軽くなった。

 静音ちゃんの手には、今日も大きな紙袋。服装は昨日よりも色合いが落ち着いていて、雨の寒さからかカーデガンではなくジャケット。スカートではなくポンチョをはいているようだった。


「寮母さんに願いしてね、しゅ、宿題も送って貰ったんだ」

「さすが静音ちゃん! 後から追い詰められたらどうしようって、ひやひやしてたんだ」

「う、うん、そ、そうだよね。あ、あとね? 黄昏探偵の続巻も持ってきたんだけど……よく考えてみれば、あ、合わなかったら必要なかったなぁって」

「そんなことないよ! すっごく楽しみだった!」


 夏休みの宿題を終わらせられないんじゃないかという不安と、続きに期待していた心を両方一遍に解消してくれて、ほっと胸をなで下ろす。良かったぁ。短期だと思って油断していて、持ってこなかったんだよね、宿題。

 わたしは、毎日やらなくてはならないもの以外は一日で終わらせるのですよ。だって、気兼ねなく遊びたいし!


「た、黄昏探偵、気に入ってくれたんだ?」

「うんっ。ガチガチのミステリーも好きなんだけど、超能力系なんだね! もう、主人公のこよみ黄泉よみの異能が際立つ瞬間が、よく練られているっていうかっ」

「そ、そうなんだよね。異能はあくまでスパイスで、け、結局は推理と考察でピンチを乗り越えていくんだよね」


 黄昏探偵シリーズの話で盛り上がりたい。

 どうやらその気持ちは、わたしだけのものではなく静音ちゃんのものでもあったようだ。静音ちゃんがイキイキと話してくれる様子に、なんだかわたしも嬉しくなっちゃうよ。


「一日に三回しか使えなくて、手記に難解な文章で現れる予知。描かれる言語もばらばらで、書かれている直訳を見ながら一緒に考えられるのが良いよね!」

「う、うん。私、実は黄昏探偵が切っ掛けで、ラテン語の勉強もしたんだ。か、鏡先生がギリシャ語が堪能で、た、たまに教わってるんだよ?」

「へぇ、そうなんだ! 知らなかったなぁ」


 うーん、うちの先生ってみんな、けっこうスペック高いなぁ。

 鏡先生は英雄の一人だし、やっぱり色んな国で仕事をしたりとかするのかな? わたしも今度、聞いてみよう。師匠も誘ったら、鏡先生も嬉しいだろうし。

 そういえば、師匠は語学はどうなんだろう。英雄時代はアメリカによく招待をされていったっていうし、やっぱり英語が得意なのかな?

 確か、アメリカのワシントン上空に出現した十万体の悪魔を、魔法で一薙ぎに討伐したのだとか。その上で、市街を襲っていた悪魔たちを瑠璃色の星型弾で狙撃。けが人も魔法で治癒した上で、ホワイトハウスを襲撃しようとしていた悪魔将軍と激戦し撃破。歴史の教科書にも載っている、有名なエピソードだ。

 現在のアメリカが親日国となっている理由の大半を占めるのが、この一件のおかげだというのだから、その功績は目を瞠る物があるとかなんとか。さすが師匠だよね。


「っ、あ、雷」

「お、落ちた? 鈴理、怖いのなら掴まっても良いよ?」

「……えへへ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 怖い、というよりもびっくりしたのだけれど――うん、腕を広げてくれた静音ちゃんにぎゅっと抱きしめて貰うと、なんだかとても安心した。うーん、居心地良い。


「ぎゅー」

「ぎゅ、ぎゅー」

「ぎゅー」

「ぎゅー……ぎゅー」


 あれ? なんだか静音ちゃん、だんだん力が強くなってないかな?

 まぁ、苦しいと言うほどでもないから良いか。あー、空調完備の部屋がちょっとだけわたしには寒いから、静音ちゃんの体温がちょうど良い。

 どうしよう、このまま眠っちゃいたい。あれでも、静音ちゃん、少しだけ呼吸が荒い? 苦しいのかも。

 そろそろ離れた方が良いだろう。そう身体を離そうとした時、ガラッという音と共にノックもなく扉が開かれた。


「ひゃっ」

「っっっ、わ、私はなにを……?」


 音に驚いて離れて、それから慌てて扉を見る。

 けれどそこに人影はなく、開かれた扉だけがあった。


「? す、鈴理、ちょっと見てくるね?」

「ぁ、うん、ありがとう」


 静音ちゃんは腕輪の嵌められた右手を前に出しながら、そろそろと歩いて行く。なるほど、万が一危険なものがあったとしても、腕輪のゼノカウンターが発動するっていうことだね。

 んん? いやちょっと待って静音ちゃん。それ、ひょっとしなくてもオーバーキルだよね?!


「……どなたか、い、いますか? ――あれ?」


 周囲を見回した静音ちゃんは、ふと、何かに気づいて屈む。


「す、鈴理」

「どうしたの?」

「こ、これ……」


 静音ちゃんがそう言って差し出したのは、一通の手紙だった。

 白い装丁のシンプルな手紙で、宛先はない。ただ、端の方に笠宮鈴理へ、と綴られていた。


「ひっくり返すのが怖いような気がするけど……」

「わ、私が返そうか?」

「んー……ううん、一緒に見よう」

「そう、だね」


 ごくりと生唾を呑み込んで、くるりとひっくり返して見る。

 するとそこには、新聞の切り貼りで記された文章が、強烈に目に飛び込んできた。





『狙われているぞ、気をつけろ!』





 気をつけろ?

 狙われているって、なにに?

 手紙一面に貼られた言葉には、かなりのインパクトがある。これを見なかったことにするのも難しくて、わたしは静音ちゃんと目を合わせて首を傾げあった。


「えーと、つまりどういう――」

――ズガァンッ!!

「――ひゃんっ」


 そんな折りに、タイミング悪く雷が落ちる。

 けっこう近かった上に、音が凄く大きい。思わず手紙を落としてしまい、慌てて拾おうとする物の、ベッドの下にいってしまったみたいだ。


「あの、笠宮さん、今、よろしいでしょうか?」

「は、はいぃっ! ぁっ、片桐かたぎり先生?」


 慌てていたから、きっと足音に気がつかなかったのだろう。

 開きっぱなしだった扉からひょっこりと現れたのは、黒い長い髪に白衣の女性。わたしの検査やなんかを担当してくれている、女医さん。片桐さんが年の割にとても幼く見える顔立ちを困らせて、わたしたちを見ていた。


「どうかしましたか?」

「なんでもないんです! ね、静音ちゃん」

「は、はい。ごめんなさい、雷に驚いてしまって」

「あら、そうだったの」


 ふふふ、と上品に笑う片桐先生に苦笑する。

 変な手紙が来てました、なんて中々言えないからね。脅迫のような文書ではなく、警告のような内容だった。なるべく騒ぎにはしたくないし、これで良いだろう。


「それで、片桐先生? まだ、検査の時間ではなかったと思うんですけれど……」

「ああ、そうでしたね。その、お友達のことなのだけれど」

「わ、私ですか?」


 あれ、静音ちゃんのことって?

 なんだろうと首を傾げて、静音ちゃんと顔を見合わせる。心当たりはない、みたいだね。ええっと、そうすると?


「実は大雨と雷で道路が崩落してしまったようなの。申し訳ないのだけれど、ここにベッドを運ぶから、インフラの復旧を待っていただけないかしら?」

「へぁ? えっ、ええっと、静音ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫というか、の、望むところだけれどその……よ、よろしくお願いします」

「良かった。では、直ぐに手配しますね」


 それだけ言って、片桐先生は足早に去って行く。

 崩落……そっかぁ、崩落かぁ。あれでも、ということは?


「ふふ、す、鈴理とお泊まりだね?」

「ぁ――うん、うんっ、そうだね! 棚からぼた餅貰っちゃった」

「ふふふ、そうだね、うん、わ、私もそう思う……!」


 色々と心配事がないでもないのだけれど、静音ちゃんと意図せずお泊まり会が出来るとなれば、嬉しくないはずがないよね。

 手を取り合って喜んで、ふと、思い出す。ベッドを運び込んで貰える前に、さっきの手紙は回収しておかなくちゃ。余計な騒ぎになっても大変だからね。


「私が取るよ。す、鈴理は休んでて」

「あぅ、なら、お言葉に甘えるね?」

「ふふ、ど、どうぞごゆるりと」


 静音ちゃんはそうかがみ込んで、ごそごそと動き、ぴたりと止まる。

 あれ? もしかしてけっこう取りにくい位置にあったのかな? 中々出てこない静音ちゃんに、不思議に思う。




「………………鈴理」




 どこか、迷いの孕んだ声色。


「どうだった? 静音ちゃん」

「ええっとね、こ、これなんだけど」


 静音ちゃんが恐る恐る取り出したのは、手紙……ではなく、小さな“箱”だった。

 組木細工とでも言うのだろうか。開ける部分のない黒い木箱で、直径にすればたぶん五センチ程度だと思う。それを、静音ちゃんは掌の部分だけで展開したゼノの鎧の上に乗せて、わたしに見せた。


「これ、どうしたの?」

「ベッドの下、天井部分に、は、張り付いてた」

「うへぇ」


 えっ、それじゃあ、この病院に移ってから五日間、ずっとわたしと寝食を共にしていたってことだよね? うぅ、なんだか気持ち悪い。


「と、とりあえず、調べるのは後にして、ゼノに格納しておくね?」

「うん、おねがい。ありがとう……」


 静音ちゃんがそう念じると、木箱は黒いオーラに包まれて、虚空へ消えた。


「え? ぁ、そ、そうなの? うん、なら、お願い」

「静音ちゃん?」

「ぁ。ゼノが、中で調べておいてくれるって」

「ゼノが? そっか……良かったぁ」


 ゼノは英雄クラスの実力者だ。

 ゼノが調べてくれるのであれば、こちらとしてもすごく安心だ。静音ちゃんにへらっと笑いかけると、静音ちゃんもほにゃっと笑顔を返してくれる。

 ふぅ、びっくりしたけれど落ち着いた。



「雨、止まないね」

「う、うん――そうだね」



 色々なことを呑み込んで、ただぽつりと呟く。

 ざぁざぁと雨脚を強くしていく曇天は、前途多難を予知するかのように重く沈んでいた。





2017/03/18

誤字修正しました。

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