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えぴろーぐ

――エピローグ――




 試験中に、試験官も知らされていなかった“機械天使乱入事件”。

 この一連の騒動は、国連のうちの何人かが蜥蜴の尻尾切りのように首が飛んだだけで、ひとまずの決着を見た。

 私たち教師も後始末に右往左往することとなり、色々な責任取りやなんやらで、結局獅堂どころか七や瀬戸先生なんかともろくに話をする暇も無く、怒濤の一週間が過ぎ、なんとか終業式の三日前に一息吐くことが出来た、という流れだ。

 午前中は鈴理さんの検査入院のお見舞いに行き、昼に採点業務をどうにか終わらせ、私は異能科二年Sクラスの教室に来ていた。用件はというと、まぁ、風子さんとの“約束”のためだ。つまるところ、どうやって異能を防いだのか? という質問諸々だろう。


「遅くなってしまったかしら? こんにちは……っと、イクセンリュートさん?」


 いざ扉を開けて入っていくと、そこには風子さんの他にもう一人。

 ルナミネージュ・イクセンリュートさんが居た。彼女の試験は“行動が限定される洞窟で敵性生物の排除”というもので、妖精を上手に操って試験をクリアしていた。私は実体ホログラムを洞窟の形で保ちながら地形を変化させたりしていたので、直接的には関わらない形の試験となったのだ。


「こんにちは、観司先生。風子の異能を破ったと聞いたので、私も種が知りたくなりました。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「風子さんさえよければ、私は構いません。どうでしょうか?」

「あ、はい、私はもちろんOKですよー」


 丁寧に頭を下げるイクセンリュートさんと、手をひらひらと振りながら許可を出してくれる風子さん。

 ……風子さんの表情が、以前よりもずっと親しみのあるものに変わっていた。うん、なんだか嬉しいな。


「わかりました。それでは本日は“風子さんの異能をどのようにして攻略したのか”という点と、“異能の攻略としてどんな方法があるか”を教授させていただきたく思います」

「はいせんせー。私の異能の破り方、そんなにたくさんあるの?」

「多くはありません。けれど、幾つかあげられますね」


 なるほど、と頷く風子さん。そんな風子さんを、隣でじっと見つめるイクセンリュートさん。んー、この様子はもしかして?


「……気になることがあれば、いつでも質問は受け付けます。イクセンリュートさんも、ご自由にどうぞ」

「ぁ……躊躇っていたこと、お気づきでしたか。それではお聞きしたいのですが、その他の方法、というのは“近づいて殴る”のようなものも含まれるのですか?」

「それについては、今回はあまり触れません。その方法で破れる、としても、教師が教えるものとしては物足りないでしょうからね」


 風子さんは、目上の人からなにか教わる、ということに忌避感を持っている。

 私は風子さんに勝ったことでその認識を捨てていてくれているようだが、それは同時に“大きな期待を寄せている”ということでもある。生徒に期待されているのだ。せっかくだから、教師らしくまったく新しい知識を授けたい。


「まず、今回、私が防いだ方法は魔導術師だからできる方法です。同時にコレは、異能者が魔導術師に対する対策として用いることも可能です」

「ええっと、せんせ? 霊力と魔力を使ってるってことかな?」

「はい。技術としての名は“魔抗勁まこうけい”。異能者が扱う場合は“合気ごうき荒神あらがみ”という名で用いられます。効果はどちらも同じで、霊力と魔力は反発し合うという特性を利用して、霊力に魔力を、魔力に霊力を意図的に混ぜることで効果を霧散させる、ということです。加減を間違えると暴発してしまうので、覚えたいのであれば教員の監督の下、行って下さいね」


 技術としては難しいかもしれないが、やっていることは単純だ。水に火を当てて蒸発させるのとほとんど変わらない。原理が簡単すぎて、退屈させてしまったかも知れないけれどね。

 そう思いつつ二人に視線をやると、何故か似たような表情で固まっていた。どうして口を開けてぼんやりしているのだろうか?


「は、はい、先生」

「はい、どうぞ、イクセンリュートさん」

「風子の異能――遠距離から指の射線上をノンタイムで切り裂く現象に対して、“他人の霊力に自分の魔力を混ぜる”という繊細な作業を、瞬く間に?」

「はい。まだ難しいかも知れませんが、必要なのは慣れです。きっと、みなさんにもできますよ」


 そう言ったきり、イクセンリュートさんは机に突っ伏してしまう。

 ええと、どうしたのかな? 続けても大丈夫?


(「ね、ルナ。“規格外”でしょ?」)

(「そうね。こんなの予想外よ。風子は予測していたの?」)

(「自分より先に驚かれると、かえって冷静になるよね?」)

(「……そうね」)


 小声でなにかを話しているが、よく聞き取れない。

 ええっと、この技能について説明するとみんなこうなるんだよね。でも、納得はしてくれたみたいだからいいか。よし、次に行こう。


「次に、異能者が防ぐ場合です」

「あ、これ気になってた」

「そうね、でも何故魔導術師の観司先生がそれを?」

「しっ、ルナ。だめだよ、常識の枠で考えちゃ」


 ……風子さん、ひとをなんだと思っているの? イクセンリュートさんも、何故納得しているのだろう。


「こほん。……肝心の方法ですが、これは“存在強度”という指針を用います」

「存在強度? 風子、知っている?」

「ううん。知らないよ」


 存在強度。

 異能者は己の異能を、主観で捉えて認識している。その力に対する信仰心によって、異能は威力や多様性を変えることがある。黒土君の“あゝ我が愛しの黒歴史ブラックノート・グラフ”が良い例で、結局のところ、あの異能も黒土君の“自分の黒歴史はここまで出来る”という認識があってこそのものだ。

 つまるところ、異能者の異能というものは霊力と異能への信頼によって変動する、という、ほぼ完全なロジックにより組み立てられる魔導術師とは根本が異なる。特性型スキルタイプは魔導術師寄りだけれどね。


「これを限定的に用いる技術があります。それが“存在補強(アタッチメント)”と呼ばれるものです」


 これは、霊力を溜めておける水晶に、霊力と“信仰心”をチャージしておく。ただひたすら異能に対して信頼感を寄せる、という行為は土壇場では難しい。それを事前に済ませておくことで、解決する、というものだ。

 これを土壇場で砕き、霊力と信仰心を解放。存在の強度を上げることにより、風子さんのような“現象”を起こす異能を弾く、という方法だ。常に霊力を意識しながら信頼感を強く抱く、という訓練をすると、攻撃を受ける瞬間、もしくは攻撃の瞬間にだけ爆発的に霊力を注ぎ込み、大幅な強化を用いることが出来る。

 これを難なくやってのけるのは、拓斗さんのような共存型キャリアタイプに多いかな。


「その水晶というのは、どこで?」

「魔界で生産される“魔水晶”。もしくは、天界にあるとされる“天晶花”。あとは、精霊界にある“精霊結晶”です。霊力と一番相性が良いのは、この精霊結晶ですね」


 入手難易度の高さに、項垂れる二人。

 えーと、はい。いつか力を付ければ解決できることだ。だから、頑張ってね? そう思いながら、私は二人の質問に答えていくのだった。





















 さて。

 実のところ、今日はもう一つ“約束事”がある。


「時間ギリギリ、かな」


 こちらの予定を優先させて良い、と伺ってはいたけれど、なんだか申し訳ない。私は事後処理中に交わした約束事を果たすために、足早に目的地に向かった。

 場所は、予備の生徒指導室。完全防音で、話が外に漏れることはない。そんな場所で何を話したいのかは解らないけれど、遅れるわけにもいかない。


「すいません、お待たせしまし……あれ?」


 そう慌てて駆け込むが、そこには誰も居なかった。

 歩き進んで窓辺に立つも、人影はない。けれど、首を傾げているうちに、直ぐに気配がした。


「もうついておられたのですね。こちらから持ちかけて置いて、遅れてごめんなさい」


 そう、“後ろ手で鍵を閉めながら”入ってきたのは、私と約束を交わしたひと。

 “獅堂とのことで話がしたい”と、そう言って約束を申し入れた、今、渦中のひとの姿。


「いいえ、私も今来たところですから、お気になさらないでください。――イルレア先生」


 銀の髪に、青い瞳。

 上品な仕草で謝辞を述べる、協会からの派遣員。

 イルレア・ロードレイス視察官そのひとであった。


「どうぞ、おかけください」


 私がそう声を掛けると、イルレア先生は笑顔で頷いた。

 うーん、深刻な話ではないのかな? そんな雰囲気にも思えない。


「今回は、生徒を巻き込むようなことになってしまい、申し訳ありません」

「いいえ。イルレア先生が悪いわけではありません。鈴理さんも、そう言っていたのでしょう?」

「はい……お見舞いに足を運んだら、笑顔で許されてしまいました。強くて、優しい子ですね」

「ふふ、ありがとうございます。鈴理さんも喜びますよ」


 丁寧な人だ。

 直ぐにこうして、生徒を思いやってくれる姿勢も、好感が持てる。


「それから――今回、私と獅堂のことで大きな誤解がありました。それも、謝罪がしたかったのです」

「誤解……ああ、ええと、しかしあれは、私が勝手にした誤解です。どうかお気になさらず」


 机の上で拳を作り、震えるイルレア先生。

 私はそんな彼女を安心させるために、震える手を握った。


「やっぱり、貴女はお優しいのですね。だからこそ、謝らなければなりません」

「え?」

「わざと、だったのです。あなたと獅堂の関係が壊れてしまえば良い、などという、稚拙な行為でした。わざと誤解されるような言葉を選んだのも、そのためです」


 ああ、そうか、やっぱりそうだったんだ。

 いや、それでも私は彼女を怒る気にはなれない。どちらにせよ、私が獅堂とメールでもなんでも話していれば、起こらなかったすれ違いだ。つまるところは私の怠慢であり、私も悪い。それに、もうひとつ。


「それは、黙っていることも出来ましたよね?」

「え?」

「それでも、あなたは言ってくれた。でしたら私は、あなたの誠意を嬉しく思います」

「未知先生……」


 それに、“思う”ことは自由だ。

 正しいやり方ではなかったのかも知れない。けれど彼女は、過程で誰にも悪辣な手段は取らなかった。やろうと思えば、権力で私程度どうにでもできることだろうに、それをしなかった。

 そんな、根がまっすぐで誠実なイルレア先生を、恨むことなんてしたくない。


「思う、というのは、時には苦しいことだと思います。けれどそうして嫌われることを畏れず誠実になれるイルレア先生は、とても立派だと思います」

「思っていても……許されるのでしょうか」

「はい。他の誰が許さなくても、私は許します。私に許されるのは、業腹かもしれませんが、ね」

「――いいえ、いいえ。そんなはずがありません」


 私の手を握り返すイルレア先生に、応えるように手を握る。

 ――と、なんだろう、力を受け流されて、私の視界はくるりと回った。あれ? なんで私、机の上に寝ているの?


「ずっと、焦がれていましたの。獅堂に“写真を見せて貰った”その時から」

「へ――?」

「それを、他ならぬ未知先生から許して貰えるなんて……。これは、両思いということですよね?」

「はぇ?」


 え?

 あれ?

 あれ?


「イルレア、先生?」

「イルレアと、呼び捨てて下さい。それからご安心を。愛もお金も、決して不自由にはさせません。あなたと獅堂の仲に嫉妬をして獅堂“を”排除しようとしたときは、浅はかだと反省しましたが……こうして、あなたと結ばれることができたのであれば、獅堂には感謝をしなくてはなりませんね」


 ええっと。

 そうだ、思い返せば一度も――イルレア先生は、獅堂が好きとは言っていなかった。そして同時に思い出す。獅堂は、イルレア先生が獅堂と恋仲になることは、“あり得ない”と断言していた。その理由はきっと、イルレア先生の嗜好を知っていたからだろう。なるほど、好みの女性が同じだなんて、最早“男友達”の領域だ。親しげにもなろう。


「ちゅっ」

「ひゃんっ」


 考え事をしていて意識が逸れていたからか。

 まったく気がつかれないうちに、首筋に口づけを落とされていた。

 っていやいやいや、ちょっと待って! 待ってぇ?!


「ええっとごめんなさいその私は複数の方からのお返事をお恥ずかしながら保留にさせていただいております現状でしてそのあのえっと」

「ええ、失礼ながら少しだけ調べさせていただきました。ふふ、好きな人のことはなんでも知りたくなってしまう、なんて、こんな一面が自分にあるなんて知らなかったわ」

「ご存知でしたらなおさらそのここはひとまずひいていただけませんかイルレア先生」

「イルレア」

「い、イルレア先生?」

「イ・ル・レ・ア。呼び捨ててって、言ったわよね? ちゅっ」

「うひゃあっ、わ、わかったから、イルレア! ちょっとお願い、一度離して?!」

「だーめ」


 離してくれるんじゃなかったの?!

 って、離すとは一言も言っていないか。あわわわ、そうじゃなくて!



「獅堂だって、その、返事もしておらず」

「アプローチをかけると宣言しておきながら、手紙の一つも送らずに? 筆不精なんて男の言い訳よ。私なら必ず、手紙と一輪の花を贈るわ」



 ああ、そういえば連絡の一つもなかったなぁ。



「それとも、東雲拓斗? 連絡ばかりで、人肌の恋しさも癒やしてくれないのでしょう? 愛する人のためなら、その人の地に仕事を作ってでも行くものよ。私だったら十日に一度は必ず、あなたのために一晩、設けるわ。一緒にディナーを取って、朝の挨拶まで必ず見届ける」



 そういえば、拓斗さんと最後にあったのはいつだったか。あれ?



「ああ、鏡七? 身近にいながら、愛の一つも囁いてくれないのでしょう? 女は、愛されている自覚があればいくらでも頑張れるの。あなたの日々の活力に、力を添えてくれるような人かしら? 彼は」



 ええっと、ほら、七はあくまで弟分だから!



「瀬戸先生に気をもてあましているのかしら? ねぇ、考えてもみなさいな。どんなに美辞麗句を並べても、ママの代用品よ? きっと愛してはくれるでしょう。あなた個人を見てくれるでしょう。でも、ママということは、求められているのは大人の女性よ。私だったら、少女としての貴女にも、また違った愛を注ぎ続けるわ」



 あれ。

 どうしよう。

 わるくない、の?



「ねぇ、未知。私の目を見て」

「イルレア……」

「あなただけを、愛するわ。大切にする。何一つとして、不自由にはさせない。問題が起これば共に手を取り合って、一人にはさせない。嘘を吐いているように、見える?」


 見えない、です、はい。

 あれ、どうしよう。本当にどうしよう。澄んだ空色の瞳。薄く桃色の唇。白磁のように美しい肌。ゆっくりと降ってくる唇。落ちる場所は、きっともう、一つしか無い。

 私はそんな彼女の真摯な眼差しに、抵抗する気持ちもどこかに置いてきてしまって。


 そして。





「――無事か、未知!!」





 ずがんっと蹴破られたドアに、我に返った。


「獅堂?!」

「テメェ、イルレア! 抜け駆けとは良い度胸じゃねェか」

「ああ、良かった。ブジだったようだね。姉さんは昔からボクに女装をさせるほどのビアン……ああっと、日本風にイうのであれば、“ガチユリ”だから気をつけるようにとイイたかったのダガ、忠告はマにあわなかったミタイだからね」


 獅堂はよほど怒っているのか、ゆるゆらと陽炎が揺らめいている。

 ええっと、どうやって収集を付けよう。そう迷っていると、私を庇うようにイルレアが前に出た。


「それが好いた女に見せる態度だというのであれば、抜け駆けされる自分を恥じなさい!」

「うぐっ」

「ごめんなさい、未知。醜い諍いを見せてしまったわね」

「あ、ええっと、気にしないで?」

「ふふ、優しいのね」


 頭を撫でられ、思わず赤面する。

 ええっとこれは、条件反射でしてね? ほ、ほんとだよ?


「さて獅堂、お説教よ。良いわね?」

「おまっ、ちょっ、棚に上げすぎだろ?!」

「レイル。あなたもです」

「げぇ?!」


 そう言いながら、部屋の外に二人を追い出すイルレア。

 私はその急展開に頭が追いつかず、ぽかんと見つめることしか出来なかった。


「と、そうだ」


 イルレアはふと、思い出したように足を止める。

 それから流れるような仕草で、私の耳元に唇を寄せた。




(「あのときは、助けてくれてありがとう。――素敵な魔法少女さん♪」)

「へぁ?!」




 思わず奇声を上げる私を、気にしたそぶりもなく立ち去るイルレア。

 獅堂もロードレイス先生も引き連れてしまったから、私はぽつんと残される。


 え?

 覚えてた?

 むしろ、正体がばれてる?

 というか告白も、これ、どうしよう?!


 混乱した頭で、なにも考えは進展しない。

 私は机に突っ伏すと、ただただ、うなり声を上げることしか、できそうになかった――。

















――To Be Continued――

2017/03/23

誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] え?つまり部室に来たのも未知の足跡を調べるのとついでに可愛い女の子物色しに来たとかそんな感じ………?
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