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そのじゅうなな

――17――




 ぽんっと光る端末に、思わず首を傾げる。

 風子ちゃんが試験の為に席を立って、まだ五分も経っていない。なのに、わたしに来たのは“試験準備通知”だった。あれ? 風子ちゃんが終わるくらいの頃に始めるんじゃなかったの?


「鈴理、どうしたの?」

「うん、なんか、もう試験みたい」

「はぁ? ちょっと予定より早くないかしら? 先生が代わるから、準備が必要ない、とか?」

「うーん。でもまぁ、呼び出されて行かないわけにもいかないし、行ってくる」

「そうね……何かあったら呼びなさい。気をつけて頑張りなさいな、鈴理」

「うん、ありがとう、夢ちゃん」


 夢ちゃんを筆頭に、みんなに手を振って異界を歩く。

 なんだろう、不思議な感じだ。嫌な予感がする、なんて予知能力染みた力は持たないけれど、良い予感がしないこともまた事実。


「ええっと、そろそろかな?」


 端末に表示されるナビゲートの方向に歩く。

 そうすると、ダメージ変換結界のエリアが見えた。どうやら目的地はここみたいだ。

 既に実体化ホログラムが適用されているようで、見慣れた風景とは違う。白い石の床、高い座席のような壁。まるで闘技場のようなその場所の中央に、イルレア先生は悠然と佇んでいた。


「あっ。今日はよろしくお願いします、イルレア先生」

「あら、よく来てくれたわね。ふふ。よろしく」


 イルレア先生はそう、穏やかに微笑んだ。

 服装はベルトのたくさんついた白いジャケットに青いネクタイ。腰回りに×字にベルトが巻き付けられた白いロングスカート。それから白いブーツに白い手袋と、全体的に白色で固められている。所々に刺繍されている青い花の装飾が、とても上品だ。


「本来なら一対一で試験の様子を視たかったのだけれど、国連からデータ収集もお願いされているの。あなたの、ではなく、“これ”のね」

「これ?」


 そう、イルレア先生が三つの試験管を投げると、地面に当たってガラスが砕けた。

 すると砕けた場所から“ずもももも”と白い巨体が生み出される。目はなく、歯茎がむき出しになった白い体。背中から生える機械の腕。ずんぐりむっくりな四足歩行は、四足の下半身に二腕の胴体が生えていて、背から機械の腕、という奇妙な格好。


「ぅぇ……せ、先生?」

「試作型対悪魔用人工生命機械兵士、というらしいわ。制御はきちんと効くから、これと戦って欲しいの」

「これと、ですかぁ」

「気持ちはわかるわ。ごめんなさいね? あなたの、“特異魔導士”としての力を存分に発揮してちょうだいな」

「っ、はい」


 そっか、異能者でもあるということ自体は伝わっているんだ。だから、わたしが漏らしちゃいけないのは“悪魔憑依(デーモン・トランサー)”のこと。まぁ、イルレア先生が敵に回らない限りは大丈夫だとは思うけれど……うん、いざとなったら時間稼ぎにとどめよう。同じ空間に師匠がいてくれているのって、心強いよね。


「ええっと、設定はこうだったかしら?」

『試験開始まで十秒』


 端末から鳴り響くアナウンス。

 うぞうぞと動き出す人工兵士。


「人工兵士は三分ごとに一体追加します。頑張ってね」

『開始まで五秒、、四秒、三秒、二、一』


 準備をするのは魔力? 霊力? どうするべきか。


『ゼロ、試験開始』

「【速攻術式セット平面結界フラットバリア術式持続ドゥレイション展開イグニッション】!」

『グルォオオオオオオオオ!!』


 アラーム。

 人工兵士が四脚をたゆませ、勢いよく“上”に飛ぶ。五十メートルは跳んだかな。すごい脚力だ。うっかり蹴られたらどうなるのか、想像もしたくない。こんなのを三分放置すると、一体ずつ増えていくというのだから大変だ……。対策、対策は?


「って、上? なら――“慣性制御イナーシャ・コントロール”」

『ギュォ?』

「加えて、“重力増加グラビティ・プラス”!!」

『グルゥオ!?』


 上空の人工兵士の姿勢を、慣性制御で崩す。頭が真下を向くのを確認と同時に、重力増加。すると、人工兵士は頭を下に、真っ逆さまに落ちてきた。無駄に柔軟性がありそうだから、地面に叩きつけるだけじゃ不安かも。

 だったら――そう、そうしよう。


「【回転ロール】!」

『グラアアアアアアアアアァァァッ?!』


 回転する平面結界フラットバリアの頭から落ちてきた人工兵士は、真っ白な液体をまき散らしながら両断される。というか、液体?!


「ひゃぁぁぁっ、な、なにこれ?!」


 ダメージ変換結界はどうなったの?!

 そんな思いでイルレア先生を見ると、イルレア先生も首を傾げていた。えっ、バグ?


『ゴルゥウウ……』


 じゅわじゅわと蒸気をあげながら、活動停止する人工兵士。

 石畳の上にはまき散らされた白い液体。それから火花を散らす機械片と、識別不能なナニか。加えて、ゴムが焼けるような嫌な匂い。思わず、口元を抑えて後ずさる。


「あら? おかしいわね……ダメージ変換結界の調子がおかしいのかしら? ごめんなさいね、鈴理。一時試験を中断して、結界の様子を確認――」

『グルォオオオオオオオ!!』


 イルレア先生が言い切る前に、人工兵士が飛びかかってくる。

 まるで先に倒された一体を学習しているかのように、左右に鋭いステップを踏みながら向かってくる姿は、気持ちが悪かった。

 でも、気持ちの悪いモノなら、寄生虫祖父で見慣れている!


「【反発バウンド】!」

『ギュラッ!?』

「【投擲スロー】!」


 反発結界で人工兵士の身体を弾く。

 そのまま人工兵士に盾を投げつけると、人工兵士は空中で機械の腕を伸ばして、盾を防ごうとした。けれど、わたしだってなんの手札も増やしていないわけじゃないんだから!


「【爆発ボム】!」


 盾が輝き、爆発。

 轟音と共に機械の腕が吹き飛び、人工兵士は姿勢を崩す。そのすきにもう一度、今度は回転ロールの盾を投げると、人工兵士は足をたゆませ、真横に跳躍して避けた。


「【追尾ストーク】からの――」

『グル?!』


 追尾術式。

 簡単に言うけれど、これがけっこう難しい。追尾と行っても出来るのは敵に合わせた、“手動”直角追尾。しかも、保って二回しか曲がれない。

 けど、そんなのは別に言ったり態度に出したりする必要は無いんだ。師匠だったら、きっとしれっとやるけれど。

 だから、敵には手の内を悟らせず、処理が追いつく前に――決める!


「――【爆発ボム】!」

『グル! ……ギガ?』


 ボム、とそう告げた。

 すると、人工兵士は大きく跳んで避ける。けれど、既に投げたものに二つも三つも術式を追加するようなことはできない。わたしが言ったのは、人工兵士の学習機能を逆手にとるためだけのこと。

 人工兵士が爆発しない盾に驚く一瞬の隙に、回転ロールされた盾が最後の追尾を終え――


「いっけぇええええ!!」

『ゴルゥアアアアアアアア?!』


 ――人工兵士の胴体を、上下で斬り分けた。

 当然のように噴出する白い液体。本当に、なんなのこれ? うぅ、気持ち悪いよぅ。

 うぞうぞと、白い液体の中でナニかが蠢いている。って、ひぇ、動いてる?!


「い、いるれあ先生、あの、これ」

「そうねぇ、ちょっとまずいわね」

「え?」


 見上げると、三体目の人工兵士も動き出した。

 結局試験はどうなったの? ナニが蠢いているのかわからなくて怖いけれど、迎撃しなければ負けるのはこちらだ。ダメージ変換結界がきかないなら――敗北は、死だ。


『ゴルルゥウウウウウウウウ!!』

「っ【速攻術式セット平面結界フラットバリア・イグニッ――」

『ゴォオオオオンッ!!!!』

「――きゃあっ!? っ“慣性制御イナーシャ・コントロール”、発動しない?!」


 突然、捕まれる足。

 上半身だけになった人工兵士が、這いずりながら近づいて、わたしの足を掴んでいた。そのせいでワンテンポ遅れて、詠唱が間に合わない。なら、異能で迎撃しようにも、異能が発動しない。理由はわからないけれど、考えられるのは、わたしの足を掴む人工兵士だ。

 霊力を塗りつぶされるような不快感。怖気に背筋を震わせて、それが決定的な隙になる。飛びかかってきた人工兵士の腕が、わたしの射程圏内に入って、それで。




「誰が動いて良いと言ったのかしら?」




 白い炎が、視界を灼いた。

 燃え上がる白。純白の揺らめき。


『グゥォオオオオオオオ?!』


 悲鳴を上げて転がり回る人工兵士。

 いつの間にか、わたしの足を掴んでいた人工兵士も灰燼の中で息絶えていた。


「やはり、最初から私が試験をしておくべきだったわね。国連の顔を立てたのが間違いだったのかしら。協会を通して抗議をしなきゃならないわ」

「イルレア、先生?」


 わたしに背を向けて佇むイルレア先生。

 その手に持つのは、白と銀と鮮やかなサファイヤが嵌められた西洋剣。揺らぐように浮かび上がる白い炎が、剣真を鮮やかに染め上げる。

 神秘的、あるいは幻想的。そんな言葉がちっぽけに見えるほどに、美しい煌めきの剣。これが、“伝説級レジェンダリー特性型スキルタイプの血継異能、なんだ。


「怖がらせてごめんなさいね。でも、あなたの状況判断と戦略は、荒削りだけれどとても良かったわ。優秀な指揮官のいる戦いなら見違えることでしょう」

「あ、りがとう、ござい、ます?」

「ふふ、そう怯えないで? 確かにアレらを持ってきたのは私だけれど、私にあなたを害する意図はないわ」


 それは、はい。

 目を見ればわかる。レイル先生と同じ、誰かを思いやることが出来る優しい目だ。けれど、なんというか、状況に頭が追いつかない。


「アレは人工機械兵士だなんて生ぬるいモノでは無いわね。見て、鈴理」

「ふぇ? ッ」


 うぞうぞと蠢く白い液体。

 よく見ればわかる。アレは“蛆”だ。蠅の幼虫のようなそれらは、うぞうぞと集い、固まり、盛り上がり、奇声を上げ、混ざり合う。ぐちゅぐちゅという嫌な音。それから、ゴムの溶けるような匂い。


「灼いても焼き切れないのは、アレが意思を持たない死体だからね。固まってからの方が灼けることでしょう。アレみたいにね」

「あ、さっきの?」


 わたしの足を掴んでいた個体は、灰燼になったまま戻らない。

 けれど、イルレア先生が弾いた個体と、最初に真っ二つになった個体と、灰燼の下半身は灼けきらず、うぞうぞと混ざり合っていた。個体にならないと、灼き尽くすことは出来ない?


「そうね。ハッ、人工機械兵士と謳って私にホムンクルスの運搬をさせるとは、国連も地に落ちたモノね。どこが仕掛けたんだか知らないけれど……中国? ロシア? それともアメリカ? いずれにせよ、相応の報いは受けさせるわ。でも、その前に」


 なんだかイルレア先生、“敵”に向ける言葉とわたしに向ける言葉で、雰囲気がぜんぜん違うよ……。


「鈴理、よく見ておきなさい。ホムンクルスを使ってやることなんて、全部が全部どうでも良い、くだらないことよ。その中でも“アレ”は指折りね」


 うぞうぞと動いていた“蛆”が、集い混ざって“繭”になる。

 そして、その繭が大きく震えたかと思うと――突然、光が満ちた。まるで、柱のような光が。


「きゃあっ!?」

「――ああ、やはりくだらない。いつまで経っても、くだらないことを考える。まさか」


 光が満ちて、満ちて、満ちて。

 そうして花開くのは、まるで、翼のような……?


「まさか、“人工天使”なんて、ね」


 翼のような腕と、巨大な腕。四腕六足二面の巨人。

 白く純正な輝きを持つバケモノが。



『おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!』



 今、産声を上げた。





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