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そのじゅうろく

――16――




 自分が“特別”だと知ったのは、いつの頃だったか。

 真さんに言われて入学した特専で、怯える教師から告げられた言葉。貴女の力は“特別”だ、と、震える声で言われた時に知った。


 私は“異端”ではなく“特別”なのか。


 そう、事実を受け入れるようにすんなりと。

 それまで私は、手を翳すだけで万物を両断する、“異常者”であったから。


『いいか、おまえの手はなんでも切れる。それは危険だ、異常だと喚くヤツも居るがそうじゃない。全部が全部使い方次第だ。現実がキツいなら笑え。笑って、自分の力をおもしろおかしく使え。――身勝手な“善”にも、非情な“悪”にも靡く必要は無い。なんだっていい、おまえ自身が“守りたいモノ”のために使えば良いんだよ、風子』


 真さんにそう言われて、私は自分の力の使い方を探すようになった。

 失うだけの力でも、得られるモノがあるのなら、それがなによりも欲しかった。そうやって、最初は、同じ家に引き取られた同じ境遇の子供たち、レンとレナと友達になった。真さんと交わした約束のために特専に入学して、クラスメートのルナや一馬、それからシェンと友達になった。

 みんな、私と同じ“特別”。誰からも計れない存在。だからこそ並べて、だからこそ気を許せる存在。だからこそ、やがて同じクラスになったアリュシカや静音やフィフィリアとも、少しずつ仲良くなれた。

 結局のところ、笠宮鈴理も“同じ”だ。彼女の“特別”がなんであるかなんてわからない。でも確かに“異端”であるからこそ、友達を願ってくれた彼女を“どんな手を使っても”内側に引き入れてしまいたいと、そう願った。


 けれど。


「ちぃっ!」


 “これ”は“なに”?


「なんで、どうして?!」


 私の異能は“切断”だ。

 指の射線上全てを、距離に関係なく切断する能力。切れる、という現象を引き起こすこの異能は、実体のないものであっても切り裂き、事象のバランスを乱してかき消すことができる。

 切ることが出来るモノは、異能が、魂が教えてくれる。直感でわかる、といった方が正しいのかも知れない。だから私の直感は、観司先生は“切れる”と教えてくれる、のに。


「シッ」


 鋭く息を吐きながら、手を払う。

 崩壊していくビルの合間から、並の異能者でも見たことがないような速度で発射された魔力弾。けれど、私が指を動かす速度よりも早くはなく、無造作に切断されてかき消される。本来ならこの一撃で、観司先生も切り裂くはずだった。


(まただ)


 観司先生、以外の場所は綺麗に切れている。

 どんなに背の高い建物だろうと、一刀両断になっている。

 これまで、直感で切れなかったモノは彼の有名な“西之島異界”くらいだった。その他の異界は“切れる”から、常に切らないように意識して――“手加減”していた。

 それなのに、“これ”は如何なる現象か。観司先生に届いた異能が、何故か、掻き消える。


(うそだ、嘘だ、嘘、嘘嘘嘘、嘘だ!)


 両手で拍手をするように、合わせる。

 十指を束ねた斬撃現象による、事象切断。切るという概念が多重に重なることにより、現象同士が弾かれ合い、衝突空間で“爆発”する。

 爆破は中心点を多重斬撃によりかき消し、周辺空間に大小様々な斬撃現象をランダムにまき散らすという“必殺技”。どんなトリックを使っているのか知らないけれど、これなら!


「なん、で」


 切り裂かれていない、観司先生の姿。

 どころか、LPすら減っていない。無傷の姿に、足が震える。


「切れろォッ!!」


 片手の二指、中指を人差し指に搦めて振ることによる、斬撃現象。

 二指を合わせると、二つの斬撃現象が同一空間で飽和する。すると、単純に斬撃が“太く”なり、およそ幅一メートルを現象崩壊させ素粒子に還すという、切り札。デタラメに広域を殲滅する十指重複よりも遙かに精度の高い必殺技を。


「あ、はは……なんで?」


 観司先生は、“正面”から走り抜け、現象を素通りし、迫る。


「【速攻術式セット魔導剣マジックソード展開イグニッション】」


 観司先生の手から伸びる、青い光の非実体剣。

 身体強化をかけたのであろう。瞬く間に距離を詰めた彼女の剣が、私に振るわれる。


「っまだ! この距離なら!」

「距離は関係ありません。異能はとても優秀ですが、あまり格上との交戦経験がないようですね」

「あるわけないからね?!」



 ――如月風子

 ――LP15000→LP13400



「あうっ!?」


 攻撃を受けた?

 私が、迎撃も出来ず?


「っのぉ!!」


 手を払う。

 ……避けて、斬撃を受ける。



――LP13400→LP12000



 手を払う。

 ……斬撃を避けようとする、けれど、視線によるフェイントでまた受ける。



――LP12000→LP10650



 手を払う。

 ……魔力剣に焦点を当てる。一度はわざと身体で受けて。



――LP10650→LP9700



 手を払う。

 ……魔力剣をかき消して……胸の中央に、手を、置かれた。



「魔震功」

「っあああああああッ!?」



 衝撃。

 身体が浮いて、吹き飛ぶ。

 咄嗟に張った霊力の膜を、綺麗に砕いて内側に衝撃を加える、お手本のような魔震功。刹那、息が止まって、コンクリートに背を打ち付け、受け身を取ることすら出来ずに滑る。

 怪我はない。それは、ダメージ変換が正常に働いているおかげだ。この痛みも、現実の三分の二程度に定められているという。


 なのに、立ち上がることも難しいほどに、苦しい。


(らいふ、ぽいんと、は……?)



――LP9700→LP200



 一撃で、九千五百ダメージ。

 ダメージ変換結界の中で、この力? そんな、ことが、あっていいの?


「ぁ」


 無傷の観司先生が、歩いてくる。

 その手にはなにも握られていない。それなのに、どうしようもなく、身体が震える。私が見下してきた凡人の中でも、劣等でしかなかったはずの魔導術師の、信用も信頼も出来るはずのない“大人”というニンゲンの、ただの一歩が――こわい。


「や、めて、こな、い、で!」

「…………」

「っ、いや、やだ、助けて!」

「…………」

「お願い、それ以上、こないでッ」

「…………」


 わからない、わからないよ。

 もうなにもわからない。どうして無事だったの? どうして力が通用しないの?

 こわい、こわい、こわい。ああ、そうか、そうなんだ。




 “力が通用しない”って、こんなに怖いことだったんだ。




 手が、伸ばされる。

 その手が私の頭に、ぽん、と置かれて。


「“――――”」


 声を聞き取ることができないままに、気を遠くした――。






















 もう、覚えていないほど昔のことだ。

 揺り籠に揺られて響く、母親だったひとの子守歌。

 なにもかもが始まる前の、あたたかな日差し。額に置かれた手のひらの温かさだけを、錯覚のように覚えている。


「――あたたかい」


 柔らかい枕。

 額を撫でる優しい手。

 真さんかな。いや、違うよね。真さんは女性だけれど、手はけっこうごつごつとしているから。

 なら、この手は誰だろう。レナ? いや、レナはこんなに優しくないしなぁ。というかそもそもここは、どこだったか。ええと、そう。


「ぁ」


 ぱちっと目を開ける。


「目が覚めましたか?」

「っ」

「まだ、ダメージ変換の影響が抜けきっていません。無理に動かないで下さいね」


 困ったように微笑む、優しい顔。

 あれ、というこれ、膝枕? 長椅子はどこから……って、実体ホログラムによる生成かな。職権乱用? って、そうでもなくて。


「先生、あの」

「ごめんなさい、少しやり過ぎてしまったかしら。一撃でオーバーダメージはしないように加減をしたから大丈夫かと思ったのですが……言い訳ですね、お恥ずかしい」


 加減。

 手加減を、された? 他でもないこの私が。


「っ――は」

「如月さん?」

「あ、ははははっ、なにそれ――かっこわるい」


 最強の発現型アビリティタイプ

 最強の異能者。


 そんな肩書きが、嫌で嫌で仕方がなかった。そんなものは要らないから、あのあたたかな場所を失わないで済むような、普通のひとになりたかった。

 なのに、いつの間にか、誰よりもその“肩書き”に踊らされていたのは、私自身だったんだ。ああ、はは、なにそれ、恥ずかしい。中二病じゃないんだから、こんなことじゃ一馬のことを笑えない。


「恥ずかしい。ねぇ先生も、そう思わない?」

「……いいえ」

「あはは、気を遣わなくてもいーんですよ? 別に私は、気にしないですし。だから」


 目元を覆うように、ぽんと置かれた手。

 やっぱり真さんとは違う。柔らかい手だ。でも、温かさはよく似ている。


「どんなに小さくとも、どんなに格好悪くとも、その一歩は大きな一歩です。恥ずかしいことなんかありません。恥じる必要なんか、どこにもないのですよ」

「っ」


 は、はは、なにそれ。

 この先生、大真面目な声色でこんなこと言えちゃうんだ。


「ねぇ、先生」

「はい、どうかしましたか?」

「さっきのカラクリとか、課題点とか、反省とか、色々あるんでしょ?」

「はい、もちろん」

「じゃあさ、これからも、色々と教えてくれる?」

「はい、如月さんさえ良ければ」

「あはは、もっと気軽に呼んでよ。敗者は勝者に傅くものなんだから」


 幸い、目元に手を置いてくれているから、見られない。

 あーあ、なんだか馬鹿馬鹿しくなっちゃった。なんであんなに肩肘張って、孤独なお姫様のように振る舞っていたんだろう。黒歴史決定だなぁ。また、真さんにからかわれる。

 ねぇ、先生? これは口に出したりはしないけれど、私が教師になにかを教わりたいなんて思ったのは、あなたが始めて。だから、お願い。私に教師っていうものを信じさせて。


「ところで先生、やっぱりどうしても気になるから、カラクリだけでも……」



 ――ドンッ



「どん? 先生、今の音って……はぁ?」


 思わず先生の手を退けて、音がした方に顔を向ける。ついでに先生のスラックスで目元を拭ったことは内緒、として。

 顔を向けて、思わず言葉を失った。


「光の、柱?」


 上に向かって伸びる、大きな光の柱。

 あまりに現実離れした光景に、ぽかんと口を開けて固まる私。ええっと、本当になにごとなの?


「きさら……風子さん、私は様子を見てきます。ここはこのまま展開しておくので、充分に休んでいて下さい。良いですね?」

「は、はぁ」

「約束はその後で、必ず!」


 そういって、優しく私を降ろして走り去る先生。

 その姿を見送りつつ、なんとなく、ため息を吐く。身体が動けば私も行くのに。なんだかちょっと先生を心配している自分がおかしくて、動かない身体を横たえたまま、少しだけ苦笑した。



「はは――がんばってね、せーんせ」



 ただひらひらと振ることが出来た手に、ちょっとだけ感謝をしながら――。





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