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そのなな

――7――




「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「スズリ、ユメ、大丈夫か!?」

「私は! 鈴理、あんたは返事しなくて良いから、走ることに集中、っ、しなさい!」


 洞窟の中。

 しばらくは救援を待ってじっとしていたわたしたちだったのだけれど……。

 洞窟の地面から這い出るように現れた“アレ”のせいで、マラソンせざるを得ない状況になっていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「スズリ、もう少し頑張れ! 灯りが見えた!」


 有栖川さんの言葉に、必死に頷く。



 ――ずりっ、ずりっ、ずりっ



 引きずる音。

 長い尾を引きずって、わたしたちを追いかけてくる。



 ――ずりっ、ずりっ、ずりっ

 ――ずりっ、バガンッ、ずる、ずりっ



 その“巨体”に岩壁が引っかかったのだろうか。

 崩れる音。また、引きずる音。


「灯りだ!」


 ――そうして、わたしたちは絶望する。


「う、そ」


 そこは、大きな空間だった。

 眩いばかりのクリスタルは、自ら光を発して、天井に並べられている。

 浅い水辺、エメラルドの壁、大きな“空間”。行き、止まり。


「ッ、立ち止まらないで! 壁に行くわよ! こうなったら、持ちこたえる!」


 夢ちゃんの指示に従って、また走る。

 なんとか、どうにか壁際まで走りつくと、いよいよ“それ”が姿を見せた。


『――オォオオオォォ』


 長いワニの尾。

 支えるのは鉤爪の足。

 上半身は青白い人間のモノ。

 腕は芋虫のように無数に生えていて。

 頭はぐるぐるに拘束具を巻き付けた、人の頭。

 背に生えた蜘蛛の足は八本、伸び縮みして壁を突き刺す。


『オオオオオヒヒヒヒヒヒヒイィィィィイイイィ』

「化け、物、め」


 有栖川さんの、鋭い言葉が響く。


「ポチ。降りてて」

『ワンッ』

「もう……わかった、一緒に戦おう!」

『わんっ』


 こわい。

 こわいよ。

 でも、わたしは。


「こんなの、どうやって――」

「夢ちゃん」

「鈴理、あんただけでも、どうにか逃げ」

「わたしが前で防御する。前衛は任せて」

「え……?」


 もう、決めたんだ。

 自分の運命から。

 自分の宿命から。

 自分自身の、人生から。


「有栖川さんは一番後。援護、お願い」

「駄目だ、スズリ! 格が違う、勝てない」

「大丈夫。みんなのところまで、悪意の牙は届かせない……ように、努力します、うん」


 逃げないって。

 戦うって、決めたから――!


 だから。


「【術式開始オープン形態フォーム攻勢展開陣アタックバレル様式アーム平面結界フラットフィールド展開イグニッション】」


 未知先生。

 わたしに、勇気を分けてください。


「鈴理? 鈴理、あんた、何を」

「だめだ、スズリ、頼む、戻って――失いたくないんだ!」


 展開されるのは、あのとき足場に使った平面結界。

 そしてこれから行うのは、未知先生との師弟の絆。


「【術式変換チェンジ形態フォーム操作陣コントロールバレル付加パーツ術式持続ドゥレイション展開イグニッション】!!」


 盾を動かす。

 自由に、動く。

 なら、もう一つ!


「【術式追加アタッチメント形態フォーム防御展開陣ディフェンスバレル付加パーツ術式追尾トラッキング追加プラス二重起動デュアルオープン】」


 ぎちぎちと、心臓の軋む音が聞こえる。

 でも、心配をかけたくないから、顔には出さない。

 わたしを助けてくれたとき、未知先生だってきっと痛かった。それでも、未知先生は、わたしの大好きな師匠は、いつも凜としていた。だから、だから!


「づっ――【展開イグニッション】」


 平面結界の外周を、オートでくるくると回る二つの結界。

 どうしても面積が小さくなってしまう操作結界の弱点を埋めるために、未知先生の元に通い詰めて構成した、ふたりの絆の結晶!


『コロス、イヒキハヒャヒャアアアアアアアアアアア!!!!』


 咆吼。

 背に生えた足が、距離を無視して伸びる。

 違う。足の先端、針のような部分を射出しているんだ……!


「【回転ロール】!」


 足を動かせ。

 前に出ろ!


「っ、逸らす!」


 わたしたちに当たる物だけを選択。

 斜め後ろに逸らしながら、一歩前へ出る!


「づっ! あああああっ!」


 前に出る。

 前に出ながら、射出された足を弾く。

 弾き損ねた部分がわたしの腕をかすめても、ぜったいに後に通さない!


「【回転ロール】!」


 痛い、痛いよ。

 でもさ、わたしの大事な人たちが傷つくことの方が、もっと痛いから!



 弾く。

 ――エメラルドの壁を壊す。

 弾く。

 ――破片が腕を打つ。

 弾く。

 ――削れた岩壁が頬を掠める。



 腕が頬が、足も胴も、熱い。

 焼け付くような痛み。手放しそうになる意識。

 それでも、心だけは前へ!


「へへっ、近づいたよ。【反発バウンド】!」


 敵との距離は十メートル。

 この距離なら、威力を殺さない!


『アグッァアアァッ?!』


 十分な威力をため込んで反発した針は、そのまま一直線に跳ね返る。

 一回やったら警戒されてしまうだろう。だから、今、“三本”もへし折れたのは僥倖だ。


『ナメルナアアアアアアアアアアアアッ!!』

「っ」


 激昂した化け物が、残りの五本を乱射する。

 ご丁寧に足の位置を動かしながら打ってくるから反発は効かない。

 なら、負担の少ない回転で、攻撃を逸らしながら直接攻撃に――。


「ぁ」

『ッ、ワン(狼雅)――』


 もう、保たなかったのだろう。

 何発か逸らすと、術式が自壊する。

 そして、針がわたしの心臓に――


「【展開イグニッション】!! ああもう無茶して! でもごめんね! 足が、動かなかった! もう、動く!!」

『――?』


 ――届く前に、弾かれる。


「パチンコ玉じゃ砕けないか! 有栖川さん、次はどこ!?」

「次は私が打ち落とす。【起動ライズ】――見通せ、【天眼てんがん】! 」


 有栖川さんが放った銃弾が、針を打ち落とす。

 その銀光に、思わず見惚れてしまった。


「忌々しい力だが、友を護るには十分だ!」

「鈴理、下がるよ! あんたは一休み! 背中、見せて!」

「え、え、え?」

「いいから!」

「はい!」


 下がる直前に見たのは、普段は隠している左目を露わにする有栖川さんの姿だった。

 その黄金の瞳は、眩いほどに美しい。


「ほんとはね、一族秘伝なんだけど、あんたもあんな、教科書にものってないような魔導術を見せてくれたから、有栖川さんが、使いたくなかった力を使ってくれたから――だから、お返し!――【術式刻印レリーフィング】!」


 夢ちゃんは、叫ぶように、あるいは自分自身に言い聞かせるようにそう叫ぶ。

 そして、わたしの背中――魔導衣に、指を押しつけた。


「【形態フォーム治癒展開陣ヒーリングバレル付加パーツ身体強化フィジカルエンチャント追加プラス術式持続要請ホールディングワード】――あんたの魔導衣に、術式を直接刻み込んだ。効果は治癒と、身体強化! あとね、さっきは、動けなくてごめん……」

「ううん……ありがとう。一緒に戦おう、夢ちゃん!」

「だから名字で……いや、いいわ。鈴理と有栖川さんなら、嫌じゃないし」


 イグニッション。

 夢ちゃんの囁くような詠唱に合わせて、傷の修復が行われ、体力が満ちてくる。

 と、同時に、有栖川さんが大きく後退してきた。


「ス、スズリはすごいな。回復までにあの足を全て落としてしまいたかったんだが、硬すぎて威力が足らない」

「わ、わたしも敵の攻撃力を反射し(使っ)て落としただけだから……」

「よし、んじゃ、有栖川さんは下がってて。今度はわたしが撹乱してくる!」


 有栖川さんは、落とせなかったと言いながらも、正確無比な射撃で針を迎撃している。


「スズリ、ユメ。その、なんだ――親しい人は、私をリュシーと呼ぶ。だから、その」


 しどろもどろの言葉。

 凜々しい彼女には似合わないけれど、とても可愛らしい、素敵な動揺。

 瞳の奥のおびえを読み取って、わたしは夢ちゃんと目を合わせて笑う合う。


「――リュシーは鈴理とちょっと休憩! ま、リーダーの面目躍如させてもらうわ!」

「リュシーちゃん。いったん、わたしの後ろに!」

「ぁ――ああ!」


 夢ちゃんは飛び出すと、展開ワードを唱える。

 すると彼女の足下から光が噴出、大きく飛び上がり、洞窟の天井に張り付いた。

 うぇぇぇ!?


「さっきから靴になにか用意していたんだが……あれだったのか。すごいな、ジャパニーズニンジャだ――ぐっ」

「リュシーちゃん!?」

「ッ――すまない、私の“共存者キャリア”は暴れん坊でね。ちょっと使用するとすぐこれだよ、まったく」

「フィードバック……?」

「ああ。私の異能――【天眼てんがん】は過去と未来の前後数瞬を映し出す。肉体への負荷と引き替えに。本当は言うつもりはなかったのだけど……戦闘中に心配をかけるわけにはいかないからね。ユメにも話したよ」


 そう話すリュシーちゃんの瞳には、覚悟が灯っている。

 わたしにも、わかる。止めちゃいけない光だ。だから。


「――早く、終わらせよう」

「ああ。それで、三人で遊びに行きたい、な」

「遊園地なんて、どうかな?」

「ふふっ、楽しみだよ」


 立ち上がる。

 縦横無尽に駆け巡る夢ちゃんを、このまま孤軍奮闘させはしない。


「決め手って、ある?」

「近づけば、なんとか」

「なら、わたしと夢ちゃんが道を作る!」


 走る。

 身体が軽い。羽の、ようだ。

 走る。

 詠唱。展開。魂の、軋む音。

 走る。

 手には一枚の平面結界。自由に、動く!


「鬼さん、こちら!」


 夢ちゃんに放たれた針は、避けるだけの彼女に合わせて精密だ。

 その二本に割って入ってバウンドさせると、まっすぐ反射された針は足を二本破壊させた。


『グギァッ!?』

「――と、油断したわね? 【展開イグニッション】――その足にこれが当たるの、三十発目よ? 気がつかなかった?」


 同時に、夢ちゃんの弾丸がひび割れていた足を一本破壊。

 これで六本。残り二本だ。


「わたしと夢ちゃんで一本ずつ!」

「任せなさい!」


 化け物も流石に危機感を覚えたのだろう。

 二本の足をわたしと夢ちゃんに向かわせた。

 でも、それこそがわたしたちの、狙い!


「我が傷、我が痛み、我が苦しみを贄に捧げん――」


 リュシーちゃんの、戦闘での怪我やフィードバックによりできた怪我が赤く輝く。

 あれがきっと、リュシーちゃんの“決め手”なのだろう。その手には、剣が突きの構えで握られている。


「――【魔神抱擁まじんほうよう】」


 そして、その光は剣を覆い――化け物の身体を、腹から背に向かって貫いた。


『ガギッガッ!?』

「一刀、両断ッ! 【回転ロール】!」

「一度ッきりの大技! 【過剰展開イグニッション・オーバーロード】!」


 横に回転する盾が、盾の自壊と引き替えに、足を背から二本落とす。

 その丸腰の頭に、夢ちゃんの鉄パイプから放たれた弾丸が、ズガンッというけたたましい音と共に炸裂。鉄パイプが粉々に砕け散ると同時に、化け物の頭が吹き飛んだ。


「よしっ、これで――」

「ユメ、スズリ! 下がれ!」


 飛び上がり、逃げ場のないわたしたち。

 襲いかかるのは、化け物の“尾”だ。


「独立器官!? しまっ――」


 だめだ、なんとか、夢ちゃんだけでも!


――「【速攻術式セット切断スラッシュ展開イグニッション】」


 もう、間に合わない。

 そう思った瞬間、“尾”が切断される。


「へ?」


 その人影は空中でわたしと夢ちゃんを攫い、リュシーちゃんもひっつかんで後方まで飛んだ。


「遅くなってごめんなさい。よく、頑張りましたね」

「――未知先生!」

「観司、先生」

「Msミツカサ……魔導科の、先生」


 未知先生は微かに微笑むと、わたしの頭に手を伸ばす。

 ……と、わたしの頭に乗っていたポチを掴む。どうにも、ポチに用があったようだ。むむ、残念……って、あれ? なにが?


「ポチ、無理をさせましたね。【限定解放リミット・オーダー】」

『――構わん。人の可能性とは面白いと知れた』

「そう」


 未知先生が詠唱と共に首輪を撫でると、ポチの身体がわたしよりも大きくなる。


「しゃ、しゃべった!?」

「なんと、これが魔獣契約……」


 あのとき、変質者と一緒にいたときと同じサイズなのに怖くないのは、妙に毛艶が良いからだろうか。手入れ、されてるんだね……ポチ。


『ウゴギギギギグゲェェェェエエエエエエエエッ!!』


 叫び声。慟哭。

 声と共に身体が開き、“羽化”する。

 大きな翼に、ダンゴムシのように鋼のような鎧で覆われた身体。

 剣のような鎌が左側しかないのは、右手に当たる部分をリュシーちゃんが貫いたから、か。


「ッ先生! いくらなんでも、あれは」

「ミツカサ先生、私たちも、ぐっ、手伝います!」


 慌てる二人には悪いけれど、わたしはひどく落ち着いていた。

 だって、未知先生が来てくれたんだ。もう、怖い物は何もない。


「大丈夫です。二人は回復に努めること。笠宮さんもね? ポチ、三人を護りなさい」

『ワンッ――ではなく、心得た』

「でも!」

「大丈夫、夢ちゃん、リュシーちゃん。未知先生なら、大丈夫」

「へ?」

「え?」


 わたしが落ち着いて腰を下ろしているのを見て、夢ちゃんとリュシーちゃんは半信半疑ながらわたしの両隣に腰を下ろす。

 うん? 両隣? 立ち位置的に、両隣にならなくても――ま、まぁいいか。


「ポチ、少しの間全体防御。【術式開始オープン形態フォーム弾丸ブレット様式アーム炸裂バースト付加パーツ圧縮プレス追加プラス効果追加アタッチメント】」

『心得た。“狼壁≪ガードナー=ウルフフェング≫”』


 ポチの張った結界は、いくつもの三角形が重ねられてできていて、美しい。

 その結界の緻密さに、夢ちゃんとリュシーちゃんもようやく安心できたようだ。


 未知先生の背は、凜としていて綺麗だ。

 安心して任せられる、自慢の師匠。


 だから。

 うん、反撃開始だ!





2016/08/26

誤字編集いたしました。

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