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そのじゅうご

――15――




 市街地想定に展開された実体ホログラム。

 正確には、“霊力疑似物質化システム”というらしいのだが、それはさておき。

 如月風子さんに相談事があると言われた私は、展開されたホログラムの中、大きな十字路の中央で如月さんを待っていた。


「お待たせしてごめんなさい」

「――いえ、お気になさらないで下さい。如月さん」


 白いブレザーの、異能科の制服。

 異能に携わる物なら武器の持ち込みも許可されているのだが、如月さんの手には何もないように見える。絶対切断というその異能に、とくに道具は必要ないのだろう。


「はじめまして、観司先生。今日は急なことなのに、耳を傾けて下さりありがとうございます」

「はい、はじめまして、如月さん。気軽に相談して下さいますと、私も嬉しく思います」

「ははっ、噂どおり、真面目で優しい人ですね。そんな人にこんなお願いするのも申し訳ないんですけれど……」


 足首に届くほどに長い、黒のポニーテール。

 光の角度によって緑色にも見える黒目。恭しく頭を下げる姿が様になっているのは、彼女の“今の”ご実家が、喫茶店を経営しているからだろうか。


「はい、なんでしょうか?」

「実は、笠宮さんと賭け事を致しました」

「賭け事? ええっと、金銭や損益の関わるモノで無ければ、そこまで厳しい対応はとりませんよ?」

「損益には関わるかも知れません。私が賭けに勝てば、笠宮さんの“力”を公表してSクラスに移籍して貰う。たった、それだけのことです」

「!」


 それ、は。

 特異魔導士としての公表は、世間、あるいは世論といった面で“まだ早い”。だが当事者である鈴理さんがその案を飲んでしまっているとなると、まずい。人の口に戸が立てられないように、本当に公表させられてしまうことだろう。

 そうなると、特専で守り切れるかは解らない。わからないが、なるほど、Sクラスへの移籍であるのなら、まだ可能性もあるだろう。最強の発現型アビリティタイプ。絶対切断の如月さんと同じクラスに押し込める意義はある。

 だが、それは、どう足掻いても――“今の平穏”を手放すということだ。


「力、とはいったい――」

「ああ、と、誤魔化していただかなくとも大丈夫ですよ。“切れるもの”と“切れないもの”の見分けが付くように、あくまで異能のおこぼれですが、“目”が良いんです」

「――そう、ですか。それで、賭けの内容とは?」


 慎重な鈴理さんが、そういった類いの賭け事に身を投じるとは考えにくい。

 そうなると、よほど勝算のある内容ではあるのだろう。そしてそれは、試験に関わる内容であることは、試験前に“相談”にくることからも明らかだろう。

 そうなると、成績とか? いや、例えどんな状況であろうと成績に手心は加えないよ。それは将来を左右する物だ。そんなものであるのなら、二人纏めて解ってくれるまでお説教です。


「簡単です。この試験で先生が私に勝ったら、笠宮さんの勝ち。負けたら私の勝ち。私が勝ったら、移籍して貰う。たったそれだけ」


 ――鈴理さん……あなたというひとは。

 う、うーん、そうなると、如月さんの相談事とはなにをさすのだろう?


「さて、話は変わりますが、先生」

「は、はぁ」

「私は、“先生”というものを信用していません」

「それは……」


 にこやかに微笑む如月さんだが、その瞳は一切笑っていない。

 試験を始める前にも考えていたことだ。これまでの経歴から、如月さんはそもそも“大人”という生き物に対してさほど期待をしていない。

 彼女を拾って育ててくれたという“如月きさらぎまこと”女史だけが、如月さんの世界を構成する唯一の“大人”であり、“先達”なのだろうというには、想像に難くない。

 現に、ロードレイス先生“以前”の教員たちは、如月さんを手に負えない存在として断じていて、極力関わらないようにしていたようだ。そして、その態度は、子供には伝わってしまう。


「ですから、良い機会だと思いました。もしも彼女の言うように、あなたが私に勝てるのであれば、私が特専に入った目的の一つが達成できます」

「目的、というのは、お聞きしても?」

「ええ。真さんとの約束なんです。一つは、心を寄せられる友を見つけること。一つは、信頼できる大人を得ること。一つは、“夢”を見つけること。何一つ成し得ないだろう、何一つ私の糧となるモノは無いだろう。そう思っていましたが、友達は見つけられましたし、少しずつ増やせています。でもやっぱり、学ぶ物などなにもない」


 如月さんは、優秀な生徒だ。

 一般教科にいたっても好成績を収めるような、優等生とも言える。


「だから先生、お願いです。真さんとの約束を守りたいので、この試験は試合形式にしていただいて――どうか、私に勝って下さいませんか?」


 それは、懇願にも似ていた。

 信用できない大人。信頼できない教師。敵だらけの半生。

 それは、願望にも似ていた。

 強者である自分。弱者である他人。見る価値のない存在。

 それはきっと、救いを求める声だった。

 尊敬する人との約束を守りたい心。捨てきれない希望に喘ぐ魂。


 なら、私にできることはなんだろう。



 ――過去を思い出す。

 ――“彼女”も、こんな風に悩んでいた。

 ――私ができると思ったことは間違いで。

 ――だから私は、必要以上の力で生徒を追い詰めることがないように、してきた。



 ――でも、今度こそ、“それ”で救えるのであれば。



「わかりました。ですが、あくまで試験として扱います。ですから――」


 如月さんの目を見る。

 うん、良く澄んだ、いい目だ。諦観を抱くのは、傷つきたくないから。傷つきたくないのは、誰かを信じる自分を失いたくないから。失いたくないのなら、私たち教師はその心を掬い上げるべきだ。

 その思いを、救い上げるべきだから。


「――如月さんの“敗北”は、試験の優劣に関わりません。良いですね?」

「っ……あは、は、はははははっ、そうなんだ、勝てるって言うんだね。うん、ふふ、良いよ。それなら私も、成績が無駄に下がるかも知れない、なんていう一縷の不安はなくなった。有言実行、期待してますよ? ――セ・ン・セ?」


 楽しげに腰を折り、残酷に微笑む如月さんに、一つだけ頷く。

 それから、どちらからともなく、背を向けて歩き出した。
















 さて、そうは言っても形式はどうしようか。

 指定された部位に当てポイントを設定し減点していく“ポイント”式か、実戦訓練などで用いられる“腕章破壊”式か、遠征競技戦でも用いられる“ダメージ変換結界によるLP全損”か。どれも勝敗がハッキリと分かれるものだけれど……。


「はっきりと敗北がわかるのは、LP全損式よね……」


 決まったら、五十メートル離れた直線の位置で合図を待つ如月さんに送信。確認したようで、如月さんが手を振ってくれた。

 次に、試験開始アラームを設定。これで、カウントダウンはできる。



『試験開始まで三十秒』



 詠唱はまだ。

 準備は全て、開始直後に行う。



『試験開始まで十秒』



 如月さんも、ただ悠然と佇んでいる。

 如月さんは教員から畏れられるあまり、試験でその異能を振るったことがない。Sクラスの生徒によく見られる、授業免除によって成績を充分に維持してきた。けれど、今年から始まったこの実践合同演習は、全員必須の授業だ。

 如月さんも免除の申請を出して、一度は通りかけたが、理事会によって却下されている。そんな事情だから、如月さんがどのように異能を使用するのか、知っているのは記録を担当した教員のみだ。

 そしてその教員――通り魔事件の際、汚職が判明して追放された柿原先生も、ろくな記録を残さずに追放された。今や如月さんの能力の詳細があるのは、彼女の頭の中だけだ。



『試験開始まで五秒』



 如月さんが、右手を広げる。

 まるで、片手で抱きしめるような仕草だ。



『試験開始まで三秒、二、一』



 そして。



『ゼロ、試験開始』



 肌が粟立つような悪寒に。




「ばいばい、センセ」




 這うように、地に伏せた。


「なっ!?」


 建物に刻まれる“五本線”。

 どのようにして“切る”のかと思えば、想像していたような“斬撃を飛ばす”ようなものではない。五指で撫でるように手を振る。たったそれだけで、“五指の延長線上”のものが、振り払われる動作と一切のタイムラグなく“切断”された。

 切らないように注意したのだろう。外周結界は切れていないが、その手前の全ての建物が切断されている。これが、最強の発現型アビリティタイプ、“絶対切断”か!


「へぇ、初見で避けたのは先生が初めてだよ。でも、理解したでしょう?」


 そう言って、如月さんは両手を広げる。


「避けられるものではない。そんな、絶対的な事実が」


 結界を出しても両断される。

 なら、私は如月さんに教師として教えてあげなくてはならないだろう。ただ魔導術師――いや、魔力の扱いに長けたモノであれば、“防げない異能”を“防ぐ手段がある”ということを。


「今度こそ、さようなら。我が指よ、頂を絶て」


 魔力循環。

 魔力制御。


「【速攻術式セット窮理展開陣(ハイアナライズバレル)展開イグニッション】」


 使う魔導術式は一つ。

 異能がどの時点でどこに衝突するのか分析するもののみ。

 あとは、“術式”の括りを持たない、例えるのなら“魔震功”のような技。



「切れろ」

「“魔力同調”――“魔抗勁まこうけい”」



 如何に強力で。

 如何に無敵で。

 如何に超常であったとしても。


「――え……?」

「霊力は霊力。やり用はある」


 種明かしは簡単だ。

 振るわれる異能が衝突する刹那の間に、異能に込められた霊力に私の魔力を混ぜて霊力を乱し、現象の発生を阻害したというだけのこと。他人の霊力に混ぜるのは難しいけれど、出来ないわけではない。

 ちなみに、霊力でも魔力に対して同じ事が出来るのだが、以前、獅堂に話したところ『そんなことできるド器用な人間はおまえだけだ。すげぇを通り越して“変態”だぞ』と果てしなく失礼なことを言われたが、あんなに真顔な獅堂を見たのは初めてだった。

 そ、それはともかく。


「っ、まぐれ? もう一回!」


 振るわれる斬撃現象。

 それを、私に当たるモノだけ乱してかき消す。種は簡単、けれど推測は出来ないだろう。人間はあらゆる“不可解”に怯える生き物だ。だからこそ人類の先達は、解明し研究することに生涯を賭してきた。

 つまるところ、自身の常識から飛び抜けたモノとは恐ろしく、理解できないモノの前に混乱を来す。隙を突くような手法であることは否めない、けれど。



「――では、これより“試験”を始めます。本当の意味での、試験を」



 これがあなたの為になるのなら、手は抜きませんよ、如月さん。





2024/02/02

誤字修正しました。

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