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そのじゅうよん

――14――




 本日の試験も、ついに大詰めというところまできた。

 高原先生と夢さんの試験中、次の生徒について最終確認をしておく。なにせ、彼女は色々と“特殊”だ。その生い立ちも、異能も。





『所属:異能科二年S組

 名前:如月 風子 FuukoKisaragi


 分類:発現型アビリティタイプ Sランク稀少度

 名称:絶対切断         』





 絶対切断。

 発現型アビリティタイプ最強の異能と名高いこの能力は、“切断”という現象を引き起こすことにより、切るという概念のない物質(炎や風など)をも切断する、という異能だ。

 まさしく破格ともいえる異能を持つ彼女だが、その生い立ちは決して恵まれたものではない。あまりに危険な異能から疎まれ、生まれた家から捨てられ、ストリートチルドレンとして生き延びる。これが、僅か四歳の時のことだ。それから一年間をストリートチルドレンとして過ごした後、孤児院を経営している女性、如月きさらぎまことさんに拾われ、今に至る。

 もちろん、今に至るまでは苦難の連続だったことだろう。それでも今、こうして笑顔で過ごせているという事実に、彼女自身の努力と手を貸した如月真さんへ尊敬の念は尽きない。それと同時に、思うことがある。



 “特別”ななにかを持つ故に疎まれた少女。

 “特別”に選ばれてしまったから追い詰められた少女。



 どこか、鈴理さんに似ているような気がする、なんて。

 もちろん、成績は平等に採点する。そこに私情は挟まないし、優遇も冷遇もしない。けれど、ひとりの大人として、子供を導く教師として、どうしても応援したくなってしまうのもまた事実だ。

 子供たちの、力になりたい。それが私の憧れた“教師”としての在り方だから。だからこそ、今回の試験は一瞬たりとも気の抜けない物になるのは、疑いようのないことだろう。なにせ彼女は、如月さんは“強い”。天性の能力、天性のセンス、磨き上げてきた力、乗り越えてきた心。その全ては、“原石”と呼ぶべき段階を越えた、磨きかけにして人々を魅了する、宝石のようだ。

 そしてだからこそ、彼女は“強者”があるべき段階に足を踏み入れてしまっている。それが、“弱者”との差別とも言えない“区別”であり、異能者でも魔導術師でも、よほど相性が良くない限り己の異能を防ぐことすら出来ないという事実に対する、諦観だ。


 自分より強い教員がいないという“事実”。

 自分を導けるような人間がいないという“現状”。

 自分が学校で本当に学べることなどないという“諦観”。


「試験で、認めてくれたら良いのだけれど」


 いっそ、打ち負かすというのが最善手なのかもしれない。

 けれどそれは、“試験”の場で行うべきことではないだろう。もしそれを実行して、仮に本当に勝てたとして、そんな急なやり方では如月さんの心に傷を負わせてしまうかも知れない。

 それに、それは担任であるロードレイス先生も気に掛けていることだろう。あり得ないとは思うが、如月さん本人が望まない限り、試験でそんな手段を、ほとんど部外者の私が行うわけにはいかない。


「さて、そろそろかな」


 試験場は市街地に設定。

 切断対象の選択で、コントロールを見る形だ。人質と守るべき人員、両方の居る防衛戦が良いだろう。そう、事前に作成済みの試験内容を端末から送信した。

 すると、何故か“返信”がくる。どうしたのだろうか? 教員への返信は、よほど急な用件の場合のみに限られる。なにかあったのだろうか。


「ええっと――」


『試験についてお願いがあります。少しだけ、試験前にお話しできませんか?』


「――お話し、か」


 幸い、如月さんで私の担当は最後だ。

 イルレア先生と鈴理さんの試験場は、規模の問題がどうということで私たちが使っている物とは少し離れた場所になるという。なら、時間を取ることも十分可能か。


「承知いたしました、と」


 如月さんに送信して、試験場の中央でまずは話を聞くことにする。

 さて、試験前に相談とは何事だろう。私は彼女と会話らしい会話をしたことがない分、余計に不可思議に思う。けれど、同時に、異能科の先生相手では話しにくいことなのかもしれない。


「でも、相談って勇気のいることだよね」


 心持ちをはき出すための一歩は、とても難しい。

 それを決心してくれたのが私であるというのなら、それほど誇らしいことはないだろう。データで見る限り、本当の意味で教師に頼ったことはないようだし、ここはできる限りのことをして報いよう。






 そう、私はこのとき、“色々と”空振りになることなど知る由もなく、一人決意を固めて試験場へ向かうのであった。


























――/――




 次々とみんなの試験が終わっていって、ついに風子ちゃんも呼ばれていった。

 風子ちゃんは気負った様子もなく、わたしに自信ありげにウィンクを落とす。負けないぞ、という意味を込めてウィンクを返そうと思ったのだけれど、うまくできず両目をぎゅっと瞑ってしまった。慌てて目を開けたら、そこにはもう、風子ちゃんの長いポニーテールしかみえなくなっていた。あうぅ、これじゃあわたし、風子ちゃんのウィンクに照れたみたいに見られちゃう。恥ずかしい。


「如月さんの終わる頃に鈴理の順番が回ってくるのよね?」

「うん、夢ちゃん。確かそうだったと思うよ」

「まぁ、色々とイレギュラーなことには変わんないんだし、気をつけなよ?」

「あ、ははは、そうだよね……はい、気をつけます」

「うん、よろしい」


 そう、何故かわたしの試験官は高原先生ではなく、イルレア先生だ。

 イルレア先生と言えば、あの日、部活でお話しして以来。それも、そのときも“観察”では本質を見抜くことは出来なかった。まるで厚い仮面にでも、覆われているかのように。


「ねぇ夢ちゃん、イルレア先生のこと、聞いても良い?」

「あら。私はいつ鈴理が聞いてくれるのか、期待して待っていたのよ?」

「あぅ……流石、夢ちゃん大先生です。どうかわたしにご教授を~」

「ふふ、くるしゅうない」


 夢ちゃんは胸を張りつつそう言うと、機嫌よさげに教えてくれる。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。自分のことを見つめ直すことはいつもやることだ。なら今は、敵(といえるのかはまだわからないけれど)のことを良く知って、しっかりと対処できるようにしなければっ。


「イルレア・ロードレイス。バチカン・ローマを中心とした悪魔祓い(エクソシスト)の名家による同盟、“神聖なる悠久サンクトゥス・アエテルタニス”筆頭名家、“ロードレイス”の現当主。また、アイルランド特専の理事長でもあるわ。その功績は十代頭から優秀なエクソシストとしての活動、活躍が示している“歴戦の猛者”。それが、イルレア先生よ」

「れきせんのもさ」

「そ。で、肝心のその異能は“伝説級レジェンダリィ特性型スキルタイプ”。ブリテンの十三至宝に名を連ねる“古代神装(アーティファクト)”、白炎浄剣“ディルンウィン”をその魂に所持する正真正銘の継承者よ」

「じゅうさんのひほう」

「そうよ、十三の至宝、あるいは秘宝ね。有名なのだとアーサー王のマントや剣かしらね。マイナーなのだったら、飛竜を呼ぶガラッドの角笛やモルガンの馬車かしら」

「どれもしらないや」

「そう? まぁ、肝心なのはディルンウィンよね。白い炎を操る聖剣であり、その炎に妬かれたものはあらゆる邪気を浄化する。けれど、その神髄は邪気の浄化ではないというわ」

「へ?」


 ついていくのがいっぱいいっぱいだった、のだけれど。

 夢ちゃんが続けた言葉に、わたしは思わず聞き返す。邪気を祓うことが神髄ではない、の?


「鈴理のピンチだからね。実家のお母さんに頼み込んで入手した情報なんだけど――人間の邪気とは欲のこともさす、とかでね? 例えば金欲だったり自己顕示欲だったり、そういう欲求欲望も焼き払うことが出来るらしいのよ」

「それって、まずいの?」

「ええ。だって鈴理、食欲がなければ人は生きていけないわ」

「ぁ」


 え?

 それってもしかして、ものすごいことなのでは?!


「熱や形も操れること、そもそもの剣としての性能や腕も高いこと。それらも全部踏まえて強者としての貫禄を持つ。そう考えておいた方が良いわね。もっとも、欲求消滅に関しては日本にいる浄化のプロからインスピレーションを受けてできるようになった、比較的新しい技術よ。そこまでの精度はないみたいね」

「ぜんぜん安心できないよ、夢ちゃん。……ううん、でもありがとう。知らないよりは、ずっといい!」


 とにかく、“なにかある”と確信できるまでは真剣に試験に臨む。

 そして“なにかある”と確信できるような事態が起こって、イルレア先生が一番最初のレイル先生の時のようになったら、そのときは炎に気をつけながら応戦。試験時間の十五分が大幅に過ぎても戻らなかったら、師匠が様子を見に来てくれるだろうから。

 だから、わたしが土壇場でやらなければならないことは、ポチの力を一切借りないで時間稼ぎをすること。たかが試験に警戒をしすぎなのかも知れないけれど、わたしの場合はそれくらいでちょうど良い。

 ほら、わたしって、そういう時の運はまったく信用できないし! ……うぅ。


「まぁ、時間稼ぎが必要な事態になったら私も駆けつけるわよ。もちろん、後ろで聞いてるみんなもね」

「へ?」


 後ろで聞いている?

 夢ちゃんに言われて振り返ると、苦笑したり顔を逸らしたりする静音ちゃんたちと目が合った。試験でへとへとな様子だったからそっとしておいたのだけど、余計な気を遣わせちゃったみたいだ。


「……嬉しいけど、あんまり無茶はしないでね?」

「す、鈴理に言われたくないかな」

「スズリには言えないよ、まったく」

「鈴理こそ無茶のしすぎだ」

「ぁう」


 静音ちゃん、リュシーちゃん、フィーちゃんに一斉に言われてしまった。

 夢ちゃんも“それ”については同意見なのか、苦笑するばかりで庇ってはくれない。はい、うん、そうだよね。


「気をつけます……」

「そうね。鈴理はそれくらい、私を含めたみんなに好かれてるって自覚なさいな」


 それはその、もう今更疑っては居ないけれど、恥ずかしいよ夢ちゃん。


 とにかく!

 準備も容易も心構えも、試験前に整えることが出来た。あとはもう、どんなイレギュラーがあろうとも、突き進むだけだ。前のめりに走れば、転んでも前に進めるから。






 試験開始まで、もうさほど時間は無い。

 けれど、みんなが支えてくれたから――不思議と、わたしの中に焦りはなかった。





2024/02/02

誤字修正しました。

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