そのじゅうさん
――13――
――実践合同演習魔導科試験場。
試験官を勤める高原一巳は、いよいよ最後の生徒に取りかかろうとしていた。
本来ならば最後ではなく、笠宮鈴理の試験があったのだが、一巳からすれば“何故か”他国の視察官に試験官が移り、本日の業務はこれで最後となった、という流れだ。
一巳はあらかじめ作っておいた試験内容を端末で送信しながら、自分が担当する生徒の資料をもう一度確認することにした。なにせ相手は、己の敬愛する先生、観司未知と懇意にしている生徒だ。優劣を付けるつもりはないが、やはりいい話が伝わるのに越したことはない。
『所属:魔導科二年A組
名前:碓氷 夢 YumeUsui 出席番号:七番
能力傾向:指揮型 サポート向き 万能型 防御面に不安あり
評価項目
Rank:Spell/ Power/ Technique/
Style:Attack/ Defense/ Support/ Control/』
評価項目は、今回の試験で書き加えられる場所だ。
それ以外の項目については簡単だ。ようは、担任教師がこれまでの試験傾向から導き出した、能力傾向である。これに付け加えて、生徒プロフィールには“秘伝系魔導術師”であることが記載されていて、彼女が古い隠密の家系であることが理解できるようになっていた。
「得意分野を考えたら、この試験でほどよいはずだ。こっちも手を抜かないようにしないとなぁ」
一巳はそう呟きながら、夢に送った試験内容を表示させる。
『試験科目:実戦合同演習
担当試験官:高原一巳
試験受講者:碓氷夢
試験内容:砂漠地帯における拠点防衛
合格条件:指定時間拠点のフラッグを防衛する
全ての拠点攻撃敵性員の排除
拠点を攻撃する試験官の牽制・もしくは五割以上のLP損傷』
隠密であるというのなら、むしろ拠点攻撃は得意だろう。
けれど、自分で固定位置のものを守るのは苦手だろう。そう考え、どのように対処をするのか見いだすための試験だ。一巳は、難易度が高くなってしまったことを申し訳なく思いながらも、無事に乗り越えて欲しいと願う。
教員である一巳は、当然ながら魔導術についてよく勉強している。己が異能者である以上、本格的に理解することはまずできない。だからこそ、今日までに尊敬する未知に意見を聞いたり、瀬戸亮治に質問をしたりと、学生時代を思い出して試験準備に取り組んできた。
「よし、そろそろだな。実体ホログラム展開。拠点まで五分の位置に自動人形五体を配置。一分半ごとに遅れて行動開始で設定完了、と」
実体ホログラムを展開すると、試験区域が砂吹雪の覆う砂漠地帯に変化した。丘があり、視界も悪い。自棄になって打って出るのも難しい、という案配だ。
開始から五分で自動人形の一体目が、砂漠フィールドの一角にある拠点に到着。試験開始から十一分で五体が揃い、更に一分後に一巳が攻撃に加わる。試験満了までの十五分の中、自動人形を一切撃破していなければ、最後の三分間は総攻撃に晒されることになる。
もちろん、それまでに巧く切り抜けるのも好成績に繋がるが、あえて三分間を切り抜けて時間制限に持ち込む、というのも正解だ。時間制限とは即ち、敵の行動限界か援軍の到着時間となる。
『試験開始まで三分』
「おっと、こちらも準備しないとな。いくぞ、相棒」
高原一巳は、Bランク稀少度の異能者だ。
Eランクから数えて下から四番目、上から三番目。中の上といったところだろう。能力は一般的な“軍団系”共存型異能者である。
だが、その万能性から、彼は稀少度では異能者ははかれない、という事例の一つにまでのし上がった異能者であった。防御力評価が下位のD+程度であるのに、攻撃性能はともかくずば抜けた効果時間と操作性能を持つために総合評価が一流の“A-”に踏み込んでいるという異能者。それが、一巳だ。
……もっとも、彼の本領は多対多、それも千や万を数える超広域戦なのだが。
「来い――“突撃特攻弾丸兄弟”」
『ギュリギュリギュリィ!』
――その姿は、コミカルであり異様だった。
鉛筆の先とでも言えば良いか。五角錐の物体に、コミカルなアニメーション風の目。それから、下に当たるであろう位置から柔軟性のある棒のようなものが二本生えていて、先端には白い手袋。時折、指を立てたりとアニメーション的に動いている。
一巳の影から飛び出したそれらの数は、八体。一巳の横に行儀良く一列に並んでいる。色は一様にメタリック系で、一巳側から赤・青・緑・黄・桃・白・黒・銀だ。彼らは一巳にしか解らない言葉で、なにやら会話を繰り広げていた。
「よーし、おまえら準備だ。レッドとブルーは待機、グリーンとイエローは偵察、ピンク以降は二体目以降の自動人形にそれぞれつくこと。行くぞ――」
『試験開始まで五秒、四秒、三秒、二、一、試験開始』
「――行動開始。いけ!」
これであとは五分間待機。
五分経ったら行動を始め、残り時間三分のタイミングで拠点攻撃に加わるだけだ。
一巳はそう、万全の体制で試験を行うことに満足感を覚えて頷く。一巳は慎重な人間であり、真面目で準備も周到だ。ちゃんとした試験が行えるように配慮をしたし、普通に考えれば、満足のいく結果になるだろう。
あるいは、彼が密かに望むように、未知に好評判が届くことすら視野に入れて問題も無かったことだろう。
そう、相手が“霧の碓氷”でなければ。
『試験状況通達・自動人形撃破』
「おいおい、開始三分だぞ。優秀なんだな――って、はぁ?」
遠距離から狙撃でもしたのか。
そう満足げに端末を見た一巳は、記されたデータに首を傾げる。
「自動人形五号って、一番後方のヤツが、なんで」
あと二分で拠点攻撃に到着するであろう一体は、未だ無傷だ。
では五号につかせた己のキャリアに意識を向けると、何故自動人形が撃破されたのかも理解できずに、困惑している様子が伝わってきた。とりあえず、他の自動人形に回して、一巳は、鳴り響いた通知音に肩を跳ねさせる。
『試験状況通達・自動人形撃破』
「うそだろおい、どうなってんだ。今度は“四体目”だぞ……?」
『試験状況通達・自動人形撃破』
「って、一体目まで?! おいおい、まじかよ」
十メートルも見えない視界の中。
己の異能に一切悟られることなく奇襲をかける力。
このままでは、“よくわからないうちに終わったよ”などと言って不透明な成績をつけることになる。それでは、一巳も、教師として我慢ならない。
「へい、ブラザー、集合だ!」
『ギュルィ!』
一巳の影から飛び出して、再集合するブラザーズ。
彼らに向かって、一巳はパチンッと指を弾く。
「“リーダー任命”!」
『ギュギュッ!!』
熱く、燃えるような使命感がブラザーズから伝わってくる。
すると、ブラザーズの身体が一回り大きくなり、胴体の下を覆うように特攻服のようなものが着せられた。
「“編隊”!」
『ギュィイッ!』
更に、今度はブラザーズの影から通常サイズのブラザーズが、それぞれ四体ずつ飛び出してくる。これぞ、一巳のキャリアの真骨頂。“完全独立型遊撃能力”と謳われた力。
「ブルーチームは俺の護衛だ、いいな?」
『ギュッ』
「レッドチームは拠点攻撃だ」
『ギュィッ!』
「グリーンチームは探索だ。碓氷を見つけろ」
『ギュウッ!』
「イエローチームは俺の傍に隠れて待機」
『ギュッギュッ』
「ピンクチームは自動人形二号の攻撃支援、ホワイトチームは防御支援」
『ギュギュイギュッ』
「ブラックチームとシルバーチームも、それぞれ自動人形三号の攻防支援だ」
『ギュギュウイッ』
「よし、では――散開!」
『ギュギュギュイギュッ!!』
一巳の命令に従って、ブラザーズが飛翔する。
その後ろ姿は非常にコミカルだが、頼もしい。生徒の試験なので任命はリーダーまでにした。今回は“チーフ”や“ヘッド”は任命していない。“数が少ないと弱体化する”とはいえ、生徒の試験に“一個大隊”など使うわけには行かないので仕方のないことなのだが、一巳には一縷の不安が残る。
「まるで、“霧”を相手にしているみたいだよ」
露と消え、雫を残す。
油断も警戒も嘲笑うように消えていくその様は、なるほど忍者か。一巳は、秘伝魔導術を甘く見ていた自分を自覚した。
「ん? レッドチームか? どうした? ――は? 拠点が隠蔽されている?」
特攻に向かわせた部隊からの報告に、一巳は焦る。
拠点の防衛という任務で、拠点そのものをなかったことにする。それはまるで、自分たちの同期でもある異能者、幻影使いの陸奥国臣の得意技を彷彿とさせた。
だが、陸奥と決定的に違うのは、“確かな攻撃手段がある”ということだろう。
『試験状況通達・自動人形撃破』
「なっ……ブラザーズをくぐり抜けたのか? いや、到着前に撃破した? ブラザーズ、状況は?」
サイレントホラーの世界にでも紛れ込んでしまったというのか。
姿が見えず、気配も悟らせず、確実に命を刈り取る死神。“それ”に狙われたら、逃げることすら叶わない。ただ無情に屍をさらすだけ。
そんなフレーズを、一巳は唐突に思い出す。
「それは幻の如く。“姿無き鬼神”と謳われた、風間乙女を思い出すよ」
それは、かつての大戦中に活躍したという異能者。
“番外英雄”と呼ばれる強力な異能者の一人。それが、“姿無き鬼神”の通り名で畏れられた女性、風間乙女だ。大魔王が消えてからは家庭に入った、という話だが、一巳は世を忍ぶ仮の姿だろうと思っている。
『試験状況通達・自動人形撃破』
「ッ」
これで最後の人形も撃破された。
あとは制限時間まで、拠点を隠蔽されてしまえばそれで終了だ。
より深くブラザーズから状況を確認すると、人形は一人でに爆発した、という。
「つまり、開幕三分で全ての人形になんらかのアプローチ。時間差で爆発するように仕掛けて、こちらの思考を混乱させる。その上で、よりよい成績のために俺を撃破することを考えるのではなく、確実な勝利のために隠れきる勝利への慎重さ」
評価は高い。
高いが、同時に思う。
「どうやって成績つけろってんだよ……」
結局、察知できませんでした。
そう言わねばならない己と、腹立たしい夢の担任、新藤有香に笑われるところまで想像して、一巳はがくりと肩を落とした。




