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そのじゅう

――10――




 ――試験日当日。


 今日の試験は、いよいよ、イルレア先生が視察に来る日だ。見られて困るようなしけんないようにしなければ良い、なんて、そんな風に思っていたのだけれど……まさか急に、鈴理さんの担当試験官がイルレア先生に代わるなんて思ってもいなかった。

 まさか、見学禁止にはしないしできないだろう。なにかあったら、処罰覚悟で仲介もする。けれど問題は、“なにかあったとき”に、鈴理さんの力が広まってしまう可能性だ。

 できれば避けたい事態ではあるが、イルレア先生自身の希望で変更になったとか、そういった局地的な話ではない。協会の、あるいは国連の意向なのだろうか。理事長自身に“上”から指定されたことなのだという。

 試験そのものは、午後からの部だ。それまでに私が試験官を務める科目はないことだし、打てる手は打てるだけ打って――


「未知!」

「っ」


 ――と、考え込んでいたことを中断させるように、声が響く。

 人気の少ない廊下。使っている教室も傍になく、なるほど、ちょっと大声を出しても大丈夫であろう場所。

 私に大きく声を掛けてきたのは、あの、無駄に整った顔立ちの男性。英雄仲間で、親友とすら思っていたひと。


「……獅堂?」

「久しぶりだな。どうにもすれ違っちまって、ちゃんと声を掛けられなかったからな……会いたかったぜ、未知」


 そう朗らかに笑う姿に、苦笑する。

 まったくもう、そんな風に言って。瀬戸先生に励まして貰う前だったら、叩いていたかも知れない。それほどまでに気負いのない表情だ。


「良いの? そんな風に言って」

「ん? なんだかいつもと反応が――」

「イルレア先生と親密な仲なのでしょう? 怒られるよ、イルレア先生に」

「――はぁ?」


 獅堂はそう、私の言葉に首を傾げる。

 親密、では些か遠回しだっただろうか。もう少し言葉を選んだ方が良かったのかも知れない。うん、そうだよね。私と獅堂は友達だ。気負う仲でもないはずだ。


「恋人、なのではないの? イルレア先生と」

「イルレアと俺が恋人だと? なんでそう思ったんだよ」


 心底わからない、なんて。

 そんな表情で首を傾げる獅堂に、思わずむっとする。


「あれだけ親密そうにしていたし、イルレア先生もあなたとの仲を否定はしなかった。……ずいぶん前からの関係、なんでしょう?」

「いやだから、おまえ、何を言って――いや、待て」

「べつに、あなたが言い出したことについて、守らなかったことには怒っていないよ? 保留を了承して、無駄に引き延ばした私も悪かったのだし――」

「だから、待て」


 口早に言い募る私に、獅堂は手を翳す。

 なんだろう。いつも堂々と、飄々していた獅堂にしては珍しい態度だ。口元に手を当てて、険しい表情でなにかを考えている。


「まず、イルレアは、関係について明言したか?」

「明言、は、無かったとは思うけれど……でも、女性に対してはむしろ冷たい獅堂が、あの様子でしょう? 今更、そんな風に煙に巻くのは、イルレア先生に対して真摯じゃないわ」


 獅堂は昔から、この無駄に整った風貌の影響で様々な女性に言い寄られてきた。

 そのせいで、自分の容姿を目当てに近づく人間に辛辣で、時子さんや私以外の女性にはかなり厳しい態度を取ることも多い。今は表面上は取り繕ってはいるものの、親密かそうでないかは一目でわかるほどの温度差がある。短くない付き合いだからこそ、その差を目の当たりにすれば一目でわかるほど、だ。

 だからこそ、あの日、親密そうに手を取り合う二人の姿に私は……私は、潔く身を引こうと思った。失うのは、辛いことだけれど、認められないのは悲しいことだから。


「イルレア先生は、あなたのことが好きなのでしょう? だから――」

「それだよ、それ。イルレアが俺に惚れてる? そんな事実があるんだったら、特専を全裸で逆立ちしながら一周してやってもいい」

「へ?」


 獅堂はそう、確信に満ちた目で告げる。

 いや、でも、え?


「そ、その、獅堂? まさか、これって、私の……」

「勘違い、だな。ああいや、それについて責める気は無い。たぶんだが、意図的に黙っていた奴もいるはずだ。あのむっつりヘタレ野郎とか、な」

「む、むっつり?」


 誰のことだろう?

 いやでも、待って。もしもそれが真実だというのなら、おかしなところはまだある。あり得ないと獅堂が断言する以上、イルレア先生の側にもなにかあるはずだ。それなのに、イルレア先生は明言を避けて、曖昧に言葉を濁し、遠回りに、まるで勘違いを望むように告げた。


「あの、獅堂? へんに誤解をしていて、ごめんなさい」

「いや、良いよ。――妬いてくれたんだろ? 誤解よりも、未知が妬いてくれたことの方が何倍も嬉しいよ、俺は」

「うーん、寂しいとは思ったけれど、妬いたのかな?」

「おいおい、そこは頷いてくれよ」


 瀬戸先生に相談をする前だった、うん、もしかしたら嫉妬であったと応えていたかも知れない。でも、なんだか、それについては満足のいく答えを見つけられているような気がするから。


「そうなると、イルレアの意図が気になるな」

「そうね? ……いえ、でもそれなら」


 イルレア先生の意図。

 私が誤解して、獅堂との関係を引き裂くことが目的だというのなら、その意図は一つしか無いのでは無かろうか。

 だって、それをして得をするのは――イルレア先生、だ。あれほど獅堂の内側に入り込めているのであれば、傷心につけ込むことは容易いことだろう。思うに、イルレア先生はずっと獅堂と異性を感じさせない付き合いをしてきたのではないだろうか。だから獅堂に、あり得ないと断言された。

 けれどそれが、獅堂を諦めきれないが故に作り出した仮面だとすれば?


 その目的は、明白だ。

 獅堂を手に入れるため。

 ――そういう、ことなのだろうと思う。



「あ」

「未知?」



 ふと、腕時計を見る。

 まだ間に合う。間に合う、けど、走ればなんとかというところだ。


「ごめんなさい、獅堂。もう行かないと!」

「え? あ、ああ、試験官か」

「埋め合わせはするから、じゃあ、また!」

「おう、期待しとくぜ」


 笑顔で手を振る獅堂に頷いて、走る。

 どうしよう。イルレア先生が視察している授業に遅刻するなんて、笑い話にもならない。

 私はこれからイルレア先生と過ごすことに一縷の不安を滲ませながらも、ただ懸命に足を動かすことしか。できそうになかった――。




























――/――




 順番待ちの時間が楽しいものか否かなんてものは、今自分が何を持っていて、誰と一緒に居て、どんな気分なのか。全てこれに集約されるような気がする。

 暇を潰せるのに絶好なアイテムがあればそれでよし。楽しい相手と居れば楽しい。気分が良ければあるいは何もなくたって良いだろう。

 で、私はというと、我がことながら現金な物で、鈴理と居ればそれだけで気分は良いし調子も良い。そもそも暇だなんて思わないから、暇つぶしだなんて考えなくても良い。ということで、私としては実に充実した時間であるわけ、なんだけど。


 どうも鈴理は、そうでもないようだ。


「うぅ、夢ちゃん、わたし、なんであんな風に言っちゃったんだろ」


 私にそう問いかけるのは、ずーんと重い空気を背負った鈴理だ。

 それもこれも、先の一幕。異能科でリュシーたちのクラスメート、如月風子と“賭け”になったときに端を発する。売り言葉に買い言葉、なんて、人の機微に慎重な鈴理ならしでかさないようなことをした。

 賭けに負ければなんでも言うことを聞く。そんな、ある意味では人の心を無視しかねないやり方は、よほどな相手でもない限り、鈴理は避けることだろう。だというのにあっさり乗ってしまったということは、熱が冷めた鈴理にとって心苦しいことだったようだ。

 ――もっとも、私としては鈴理の新しい一面が知れてちょっぴり嬉しい気持ちもあったりするのだけれど、うん、これは内緒かな。


「げ、元気出して、鈴理。風子は悪い子じゃないから、だ、大丈夫だよ。で、でも、もし、学校を出て行けーみたいな展開になったら私もついていくから!」

「し、静音ちゃん? ついてきちゃだめだよ?」

「スズリ、私もミチが負けるとは思っていないよ。どうせなら、勝ってなにを要求するのか考えた方が前向きだ」

「リュシーちゃん……うん、そうなんだけど、でも、そもそもこんな、喧嘩になっちゃうようなことを言った自分が恥ずかしい、というか」

「鈴理、喧嘩ぐらいは誰もがすることだ。互いをよく知る切っ掛けになったと、そう思ってはどうか? その上で、勝てば良い」

「そう、だね、フィーちゃん。うん、でもこの勝ち負け、ぜんぶ師匠に丸投げだし、うぅ」


 うーん、行き詰まってるわね。

 如月風子は、現段階で“発現型アビリティタイプ最強”の名を欲しいままにする異能を持つ。最強の異能者、ではなく、最強の異能、ね。

 その名は“絶対切断”。霊力を使って斬撃を発生させる、念動力系のポピュラーな能力とは訳が違う。霊力を使わなければ異能は発生しないのはそうだが、起こすのは斬撃ではない。“切る”という“現象”を引き起こすから、切れないモノない、とされている。なにせ他の発現型アビリティタイプの異能で、例えば九條先生で有名な“発火能力者”の起こした炎ですら切り捨てるというのだ。

 異能による“現象”として切り落とされた炎は、炎の異能としての形を保てなくなり、消滅する。そんな異能にどうやって抗えば良いのかなんて、私も知らない。まぁ、発動前に先手必勝、が、精々かな。

 それならなるほど、勝ち目はあるだろう。だが、未知先生が行うのは“試験”だ。発動させない、なんて選択肢を未知先生がとるとは思えない。ましてやダメージ変換結界の影響下で行うのだ。未知先生は、自分のライフが削れることで生徒を正当な評価で試験できるのであれば、ためらいなく“それ”を選ぶ人だし。


「どうしよう。どうしちゃったんだろ、わたし」

「あはは、確かに鈴理らしくないわね」

「夢ちゃん……?」


 励ますのも、切り替えるよう勧めるのも、みんながやってくれた。

 叱るのは柄ではないし、だったら、私はいつものように鈴理に新しい情報を渡そう。鈴理の選択肢が広がるように、鈴理にとって有益なことを言おう。

 それは、人からすれば“情報”なんて言うほどの物じゃないだろう。けれど、鈴理にとってはそうじゃないって信じてる。


 私が渡すのは、情報だ。

 それは、“今までの鈴理なら、どうしていたか”って言う、私の目でずっと見てきた鈴理の、鈴理自身の情報だ。


「普段の鈴理なら、まず、こう考えるはずよ。“よくわからないことが起きた。観察して分析してみよう”ってね。どう、違う?」

「ぁ――そっか、そうだよね。状況を回想、第三者視点で想起・観察。解析して、それで、そっか、ああ、そうなんだ」


 考え込む鈴理を見て、微笑む。

 そうそう、鈴理はそういう女の子だ。誰よりも“理解”と向き合って生きてきた鈴理は、理解しようと意識すると、私なんかでは思いも寄らない答えを出す。そういう、子だ。


「うん、わたしはきっと――」

「どうにかなったでしょ?」

「――うん。えへへ、ありがとう、夢ちゃん! 静音ちゃんもリュシーちゃんもフィーちゃんも!」


 朗らかに笑う鈴理に釣られて、私たちも思わず笑う。

 それは苦笑だったり微笑みだったりそれぞれだけれど、確かに、元気が戻ったような気さえした。


「げ、元気になって良かった。――まだ、夢に追いつけないのは悔しいけれど」

「ああ、やっぱりスズリは元気が一番だ。――にしても、ユメはやっぱりすごいな」

「うむ。たいして力になれなかったがな。――そして静音、同感だ」


 えー、なによそれー、なんて良いながら自信満々に笑って見せる。

 ふふん、まだまだ“鈴理学”では負けないわ。名誉教授の座は譲らないからね。


「夢ちゃん、わたし、行ってくる!」

「んぁ、ちょっ、鈴理?」


 なんという行動力か。

 鈴理は駆け出すワンコのようにしゅっぱっと移動。なんとなく気まずかったのか、少し離れていた如月風子やルナが集まっていた場所に、走り寄った。

 慌てて追いかけて後ろに着くと、ちょうど、鈴理が如月風子にびしっと指をつきつけていたところだった。



「風子ちゃん!」



 突然の名指しに、固まる如月風子。




「んぇ? あれ、さっきとなんか気迫が違わない?」

「もしわたしが“賭け”に勝ったら、風子ちゃんにはわたしの“友達”になって貰うから、尋常に勝負、だよ!」




 しん、と静まりかえる場。

 ええっと、はい、名誉教授完敗というかなんというか……うん、予想も付かないことを言い出すのも鈴理らしい、というかなんというか。

 突きつけられた如月風子はきょとんと目を丸くして、それから、堪えきれないように笑い出した。



「あっ、はははははははははっ、なにそれ?! あなた、面白いわね。あははははっ」



 お腹を抱えて、声を上げて笑う如月風子。

 長年付き合いのあるクラスメートにとっても、予想外の行動だったのだろう。誰も、一様に絶句している。


「いいよ、それなら私が勝ったら、あなたが隠しているつもりの“力”を公表して、異能科Sクラスに転入ね。ふふっ、あなたがクラスに居たら、絶対退屈しないからね」

「ちょっと待ちなさい。良い鈴理、絶対勝つのよ?! 私がぼっちになっちゃうじゃない!」

「う、うん、わかったよ、風子ちゃん!」


 いや、というかそれは色んな問題が発生するというか、なんというか。

 どの道まずい。鈴理が余計な混乱に巻き込まれる。ああでも、了承した以上はどうにか、やれるだけやってしまうのが鈴理だ。



「なぜ、こんな展開に?」



 ちょっとこれは、予想外過ぎるってば!

 思わず頭を抱えた私に、同情の視線が集まる。未知先生に“勝って下さい”ってメール送っちゃダメなのかしら? ダメなの? そう……。





 うぅ、もう、なるようになれ。

 がくりと膝を落としながら、私はただ、そんな風に考えることしか出来そうになかった――。





2017/04/03

誤字修正しました。

2024/02/02

脱字を修正しました。

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