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そのきゅう

――9――




 第七実習室の奥には異界がある。

 世界でも珍しい、異界を保有する特専。それが、関東特専だ。都合の良いことに表層に一切の魔物が出現せず、敷地面積だけは非常に広いこの異界で、今日、わたしたちは試験を受ける。

 実践合同演習の試験官は、それぞれ、魔導科は異能者の先生が。異能科は魔導術師の先生が担当をする。わたしたち魔導科二年Aクラスと合同で試験を受けるのは、なんと、異能科二年Sクラス。つまり、リュシーちゃんたちのクラスだ。

 教員の体力も考慮して、異能科の生徒と魔導科の生徒は交互に試験を受ける。けれどSクラスの方が人数が少ないので魔導科はクラスを二つに分けて、異能科と同じ九人が今日に残された。終わった生徒から帰宅可能で、試験終了までの見学も許可されている。普通はみんな残るのだけれど、今日は何せ視察の日。魔導科のみんなは、夢ちゃんを除いて全員、帰って試験勉強をするようだ。


 で、わたしは、というと。


「十中八九、意図的な物でしょうね」


 そう、夢ちゃんが深ーく頷く。

 わたしの順番は一番最後。異能科から始めて同じ人数だから、異能科のひとたちから見ても一番後ろの順番だ。そして、一番最後だから、という理由で試験官は何故かイルレア先生に決まった。

 これが意図的な物と言わずに、なんと言おう。うぅ。


「まぁ、残っていてあげるからそんなに落ち込まないの」

「うん……ありがとう、夢ちゃん。そうだよね、試験だもん。おかしなことにはならないはず」

「それフラグ……ああいや、良いわ。うん。大丈夫よ、なんとかなるわ」

「夢ちゃん、それって励ましてるの?」


 まったく、もう!

 でも、学校保有の異界でどうこうなったりもしないだろう。第一、この異界は間違いなく“安全”な異界だ。というのも、試験会場の話をリリーちゃんにしてみたところ、意外な答えが返ってきたのだ。








『校舎地下の異界? ああ、あれはもともと、私を封印するためのものよ』

『へ? リリーちゃんを、封印?』

『そう。で、私の力を求めた誰かさんが封印を解除。解除された先には私が幽閉されていた城があって、その看守が召喚されたということよ。おかげで私は暇になって、城をさっさと脱出して、未知と出会ったのよ』

『そうだったんだ……。あれ? それなら今は?』

『門そのものは未知が“これでもか”というほど頑丈に封印したみたいね。通じている城はテーマパークに改造したから、繋がっても問題は無いでしょうけれど。あ、このプリン、もらってもいいかしら?』

『あ、それなら生クリームかけると美味しいよ。はい、色々教えてくれたお礼、ね!』








 なんて経緯があって、思わぬところで安全が証明されたりした。

 おかげで、試験に臨むに当たって、異界がどうのこうのといったことで心配する必要は無かったりする。だからむしろ、警戒しているのは、異界ではなくて“人間”の方だ。


「夢ちゃんの試験官は、誰なの?」

「高原先生よ。ほら、未知先生ファンクラブの」

「そうなんだ。わたしもそっちが良かったなぁ」


 師匠の後輩でもあるという、異能科の先生。

 確か、“高原たかはら一巳かずみ先生”、だったと思う。わたしたち異能科Aクラスの担任の先生、新藤先生の同級生で、仲が良いのだとか。

 高原先生は、フレンドリーで接しやすい先生として、そこそこ有名らしい、とは、夢ちゃんの情報だ。


「それを言うなら、本当に羨ましいのはリュシーたち、でしょう?」

「……うん。間違いないね」


 そう、リュシーちゃんたち異能科Sクラスの担当試験官は、なんと師匠なのだ。

 師匠が考えてくれたメニューで、師匠直々に成績評価をしてくれる。それがわかったときのリュシーちゃんの嬉しそうな顔は、何度思い出しても“そうなるよね”って納得しちゃうよ。


「――ぁ、鈴理、夢」

「っ、フィーちゃん! おはよー」

「リュシーと静音は? ああ、後ろか。Sクラス全員集合ね」


 まず最初にわたしたちに気がついてくれたのが、先頭を歩いていたフィーちゃんだった。

 その直ぐ後ろについていたリュシーちゃんと静音ちゃんも、笑顔で手を振ってくれる。そうすると、Sクラスの他の生徒たちも、次々とわたしたちを確認して、反応があった。



「鈴理たちじゃない。久しぶりね」



 長くてストレートな金髪に翡翠の瞳。

 エルフ美人と名高い、Sクラスの幻想的美少女。

 ルナミネージュ・イクセンリュート。ルナちゃんだ。



「あ。炎獅子祭の!」

「そうそう、一馬が恥を晒したって噂の」

「それは頼むからやめてくれ、レン!」



 それから、焦げ茶がかった黒髪黒目の男の子、黒土一馬君。

 もう一人は金髪に透き通るような青い眼の少年、レン・キサラギ君。



「レン、構うと一馬が喜ぶだけ」

「一馬、喜ぶアルか。へぇ……」



 レン君にそっくりで、レン君よりも髪が長い女の子、レナ・キサラギさん。

 レナさんの隣を歩いていた、黒いお団子ヘァーの女の子は、確かろんしぇんさんだ。



「や、こんにちは。今日はよろしく」

「ええっと、如月さん?」

「紛らわしいでしょ? 風子でいいよ、笠宮さん」

「それなら、わたしも鈴理って呼んで? 風子ちゃん!」

「ちゃん? あはは、なにそれ。なんだか新鮮ね。ええ、良いわよ」



 そうして、最後。

 ひらひらと手を振りながらやってきたのは、足首に届くかもというスーパーロングのポニーテール。黒髪黒目かと思えば、その瞳はよく見ると緑がかっている。

 Sクラスの、そう、如月風子ちゃんだ。



「夢と鈴理だけか? 魔導科の、他の七人は?」

「別の場所よ、フィー。Sクラスの傍は気まずいんですって」

「ああ、なるほど。鈴理とおまえが気にする理由ではないな」

「そういうこと」


 そうなのだ。

 まだ、クラスのみんな全員と仲良くなれた訳ではないのと、仲の良いクラスメートは九人の中に居なかった。そのため、異能科が集まるスペース(あくまで、暗黙の了解。規定はない)にやって来られたのは、わたしと夢ちゃんだけだったのだ。


「そ、そうなんだ。す、鈴理はイヤでも、だろうけれど、夢も残るの?」

「もちろん。貴重な異能者の能力を間近で見る機会なんて、そうにないからね」

「ふふ、ユメは研究熱心だね」

「わたしだってもちろん、みんなの雄姿を見ることは大歓迎! だよ」

「す、鈴理が応援してくれるなら、ま、負けないっ」

「いや、静音? 勝つ必要は無いんだよ?」


 夢ちゃんが思わずそうツッコむ。

 どのみち、異能科の試験官は師匠だ。勝つのはちょっと難しいと思う。


「師匠相手だよ? さすがに、“誰も”勝てないよ」

「――ふぅん、それは聞き捨てならないな」

「へ? 風子ちゃん?」


 静音ちゃんに告げた言葉に誰よりも早く反応したのは、準備体操をしていたはずの風子ちゃんだった。


「私は例え、教員相手でも負ける気は無いよ。なんだったら賭ける?」

「えっと、でも、師匠――観司先生には勝てないと思うよ?」


 つい、わたしの口はそんな風に動いていた。

 あれ、なんだろう。別に師匠を馬鹿にされたとかそんなんじゃないのに――ちょっとだけ、悔しいって思っている?


「へぇ。賭けにはならないから、やめておけって?」

「うーん、いいよ。なら、賭けよっか?」

「す、鈴理?」


 わたしと風子ちゃんの間に流れる、どこか冷たい空気。

 それに戸惑いの声を上げる静音ちゃんには、なんだか申し訳ないなって思う。けれど、うん、大丈夫だよ? 師匠が負けるはずがないから。


「なにを賭ける?」

「負けるはずがないから……そっちで決めて良いよ」

「あはははっ、慈悲のつもりなんだ? じゃ、互いになんでも一つ、言うことを聞く。それでどう?」


 なんでも、なんでも、か。

 うん、問題ないかな。


「うん、良いよ」

「そっか、良いんだ。あはははは」

「うん、良いよ。大丈夫。あはははは」


 ピリピリしてる?

 やだな、全然、そんなことはないよ?


「じゃ、またあとで。何をお願いするのか考えておかなきゃならないからね」

「うん、またあとで。何をお願いされても大丈夫なように、と、言い間違えてるよ?」


 そうやって、手を振って別れて。

 おそるおそる、といった風に、夢ちゃんに肩を叩かれた。


「――鈴理がそんな風になるの、珍しいわね」

「う、うん。す、すごく珍しいと、思う」

「フウコもフウコさ。あんな風になるのなんて、珍しいよ」

「ふぅ、また鈴理の知らない面を見たよ」


 夢ちゃん、静音ちゃん、リュシーちゃん、フィーちゃん。

 それぞれが、どこか鼻白んだ様子だった。


「え、えへへ、実は自分でもびっくりしてたり……」


 そう、そうなんだ。

 理由はよくわからない。なんでこんな反応をしてしまったのだろう。驚く事は多々あれど、反省も後悔もしていない自分も居て。


「でも、うん、強いて言うのなら」





 同族嫌悪。

 なぜか、そんな言葉が、浮かんで消えた。





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