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そのはち

――8――




 ――魔法少女団の部室。


 長机を中央に集めてテキストを広げる。今日は魔法少女団としての活動は一休みして、わたしたちは試験勉強に取り組んでいた。杏香先輩もいてくれたら良かったんだけど、学年が違う杏香先輩は、瀬戸先生に質問があって本日の勉強会は不参加だ。もっとも、杏香先輩がいてくれたとしても、わたしの頭をぎゅうぎゅうに悩ませている問題が解決したかと言われると、こればっかりはちょーっと怪しい。

 というのも……魔導術については問題は無い、と思う。一般教養には、得手不得手が当然ある。それについては、教え合ってどうにかこうにか成績を維持して、学費負担を減らそうという狙いがあるから、なんとか食らいついている。けれど、わたしが困っているのは、実はそこではなかったり。


「異能倫理学、異能分類、異能法……あうあうあう」

「す、鈴理、大丈夫?」

「あああ、ありがとう、静音ちゃん。でも、だめかも」


 異能者として大々的に公表されてはいないけれど、少しずつ浸透させていく必要がある、と言われた身分。わたしは、内容的には一年生の物で良いとは言え、異能科の試験も受けさせられるというのだ。

 そこまで点数が内申に影響はしない。基準も甘くて、四割わかっていれば合格、というざっくりとした範囲。けれど、逆に、四十点以下だと補講もあるから夏休みに影響がある。

 うぅ、夏休みに師匠に訓練をつけて貰うならともかく、補講はやだよぉ……。


「スズリ、一年生の異能科の試験、歴史については英雄の異能さえ覚えていれば大丈夫だよ?」

「おさらいでもするか? 鈴理」

「リュシーちゃん、フィーちゃん……ありがとう」


 フィーちゃんの提案と同時に、ホワイトボードからペンを持ってきて渡してくれる夢ちゃん。おさらい、おさらい。本来なら雲の上の存在の、“七人の英雄”。彼らが身近で良かったって一番に思う瞬間は、テストの時だったり、なんて。


「ええっと、確か――」






 ・魔法少女ミラクル☆ラピ

 →スタイル:共存型キャリアタイプ

  異能名:魔法少女


 ・九條獅堂

 →スタイル:発現型アビリティタイプ

  異能名:紅煉咬プロミネンス・イーター


 ・鏡七

 →スタイル:特性型スキルタイプ

  異能名:精霊術エレメンタル・マギカ


 ・東雲拓斗

 →スタイル:二重能力者(デュアルホルダー)共存型キャリアタイプ超常型アンノウンタイプ

  異能名:巨神の鋼腕(ギガント)異邦人トリッパー


 ・ひさぎ仙衛門

 →スタイル:特性型スキルタイプ

  異能名:秘術“薬仙”・仙術


 ・黄地おうじ時子

 →スタイル:特性型スキルタイプ

  異能名:黄法・式神揮しきがみき


 ・クロック・ド・アズマ

 →スタイル:

  異能名:






「――って、あれ? どうしよう、夢ちゃん。最後の英雄の異能、覚えてない!」

「危なかったわね。良かったじゃない、今、発覚して」

「な、なら、復習もかねて、わ、私が教えるね?」

「ありがとう、静音ちゃん……。ほんとうに、危なかった!」


 最低限わかっていれば良いよ!

 って言われているところの、最低限を抜かすなんて笑えないよ。補講確定するところだった……。

 静音ちゃんはわたしにホワイトボードマーカーを受け取ると、最後の部分に記入する……ってあれ? なんか長い?





 ・クロック・ド・アズマ

 →スタイル:多重能力者(マルチホルダー)発現型アビリティタイプ

 異能名:感情領域イモーション・コントロール空想哲学リリカルロジー幻理の法典(マイ・ルール)





「ど、どうかな」

「うむ、正解だぞ、静音」

「あ、ありがとう。フィー」

「おおー……でも、異能名から能力が想像できないね?」


 感情制御、は、なんだかわたしの“干渉制御”に似た感じなのかな。

 異能が三つもあって、その全てが発現型アビリティタイプ。でも、どれもなんだかよくわからない。


「ははは、そうだね。まぁ私も詳しくは知らないけれど、発覚していない部分もあるらしいよ、スズリ」

「そうなんだ? ええっと、夢ちゃん夢ちゃん、どういうこと?」


 こういうときは異能者に聞くべきなのだろうけれど、わたしの手は自然と夢ちゃんの裾を引っ張っていた。夢ちゃんも夢ちゃんで、そんなわたしに躊躇うことなく説明をしてくれる。


「実際、よくわかってないのよ。大戦中も自分の異能の詳細を語ることなんかなくて、その上、寡黙で端正な清廉の騎士。他の英雄たちも、彼の話をする時は一様に言葉を濁したそうよ」

「そうなんだ……あっ、じゃあ、師匠ならなにか知っている?」

「そうね。当時はミラクルラピか時子さんと行動することが多かったみたいだし、詳しいかもね」


 そうなんだ。

 寡黙で清廉な騎士様かぁ、すごく、こう、“英雄”っぽい!

 師匠に詳しい話を聞いてみようかな。って、師匠と言えば、そういえばまだ来てない。それどころか、レイル先生も見ていないかも。二人とも、どうしたんだろう?

 部活動が始まって、もう直ぐ二時間。いつもだったらもう来ても良いのに。



――コンコンコン

「へ、ノック? はーい」



 ノックをするなんて、どうしたのだろう。

 返事をしながら周囲を見回す。わたしたちはどうもイレギュラーに慣れすぎてしまったのか、全員が、何かあったら直ぐ動けるように、さりげなく身構えていた。


「失礼します。あら、けっこう広いのね」


 言いながら、入ってきたのは女性の姿。

 今話題の、各授業を回っているという、“視察の先生”。

 白い髪に青い瞳の綺麗なひとは、げっそりとしたレイル先生を連れてやってきた。


「こんにちは、みなさん」

「は、はいっ、こんにちは!」

「ふふ、元気があって良いわね。初めまして、私はイルレア・ロードレイス。今回は視察ではなく見学だから、私のことは気にしなくて大丈夫よ」


 無理です。

 そう告げようとした言葉を呑み込んで、げっそりとしたレイル先生を見る。


「は、ハハ。姉さんがどうしても、ボクが監督するクラブを見学シタいってきかなくてね」


 そう言うと、レイル先生は、ええっと、ロードレイス視察官? の後ろで口だけ動かす。

 ええっと、夢ちゃんほど読唇術はうまくないけど――“とめられなかった、ごめん”かな? 他にも何か喋っていたようにも思えるけれど、よくわからなかった。

 同じく見ていた夢ちゃんの反応で確認しようと、夢ちゃんを見る。すると、珍しく顔を強ばらせている夢ちゃんが居た。えっ、レイル先生、なんて伝えたの?


「私のことは気軽に、イルレア、とそう呼んで下さいね」

「ええっと、では、イルレア先生」

「はい、どうぞ。ええっと」

「碓氷夢です」

「あら、あなたがあの!」


 夢ちゃんがまず、手を挙げる。

 うん、夢ちゃんから質問を始めて貰うと、わたしたちも“方向性”がわかって対処がしやすい。静音ちゃんも、夢ちゃんが前に出てくれたことで胸をなで下ろしている。


「はい、“霧の碓氷”の――」

「乙女さんから良く聞いているわ! モテモテなんですって?」

「――って、ふぇっ?!」


 夢ちゃんがぴしりと固まって、そのままずるずると崩れ落ち、机に突っ伏す。

 手で覆う顔。見えている耳は真っ赤だ。というか、おとめ? さんって? どこかで聞いたことがあるような気がする。


「うぅ、誰になにをどこまで話してるのよ、お母さん……」

「色々聞いているわよ。そうだ、それで、鈴理さんって言うのは?」

「あ、わたしです」


 む、ついに来たのかな。

 なにを聞かれるんだろう。特異魔導士? 悪魔憑依? もしかして、リリーちゃんのこと? 顔には出さない。ただ、気持ちだけを傾ける。


「あら、では――あなたが夢さんのお嫁さん?」

「ふぇ? そうなの? 夢ちゃん」

「私に聞かないで!!」


 にこにこと楽しげなイルレア先生に、そう振られる。

 ええっと、あれかな。夢ちゃんが実家から帰ってこられなくなってしまったときの、誤解。ご家族を巻き込んだ物だったし、知られていても不思議ではないのかな。

 でも、夢ちゃんには申し訳ないけれど、リリーちゃんたちのことから話題を逸らすことに使えるかも。そう、夢ちゃんの隣に座り込んで、夢ちゃんに話を聞くことに努めることにした。ごめんね? あとでちゃんと、お詫びはするので許してね?


「夢ちゃん? 夢ちゃん?」

「や め て ! 私が、私が悪かったから!!」

「責めてないよ? お話、しよ? ところで……夢ちゃんがお婿さんなの?」

「あわ、あわわ、あわわわわ」


 夢ちゃんとの会話に集中しているように見せながら、イルレア先生たちの会話に耳を傾ける。

 あ、レイル先生が頭を抱えているようだ。うん、ええっと、見捨ててごめんなさい?


「あなたが、フィフィリアさんよね?」

「っ。はい」


 そんな夢ちゃんの惨状に顔を引きつらせていたフィーちゃんが、自分に矛先が向いたことで緊張する。わたしは、夢ちゃんの頬をつんつんしながら、彼女たちの言葉を聞き漏らさないように集中した。


「テイムズさんから、お話しは聞いているわ。レイルのことで迷惑をかけてしまったわね」

「い、いえ。ロードレイス先生は、尊敬に値する方です。迷惑だとは感じておりません」

「まぁ! うちのレイル、いる?」

「姉さん?!」

「いえ、それはちょっと」

「ソンナにイヤそうにしなくても?!」


 飛び火で撃沈するレイル先生。

 慌てて慰めに走るフィーちゃん。あ、フィーちゃんが悪戯っぽくウィンクした。そ、そっか、この状況から脱出したんだね……。

 残っているのは、静音ちゃんとリュシーちゃん。静音ちゃんの腕輪に注目があるようだったら、引っかき回さなきゃ!


「あなたは、アリュシカさんよね?」

「はい。イルレア先生は、私の両親ともお知り合いで?」

「ええ。有栖川博士には、お会いする度に、あなたと奥さんの自慢話を聞くわ。素敵なご家庭ね」

「あ、はは。外でそんな話を……ちょっと恥ずかしいけれど、嬉しい、です」


 リュシーちゃんはそう、照れてはにかむ。

 その笑顔があんまりにもほわわんとしていて綺麗だったから、イルレア先生は目を丸くして頬を朱くする。そうだよね、そうなるよね。


「ふふ……調べるのも責務と思っていたけれど、なんだか毒気が抜かれてしまったわ」

「先生?」

「いいえ、アリュシカさん。なんでもないわ。……みなさんも、邪魔をしてしまってごめんなさいね。未知先生とまたお会いできなかったのは残念だけれど、そろそろ退室するわ。レイル、またあとでね」

「あ、アア、姉さん」


 きょとんとするレイル先生を置いて、イルレア先生は手を振って立ち去った。

 ええっと、なんだったんだろう。静音ちゃんに矛先が向かなかったことは良かったけれど、なんで引いてくれたのだろう。こう、わたしの培った“観察”警報が、“そんな甘い人じゃない”って告げている、の、だけれど。


「行っちゃったよ、夢ちゃん」

「うぅ、引かないで鈴理ぃ」

「あはは、もう、ひかないよ。夢ちゃん」

「ふぇ? んんっ。そうみたいね」


 胸を張ってキリッとした表情を作る夢ちゃん。

 そんな夢ちゃんに苦笑しながら、横目でイルレア先生が出ていった扉を見る。


「んー。ところで夢ちゃん、さっき、レイル先生はなんて言ってたの?」

「え? あー、“狙われている。気をつけて”よ」

「そっかぁ」


 やっぱり、その割にはさっさといなくなってしまった。

 狙いが解らない。それとも、本当に、一番の目的は関東特専の学習状況を視察するっていう、表向きの理由そのままなのかな。

 疑問はつきない。けれど、考えても埒があかない袋小路に、わたしはただただため息を吐くしかなかった。















 それから。

 二日、三日となにごともなく、ただ日常が過ぎ。




 ついに、“実践合同演習”の試験日が、やってくるのだった――。





2024/02/02

表現の校正をしました。

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