そのろく
――6――
修学旅行二日目の夜。
私の目の前には、頭を抱える少年一人と空ろの目をした少年二人。
正気を保てていなかった少年二人の様子は、今ちょうど、七が調査を終えたところだ。
「異界に囚われていたようだね。あれほど事前学習で注意勧告しても、この年の少年に“魅了されないよう気を引き締めろ”なんて難しいかな。動揺か、猜疑か、大きな心の揺れにつけ込まれたのだろう」
「――“行方不明”の生徒たちに、“異界”が気に入りそうな要素は?」
行方不明者と表示された端末を握りしめながら、七に問う。
すると、資料を手にした獅堂が、先に応えた。
「二人だな。“霧の碓氷”と、“二重能力者”だ。しかもこの異能の嬢ちゃん、Sランク稀少度の“共存型”だ」
「霧の碓氷……って、ええっと、忍の?」
「そう。日本が誇る忍者一族だ。存在から稀少で、魔導術に手を出してからはわけのわからん技術も開発してるっつうトンデモ忍者の碓氷だ」
“異界”は常に養分を求めている。
それは層ごとに吸収する力が違い、表層では外界からの影響が強すぎて、異界は異界としての能力を発揮することができない。
だが、稀にこうして、侵入者を“使って”養分を得ようとするのだが……異界がそこまでのリスクを払うことは本当に稀だ。
「その、稀少な展開に巻き込まれるなんて、笠宮さんは本当にもう……」
いや、笠宮さんが悪いとは欠片も思ってはいないよ?
ただどーしても不憫で、ね……。
「いや、ただ巻き込まれただけってこともねーだろ。ほら、例の」
「引き寄せやすい性質、ね。まぁだから“ポチ”をつけたのだけれど」
端末を見ても、反応はない。
異界でも表層までは場所を把握できる優れものだが、反応がないということは表層にはいない、ということだ。
次に、意識を集中する。自身の内側に宿る“繋がり”に意識を向ければ、おのずとその居場所が読み取れた。
「――上には、事情を通しておきます。私と獅堂と七、三人で救出に向かうのが、この異界の特性を考慮するとベストでしょう」
「英雄結託だな」
「だね。異界といえど、意思持つ存在なら――後悔することだってできるのだと、僕たちで教えてあげよう」
表向きは、私は九條特別講師の知人と言うことで、付き添いの一般教員。
裏向きは、英雄三人による早期救出作戦。というのは、私たち本人と学長のみの知るところだ。
「魔導衣は?」
「教員は学校内での荒事にも対応できなきゃいけないから、スーツが魔導衣よ」
「そりゃあいい!」
「なら、準備は良いね? 未知、獅堂」
もちろん、と頷くと、七はニッと笑って見せた。
――生徒は無事。怪我もない。だから安心して、とでも言うように。
異界の中は、時空の歪みがあるためか、現実世界とは気候や気圧が変化する。
そのため、ここのような“迷宮”タイプの異界は、層の移動で高山病に陥ることもあるため、細心の注意が必要だ。
沖ノ鳥島迷宮とも呼ばれるこの異界は、どこもかしこも寒い。常ならばその寒さに顔の一つでも顰めてあげるところだが、残念ながら今日の私はある意味で“熱”に浮かされていた。
「【速攻術式・攻勢展開陣・多重散弾・展開】」
私の可愛い生徒たちに手を出すとは良い度胸だ、なんて。
「ひゅぅ。魔法でもないのにその威力か」
「大樹に貫通痕……。それも散弾だ。魔物の逃げる背しか見えなくなるよ」
まぁ、表層だしね……。
一般に、“異界”は人間を育てる。より強い餌を手に入れるために、常に一定までの能力で固定された魔物を配置し、層ごとにその能力の上限を上げている。
だから私たちにとって表層や中層、まぁ、場合によっては深層もたいしたことは無いのだが……今日初めて迷宮に入るような子供たちにとって、第二階層といえど、表層よりも奥というのはそれだけで大きな脅威となり得る。
「七、場所は?」
「抗火の樹海だね。獅堂がやり過ぎて、炎耐性に特化した森だ」
「獅堂……留守番、する?」
「いやいやいや、この程度の炎耐性で俺の熱は焦げ付かねぇぜ?」
足を止めずに駆け抜ける。
敵は恐れを成したのか、一切近づいて来る様子はない。
「未知、ストップ――【敵意に牙を】」
七が放った水の弾丸が、空から降ってきたモノを貫く。
「芋虫か?」
「いや、誘蛾虫だよ。焼くと“尖蛾”を呼び集める香りを放つ。獅堂、やっぱり帰るかい?」
「……ふん、全部焼けば良いんだよ」
尖蛾とは、厚い木材をやすやすと貫通する角を持つ蛾の魔物だ。
異界産では割とポピュラーなものだったのだが、最近になっておびき寄せの効果が発見された。
と、いうのも、わざわざ炎耐性のある樹木を焼き払おうとした調査員が、ものの見事にひっかかった、という。幸い防御系能力者が居たから大事には、ならなかったようだが。
そう獅堂に説明すると、彼はなるほど、と頷いた。
「ちゃんと勉強してんだな」
「それは、ね。生徒に聞かれて応えられない、なんて事態は避けたいので」
降ってくるのは誘蛾虫だけだ。
彼らは倒されることが目的だから、私たちという脅威にどんどんアプローチしてくる。
それに対して通常この異界の表層に生息する他の魔物、デュアルネックバードや四手獣猿なんかは、一切近づいてこない。
そして、高速で移動すること数分。不自然な場所にたどり着く。
「未知、あれ」
抗火の樹海の中央付近だろうか。
落ち葉が焦げ、周囲の樹木が傷ついている。だがある一箇所だけは無傷だった。
「見村健の話によると、急に地面に穴が開いたそうだよ」
「つまり、ここって訳か」
「そう……」
確かに、“ポチ”の反応はこの下付近だ。
うん……遠くはない、けど……下手したら、三層までぶち抜き、かも。
「とにかく、降りてみるしかない、かな」
「よし、じゃあ俺が――」
「獅堂。ここだけ誘蛾虫があれほど落ちてきてるんだよ? 僕がやるよ」
「――んぐ……わぁったよ」
七はむくれる獅堂をその場に置いて、穴の中心で膝を折る。
「水よ、蛇となりて彼のものを侵せ――【毒蛇の牙】」
七の周囲に現れた水の大蛇が七匹、紫色に変色する。
そして、地面に牙を立てるように噛みつくと、じゅくじゅくとその場を溶かし始めた。
「異界とて生き物だ。さあ、早く口を開けろ。開けないと、僕の牙は君を殺すよ」
「いいぞ! よっ、腹黒王子!」
「一匹噛みつかせようか?」
「はっはっはっ……悪い」
「まったく……」
二人のコントはまぁともかくとして。
毒が脅威となったのか、それとも地面を溶かしきったのか、じわじわと崩れ始める。
おっと、急がないと乗り遅れる、かな。
「よし、開いた」
地面にぽっかりと開いた穴。
それに七が飛び込み、獅堂が次いで飛び込む。
「じゃあ、私も。【術式開始・ふぉ――?!」
飛行術式を展開しようと、一歩踏み込んだ先がぽっかりと口を開く。
「!――形態・身体強化・様式・背部・付加・飛行制御・展開】!」
ふわりと浮き上がり、空中で停止する。
空は闇、地もまた闇。閉じ込められた、かな。
「しくじった……いや、でも、反応は下?」
そのまま飛行制御をして地面まで降りる。
するとどうだろう。洞窟全体が仄かに光っていて、それほど視界は悪くなかった。
奥から響いてくるのは……戦闘の、音?
「ッ――【速攻術式・加速制御・展開】!」
身体を飛行制御で浮かせたまま、加速術式を起動する。
すると風を切るような速度で、私自身の身体が射出された。
「――お願い、無事でいて!」
洞窟は一直線。
音はもう、直ぐ近くだった。
――/――
急に閉じた天井。
色の変わった視界。
「チッ、七、無事か!」
「僕は、ね。ただ未知がいない。出遅れただけなら良いけど……」
「確実に、分断が目的だな」
ここまで意思を持って異界が動く事なんて、早々あることじゃない。
だっつぅのに、明確な意図を以て俺たちを拒絶する、と、なるとだ。
「キナくせぇな。こりゃ、なにかあるぜ」
「裏が居るのは確実だね。ここまで来ると、あからさまだ」
視界に広がる風景は、一面の砂色。
第二階層、“砂塵の荒野”は、この異界を作った悪魔を俺たちでボコった時の影響か、俺たちに対策するような部分が多い。
オールラウンダーの未知に対してはできることがなかったようだが……第一階層は俺と、まだ連絡のつかない昔の仲間、拓斗対策。この階層は、俺と、水と流れを必要とする七対策、か。
「戦えるか? 七」
「もちろん。対策はとってきたよ。ただ、できれば戦闘は任せたい」
「ああ、そうだな……おまえは未知と生徒の探知を頼む」
「了解。戦闘は任せたよ」
砂は燃えない。
土は焦げない。
だから俺対策、ということだろうが……。
「探知開始、っと」
七は持ち運んだペットボトルから水を出す。
そしてその水を文字どおりの呼び水に、“水を召喚”した。いや、器用だな……。
「【我は印を置く】」
「はっ、餌に釣られてきたか」
七が探知を始めたことに気がついたのだろう。
周囲の砂が起き上がり、巨人の形を取る。ゴーレム、か。
砂のゴーレムに炎が効かない――本当にそう思ってんなら、思い知らせてやらなきゃならねェんだよ!
「俺の女の大事なモノを傷つけようとした罪、その身で味わえ」
俺の身体から炎が舞い上がる。
その色は紅。赤よりも紅い、真紅。
「【第一の太陽】!」
そしてその炎はうねるように形を変え、球体となり、膨れあがる。
『ウグォゴァァアアアァガウグオオオオオオ』
ゴーレムの全長は、十メートルを優に越える。
そして次々と数が増え、気がつけば十を超えるゴーレムが俺たちを取り囲む。
そして奴らは、俺めがけてその巨大な拳を振り上げた。
「遅え!」
爆発。
加速。
投擲ィッ!
膨れあがった球体が、ゴーレムを飲み込む。
その炎は勢いを止めず、“砂を灰も残さず焼き切った”。
「俺の炎が、物理法則に支配されるとでも思ったか? 我が名は紅蓮公! ものみな焼き尽くす異能を宿すモノと知れッ!!」
――最初は、ただの発火能力者だった。
だが、能力を制御させていくうちに、炎を宿す能力者はみんな、その在り方に違いがあることに気がついた。
俺の特性は、“餓狼”とでもいうべきか。全てを喰らい尽くす、炎の上位互換。それを前に、熱すれば溶ける砂程度が叶うなど、笑止千万と知れ!
「おいおい、怯んでんじゃねぇよ。パーティーは始まったばかりだぜ」
俺の睨みに恐れたのか、ゴーレムたちが再起動する。
「それでいいんだよ! 【第二の太陽】!」
さあ、いいぜ。
未知たちが見つかるまでの時間つぶしだ。
せいぜい俺を、愉しませてみろッ!!




