そのさん
――3――
「レイル先生の元気がない?」
放課後。
いつもの魔法少女団の活動中。まだ師匠もレイル先生も来ていない中、不意に、静音ちゃんがそう言った。
「うん、そ、そうなんだ。クラスに来た時にはもう……」
「悩みがあるのか何なのか……ルナやフウコたち、Sクラスのクラスメートにも聞いてみたが、心当たりはないらしい」
そうなんだ……。
物は試しに、と夢ちゃんに視線を向ける。すると、杏香先輩やフィーちゃんも含めて、みんなの視線が夢ちゃんに集まった。
「え? あー……そうねぇ。これっばっかりはレイル先生に聞かなきゃなんだけどさぁ……レイル先生の家族仲、知ってる?」
「え? うーん? わたしは知らないかな」
ぐるりと見回すと、誰も知らない様子だ。
でも、それとなんの関係があるのだろうか。気になる。
「そっかぁ。いやね? もしお姉さんと仲が悪いんだったら、頷ける話なのよ」
「へ? ということは、レイル先生のお姉さんが来るの?」
「ええ。“表向き”は、海外と特専の比較のために、こちらの授業及び試験を視察し、交流の下準備を整えること。“裏向き”は、悪魔関連らしいけれど、詳しいことはわからないわ。ま、予想はつくけれどね」
そう言って夢ちゃんは、目を伏せる――フリをして、僅かにわたしを見た。
気がつかれないように気をつけて、無意識に目を向けてしまった、といったところかな。ふふん、わたしをその手のことで欺くなんて甘いよ? 夢ちゃん。
……なんて、気楽には言えないんだろうなぁ。だって、“ということは”、視察の裏向きの理由とやらに関わる大きな部分に、わたしの事情が絡んでくるということ。霊魔力同調も怪しいけれど、悪魔関連、ということなら……ポチとの合体、かな。
犬笛、隠した方が良いのかどうか、ポチに相談してみよう。それから、風邪を引いて以来わたしの部屋にちょくちょく遊びに来てくれるようになったリリーちゃんにも、視察中は気をつけてねって言っておかなきゃ。リリーちゃんが師匠以外に負けるところも想像できないけれど、特専が更地になる想像は容易に出来るからね!
「さて、夢、鈴理、それから静音さんたちも」
「杏香先輩?」
「確かにロードレイス先生のことは気に掛かるし、できることがあるのならそうしましょう。けれど、そうね、鈴理さん」
「はいっ!」
呼ばれて、ビシッと手を上げる。
あれ? 今、ため息吐かなかった?
「もし、ロードレイス先生が私たちに気にされていると思うと、先生はどう思いますか?」
どう、どう? どう、か。
レイル先生は最近になってようやく、“先生としての歓びを覚えた”といっていた。Sクラスを初めとした授業でもどんどん評判が良くなっている、とか。
そんなレイル先生に、先生として努力をしているレイル先生に、生徒が気に掛けている。もっと言えば、気に病んでいるとすれば?
「レイル先生、余計に落ち込んじゃう?」
「ええ、そうですね。であれば、我々にできることは、“気に掛けないように普段どおりに振る舞う”ことよ」
なるほど、確かに。
わたしたちはみんな、どうにかしなきゃ、出来ることはないかって考えていた。でもそれは、間違いでは無いけれど、だめだ。なんでもないように、先生として接する。信頼していると言うことを態度で伝える。きっと、それが一番なはずだ。
それなら、うん。悩んでいることを欠片も悟らせてくれない師匠よりも、ずっとやりやすい。
「現状、私の知る限りでは数少ないまともな男性教諭ですからね」
「あれ? 杏香先輩。瀬戸先生を尊敬しているって……」
「はぁ?」
「ご……ごめんなさい」
あの日、瀬戸先生がマザコンだって発覚して倒れて以来、杏香先輩はこんな調子だ。
う、うーん。陸奥先生も姉ふぇち? というかなんというかだし、確かにあんまりマトモじゃ……あれ、レイル先生の「ボクのヴィーナス」発言は良いのかな?
うん、あんまり気にしないでおこうかな!
方針が決まって少し経った頃。
戸を引く音が聞こえたと思うと、レイル先生が入室してきた。
……目の下に隈、僅かに乱れる足取り、焦燥の陰がある表情。僅かに下がるトーン。
確かに、元気がない。様子も変だ。
「――おや……? モウみんなソロっていたのか。遅れてスマナいね」
「っ、レイル先生! こんにちはー」
「ああ、コンニチワ」
にこやかに挨拶をしてくれるレイル先生に、普段どおりに接する。
うん。大丈夫だ。心配だけど、心配させない。気になるけれど、姉弟の話題すら出さない。いつものように、魔法少女団として活動する様を、レイル先生には、いつもの席で紅茶を片手に見ていて貰う。
それってすごく、安心するし、大切なことだ。なんだ、簡単じゃないか。第一、わたしたちがわたしたちから、姉弟の話題なんか出したこともないしね!
……ほ、ほら、みんな、色々とあるから……。
「ああ、トコロでみんな」
「レイル先生?」
「キミたちに、姉弟はイるのかな?」
――。
……。
――……えぇ。
刹那。
瞬きの間に考える。
みんなはどう考えている? 素知らぬ顔で見回すこと、ほんの僅か二秒。
杏香先輩と目が合う。
――空ろな目になっていた。
リュシーちゃんと目が合う。
――不自然に虚空を見つめていた。
フィーちゃん、は。
――突っ伏している。
静音ちゃんと目が合う。
――硬直している。
ゆ、夢ちゃん! もうわたしたちには、夢ちゃんしかいないよ!
「うちは七人姉妹なんですよー」
「ホウ、七人! キミは長女?」
「そう見えます? ですが残念、上に四人と下に二人の五女なんで」
「ハハハ、キミはシッカリしているからね」
ふ、普通に会話してるー?!
さすが夢ちゃん、すごいよ! でも、お姉さんの話題は振らないでね? 夢ちゃんとレイル先生が大丈夫そうでも、わたしたちが限界だから!
「デモ、姉四人はタイヘンではないか?」
普通に聞いてきた?!
「大変は大変ですけど、まぁ、うまいことやってます」
普通に返してる!?
「ホウ! 良かったら、ヒケツなんかあればキかせてクレナイか?」
って、ぁ。
ふぅ、と、小さく息を吐く夢ちゃんの姿が見えた。そうか、なるほど、そういうことなんだ。どうせ向こうから振られた以上、回避する方が不自然だ。
だから夢ちゃんは、だったらいっそのこと、“助け”になれるように会話を誘導したんだ。忍者って、そんなこともできるんだね。夢ちゃん、すごい。
「姉妹なんて血の繋がった関係だと、相手の嫌なところや苦手なところは他人よりもずっとよく見えちゃいます。だから、良いところ探しをして、仲良くしていた時のことを思い出して、この人と家族で良かったって、そう思えるようにするんです」
そっか、家族か……。
うん、わたしには姉妹も兄弟もいないのに、なんだかすごく共感できる言葉だなぁ。
「ソウカ……キミは、ステキな考え方をするんダナ」
「あはは。実のところ、人の良いとこ探しっていうのは、鈴理から学んだことなんです」
「ほぇ?」
突然矛先が向いたので、思わずびくりと肩を震わす。
見ればそこには、からかうような表情――ではなく、素で褒めている時の夢ちゃんの顔があった。あ、あれぇ?
「ハハハ、では、鈴理、キミ“も”すごいということだね」
「あわわわ、わ、わたしはぜんぜん、そんなこと!」
「む? す、鈴理はすごいよ!」
「静音ちゃん?!」
固まっていて、復帰したかと思えば第一声がそれだった。
助けを求めるようにフィーちゃんを見れば、「うん、うん」と頷いていた。
……。
助けを求めるようにリュシーちゃんを見れば、「どやっ」と胸を張って自慢げにしていた。
……。
助けを求めるように杏香先輩を見る。
先輩は、わたしの視線を受けてこくりと頷いてくれた。
ほっ、良かった!
「お姉さまの弟子ならば、すごいのは当たり前です。私はまだまだ至らないところも多くありますが、笠宮鈴理は私の姉弟子なのですから」
そっち?!
うぅ、褒めちぎられるのはいつまで経っても慣れない。本当に、夢ちゃんのコトが言えないくらいに慣れない。
貶される方だったら慣れているから、なんだったら相手の満足する態度や表情を演技してやり過ごすことも出来るんだけど、褒められるのは、こう、うまく対応の仕方を知らないから……。
「ソウカ……しかし、ナルホド。参考になったよ。アリガトウ、夢。それからミンナも」
「いいえ! お力になれたのであれば、良かったです」
なんだろう、みんな“やりきった!”っていう顔をしているけれど、わたし一人だけは顔から熱が引かないよ。うぅ……。




