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そのに

――2――




 夏休みが近づくと、生徒たちも浮き足立つようになってくる。

 けれど、楽しみにしてばかりは居られない。教員として私はもちろん、生徒たちもそれは同様だ。なにせ、学期末ということは、一般校でも変わらない行事――“学期末テスト”があるのだから。


「ふぅ、あとは……」


 資料を纏めて、テストを作る。

 私が担当する科目、魔導術式構築学は魔導術式の根底について論理的に解剖、組立、実践に繋げていくというモノだ。

 一年生は追加術式について。二年生は短縮術式について。三年生は遅延術式について。テスト用紙には魔導術式の基本素地“円環”と“六芒星”のみが書かれた紙とレポート用紙。実際の描き込みと、レポートによる論述を求めている。

 毎年、大変なのは採点だ。テストの自由度が高いということは、採点は至難の業ということになる。けれど、これが一番生徒たちのためになる形だ。妥協は出来ないよね。うん。


「……それはそうと、今年は“これ”がなぁ」


 そう、見つめるのは手元の用紙だ。

 今年は今までとはちょっと違う。初めてできた授業――“実践合同演習”。その試験教官に選ばれてしまったのだ。いえ、もちろん、とても名誉なことなんだけどね?

 ただ、やはり考えてしまうのは、担任としてクラスを持っていた時のことだ。当時、試験対策を求める生徒に見せてしまった、私のミス。何かの足しになれば、よかれと思って。そんなものは全て言い訳だ。あの子の夢を、私が諦めさせてしまった。




 “基点術式オープン律動開始セット

 “形態指定フォーム多重効果マルチプル・エフェクト

 “様式設定アーム剣鎧旅団ブレイド・ファランクス

 “装置付加パーツ指揮起動パフォーマンス・コンダクター




 速攻術式とは違う、もう一つの“机上の空論”とされている術式。存在すらも危ぶまれ、私が特専に登校していた時に書いた論文を知る人間以外には、おそらく知っている人すらもいないことであろう、一つの術式。理解が及ばなかった生徒が、自分の夢を諦めてしまった一つの、顛末。

 あの子の未来を狭めてしまったのは、私の“慢心”に相違ない。そう、刻みつけられたあの日のことを、忘れたことなどない。




 “重装ハーモニクス術式展開イグニッション”。




 その罪を、私は、忘れない。

 だからこそ、実践試験となると、思い出す。






『あなたのせいで! あなたが、あんなものを見せなければ、自分の夢を追えたのに!』

『そんな、そんなもの、どうしたって勝てないじゃない! ねぇ、教えてよ!?』

『嘘つき……信じてたのに。未知先生のこと、信じてたのに!!』

『もう、信じられないよ。――嘘つき!!』






 それは、悼みにも似た記憶。

 心に泥が落ちるような、苦さを宿した。



 そんな、傷みの記憶だった。




















――/――




 色々なことが落ち着いて、いよいよ試験期間が近づいてきた。

 それは極めて少人数制である、私のクラス、二年Sクラスも変わらない。他の生徒たちと同じく、揃って試験対策に明け暮れているのが現状だ。


(『む。試練か』)

(が、学校のね。ゼノじゃなくてね?)

(『この身が挑む身とは、中々新鮮と言えよう』)

(だ、だから、ゼノは挑めないよ?)

(『そう……なの、か。そうか……そうか……』)


 腕輪から伝わってきた思念に苦笑する。

 ゼノ、なんでそんなに残念そうなのだろうか。そんなに、泥装儀との戦いで、私の装備品――つまり、挑む側として戦ったことが印象的だったのかな?


「シズネ、おはよう。今日も早いね」

「ぁ、リュシー。お、おはよう」


 隣に座ったリュシーに、笑顔で挨拶を返す。

 ここのところはずっと、鈴理と登校をしている。同じ居住区寮住まいだ。鈴理と歩いて、途中で夢と合流。リュシーは朝の時間、割とマイペースでばらばらの時間に起きているらしく、これには合流していない。

 フィーは朝は新聞配達のアルバイトをしているので、ギリギリまで二度寝に使いたいらしい。これは、秘密だぞ、と言われたことだ。恥ずかしいらしい。立派だと、思うのだけれど。


「あなたたち、相変わらず仲良いわね。ちょっと混ぜなさいよ」

「あ、ル、ルナ」


 そう言って私の隣、リュシーの反対側に座ったルナは、心なしか疲れているようにも見えた。その珍しい様子に、私とリュシーは思わず顔を見合わせる。


「ど、どうしたの? なにかあったの?」

「あ、はは、はぁ。心配しないで。ちょっと妹に質問攻めにあっていたら夜が明けてしまっただけよ」

「い、妹さんって、魔導科の?」


 確か、ルナの妹は今年高等部上がったばかりの、一年生だったはずだ。名前はそう、ええっと、確か、アリスさん? だったかな。

 そう口に出して尋ねると、ルナは薄く微笑んで頷いてくれた。


「ええ、そうよ。覚えていてくれたのね。アリスウェル・イクセンリュート。魔導科の一年生。どうも実践合同演習で観司先生の術式を見たらしくてね。知っていることは全て教えて――なんて」

「そ、そうなんだ。そんなにすごいんだ、観司先生」

「さすが、ミチだね。一番最初に弟子入りしたスズリは、よほど縁が良かったのだろうね」


 観司先生。

 私たちの部活の顧問の先生で、現在は担当を持たない先生だ。魔導術師である観司先生は、私たちの授業にはほとんど絡まない。それなのに、異能者の私やリュシー、それからフィーも、幾度となく助けてくれた。

 格好良くて優しくて、私の“親友(大好きな人)”が憧れる、その、ちょっと不憫な“魔法少女”。

 そんな観司先生の魔導術師としての側面は、さほど詳しくはない。実践合同演習でも未だ基本的なことを学ぶだけで、合同の意義のあるような授業は迎えていない、というのも原因なのかも知れないけれど。観司先生が講師の時の授業はそんなこともないらしいのだけれど、私たちSクラスはまだ、その回には当たっていないから。


「最近、仲良いねー」

「あ、えっと、き、如月さん?」

「風子で良いわよ。被るでしょ? 他の二人と」


 そう、声を掛けてきたのは、Sクラスのクラスメート。真っ黒な長い髪をポニーテールにした女の子、如月きさらぎ風子ふうこさんだった。

 他の二人、というのは、今ちょうど教室に入ってきた、金髪碧眼の二人組。双子だというレン・キサラギ君と、レナ・キサラギさんのことだろう。この二人に、黒土一馬君と龍香ロンシェンさん、そしてフィーを加えればSクラスのフルメンバーだ。


「ふ、風子さん?」

「ははは、そうそう、それでいいよ」


 風子さんは気さくに笑うと、私の前に腰掛けて、横向きに座って目を合わせてくる。

 あ。ずっと黒目かと思っていたけれど、僅かに緑がかっている。不思議な色合いだ。


「うんうん。なんだか前より前向きになった?」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。ふふ――“生きている”って感じがする」

「へ?」


 楽しげに、そう、チェシャ猫みたいに悪戯っぽい笑み。

 けれど、なんだろう、こう――刹那、暗がりに吹く風のように、鋭くも空虚に見えた。そんな風に思うのは、失礼なことなのかも知れないけれど。


「なんだ? 楽しそうだな。風子、隣に良いか?」

「ありゃ、今日は遅かったね、フィフィリア」

「危うく寝坊するところだったよ。はぁ」

「それなら、明日からは私が誘うよ。シズネやスズリに合わせると早すぎるのだけれど、一人はこれでも寂しくてね」

「はは、リュシーがそう言うのなら、頼もうかな。……ふぁ」


 フィー、朝早いもんね。

 朝焼けを見ながら、変装をしつつ自転車で配るそうだ。私とて居住区寮の生徒。実家から追い出されてからずっと、自炊をしている身だ。だから私はフィーに、朝起きることは苦ではないから手伝えることはないかと提案したことがあるのだけれど、「対価に金銭を得ているのだから」とやんわり断られてしまった。

 ちなみに、鈴理もフィーに似たようなことを提案したことがあったそうだが、同じように断られたらしい。

 『わたしがお嫁さんになって、毎朝起こしてあげるしかないねって言ったら、稼げるようになったら頼む、なんて返されちゃった。フィーちゃんってけっこう、ユーモラスだよね』なんてのほほんと言っていたが、私はフィーは本気だったのではないかと疑っている。


「そういえばさ」

「ふ、風子さん?」

「合同演習の試験、なんでも――」

「ん? ミンナ、ソロっているようだね。さ、ホームルームの時間ダヨ」

「――あー、またあとで、ね」

「う、うん」


 ロードレイス先生が入室すると、風子さんは苦笑して前を向く。

 風子さんの話は気になったのだけれど、気になったことはもう一つ。思わず、声を潜めてリュシーに話しかけるほどに。


(「ね、ねぇリュシー。なんか……」)

(「ああ、ロードレイス先生、どこか……」)


 教壇に立つロードレイス先生。

 声はいつもよりもカタコト。少しだけ猫背。目の下には隈。




「サァ、連絡事項はアトなにがアッタかなァ……は、ハハ、ハはハハハ」




 ――非常に、こう、元気がない、かも?





2024/02/01

誤字修正しました。

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