そのじゅう
――10――
そういえば、鈴理の得意技は“観察”だった。
思えばコツの一つでも聞いておけば良かったと、後悔する。
「た、鷹の声【――♪ ――♪ ―・―・】」
とりあえず、視力を強化。
望遠と、プラスでゼノの視界を“召喚”。モニターのようにして私の周辺に置いておく。
『ギャォォォォオンッ!! 燃え尽きろ! ギャハハハハハッ!』
泥はまるで油のように、装儀の牙が合わされた時の火花に着火して、爆発的に燃え上がる。黒い煙の中、けれど無傷で飛び出してくるのはゼノだ。大剣で煙を切り裂き、横薙ぎに竜の足を切りつける。
血は出ない。けれど、黒い粒子が零れて、装儀は顔を歪めた。
『チィッ、忌々しい鎧め!』
「僕を忘れていないかい?」
『ッ』
鏡先生はそう、ゼノの肩を踏み台にして飛び上がる。
その手の形は、十字。身体を引き絞り、穿ち放つは双腕。
「赤嶺源流“双腕追撃・練断拳”!」
『き、近接だとォ?! ぎぃッ?!』
装儀の腹にたたき込まれた双腕が、竜の身体を“浮かす”。
その反動で、鏡先生はバック宙で飛び上がると、パチンッと指を鳴らした。
「一小節精霊術にも飽きただろう? 二小節精霊術――」
『させんぞ!』
『こちらの台詞だ』
飛び上がった鏡先生を追撃しようと、装儀が竜の口を開ける。
けれどそれは、真下から打ち込まれた強烈なアッパーカットで無理矢理閉じられた。牙の一本が、黒い粒子となって消滅するほどの一撃に、装儀はたまらず悶絶する。
「――【天の使徒よ・神判せよ】」
闘技場上空。
装儀の真上に瞬時に生み出されたのは、巨大な“積乱雲”。
装儀は流石に何が起こるのかを察したのであろう。私の“咎人の枷”で動きづらいであろう身体で、後退しようとする。
だから。
「砂の声【―♪―♪♪】!」
ゼノにも使った手。
闘技場の“床”を脆くすることで、装儀は足を滑らせた。
「落ちろ、稲妻」
『や、やめ――』
――ズガァァァンッ!!
『――ァギィィィィィッ?!』
その無防備な身体に落ちる、青白く光る雷。
けど、その太さは、自然物ではあり得ない。三階建てのビルほどもあった装儀の身体を、易々と呑み込んでしまったのだから。
壊れない。そう太鼓判を押されていた闘技場を、ぐらぐらと揺らすほどの威力。なるほど、こんなことは学校では出来ない。
というか、セフテロス? 今までのがプロトスで、今のがセフテロス。もしかして鏡先生は、最大出力の攻撃は、その一括りごと封印して普段、戦っているのだろうか。
『ぐ、ぐがが、貴様ァッ!!』
「っ、静音!」
ぼうっと見ていた私に飛ばされる、泥で出来た棘。
っしまった。歌で肉体強化して、多少の怪我は覚悟して受け止め――
「静音に触れるな、バケモノ」
「きゃっ」
――る、前に、棘を光輪でたたき落とすエスト。
よ、良かった。危なかった。
「あ、ありがとう、エスト」
「約束は守る。それが、ジェントルマンだからな!」
胸を張るエストに、思わず笑みを零す。
静かに、あるいは小さな、ほんの僅かでも前に進めているのなら、それは、私も鈴理たちみたいに成れているのかなと思わずには居られない。
だからね、エスト。私はまだ私のために、あなたのことを助けている。でもいつか必ず、あなたのために助けられるような私になるよ。
それが、私が初めて抱いた“夢”だから。
(「ゼノ、こ、こっちは大丈夫」)
(『む、承知した。では物のついでに見ておけ。熟練すれば静音にも習得できよう』)
(「へ? う、うん。わかった」)
改めて、モニターに視界を映す。
それから、ゼノの姿がしっかりと見えるように、強化された視界でゼノを捉えた。
『忌々しい、忌々しいぞッ!!』
ゼノは漆黒の大剣を、大きく大上段に構えている。その、大剣に集うのは漆黒の光だ。
流石に装儀もそれが“まずいもの”だと理解したのか、竜の口を開けてゼノを捉える。けれど、それを許してくれるほど、鏡先生は甘くない。
「クッ……よそ見をしていて良いのかい? まだ、暗雲は晴れていないというのに――【我が指は金なりて】」
『ッ』
鏡先生が詠唱すると、闘技場の地面が輝き、一振りの剣が形作られる。
柄も刀身も眩い銀色の、日本刀だ。鏡先生は刀を脇に構えて、パチンと指を鳴らした。
「青葉源流“神名一刀・雷霆剣”」
積乱雲から、細い稲妻が落ちる。
その先は鏡先生の刀の、刀身。鏡先生が刀身への稲妻の着弾と同時に刀を振るうと、稲妻は刃の形になって、竜の片翼を切り落とした。
『貴様ッ!!』
「おっと、僕は言ったよね? “よそ見をしていて良いのか”ってね」
『はっ……しまった!?』
装儀が顔を向けるよりも早く、ゼノは大上段から漆黒の光に包まれた大剣を振り下ろす。
すると、不思議なことに、縦一文字の形に漆黒の輝きだけが残った。
『【不帰冥道――』
再び、輝きを纏う剣を振り上げる。
宙に刻まれた縦は二本。ゼノは横へ水平に大剣を構えると、未だ身体を動かせていない装儀をがらんどうの兜で睨み付け、脇から空へと振り抜いた。
『――黄泉比良坂】』
――それはまるで、死への花道。
縦二本の光が装儀の四肢を切り落とし、横一本の光は胴体を真ん中から割る。けれどその残滓は消えること無くその場に停滞し、帯のようにして残った。まるで、装儀の再生を許さないかのように。
同時に、理解させられる。これは強い再生能力を持つような、不死者に対して使うための技だ、と。なにせ、切られた部分は決して再生することはない。黒い光に切られた場所は、“現象”として切られ続けているのだから。
『ギャアアアアアアアアアアッ!?!?!!』
どんなに叫ぼうとも、装儀の身体は回復しない。
それどころか、切断された部分は黒い粒子となって消滅していった。
『おのれ、おのれェエエエエエエエッ!!』
「な、なにを騒いでいるのか知らないけれど――鈴理があなたに受けた傷に比べれば安いモノでしょう?」
消えないトラウマ。
実の親と、“向き合わなければならない”現状。
その全てを刻みつけておいて、自分だけ、痛みから逃れる?
片腹痛いよ、それ。
『静音。トドメはおまえがさせ』
「気兼ねなく行けば良い――たどり着くまでの道は、ぼくが守るから!」
黒い大剣が、瞬く間に私の手に収まる。
エストも私に協力してくれるのか、まっすぐと装儀を見て、円環を生み出した。
『は、離せ! 戒めを解け!!』
(『まずは初心者編からだ。鎧を通して妖力を集め、剣の中で霊力をかき混ぜろ。反発し合う力だが、我が魔鎧は特別製だ。剣とて、劣るモノでは無い』)
「うん――ありがとう」
鎧から、妖力を――眩い真紅。
魂から、霊力を――澄んだ翡翠。
剣より、混淆し――鮮やかな紫紺。
(『より深く混ぜれば黒になる。だが、今はそれで十分であろう。さぁ、同調せよ』)
深く、深く、深く。
走りながら、ゼノに同調していく。
深く、深く、深く。
だめだ、私の同調だけでは足りない。
なら。
「汝は人、汝は魔、汝は界を異とする隣人なれば、その身は【魔鎧の主】と知れ♪」
持っているモノで、足せば良い。
(『反発といっても、魔力と混ぜる程ではない。あんなものを混ぜられる存在は正真正銘の怪物であろう。霊力と妖力ならば、リスクの暴発も、せいぜい疲労が溜まる程度のことだ。この感覚を忘れることなく、畏れず使え。我が主よ』)
ゼノの言葉を聞きながら、駆け抜けていく。
苦し紛れの泥はエストが落とす。駆け上がるべき階段は、鏡先生が作ってくれた。
ここまでお膳立てされて、出来ないなんて弱音は言えない。言う、つもりも、ない!
「【彼岸――」
紫紺の光を大剣に宿して。
白銀で作られた階段を駆け上がり。
『や、やめ、やめ――』
竜の額。
恐怖に歪む装儀の顔へ。
「――涅槃寂静】!!」
『――ろォォォォォォオオオァァァァァァッッッ!?!?!!』
大剣を、振り下ろした。
「この世界から消え去れ、バケモノ!」
それは、斬撃とは言えない。
ただ集束された光の帯が、紫紺に染まり、装儀を断つ。
そして、誰をも傷つけてきた悪意の泥は、紫紺の中へと消えていった。
『これより、試練を終了とする』
「ああ。さぁ、エスト。目覚めの時間だよ」
鏡先生の言葉に、エストはただ力強く頷く。
「ま、また、外でね」
「ありがとう――助けてくれて、ありがとう。静音!!」
そして、光が満ちる。
眩いほどの光。突然の浮遊感。腕輪にゼノが戻る感覚と、鏡先生に抱き留められる感覚。
やがて、まるで宇宙に放り出されるような感覚とともに――意識が、浮き上がった。
目覚めの、時間だ。




