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そのきゅう

――9――




 ずっと、今よりもずっと小さい頃だった。

 ぼくたちがずっと暮らしていた、あの、小さな森で、身体の弱かったママはあっさりといなくなってしまった。

 ぼくたちのように“天装体”が砕けたのではなくて、魂が砕けてしまったというママ。アクマとのセンソウで呪いを掛けられて、ずっと苦しんでいたママ。ぼくが気づけていたら、なにか、変わったのかな?



『そうだ。おまえが気づかなかったから、おまえのママは死んだんだ』



 パパは、エストのせいじゃないって言った。

 でもそれから、シゴトだと言って家にはほとんど帰らなくなった。天界に、帰る訳でもないのに。



『パパは本当は、おまえのことが憎いのさ。だから家に寄りつかない。そうだろう?』



 そう、なのかな。

 パパは本当は、ママを守れなかったぼくが、憎いのかな。



『誰もおまえのことは見てくれないよ

 誰もおまえのことなど愛していないよ

 誰にも顧みられることがないのなら

 誰にも見つからないこの場所で、大人しくしていれば良い』



 そうなんだ、ぼくは、誰にも愛されないんだ。

 だからパパは、ぼくのこともママのこともいやになって、他の女の人がよくなっちゃったのかな。

 ずっと、ママがいちばんだよって、いっていたのに。



『そうだ、だから一度、こうやって距離を置くんだ。そうすればきっと、パパもおまえが恋しくなるよ。外の女などくだらないって、気がついてくれるよ』



 そっか。

 なら、もう寝てしまおう。

 きっと、目が覚めたらパパが居て、ママが居て、ぼくのことを愛してくれるよね。



『ああ、そうだとも、くひっ、ひひひひっ、ひひゃはははははははっ』



 パパ、ママ。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 たくさんたくさん、謝るから。だから、どうかぼくを、愛し――




「あ、愛して欲しいって望むのなら!」




 ――え?


「愛して欲しいのなら、そう言わないと伝わらない! 寂しいなら、寂しいって訴えなきゃ誰も振り向いてくれなんかしない! 本当に誰もあなたのこと見てないの? 本当に誰も、あなたのことを顧みないの? 違うよね?」


 だれ?

 だれ、だろう。でも、なんだか、すごく……かなしそうな、声。


「す、少なくとも、観司先生は見ず知らずの、敵意しか向けなかったあなたのために心を砕いている! 鏡先生だって、どうやったらあなたが傷つかないで済むのか一生懸命考えてくれた! シシィさんだって、あなたを助けたがっていた!」


 みつかさ、みち。

 パパのことを、取ろうとしたひと?

 なんで? ぼくなんか、居なくなればいいんじゃないの? そうすれば、パパはあのひとのものになるのに。

 かがみ、なな。

 英雄のひとり。パパにもぼくにもなんの関係もない、見ず知らずのひとなのに、なんで? なんで、ぼくのことを、助けようとしてくれるの?


「もっと周りを見て! ま、待っているだけじゃなにも変わらない。差し伸べてくれる手を取らないと、周りのひとだって、あなたを助けられない。欲しいモノは、口に出して、あなたに優しくしてくれる人にそう言えば良いの! ――わ、私も、そうだったから……」


 おねえさんも?

 おねえさんも、そうだったの?


「……うん、そうだよ。ずっと逃げてた。ず、ずっとずっと、私を見てくれる人なんていないって、思い込んでた。でも、陸奥先生が手を差し伸べてくれて、観司先生が助けてくれて――鈴理が、“友達になりたい”って言ってくれたから。夢が、リュシーが、私のことを見てくれたから、その手を取りたいって思った。ねぇ? エスト。伸ばしてくれる手に気がつけなかったら、その手を自分から受け取らなかったら、世界はいつまでも凍り付いて見えるんだよ?」


 ぼくにも、できるかな?


「できるよ。だ、だから……この手を取って」


 のばされた手は、黒くてゴツゴツとしていた。

 まるで、鎧のような手だった。でもどうしてだろうか。ぼくの眼には、その鎧の中に、白くて綺麗な手があるんだってわかった。


『――グゥッ、止めろ、そんなことをしたら、パパはおまえを見てくれないぞ!』

「うるさい……もう、ぼくは、おまえの声には惑わされないぞ!!」


 だからぼくは、その手を取る。

 冷たい鎧のハズなのに、どこまでも温かい、その手を。


「お願い、おねえさん。ぼくを――助けて!」

「うん、任されたよ――完全解放・試練承認・我が意に応えて彼の者に練達の機会を!」

『ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメ――』


 光が満ちる。

 ああ、綺麗、だなぁ。













 ――試練承認

 ――闘技場開放

 ――試練対象:エスト・静音・七

 ――解放条件:笠宮装儀の思念体の撃破





 ――試練場・展開






















――/――




 光が満ちる。

 ゼノの手甲に握られた、幼い手。

 ただ、懸命に握られた手に、安堵を覚える。


 この手は“私”だ。

 自分の殻に閉じこもって、自分は不幸だと決めつけていた私だ。

 伸ばされた手に気がつけなかった、幼い私の手だ。


「も、もう、大丈夫だよ」

「え? あ、あれ。お姉さんが、ぼくを、助けてくれたのか――そっか」


 手甲を解いて、ゼノを分離。ゼノは何も言わずに、そっと寄り添って佇んでくれた。


「迷惑をかけて、ごめんなさい」

「いいよ。ゆ、許します」

「――それから、その、ありがとう」

「うん、よく言えたね。えらい、えらい」


 それからそうやって頭を撫でてあげると、エストは大きな瞳から、一筋の涙をこぼした。

 きっと、こうやって一人で抱え込んで生きてきたのだろう。本当は、素直にお礼も言える子なのに。

 ――オズワルドは、本当に中のひとと交換した方がいいのではなかろうか。


「さて、無事そうで何よりだ、気分はどうだい? エスト」

「か、鏡! ――ぼくは大丈夫、だよ。その、助けてくれてありがとう」

「僕は、僕の好きな人たちのやりたいことを助けただけさ。戻ったら、お礼は未知に言えば良い。一番、君を助けたがっていたひとだよ」

「ぼくを? ぼくは、あんな酷いことを言ったのに。……いや、ぼくも天使だ。必ずお礼を言って、謝る!」

「そうか、それでこそ“男の子”だ」


 鏡先生は、そう言うと、エストの頭を強く撫でる。

 それだけでふらふらしてしまうエストだが、それでも、私の手は離さない。むしろより強く握っている。ええっと?

 ゼノに視線を向けると、ぐっと親指を立てられた。ど、どういう意味?


「ぐ、ぐがが、いつまで、そうして、いる、つもりだッ!!」

「あ、わ、忘れてた。ゼノ、あれもちゃんと引っ張り込めたんだね」

『無論。我が試練の闘技場史上もっとも簡単な試練だ。我々全員でアレを撃滅すれば良い』

「なるほど。ゼノは静音の装備品扱いか」

『ああ』


 泥の身体を蠢かせて、笠宮装儀はそう吠える。

 そんな彼と対峙する私たちの眼は、どこまでも冷淡だ。


「ぜ、全員で協力して撃退、だよ。エスト、いける?」

「ああ! おねえさんは、静音はぼくが守る!」

「ふふ、そ、そっか。なら、鏡先生の指示に従うこと。できる?」

「鏡はぼくを助けてくれた。だからぼくは、鏡を信頼する!!」


 鏡先生に目を向けると、いつものような穏やかな笑顔で頷いてくれる。

 その、危機的な状況でも変わることのない笑顔に、心強さを感じた。


「ゼノ、この闘技場は“どの程度”暴れても大丈夫なんだ?」

『試練の闘技場の破壊方法はただ一つ。“試練を乗り越える”ことのみだ』

「クス――そうか。よし、エスト、君は戦闘の経験は?」

「雑魚妖魔なら何度か、リック――シシィと一緒に討伐したぞ。得意なスタイルは、円環射撃だ。こういう」


 エストが空中に円を描くと、光輪が生まれる。

 その光輪を投げることが出来るのだとか。指で一個描くと、それを複製できるので一回一回描く必要も無い、ということだった。

 あれ、でも、私もエストも鏡先生もサポートに回ると、ゼノだけで前衛?


「いや、本当に、制限なく暴れて良いなんて、何年ぶりかわからないよ。制限下だったらセブンの方が効率は良いけれど、制限無く、かつ指示出しも兼任するならば、今のままの方が都合が良い」

「か、鏡先生?」


 な、なんだか笑顔が黒い? 気がするのですが……。


「――エストは静音のサポートだ。彼女に来た攻撃の全てを打ち落としてほしい。できるかい?」

「ああ! さっきも言っただろ! 静音は、ぼくが守る!」

「静音は歌による補助。基本的には装儀へのデバフ、弱体化を焦点にして、それ以外は自己判断で動いて良いよ」

「は、はい!」

「それから、ゼノ。君は――“僕と”一緒に“前衛”だ。蹴散らすよ」

『うむ。初見の相手でも連携を取って見せようぞ』

「いいね、心強い」


 鏡先生はそう言うと、白衣の裾をはためかせる。

 装儀は途中までは悔しそうに私たちを見ていたが、急に静かになり、力を蓄えているようだった。こちらが準備をする間、向こうも準備をしておきたい。そういうことなのだろう。


「肉体強化、強化率二百%設定――【闘士の鏡(エンニスフィーシィ)】」

『我が主、静音より授かりし必殺剣、“ゼノる”を見せようぞ』

「そ、それは恥ずかしいからやめて! こ、こほん。――汝は悪、汝は罪人、汝は希望を侵せし愚者。なればその身に纏うは【咎人の枷】と知れ♪」

「静音、その、あの、そのネーミングセンス、ぼくは嫌いじゃないよ! 導け、光輪」


 うぐっ、エスト、それ、トドメだからね……?


『くっ、はははは、時間をくれてありがとうとでも言ってくれようか! 見よ、この真なる姿を! これこそが、我が力の神髄よ!!』


 そう、ズモモモモと巨大化する装儀。

 その姿は、泥で出来た漆黒のドラゴン。コールタールのような泥が、鋭い牙の間から、絶え間なくこぼれ落ちている。

 ドラゴンの額、葬儀の顔はそこにあった。青白い顔色を歪めて笑う姿は、滑稽であり、また、生理的な嫌悪を呼び起こさせて、吐き気を覚える。早くゼノらなきゃ。


「――静音、よく見ておくと良い。ゼノの戦い方は、きっと君の力になるよ」

「は、はい! 鏡先生!」

「それから、これは“ついで”で良い。これでも一応、英雄で先生だ。この身に宿る力も、君の糧となることを祈っているよ」

「っはい!」


 鏡先生の言葉に頷くと、鏡先生はどこか楽しげに笑う。

 まるであの大きなドラゴンを、脅威だとはまったく考えていないような顔で、笑って見せてくれるから――安心する。


『これより試練を開始する。後れを取るなよ、時雨の英雄よ!』

「それはこちらの台詞だよ。合わせてくれ、魔鎧の王よ!」


 広い闘技場の中、鏡先生とゼノが同時に一歩を踏み出す。

 私はそれから目を逸らさないように、白い翼を展開したエストに、小さく声を掛けた。


「が、頑張ろうね、エスト」

「ああ、ああ! やろう、静音!」

「ふふ、頼もしいね」

「うぁ――し、静音はずるい。こ、こんな」

「?」


 視界の端で、頬を朱に染めて目を逸らすエスト。

 なるほど、照れているのだろう。調子が戻ってきた、ということなのかな?

 小さく笑みを零しながらも、走る二人から目を逸らさない。




 この因縁は、ここで決着を付ける。

 鈴理が明日からまた、笑って過ごせるように、するために――!





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