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そのなな

――7――




 荒れ狂う力を前に奮闘する未知たちを、蚊帳の外から眺める。

 注意力が散漫だ。何が英雄だ、何が異能者だ。好いた女性の一人も守れない僕が、いったい何の役目を授かれるというのだ。

 気を引き締めろ、鏡七。僕は慢心を許されるほど、“あの頃”から成長している訳ではないのだと、自覚しろ。


「鏡先生」

「杏香か。どうした?」

「――あの少年を見捨てる、という選択肢はないのでしょうか」


 なるほど、彼女は優秀だ。取捨選択の上で、鈴理を最上に置いている。だから誰よりも冷静に、誰も言い出せないことを言える。

 だが、声も心も、その波長は震えている。この震えを閉じ込められるようになれば一人前だが……未知は、この世の中で、そうさせたくはないのだろうね。


「彼が天使ならば、その身を覆うのは天装体だ。壊しても魂は天上に還る。だが、聖人ならばともかくあの年頃ならば、まだコントロールも未熟。魂に傷が付かないとは言い切れない。そうなると……」

「なるほど。観司先生が、“子供が傷つく”ということを、許すはずがないということですね」

「……ああ、そうだ。流石、未知の弟子だね。よく観ている」


 とは言うが、実のところ、理由はもう一つある。

 むしろ天装体を持つ天使であるのなら、未知は最後は躊躇わない。未知は、自分の心が傷つく“程度の”ことは、平気で後回しにするからだ。

 それよりも気にしているのは、十代半ばの子供たちに、子供を殺してしまうような場面を見せたくはないから、だろうね。魂の傷は修復できる。けれど、心の傷はそうではないから。


「カガミ先生、あの黒い羽根を引っこ抜くとか、むしろ、こう、吐かせるとかは?」

「アリュシカ、君ね……。物理的にどうこうなっている様子ではないから、無駄だよ」

「せ、先生。いっそ半分に切って取り出すのはどうでしょう?」

「えっ、どこを?!」


 だめだ、まとまらない。

 魂とは、大きく三つのパーツに分けられる。その人物そのものと言える“魂核コア”、魂核コアを守護する外装であり、異能の芽生える場所でもある“魂装シェル”、その魂装シェルの上を覆う、後天的な技能や記憶に関わる器官である、“魂壁プリズン”。

 おそらく、笠宮装儀が取り憑いているのはこの魂壁プリズンだろう。魂壁プリズンを侵食できずとも、覆ってしまえば疑似的な魂壁プリズンとして肉体を支配下に置くことが出来る。実体のない妖魔がよくやる手だ。


「ゆ、夢、フィー、手伝おうか?」

「余波を防ぐくらいは余裕よ、余裕。それよりも、立案、頼んだわよ。私、パズルは得意だけど、ゼロから作るのは苦手なの」

「はっはっはっ……右に同じだ」


 そうだ、いつまでもこうしていられない。

 未知の体力だって無限に持つわけではない。そもそもの打開策を考えなければ。

 だが、ああ、いや、待てよ……?


「外装をどうこうしよう、という発想そのものを覆せれば?」


 そう、アリュシカは良いヒントをくれた。

 はき出させる。なるほど、内側から、アプローチをかけるという発想。


「――静音、危険な賭があるのだけれど、乗るかい?」

「はい!」

「即答か。良いよ、わかった」


 それなら僕も、覚悟を決めよう。

 例え、人間の領域から外れることになったとしても――必ず。


「なら、やろう。着いてきて」

「は、はいっ。お願いします!」


 賭けは賭けだが、分が悪くはない。

 なら成功させろ、鏡七。僕は英雄。七人の頂にいるであろうとされる一角。

 ならば、やれないことなどないと、ここで証明をしてやらないと!






















――/――




 光が満ちる。

 あたたかい、ひだまりのような匂いだ。


「ここ、は?」


 光が差している。

 周りは、水晶の壁で覆われている。

 背中に感じる地面は、豊かな芝生のモノだ。なら、ここは外? そもそも、私は何故、こんなところに……?


「静音? ああ、意識が混濁しているのか。大丈夫、気を強く持つんだ。良いね?」


 気を強く?

 鈴理だったら、どうするかな。私はいつも弱いから……違う、そうだ、鈴理!


「っ、すいません。か、鏡先生、ここは?」

魂壁プリズンだ。あの天使の記憶を司る、魂の一番外側だよ」

「で、では、この風景は……」

「ああ、そうだ。あの天使の心象風景さ」


 眩い太陽。

 水晶の壁。

 翠の芝生。

 小高い丘。

 質素な家。


 澄んだ空気と、小鳥の舞う空。

 子供らしい清潔さと、子供らしくない静寂。


「寂しいところ……ですが、関係ないですね! さ、さぁ、さくっと切り捨てましょう!」

「ははは、そうだね。だが、どこに居るのかは、この夢の中を探し回らなければならない。さしあたっては」


 鏡先生が指さすモノを見て、頷き返す。

 周囲をよく見れば、森や湖なんかもある。けれどまず怪しいのは、小高い丘に建てられた、一軒のログハウスだろう。

 目配せをしてから歩き出してくれる鏡先生を、頷いて見せてから追いかける。まだ、ログハウスまで距離はあるし、ふと、気になったことを聞いてみることにした。


「あ、あの、せ、先生。ぷりずん、とはなんですか?」

「ああ、魂の構成材料さ。資質や根源属性といった、その人物の起源に関わるデータの詰まった、“魂核コア”。“魂核コア”が形成された時、それを守るために生じるのが“魂装シェル”。防衛本能の一環で、第六感ともいえる異能はここに芽生える。ここの容量で霊力や魔力を扱える量が変わることもある。つまり、先天技能だね。その更に上に位置するのが“魂壁プリズン”であり、ここに宿るのは記憶や技術、あるいは人格といった後天技能だ」

「た、魂にそんなに種類が」

「そうとも。僕はヒトよりも、魂を見る目に優れている。だからこそわかることも多いんだ。誰一人として、同じ形の魂はない。でもね? 特別に美しい魂は存在するんだ」


 憧憬の眼差し。

 澄んだ瞳に、浮かぶ熱。


「そ、それって、あの」

「ああ、未知のことだよ。彼女の魂は特別、美しい。なによりも感動したのは、彼女は僕が知る中で唯一の“二重デュアル魂装シェル”なんだ。おそらく生まれつきなんだろうね。鮮やかな星形の形をした、深く美しい瑠璃色の魂。まぁ、輪廻転生の際にヒトの魂は浄化されるからまずあり得ないのだけれど、まるで、前世の記憶を宿したまま生まれ変わったかのような“魂装シェル”は、胸が躍るほど美しい」


 饒舌に話す鏡先生の横顔は、どこか子供っぽさすら感じる。

 それほどまでに楽しげに語れる、ということは、やっぱりよほど観司先生のことがすきなのだろう。私は、観司先生にこれ以上無いほどに感謝の念を捧げているし、先生としてはとても好んでいる自覚はあるけれど、夢や鏡先生のように思っているわけではない。

 同性婚や同性愛に差別意識はないけれど、恋愛対象に定めるのであれば、私は異性間のそれが良い。ならば鈴理以上に好きになれる人間は現れるのかと問われたら、まぁ。


(鈴理は鈴理という性別だし)


 うん、関係ないかな。


「さ、ついたよ。……ごめんください」


 とんとんとん。

 規則正しいノックの音。次いで聞こえる、のんびりとした声。


「はーい」


 がちゃりと開いた扉に断つのは、美しい金髪の女性であった。


「どちらさまでしょうか?」

「ああ、僕たちは今、この世界にとって重要な少年を探しているのだけれど……知らないかな?」

「あら? “エスト”のことかしら? でしたらあの子は、私の大事な息子よ」


 彼女の言葉に、私と鏡先生は思わず顔を見合わせる。

 だって彼は、あの少年は、観司先生と彼の父が関わりがあるように見えた。だというのに、こんなに美しいお母さんが居る、とは、どういう……ぁ、いや、そうか、“夢だから”、なんだ。


「今、あの子は席を外しているの。でも、そろそろ帰っても良い頃だから――あなたたち、良かったら、パパと一緒にあの子を探してくれないかしら?」


 ……まるで、物語の導入のよう。

 これも全て、あの少年の一人芝居だというのだろうか。でも、こんなことが出来るほどに器用にも、思えなかった。


「……魂壁の夢に登場する人物は、全て少年のデータから作り上げられたものだ。演技ではないけれど、そうだな……あらかじめプログラムを打ち込まれた、ロボットのようなものさ」

「な、るほど」


 そう話しているうちに女性は消え、足音を響かせながら戻ってきてくれた。

 彼女があの、天使の少年の、エストの母だというのなら――エストは母を求めての行動、だったのかも知れない。


「さ、あなた、彼らの案内はお願いね?」

「ああ、任せてくれ、シェリー。さ、君たちがエストを探してくれているんだね」


 笑顔の絶えない、素敵な奥さんだ。

 きっと、父親の方も素敵なひとなのではないだろうか。

 そう思いながら待ち、紹介された男性を見て――


「え、え?」

「は?」


 ――私たちは、同時にぴしりと固まった。




「初めまして。私は“フィリップ”。よろしく……と、どうしたんだい? 顔色が悪いように思えるが?」




 だって、その姿は、どう見ても間違えようが無い。

 あの日、修学旅行で私たちに対峙し、観司先生に消し飛ばされたはずの存在。


「息子捜しを協力してくれるんだってね? ありがとう」




 “フィリップ・マクレガー・オズワルド”その人に、間違いなかったのだから――。





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