表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
217/523

そのご

――5――




 ――静音さんの手から展開された黒い大剣が、泥から形成された人間の首を切り落とす。


『ぎゃあああああああああああああああぁぁぁッ!?』


 当然、泥だから血が噴き出ることはない。だが、黒い泥が更に溢れて、七が最初に張った結界に溢れていった。


「鈴理に寄生することしか能の無い泥人形の分際で鈴理の日記にまで取り憑いて不快な文章を見せつけられるこちらの身にもなってみるといいよ。それはなに? 悪趣味なポエムなの? 思春期の子供でもしないよそんな幼稚で稚拙で醜い真似は。あなたのような人間が居るから鈴理みたいな優しい子が苦しまなきゃいけないのだったら直ぐさま私たちの目を汚したことを謝罪しながら跡形もなく消滅なさいよ寄生虫」


 淡々と、息継ぎ一つする事無く言い切った静音さん。

 そんな静音さんに良い笑顔で親指を立てながら、背中をさする夢さん。

 黒い笑顔で左目を黄金に輝かせながら、銃を構えるアリュシカさん。

 目を伏せているけれどハンマーを持つ手が小刻みに震えているドンナーさん。

 眼鏡をあげて、眼鏡に光が反射しているせいで表情がわからない香嶋さん。


「怒るタイミングを、逃してしまったわ」

「は、はは、僕もだよ」

「ヤマトナデシコとはスゴいんだな……」


 鈴理さんと特別に親しい私はもちろん、身内に非常に優しい七も、先生として教師道に目覚めたロードレイス先生も、鈴理さんに対する笠宮装儀のやり方に深く重い憤りを覚えていた。

 けれどその怒りが爆発する前に、静音さんを筆頭にみんなが見事に爆発して、私たちは完全に出遅れる。

 だが、それならそれで構わない。私は彼女たちのフォローに回ろう。そう七とロードレイス先生を見ると、意図を察して頷いてくれた。


『なんだ?! どこだここは!! 鈴理はどうしたァァッ!!』


 泥から首を再生した装儀が、忌々しそうにそう叫ぶ。

 本来は、鈴理さんに読ませて発動するような呪いであったのだろう。要領の良い鈴理さんが干渉制御を装儀ほど操れていないことは疑問だったが、なるほど、ここまで嫌がらせに心血注いでいれば、それはもう上達もすることだろう。

 当然、褒められた理由ではないし、評価をするつもりもないが。


「あんたの汚い口で鈴理の名前を呼ばないでくれる?」


 夢さんがそう、全体の位置取りを確認しながら告げる。

 部屋の中央に泥装儀。囲むように、扉側に静音さんと夢さん。その後ろに私とロードレイス先生。ホワイトボード側に香嶋さん。その向かいにアリュシカさんとドンナーさん。いつの間に位置取りを変えたのか、窓を守るように七が立っている。


『キヒッ、キヒヒヒッ、そうか、わかったぞ! おまえたちはあのどうしようもない小娘の、親にも見捨てられた憐れな娘の庇護者だな!? ヒヒヒヒヒッ、ならばおまえたちを殺せば、また、鈴理の泣き顔が見られるというモノだ!! アヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!』

「黙って、黙れ、黙りなさい! す、鈴理はちゃんと乗り越えた! ご両親とたくさんお話をして、たくさん眼を腫らして、あなたから受けた傷を乗り越えた! 向き合うことは怖いことなのに、思い出すことは辛いことなのに、過去の傷より重く苦しいモノなんかないはずなのに、鈴理はちゃんと乗り越えた! 鈴理の、私の親友の勇気を貶すような真似は――」


 叫びながら、静音さんは涙を流す。

 その手に漆黒の大剣を持ち、海の様な色の瞳に決意の炎を燃やし。


「――鈴理の親友の私たちが、絶対に許さない!!」

「よく言ったわ、静音! 【起動術式スタートワード忍法ニンジャ・スペル】!」


 怯む泥装儀に言い放つ静音さん。

 彼女の力強い声に応えるように、夢さんが飛び出す。


「全員、夢に追従。静音さん、フィフィリアさんは前衛特攻、私とアリュシカさんで援護します。――笠宮鈴理は私の姉弟子よ。お姉さまの妹を貶して、生きてここから出られると思わないことね」


 ああ――強くなったね。

 向き合う心。戦う勇気。思う優しさ。

 彼女たちの成長が、何よりも嬉しい。だから。


『“干渉制御ロジック・コントロール”――“意識相違デミ・デジャブ”』


 泥装儀の身体がぶれる。

 あの日、鈴理さんの身体を操った時に森に展開させていた、“違和感を感じさせない”結界によく似た力。


「【速攻術式セット窮理展開陣(ハイアナライズバレル)展開イグニッション】」


 解析。

 そう、なるほど。


「みんな、泥装儀は場所を解らなくする結界を張っているわ!」

『なにィッ?! 何故わかった!?』

「――アリュシカさん、援護射撃中断。位置取りを“視て”伝達に切り替えて」

「わかったよ、キョウカ。導け、【啓読の天眼】」


 香嶋さんが素早く指示を出し、それにアリュシカさんが答える。

 泥装儀の行っていることは単純だ。実際に彼が立っている場所と、目に見える場所がズレる、というものだ。それを使って逃げて、力を蓄えようとでもしたのだろう。

 だが、そんなことを見逃すほど、私たちは甘くはない。


「ゼノ、切れる? ――そう。行くよ」

『無駄だ! おまえたちは詠唱したであろう? この身を認識し続ける呪詛を!』

「私たちとの縁を切れば良い。そうでしょう? 完全解放・魔鎧召喚・外装装填【ゼノ】!」


 静音さんの詠唱が完了すると、彼女の身体が黒い鎧に覆われる。

 その姿は、常の大柄な黒騎士のモノではない。口元だけ出た兜に、女性らしいフォルムを帯びた黒い鎧。手に持つのは、黒い長剣。


「モード“ワルキューレ”――行くよ、ゼノ!」

『土壇場で習得できる技能ではないのだが、これが友情・努力・勝利の力か。興味深い』


 ……練習しておいた、とかではないんだね。

 泥装儀は力尽くで七の結界を抜けると、身体の所々から浄化の影響による火傷を負いながら、部室の中を“跳ね回る”。泥から泥玉への変身。だが泥玉の中心は装儀の顔になっていて、大変見苦しい。

 打ち落とすか。そう指を構えるよりも早く、稲妻が跳ね回る装儀を撃ち抜いた。


『ギャヒィッ!?』

「いい加減、口を閉じろ。黙って聞いていればぺちゃくちゃと小賢しい。私の鎚から逃れられるとでも思ったのか? ――私はな、貴様のようなモノが鈴理の中に居たことがある過去すら消し炭に変えたいんだ。大人しく、潰されろ」

『な、なんだ! なんだというのだ?! “私”はなにをやっていた? 何故、鈴理につく虫がこんなにも多いのだ!!』


 ――そうか、なるほど。この泥装儀と、あの悪霊の装儀と繋がりはないのか。

 あくまでこの泥装儀は、生前の笠宮装儀が鈴理さんへの嫌がらせの一環として用意したモノ、ということなのだろう。だから泥の装儀は本体が死んだことも、悪霊になったことも、消滅したことも知らない、と。


「【術式開始オープン形態フォーム速攻詠唱クイックワード様式アーム短縮ショートカット制限リミット九回()起動スタート】」


 次いで響くのは、香嶋さんの詠唱だ。

 その響きに嫌なモノを感じたのだろう。泥玉は水たまりのように形を変えると、ドンナーさんの稲妻を素早く避けて、今度は飛ぶ鳥の形になる。

 だが、それでは遅い。


「私は霧。夜の帳に潜む霧――【薄氷舞踏(シノビ・アメージング)展開イグニッション】!」

『なっ、早ッ、ひぎ?!』


 超高速で飛び上がった夢さんが、泥の鳥に蹴りをたたき込む。

 地面にバウンドしながら、今度は力強いワニの形になる装儀。上半身から人間の身体を生やし、我々と戦う気で居るのだろう。

 だがそれは、的を大きくする愚行に過ぎない。


『もう良い! 貴様ら全員バラバラに引き裂いて、鈴理に人間パズルをやらせてやろう!』

「大言壮語ね。鬱陶しいわ。

 【術式開始オープン拘束鎖バインド術式連動インクリース

 【術式開始オープン絶対氷結アブソーブ・フリーズ連動展開デュアルイグニッション】」

『バラバラに、ばらばら、に、ば、あ、え、?』


 泥とて、その属性は水。

 拘束の意味合いが込められた冷気が、装儀の身体を凍り付かせる。


「今よ!」

「【汝は悪、汝は罪、汝の罪過は善なるモノには悼ましい。なればその身は、世より縁断されしことにより、贖罪の果てへと歩み去れ】♪」

『ぐ、来るな、ァァァアアアアアッ』


 凍り付いた装儀の叫び。

 その意思が掴めるモノなど、何もない。

 ただ見据えるは、漆黒の光を放つ、闇色の長剣。


「人の世から消え去れ――!!」


 斬撃音。


『イギッ!?』


 上から下へ。

 大上段に振り下ろされた長剣が、泥装儀の頭から、ワニの腹まで抜けていく。


『ギェアアアアアアアアアアアアァァァァッ!?!?!! 何故だ!? か、身体が保てない?!』


 それは正しく、“縁故”を“断つ”剣だったのだろう。

 装儀の身体がぐずぐずと消え始め、溶け、それに装儀は悲鳴を上げる。


『アア、アアア、アアアアアアッ! 依り代を寄越せ、寄越せェェッ! ひぎっ』


 崩れた身体のまま、扉に縋り付き。

 バチンッという大きな音が、彼を弾く。


「ムダだよ。ボクの結界は、ヨコシマなる存在をハジく」

『聖職者、だとォッ!? まだ、まだだ! まだ遊び足りないんだ! こんなところで、こんな小娘共に!?』


 ぐずぐずと崩れていく彼を、私たちは誰も何も言わず、ただ眺める。

 彼にかけるべき言葉などない。他人を苦しめるための呪詛でしかない彼は、“縁”を断たれた以上、己を保つ術なく消えていく。


「七、念のため」

「ああ、後始末をしておこう。コレは僕たちの学舎に不要だからね。【命に(スフェテー)――ッ、まずい! レイル、結界の強化を!!」

「ッ、ナッ、いや、わ、わかっ……」


 七がナニカに気がついて、詠唱を中断する。

 次いでロードレイス先生が結界を強化するが――それは正しく、“無駄”だった。





――バンッ

「ここだな、あの女の居る部屋は!」





 ロードレイス先生の扉を開け放つ、“白い翼”を生やした少年。

 彼の姿を目にして、誰よりも早く動いたのは――他ならぬ、崩れ掛けの装儀だった。


『キヒヒヒヒヒヒヒッ! やはり私は運が良いッ!! “干渉制御ロジック・コントロール”――“寄生呪実パラサイト・フィクション”!!』

「な、なんだよこれ、う、うわぁあああああああああああっ!?!?!!」


 少年の身体に、泥が取り込まれる。

 泥はそのまま少年の翼の片側を黒く染め上げると――




「く、くくく、くははははははははッ!! 未熟な天使で助かったよ!!」




 ――少年の“顔”で、歓喜の産声を、上げた。





2017/04/03

誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ