そのよん
――4――
魔法少女団の部室に入ると、既に全員集まっているようだった。
みんな、静音さんから事情は聞いているのだろう。少し、強ばったような顔をしている。
「……遅れてごめんなさい。その様子だと、事情は聞いているようですね」
魔法少女団だと、ドンナーさん以外は全員、“笠宮装儀”の事件に関わっている。
その中でも比較的関わりが浅い方であった香嶋さんでさえ、緊張を滲ませていた。あの、あふれかえる妖魔の森のことを、思い出しているのだろう。自分たちが切り抜けられたとしても、周辺への危害がどれほどになるのか、想像も付かなかった現場を。
「い、いえ。お忙しい中、ありがとうございます」
「未知先生、誰か、鈴理に着いていた方が良いんじゃないですか?」
ぺこりと頭を下げた静音さんに続いて、夢さんがそう提案する。
夢さんが思い出しているのは、あの日、鈴理さんが目を離した隙にいなくなってしまったことを思い出しているのだろう。今回、体調を崩したのは純粋な風邪だと診断が出ている。だが、前回のものは風邪ではなく、笠宮装儀が引き起こした現象だったようだ。
あのとき、消息不明となった鈴理さんを捜し回り、誰よりも憔悴して無力感に嘆いていた夢さんだ。焦りは、そう簡単には消えて無くならない。
「大丈夫ですよ、夢さん」
「でも!」
「もう、護衛はつけてありますから。もちろん、前回不覚をとったポチだけでは心配でしょうから、他に最強の護衛をお願いしておきました」
「最強の、護衛? それって――ぁ」
言いながら気がついたのだろう。夢さんは、その可能性にほっと胸をなで下ろす。
そう、今回はポチを通じて、リリーに鈴理さんの護衛をお願いした。それだけではなく看病まで買って出てくれたのだから、リリーには頭が上がらない。
「だから、大丈夫です。私たちは、私たちに出来ること……いいえ、私たちに“しか”できないことをしましょう? 夢さん」
夢さんの、膝の上で握られた手に、アリュシカさんの手が優しく置かれる。
なんだか、うん、大丈夫そうで安心した。
「――さて。未知、そろそろ始めようか」
「ぁ。そうだね、七」
夢さんが落ち着いたことを見計らって、七が声を掛けてくれる。
いつの間に打ち合わせをしたのだろう。七の声に従って、ロードレイス先生が、十字架を扉に立てかけた。
「天使でもナイ限り、トオリ抜けられない結界をハった。コレで、気兼ねナクやれるだろう?」
「レイルが門番をしてくれるからね。僕の仕事は別だ。【魔を祓え】」
ロードレイス先生に続いて、七が机の上に五芒星の陣を展開する。
紫色の、波打つ方陣。その神秘的な光景に、実用的なモノしか眼に入らない香嶋さんでさえ、興味深そうに眺めている。
「魔を弱め、祓うための結界だ。例の“悪意の品”とやらでも、これは貫けないよ」
……なるほど。
そもそも“悪意”とやらを弱めてしまえば、食い止めるも何もない。流石、英雄一万能と呼ばれる七だ。取れる手段が豊富で、助かる。
「さ、静音」
「は、はい、鏡先生。――お願い。限定解放・収納召喚【ゼノ】」
渦巻く黒い光。
静音さんの手が手甲に覆われ、そのまま、手の上に一冊の本が置かれる。
アンティークな装丁に刻印された文字は、Diary。つまりこれは、鈴理さんの“日記”、ということになるのであろうか。
だが確かに、言われて初めて気がつく程度だが、“悪意”を感じる。感情に敏感な七が眉を顰めていることからも、この品に込められているモノが如何に邪悪なモノか、一目瞭然であるのだろう。
「大雑把なことではなく、具体的にどう“悪意”が作用されているのか知りたい。申し訳ないけれど、鈴理の日記を読ませて貰うよ。なにか、切っ掛けが掴めるかも知れないからね」
周囲に、七の言葉を否定する者は居ない。
みんな一様に、“鈴理さんの助けになれるのなら一番確実な方法が良い”。まるでそう、言わずとも通じているように。
「いくよ」
そう言って七が手を翳すと、自然に日記が開かれる。
私たちはそれを、身を乗り出して見ていた。
『9月23日
きょうは たんじょうびぷれぜんと にっき を もらった
がんばる 』
九月二十三日。学校データにも記載されている、鈴理さんの誕生日だ。
三歳の誕生日を迎えて、それから直ぐに祖父に預けられる時間が増えていったらしい。七に目配せをすると、七は笠宮装儀と関わりあるであろうページまで、めくってくれる。
『9月30日
きょうから おじいちゃんと いっしょ
やさしそうで うれしかった』
『10月2日
きょうは おじいちゃんに しかられて しまった
ことばを、もっと、りうちょう? に はなせないこは かわいそう といわれた』
『10月6日
きょうは、おじいちゃんに、もじもちゃんとかけないこは、いらないこだと、いわれた
おとうさんと、おかあさんに、しられてしまうと、すてられちゃう
ないたら、おこられた。おとうさんと、おかあさんに、しられちゃ、だめ』
『10月12日
今日は、おじいちゃんに、おしおきされた。
わたしはわるい子だから、おしいれの中で、はんせいしなきゃいけない。
暗くてこわかった。おじいちゃんにゆるしてもらうまで、ごはんもおみずもなかった。
なにがいけなかったんだろう。聞いたら、自分でかんがえられない子は、すてられてしまうと言われた。聞けない、こわい、すてられたくないよ。』
ギリッと、歯を噛みしめる音がする。自分で発した音かとも思ったが、違う。
音の発信源は静音さんだ。顔を強ばらせて悔しそうにしていた夢さんでさえ、静音さんを落ち着かせようと背中をさすっている。
……怒りで可視化され、翠の燐光のように舞う霊力。静音さんは言葉にする事無く、静かに怒りを堪えていた。
そうか、よくよく考えてみれば、私たちは“アレ”を一度撃退している。その分の余裕があるのだろうが、静音さんとドンナーさんは違う。ドンナーさんは眼を伏せて堪えているようだが、静音さんは今にも爆発してしまいそうですらあった。
「そろそろだよ」
七の言葉に、深く頷く。
そうか。よし。出てきたら滅ぼそう……ではなくて、いや、良いのだけれど。
『11月30日
おじいちゃんがわたしに、今のま
まで良いのかと言う。もっと泣いて、
えずいて、助けを呼んで、ぜつぼうにあがけと、ひゃは
はとわらって、いう。
全てをさし出せばいいと、いう』
――黒い泥が、日記から溢れ出す。
『12月1日
くずだ、という。く
るしめ、という。
しぬことは、許さないという。
むりやり、つめたいおふろに入れられた。
顔を上げたら、笑われた。わたし
をたたいて、よろこんでいた。くらい眼で
みて、わらっていた。
せめて、せめて、せめられ
て、
おまえの
くるしむ顔が、見たいと、言わ
れて』
――ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ/泥が
――ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ/溢れる
『12月2日
いたい、い
たいよ、おじいちゃん。もう、叩かないで。
まだだめだと、おじいちゃんが言う。くる
しくはな
いか、って、優しく言って、
声をあげて、笑う。指
をさして、また、声を
上げて、わらう。大きな声を上
げて、わらって、わらっ
て、笑って、たたく。いたいというと、また、
おこる。怒って、たた
くから、逃げようとして、逃げら
れないことを、教えられる。』
――ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ/まるで泥が意思を持つように。
――ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ/せせら笑うように、蠢いて。
『12月3日
泣いても、
みんな、たすけてくれない。おとうさんもおかあさんも、
だれも助けてくれない。わたし
を助けられるのは、おじいちゃんだけ。おじいちゃんは、
かがみを見ろという。鏡の中にいるのは、だれにも助けても
らえない、
しにぞこないで、何ももっていなく
て、弱くて、悪いところだらけで、
うそつきでおくびょうで、なんのとりえもない
つまらない人間だといって、おじいちゃんは、く
ろく濁った眼で、鏡の中のわたし
に指をさして、
笑
え、
と
いって、
どなる。』
――ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ/黒い泥だ。
――ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ/まるで、コールタールのような。
『12月4日
おまえのような人間は、お
まえのような人間は、おま
えのような人間は、おまえ
のような人間は、おまえの
ような人間は、おまえのよ
うな人間は、おまえのよう
な人間は、おまえのような
人間は、おまえのような人
間は、おまえのような人間
は、おまえのような人間は
私に全てを投げ出して、私
に全てを投げ出して、私に
全てを投げ出して、私に全
てを投げ出して、私に全て
を投げ出して、私に全てを
投げ出して、私に全てを投
げ出して、私に全てを投げ
出して、私に全てを投げ出
して、私に全てを投げ出し
て、私に全てを投げ出して
全てで奉仕して、全
てで奉仕して、全て
で奉仕して、全てで
奉仕して、全てで奉
仕して、全てで奉仕
して、全てで奉仕し
て、全てで奉仕して
死んで、死
んで、死ん
で、死んで
ゆくのだよ、ゆ
くのだよ、ゆく
のだよ、ゆくの
だよ、ゆくのだ
よ、ゆくのだよ』
「ッいけない、これは鈴理の日記じゃない! “詠唱”だ!!」
七の叫びとともに、泥が溢れる。
ぬちゃり、ぬちゃりと形成された泥に、魔導術式を――
「限定解放・剣技召喚――いい加減、黙って。切り裂け、【ゼノ】」
――用意する前に、漆黒の大剣が泥を切り捨てた。
2019/01/07
誤字修正しました。




