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そのさん

――3――




 放課後になると、私とロードレイス先生と七は魔法少女団の部室に向かっていた。

 時期的に重要な業務もなく、瀬戸先生に念のため部活に顔を出したい旨を説明すると、なにか振り分けなければいけない業務があっても保留にして置いてくださるそうだ。

 瀬戸先生には頭が上がらない……こともないか。私の“あれ”、結局はぐらかされたままだし。


「そうか、レイルは十三秘宝の家なんだ」

「アア。キミはカガミだろう? 退魔五至家といったかな」

「英雄ではなくそちらで呼ばれるとは思わなかったよ。けれど、そちらとは余り関わりが無いんだ。色々と複雑でね」

「ナルホド。日本のエクソシストも向こうのエクソシストも、さほど変わりは無いということだね」

「ははは、そうだね」


 道すがら、ロードレイス先生と七はそう、どこか楽しげに会話をしていた。

 初対面ではどこか一瞬、空気が重くなったような錯覚も受けたのだけれど……うん、気のせいな様子で本当に良かった。


「――そういえば七、獅堂はどうかしたの?」

「オヤ? キミは九條先生とも親しい仲ナノカイ?」

「ええ、はい。幼少期を共に過ごしたことがあるのです」

「オオ、Japaneseオサナナジミだね!」


 そう、一応外部に話をする時は、こんな風に説明することがある。

 といっても、ないとは思うが魔法少女の正体を邪推されても困るので、一定以上親しい人にしかこうは話さない。特専でお世話になった先輩、という程度に留めている。

 あまり、親しい人に嘘を吐きたくもないからね。


「獅堂はまだ事後処理さ。レイルと未知で“調査”に当たったようだから知っていることを前提で話すけれど……例の“天使薬”の関係で、ね」

「! そう……。それでここのところ、忙しかったのね」

「ああ。本来なら僕も駆り出されるところなのだけれど……“心理系異能者”が特専から長く外れる状況は、防犯上、好ましくないからね。僕だけ戻されたんだよ。くくっ、獅堂、悔しそうにしていたよ。早く戻りたい、の一点張りだったからね」

「ふふふ、獅堂の言いそうなことね」


 獅堂はあれで、威力を抑えてしまえば万能性の異能者だ。

 身体を“炎”に変えれば、おおよそ潜入できない場所もない。調査と言うことであれば、熱探知で夜目も利くなど、彼一人で多くの仕事をこなすことができる。

 そうか、でも、それで中々帰ってこられないのか。戻ってきたら労ってあげよう。




「――見つけた」




 と、ふと、背後から声が聞こえて立ち止まる。

 振り返ると、そこにはパーカーに短パン姿の少年が、メイド服の少女と共に仁王立ちをしていた。少年は金髪碧眼の整った顔立ちで、年の頃は高く見積もっても十一か十二。

 少女の方は白髪に珍しい虹色の瞳で、年の頃は十四からせいぜい十六程度だろう。クラシカルなメイド服の前で手を合わせ、楚々と佇んでいた。


「ええと、小等部の生徒かな? こんなところで、どうしたの?」

「マイゴかい? ……ハテ、どこかで見たような気も?」

「……? 気配が、妙だ」


 ロードレイス先生と七の、妙な反応が気に掛かる。

 一定以上には近づかないように。けれど、同時に警戒心を悟らせないように微笑みかける。すると少年は頬を朱に染め目線を逸らし、キッと睨み付けるようにして私を見た。え、えぇ?


「オマエが、観司未知だな!」

「ええと、そうだけれど……あなたは?」

「ぼくのことはどうでもいい! ぼくは、オマエを“せいばい”しに来たんだ!」

「せいばい……成敗?」

「そうだ!!」


 どうしよう。これから静音さんの見つけてきた、“鈴理さんを蝕む可能性のあるもの”について調査をしなくてはならない。なるべく急ぎで行いたいから、おそらく勘違いであろう彼に付き合う時間も、惜しいのだけれど……。

 ううん、でも、こんなに真剣に訴えかけるのであれば、やはりなにか、知らぬところで気に障ることでもしてしまったのだろうか。睨み付けたままの彼になんと声を掛けたら良いのか、迷う。


「ぁ」

「なんだよ?」


 そうこうしているうちに、巡回中とみられる瀬戸先生と陸奥先生の姿が彼の背後に見えた。良かった。一度、申し訳ないけれど瀬戸先生方に事情を聞いて貰おう。

 ほっと一息吐いて瀬戸先生を見ると、あちらも気がついて、陸奥先生と共にこちらに向かってきてくれた。でも、そうすると、足音で少年も気がつくわけで。


「なっ……おまえ、また男か!」

「また? ええっと、どういうことなのかな?」


 学生時代だったら、“私の彼氏を奪った!”とかで女の子に絡まれたことがあったなぁ、なんて、唐突に思い出す。あのときは結局、誠心誠意話し合いをして、じっくりと悩みを聞いて、頭を撫でながら泣かせてあげたら翌週には“お姉さま”呼ばわりされて――いや、やめよう、この思い出はどう掘り下げても黒歴史だ。

 うん、その時のことはなんの参考にもなりそうにないね。他に、思い当たる節はあったかなぁ?


「観司先生。どうかなさいまし――」

「オマエがパパだけを見るなら我慢しようと思った! でも、こんなのあんまりだ! ママからパパを寝取っておいて、他の男も侍らすなんて!!」

「さすが坊ちゃま、暴論にございます」

「――は?」


 硬直する瀬戸先生。

 崩れ落ちる陸奥先生。

 開いた口がふさがらない私。

 首を傾げるロードレイス先生。

 私の隣で黒いオーラを噴出させる七。


「ね、ねと、ねとった?」

「そうだ! そうだろう?! シシィ!」

「わたくしはなにも言っておりません、坊ちゃま」

「ほらみたことか!」


 いや、メイド服の……シシィさん? は何も言っていないようだけれど?

 というか、寝取ったってそんなことがあるはずない。というか私はそう言った意味で男性と同衾をしたことすらない――って、これは今は良いか。


「亮治、国臣、なにをしているんだい? 見たところ彼らは学外の人間だ。子供といえど

不法侵入ならばそれなりの対応があるだろう?」

「そうですね、鏡先生。君たち、事情は我々が聞こう。着いてきてくれるな?」

「いやだね。ぼくはまだこいつに用が――」


 瀬戸先生の提案に、けれど少年は突っぱねようとする。

 そうだよね。これくらいの年の子が、すんなりと言うことを聞くとも思えない。口を挟もうかと迷っていると、すかさず、立ち直った陸奥先生が、さっと少年の前に屈んだ。


「お菓子もあるから、おいで」

「――しょ、しょうがないな! 行くぞ、シシィ!」

「坊ちゃまがそれで良ければ」


 おお、うまい。

 少年は一度、私を強く睨み付けると、陸奥先生たちに先導されて去って行く。なにも解決できてはいないけれど、ひとまずなんとかなって良かった。


「嵐のようでしたね」

「ハハハ、まったくだよ。ボクの姉にもあれくらいの可愛げがあれば良かったのに。ところで観司センセイ? カレの言っていた、“ネトッタ”とはどういった意味の言葉なんだい? ハズかしながら、スラングはわからないトコロが多くてね」

「レイル、未知、さっさと行くよ。――まったく、困ったモノだよ。どこの誰が“パパ”なのか知らないけれど、本当に、ね」


 ああ、また七が黒い。

 でも、うん、どうすることもできなくて、そっと目を逸らすに留める。


「シカシ……」

「どうかしましたか? ロードレイス先生」

「ああいや、サッキの少年なんだが、ヤハリどこかで見たような気がするんだが」


 そう、首を傾げて唸るロードレイス先生の様子に、首を傾げる。

 どこかで見た、ということは、ロードレイス先生の知己の人物に、その、“パパ”という濡れ衣を着せられている男性が居る、ということだろうか。

 だとしたら、なおさら繋がりが解らない。ロードレイス先生は、今回の赴任が初めての日本だという。ということはその知己の人物も、海外在住の人間、ということになるだろう。だったら、私に繋がりのある海外在住の方、なんて、果たして居ただろうか?


「ははは、レイル、やめてくれよ? 僕とて君の知人が“パパ”だったら、“――”のに気が引ける」

「ンンンン? カガミ先生、今なんと!?」

「さて? なんのことかな?」


 爽やかに笑う七と、そんな七の肩を揺らすロードレイス先生。

 二人を横目に歩きながら、さっきの少年のことを考える。妙な厄介事にならなければ良いのだけれど……そ、それは期待しない方が良いだろうか。

 なんとか、無事に収まってくれると良いのだけれど――無理だろうなぁ。


「はぁ」

「未知? ため息ばかりだと幸福が逃げるよ?」

「はは、うん。気をつけるね」

「観司センセイ、キミも大概不運だね」


 知ってます、とは言えずに、苦笑に留める。

 まぁ、私のことはなんとか私で対処をしよう。それよりも、今は、鈴理さんのことだ。

 気持ちを切り替えて、部室の扉に手を掛ける。笠宮装儀の置き土産のことだ、どうせろくでもないモノだろう。なら、今はそちらに集中しないと!



















――/――





 ――あたまがぐるぐる。

 ――しかいがぽやぽや。

 ――のどのおくが、ひりひりする。




「あー、うぅー」


 なんだかただの風邪っぽい、なんて、強がって夢ちゃんを送り出したのだけれど、久々に重い風邪みたいだ。こんなの、寄生虫おじいさんに真冬に寒中水泳(着衣)させられた時以来だ。

 口から零れる声は、雑音にしかならずに消えていく。うぅ、お水飲みたい。


「みぃ、うぅ」


 起き上がって、上体を起こして、うぅ、きもちわるい。

 でも大丈夫。今回は一人だ。昔みたいに、看病どころか邪魔をしてくるような相手は居ない。たったそれだけのことが、なんと心強いことか。がんばれ鈴理、ふぁいとだ鈴理。


「はい、お水」

「ありぁとぅ」


 差し出されたコップを受け取って、なんとか両手で水を飲む。あ、湯冷ましだ。助かります。

 なんとか、もう、本当に“なんとか”呑みきってコップを返すと、肩を押して寝かせてくれた。頭に置かれるのは、氷嚢だろうか。なんだかよくわからない、ひんやりとしたもの。


「きもひぃぃ」

「ホントに風邪なのね。人間って脆弱。まぁ良いわ、いつか未知が風邪を引いた時のために予行演習を言い出したのはこの私。感謝しなさいな、鈴理」

「あぃがとぅ」

「ふふ、どういたしまして」


 ひんやりしたものは、小さな手だった。

 なるほどそうかー、手だったのかー、気持ちイイなー。


 って、あれ? 手?


「はや、られ?」

「誰? かしら。ふふ、当ててごらんなさいな」

「ほぇ?」


 ぼんやりとした視界で、声の主を見る。

 編み込まれた紫色の髪と、アメジストのような瞳。小柄な身体を包み込むのは、特徴的なゴシックロリータ。あれなんだか、すごく見たことがある、というか。



「りりー、ちゃん?」



 わたしの答えに、少女――リリーちゃんは満足げに頷いた。

 よくよく見れば、リリーちゃんの横には子犬サイズのポチもいる。


「ふふ、正解よ。間違えたらオシオキだったのよ? 悪運が強いわね」

『ほう、お仕置きか。内容をつぶさに聞いても?』

「ポチはダメに決まっているでしょう?」

『残念だワン』


 そっか、来てくれたんだ。

 そう思うと途端に、心がぽかぽかとあったかくなった。えへへ、嬉しいなぁ。


「さて、望みはあるのかしら? 今日は可能な限り聞いてあげますわ」

「な、ら――ごほっ、ごほっ」

「ああもう、無理はしないの」


 ぽんぽんと頭を撫でてくれるリリーちゃんの手が、心地よくて。


「そ、に、て」

「はいはい、ゆっくりで良いわよ。なにかしら?」

「すぅ、はぁ――そばに、いて? リリー、ちゃん」


 気がつけば、そんなことを口にしていた。


「――……そう。欲のないこと。まぁいいわ、その程度のこと、叶えられないなんて言ったら魔王の名が廃るわ。……満足するまで傍に居てあげるから、光栄に思いなさいな」

「う、んっ。あり、が、とう」

「ん、ふふ。どういたしまして」


 リリーちゃんはそう言うと、また、優しく頭を撫でててくれる。

 その手が不思議と、冷たいのにあたたかくて、わたしの意識は優しく薄れていった。




「お休み、鈴理。ポチ、水を替えてきて頂戴」

『心得たワン』

「……ツッコまないわよ?」

『わふ?』




 ああ、賑やかで、えへへ、嬉しいなぁ……――。





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