そのにじゅうさん
――23――
空気が震える音がする。
風を切って白銀が迫る。
受けてなくても理解する。
「ちょこまかと」
――ブゥンッ!
「ひゃぁっ!?」
“アレ”をマトモに受けたら、ばらばらになっちゃうよ!?
「鈴理、あんた前出過ぎ! 【展開】!」
「っ、ごごごご、ごめん、夢ちゃん、下がる!」
光の剣も。
光の槍も。
光の網も。
光の雨も。
光の円も。
あの白銀の杖の前では、すべてお遊びのような手加減だったのだと理解させられる。
『狼雅』
「させない」
「ポチ、伏せ!」
『わんっ』
口を開けて風を放とうとしたポチ。
オズワルドは杖を手元で回転させるだけで夢ちゃんの鏃を落とし、リュシーちゃんの弾丸を弾き、フィーちゃんの鎚を受け流した勢いでポチに接近。夢ちゃんの指示で伏せていなかったら、白銀の杖はポチの横顔を捉えていたことだろう。
「レイル先生、上!」
「一足飛び?! フィリップ、アナタはいつからカエルに!?」
「ほう? Frogのようにぺしゃんこになるのが望みかい?」
消えるかのような速度。
わたしたち六人プラス一匹をものともしない技術。
圧倒的なまでに、“地力”が違いすぎる――!!
「“我が意に従え”――【聖人の銀十字】!」
――ガッ、ギィンッ!!
「砕けろ、Fakeの偶像よ」
杖の一降りで、レイル先生の十字架が砕ける。
干渉制御で重力に負荷をかけても、翼の一降りでかき消される。
リュシーちゃんの捉えた未来では、早すぎて目に映らなかったという謎の結果。
『羽根を毟って正解であったな』
「な、なぜ?」
『天使たちは“シンメトリー”に力を得る。左右のバランスを崩すだけでも、この有様だ。誰も殺されていなかろう?』
そうなんだ、それでポチは息を潜めて翼を狙ったんだ。
けれど、その上でこの力は、ちょっと辛すぎるよ!
「けれど、まだまだ! 外装形態【眷属呼応・幽体召喚・スコル】!」
わたしの足に嵌められるのは、狼を模した蒼銀の脚甲。
氷結の力を秘めたこれで、地面を滑るように移動する。
「合わせて、ポチ! 静音ちゃん!」
『応ッ! 乗れ、静音!』
「う、うんっ!」
氷結を纏って滑る。行き着き先は、オズワルドの横っ腹!
「本性を現したか、悪魔の眷属よ!」
「いかせナイよ! フィリップッ!!」
滑って、駆け、レイル先生をはじき飛ばしたオズワルドに向かって。
「叩き潰れろ」
「させん! 【剛腕力帯・メギンギョルズ】!!」
「ドンナーか!?」
振り上げられた杖は、フィーちゃんの鎚に止められる。
わたしはオズワルドの視界に入ると、あたかも飛びかかるように見せかけて――
「せいっ」
「なに?!」
――スライディングで通り抜け、足下を凍らせた。
『ワウッ!』
「チィッ! 悪魔の分際で!」
ポチが飛びかかり、オズワルドはそのせいで大ぶりに杖を振ることが出来なくなる。
それなら、素の身体能力がわたしたちほどではない静音ちゃんでも――頭上から、奇襲が出来る!
「限定解放・剣技召喚!」
「上だと?!」
「切り裂け【ゼノ】!!」
轟音立てて降られる黒い大剣。
その一撃は稲妻の如く轟いて、オズワルドの杖を断つ。
「もう、一撃!」
「その程度のこと――はぁッ?!」
大きく後退しながら、体勢を整えようとするオズワルド。
そんなオズワルドに、静音ちゃんは、剣を“投げ”た。
「現体顕現・魔鎧召喚【ゼノ・クロス】!!」
『オオオオオオオオォォォッ!!』
投げた剣が、空中で鎧の騎士に変わる。
黒騎士の魔鎧王、ゼノは、拳を振り上げてオズワルドの腹を打つ。
「ぐがッ、貴様、試練の鎧!?」
『穿て、我が剣』
「待っ――」
ゼノの拳から、生えるように出現する剣。
幅広の両手剣は、まるではじき飛ばすようにしてオズワルドに突き立つ。
『やれ、フェイル』
『ポチだ。狼雅“クロウ=オブ=ロア”!』
剣が突き立ったまま、風の爪撃により弾かれて飛んでいくオズワルド。
地を滑り、ざざざざ、と音を立てて止まる。
「レイル先生は防御結界を。陣形維持!」
「あわわ、うん!」
緩みそうになる気は、夢ちゃんが整えてくれる。
リュシーちゃんは油断なくオズワルドを見据え、未来を見ようとしてくれていた。
「くっ、つぅ」
「リュシー?」
「すまない、フィードバックみたいだ。使いすぎた」
「無理しないでいいから! ……大丈夫?」
こくりと頷くリュシーちゃんの姿に、息を吐く。
未来は、見えないで当たり前のモノだ。気持ちを切り替えて、油断と慢心をリセット。大丈夫。立ち上がってもまだ、戦える!
「――は、はは、は」
ゆらりと立ち上がるオズワルド。
腹から剣が抜け落ちると、剣は粒子となって消えて、ゼノの手元に戻った。
「リュシー、狙撃準備」
「ああ」
ライフルを構えるリュシーちゃん。
わたしたちも、動きに合わせて準備する。
どう来る? どこから来る? 降参してくれたら一番、なんだけど。
「裁きあれ。我が主に抗う愚者たちに、咎人の罪過あれ。我は請う――“御身の名において”」
オズワルドの手に、白銀の杖が復活する。
だが、さっきまでとは違う。杖とは呼べないほどに長くなる棒。棍とでもいうべきだろうか。膨れあがった気配に、警戒を強めて。
『ガッ?!』
ポチが、吹き飛んだ。
「【硬化】! ――きゃあっ!?」
いつの間にか消えていたオズワルドの棍の一撃が、硬化された結界を砕く。
大きく体勢を崩されて、無防備な身体がオズワルドの前に晒された。
「っ【起動詠唱・忍法】、リュシー!」
「【起動】――【射撃】!」
棍の一撃が、リュシーちゃんの弾丸を弾くために振るわれる。オズワルドはそのまま踏み込むと、棍を“伸ばして”リュシーちゃんの肩を打った。
「いづッ?! ああッ!!」
「殺しはしないよ。ただ、異端者の末路を見ていれば良い」
吹き飛ぶリュシーちゃんは、それでも、痛みに堪えながらわたしに向かって頷いてくれる。ただ、“隙は作った。攻撃圏から退け”と、その目が語っていた。
「潰れろ」
「っ」
判断は一瞬。逃げる、避ける、向かう。どれもダメだ。なら!
「“流向制御”!」
「む?」
受け流して、決死の思いで後ろへジャンプ。
復帰したポチに救出され、穴を埋めるようにレイル先生が前に出る。
「はぁッ!!」
「【薄氷舞踏・展開】!」
銀の剣を振るレイル先生が、棍に叩きつけられて横に吹き飛ぶ。
夢ちゃんの高速移動が補足されて、蹴りがたたき込まれる。
「うぐぁッ?!」
「【展開】――つぁッ」
一瞬のことだった。
「ミョルニ――」
「目障りだ」
「――あづッ!?」
フィーちゃんが棍でたたき上げられて、“天井に”叩きつけられる。
「ゼノ、前へ!」
『ぬんッ!!』
「チッ、貴様は厄介だよ。試練の鎧」
ゼノの剛剣が、辛うじてオズワルドの棍を受け止めると、静音ちゃんが“砂の声”でオズワルドの足下を僅かに崩し、なんとか彼を後退させた。
けれど、ほんの一瞬で、半数が身動きも取れないような状況。なんで、なにが起こったの?
「綺麗に異端者のみが残ったか。無益な殺生はせずにすみそうだね」
こうなってようやく、オズワルドの姿が露わになる。
二対一の翼。額から浮き上がった紋様が、腕まで伸びて淡く輝いている。その紋様から感じる力は、吐き気がするほど鋭い“聖”の力だ。
「これには私もリスクがあるんだ。使いすぎると天界に還らなければならなくなる。わかるだろう? 私の会社の社員に迷惑が掛かってしまうじゃないか。だから加減して、加減して、優しく相手をしていたのだが――もう、止めにしよう」
オズワルドが、ゆっくりと歩いてくる。
だというのに、明確に感じる“死”のビジョン。
『ぐっ、天力の開放か』
『ぬぅ、静音、済まないがこの天力の中では我らはただの鎧だ』
「ぽ、ポチ、融合は!?」
『ダメージが加算されるだけだ。止めておけ』
言っているウチに、ハティも解除されて空に溶ける。
悪魔や、悪魔に属する力は使えない。だから、天力の解放?
なら、よく“観察”するんだ、笠宮鈴理! 培った力しか使えないのなら、培ってきた力で乗り越えなければならない。わたしは、狼だから、仲間を守るんだ!
「さようなら、異端者よ」
踏み込み。
目線はわたしに向いている。
でも、違う。歪んだ口元。裁きを施すという言葉。効率よくコトを運ぶには?
「【速攻術式】」
距離はまだある。
「【平面結界・硬化・回転】」
それでも、一瞬で詰められるだろう。
「裁きの時だ」
なら、先読みして動けば良い!
「【展開】!」
――踏み込む位置は、静音ちゃんの前。
「散れ……ッなに?!」
――突き放たれた棍は、静音ちゃんを押しのけたわたしと、わたしの盾へ。
「鈴理!!」
――回転と硬化。逸らそうとするけれど、逸らしきれない。砕かれるだろうけれど。
「だが、このまま!」
――威力は落ちる。すっごく痛いだろうけれど、死にはしない!!
棍が盾を砕く。
突きの形。回転で少しずらすことが出来たから、軌道は心臓から左肩にずれた。ああ、これはきっとすごく痛い。
魔導衣を魔力で強化。穿ち貫かれたら目も当てられない。未加工の平面結界も展開。良かった、間に合った。
「その腕は貰うよ、異端者ッ!」
――ズダァンッ!!
「あぐッ、あああああああああぁぁぁっ!?」
骨の折れる音。
左肩。鎖骨もかな? 眼の奥がチカチカするような強烈な痛み。けれど、致命傷ではない。綺麗に折れてくれた、とも、思う。
「【“霊魔力同調展開陣”】」
だから、ここから、巻き返す。
これから先、どんな後遺症が残ろうとも。
「なんだ、その力――」
「【“心意刃如”】」
みんなを守るためなら、どんなものだって、代償にしてみせる!!
「天力解放――聖錬刃!」
「【“創造――づぁっ!?」
詠唱が中断させられる。
必死の表情のオズワルド。彼の手から延びた光の刃が、わたしの太ももを切り裂いていた。
いやだ。
苦しいよ。
守れないまま、途絶えるのはいやだ。
「よくわかった。おまえは危険だ、笠宮鈴理!」
「ああ――」
振り上げられる棍。
白銀の一撃は、きっと、わたしを砕く。
「――し、しょう」
死にたくない。
死なせたくないよ、師匠――!
――ダンッ!!
「【闇女王の瑠璃茨】」




