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そのにじゅうに

――22――




 駆け抜ける光の槍。

 雨のように降る光の剣。

 網のように絡め取ろうとする光の糸。


「【硬化ハード】! 大丈夫? 静音ちゃん!」


 光を弾きながら、なんとか体勢を整える。

 第四階層で始まった激戦。上位天使オズワルドの攻勢。なんの力が働いて異界に干渉しているのだろうか。――“脱出用”の宝石を砕いても、抜け出すことは出来なかった。


「英雄の気配で異界からはじき出される。良い発想だが無駄だよ。この異界が感知している英雄全ては補いきれないが、そこに込められている力は流れの操作に長けた水の英雄のものだと“判明”している。彼一人の気配くらいだったら、異界に認識させないことも可能だ。なに、私は君たちを絶望させたいのではない。ただ、大人しく改心を約束して、彼女たちを差し出してくれたら良いのさ」

「ふざけんなロリコン! 静音、鈴理、やることは変わんないから気にせずやるわよ!」


 やれやれと肩をすくめるオズワルドに、真っ向からくってかかる夢ちゃん。

 そんな夢ちゃんの言葉が、なによりも頼もしくて、嬉しい。


「うん!」

「き、気にしたりなんか、っしないよ!」


 前線で鎚を振るうフィーちゃんを、歌で援護する静音ちゃん。

 その存在は敵にとっても目障りなのだろう。集中する攻撃を、わたしが捌く。


「【展開イグニッション】! リュシー、弾幕援護から剣に。フィーと交代! フィーは一度、こちらで回復を!」

「わかった! 導け、天眼!」

「くっ、すまない」


 敵――天使オズワルドの攻撃を、リュシーちゃんが剣で弾く。


「ああ、天の眼を持つのか。素晴らしいね。解放後には君にも雫をあげよう」

「お断りさせて貰うよ!」

「ああ、ああ、わかっているとも。異端者に洗脳されているのだろう? 可哀想に」

「あなたに同情される謂われはない! スズリは私にとって、天使なんかよりもよほど価値のある存在だ――ッ!!」


 けれど、オズワルドは悠然と佇んだまま、あからさまに手加減してリュシーちゃんの攻撃を片手で弾いていた。

 彼が力を込めて戦うのは、悪魔の気配がすると言って異端者と呼ぶ、わたしと静音ちゃんのみだ。静音ちゃんは腕輪のゼノ。わたしは、もう気配から悪魔ということらしい。


「え、援護するよ!」

「悪魔の信徒が。いい加減、目障りだ」

「っ【反発バウンド】」


 撃ち放たれた光の槍を、静音ちゃんに当たる前に結界で弾く。

 まっすぐ飛んでいった槍を、オズワルドは指を弾いて消した。


「ぬぅッ?!」

「【展開イグニッション】――槍の影で、見えなかったみたいね!」


 その槍の直ぐ後ろに、ぴたりと張り付くように放たれた夢ちゃんのやじりが、余裕そうに佇んでいたオズワルドの頬を裂く。

 けれど血は流れずに、光の粒子がこぼれ落ちるだけであった。


「――なるほど」


 と、オズワルドの蹴りがリュシーちゃんに放たれる。

 咄嗟に剣を盾にしたリュシーちゃんは、霞むほどの速度で弾かれて、夢ちゃんの背後まで飛ばされた。


「きゃぁっ!?」

「リュシー!」

「君がブレインか」

「っ夢ちゃん!」


 姿が掻き消えたオズワルドが、夢ちゃんの背後に回る。

 突き出される手の形はき手。手刀が、夢ちゃんの腹に向かう。


「打ち砕け、ミョルニル!」


 その一撃が届く前に、フィーちゃんが地面に鎚を落とすと、衝撃でオズワルドの体勢が崩れて、危ういところで夢ちゃんが避けることに成功した。


「汝は影、汝は闇、汝は暗闇を駆ける刃の心。なればその身は、【影の王】と知れ♪」

「っぶない! と、サンキューフィー、静音!」


 夢ちゃんの動きがぶれて、速度が上がる。

 最速最適の影の忍者。前線としての能力を有した夢ちゃんに、わたしが重ねる。


「“干渉制御ロジックコントロール”――“状態保持ステータスホールド”」


 これで、夢ちゃんにかけられた歌の効果は切れない!


「指示を出すわ! リュシーは私と一緒に前線!」

『声ではなくカフスの音声に従って。リュシーは前線に見せかけて狙撃』


 耳から、頭から、同時に響く言葉。


「フィーも前へ、鈴理を静音の防御に回して全員でかかるわよ!」

『フィーは攻勢に出られないフリをしながら、静音の防御。鈴理はあの、持っていた……“犬笛”を、気がつかれないように使って』


 その指示に、はっきりと頷く。


「攻撃の手を増やせば、私を倒せるとでも思ったのかい? 浅はかな! 光あれ!」


 オズワルドの周囲から光の円が無数に出現。

 円は輝きながら回転すると、中心からビームを放つ。そして、ビームを放ちながら縦横無尽に駆け巡りだした。

 そうなると、みんなの様子を気に掛けていられなくなる。とはいえ、夢ちゃんは既にやれることを指示出ししてくれた。ならわたしは、それに従うだけでいい!


「“知覚制御センス・コントロール”――【速攻術式セット身体強化フィジカルエンチャント展開イグニッション】」


 自分に向かう、害意のある攻撃を避ける。

 たったそれだけの知覚制御と、肉体強化の合わせ技。これに常時発動にしてある探知結界が合わさると、擬似的に全てのモノが遅く見える。


「すぅ、はぁ」


 ――規定設定体感より縦軸をY、横軸をX、奥行きをZと仮定。自分の体幹を中心に“知覚”し、物体の動きを“探知”し、最適な行動を“観察推理”し、“強化された肉体”で避ける――。





 ――Y軸三十度X軸六十度Z軸十五度より光線。

「右に一歩。左に【回転ロール】」


 ――Y九十、X九十、Z十五。三秒後にYへ二度傾いた位置で交差。

「跳躍、【硬化ハード】、設置位置を右足」


 ――Y三百 X百九十、Z百八十。

 ――Y二百二十一、X三百四十、Z二百。

「二秒後に接触。一つ目に【反発バウンド】、二つ目に衝突」


 ――Y二十X十Z百七十。

 ――Y百X百八十二Z五。

 ――Y四十九X六十九Z二十四。

「右に三歩、一秒後に右へ一歩、左へターン、左へ移動しながら犬笛、後ろを向いて屈む」





 避けて。

 ――三度修正。

 避けて。

 ――腕に接触、行動可能。

 避けて。

 ――犬笛装着。

 避けて。

 ――左足に接触。行動を二秒修正。

 お願い、応えて。

 ――左手接触。まだ行ける。修正無し。


「ポチ、お願いっ。――――――――♪」


 犬笛が、輝きと共に砕け散る。

 同時に、流れ出した自分の血で足が滑り、転倒。

 だめ、だめだよ。あとちょっと、なのに。


「鈴理ーッ!!」


 夢ちゃんの声。

 光の砲門が、余すことなくわたしへ向く。

 輝きは強く、けれどまだ、犬笛の効果は見られない。仮に犬笛が間に合ったとしても、ポチ自身が召喚されることはないと言っていた。なら、スコルかハティか、いずれにせよ攻撃を防げたりはしない。

 ただ、どうしてわたしは、こんなにも冷静なんだろう。知覚干渉で、周囲の光景が遅く見えるから? いや、違うか。たとえこの光に貫かれても、貸し出された力は発現する。なら、ここで散ったとしても、きっと無駄ではない。


 でも。


「ごめんなさい、師匠」


 お願い。


「たすけて――」

「――ああ。ボクで良ければ、ね――“我が意に従え(Order)”」


 集まる光。

 砕かれる扉。

 十字架が、突き刺さった。




















――/――




(間に合った……)


 ボクの生み出した無数の銀十字が、鈴理の周囲に突き刺さる。

 結界をテンカイ。光をハジいて、守るための技ダ。


「“聖人の銀十字(SaintCross)”――間に合った、ミタイだね」

「レイル・ロードレイス? まさか君が、反逆を? Jokeだろう?」

「フィリップ様……アナタは、ホンモノの天使だったのデスね……」


 アア、ボクは今、天使に敵対している。

 培ってキタ価値観が、じゅくじゅくと音を立てて痛むようでさえあった。幼少より刻み着いていた信仰が、縋ってイタ心が、痛みにフルえる。

 ケレド、それ以上に――怒りで、どうにかナッテしまいそうだった。


「おお、嘆かわしい。まさか君のような敬虔な信徒が悪魔の誘惑に靡いてしまったとでも言うのかい? なんたるTragedyだ! 私は悲しいよ」

「ボクも、悲しく思います。――天使が、守るべきコドモたちに、刃を向けているというコトが」

「守るべきChildren? Jokeはよしてくれ。他はともかく、笠宮鈴理と水守静音。彼女たちは悪魔に魂を売った異端者だ! ――そんなモノを、人間と呼べるはずがない」


 ああ、そうだろう。

 悪魔と共に歩くナンテこと、この御方がリカイできるはずもない。敬虔なる信徒の一員として、ボクに“天の雫(heavenDrop)”を渡したこのひとに、人間をリカイしようと思うスキがあるとは思えない。

 だが、まだボクは、心のどこかで信じていた。信じていたかった。信じることを救いにしたかった。――ソンナ、甘いジブンにハラが立つ。


「君のような優しい信徒を、悪魔の巣窟に放り込んだことを後悔しているよ」

「そうですか。ボクは悔やんでいません。確かに、サイショは潜入のタメだけに入った学校デシタ。ケレド、生徒たちと接するウチに、気がついたのデス」


 当たり前のコトに悩んで。

 ホンノ些細なコトに笑って。

 ただ全力で、毎日を生きている。


 ボクたち教師の役目は、カレラに知識を埋め込むコトではナイ。

 カレラと接して、トモに悩んで、オナジ壁を乗り越えていくコトにコソある。


 それは、幼いボクが、神に縋ったことだった。

 例えばソウ、“彼女”のような先生がボクの傍に居てくれたら、神にイゾンしたりせず、ジブンの道を歩いてゆけたのデハないか。そう、思わせてくれた。


「幼い日、悩むボクを導いてくれた聖書()には、感謝をササゲています。ケレド、それがナゼ、ボクの大事なモノを傷つけさせるリユウになりましょうか」


 ホントウの意味で、教師になるというコト。

 誰かの救いになるタメにヒツヨウなモノは、三十の銀貨と荒縄ではない。

 ただ、寄り添って導く、ヤサシい先導者であればいい。トモに悩んでトモに笑う、闇を祓う光であれば、それでイイ。


「神を裏切ると、そういうのかい? レイル・ロードレイス」

「あえて言いましょう。“(救い)”を裏切っているのはアナタだ、フィリップ!」


 ボロボロの生徒たちを背にカバい、フィリップに十字架を向ける。


「レイル、先生」

「鈴理、ダイジョウブ。ボクは観司センセイほど立派な教師ではないケレド――ボクも、生徒を守る、“先生”だ。キミたちは、ボクがカナラず守る!」


 フィリップは大きくため息をついて、シュウイの光をケス。

 それが矛をオサメるタメの行為ではないコトは、フィリップのマトう空気で直ぐにわかった。まるで、飼い猫に手を噛まれてチが出てしまったとでもイイタゲな、“憤怒”の空気だ。


「残念だ。ああ、ああ、残念だよ、レイル――君ほどの人材を、喪うことになるなんて」


 フィリップが空に手を翳す。

 まるで神の慈悲を請うようなポーズ。

 そのササゲた右腕に降り注ぐのは、コウキな輝き。


「“怒りの日(Diesirae)”」


 白銀の杖。

 巻き付いた茨の紋様。


「夢、ワルいがボクは指揮はフトクイなんだ。ボクの指示もマカセられるか?」

「任せて下さいよ、レイル先生。ズバッと指揮させていただきますから」

「い、一緒に頑張りましょう、レイル先生!」

「Mr.あなたの未来は私が見通す。背中はお任せしますよ」

「神記血継連盟と神聖なる悠久が手を組む――これほど素晴らしいことはありません」


 力強い言葉。

 シンライする生徒の言葉に、励まされる。


「レイル先生――助けてくれて、ありがとうございます!」

「カマワないさ。ダッテ、ボクは、“先生”だからね」


 先生だから、戦える。

 先生だから、乗り越えられる。

 先生だから、ボクは、生徒たちを守れるんだとショウメイしよう!


「神の慈悲だ。塵すら残らず、浄化し尽くそう」

『では悪魔らしく、神の恩恵とやらを喰らい尽くそう』

「なに?! ――ぐぁっ!?」


 フィリップの背後から、風のアギトが襲いかかる。

 風のカタマリのようなソレは、フィリップの翼を一枚噛みちぎり、ボクたちの横に立った。


『やはり実体ではないか。念のため風に妖力を練り込んでいなければ、すり抜けるところであったな』

「ポチ! えっ、なんで?!」

『ふっ、ボスとともに居たのだ。これくらいの融通は利く』


 なんらかのシュダンで来られたのか!

 ボクにこの場のことをオシエてくれたリリーも、そのうち追いつくと言うことか?

 心強い!



「はは、ずいぶんとお茶目な子供たちだ。どれ――少し、“お仕置き”の必要がありそうだね……ッ!」

「全員、構えて。来るわよ!」



 夢の言葉が、広間に響く。

 ホントウの戦いは、これからだ。

 三枚の翼になったフィリップの瞳に宿る、煮えたぎるヨウナ憤怒が、ただそのジジツをボクたちに告げていた。





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