そのにじゅう
――20――
――第三階層。
日の浮き沈みはないので昼夜はわからないけれど、時刻で言えば夜の間に休息を取り、わたしたちは翌朝から再び出発をすることになった。
「どうやって海を渡るか、ね」
「だねぇ」
無人島全域の調査は朝方にだいたい終わり、結果としてわかったのは、これ見よがしに見えている隣の島に移動する必要があるのだろうということだった。
だが、そうするためには海を渡らなければならない。泳ぐには遠いしね。
「イカダを作るのはどうだろうか?」
「しかしリュシー、風がなければ帆も役には立つまい。どうする?」
「そ、それなら、推進力は別で用意したらどうかな?」
推進力は別で、か。
それなら爆発力があれば、なんとかなる?
「わたしが干渉制御で流れを作る、っていうのは?」
「進む方向性を固定する訳ね? でも、時間が掛かるんじゃないかしら」
「うーん、かかっても良いかなぁって」
「スズリの負担が大きすぎるね」
「ああ、却下だ」
「だ、だね」
「むぅ、はぁい」
だめかぁ。
それなら、やっぱり爆発力。それこそ魔導術で推進力を得られるようにするのが一番良いのかな?
「私の術式刻印でイカダにスクリュー仕込むのはどうかな? それなら、私と鈴理が交代で魔力を込めれば良いし」
「そ、それなら私は、う、歌で二人を強化する」
「私も、二人を休憩させている間はミョルニルの稲妻を推進力にさせ、それ以外は警戒に当てよう」
「なら、進路は私に任せて欲しい。海底からどんな障害が出ようとも、全て“見通して”みせよう」
そっか、確かにそれならすんなり行くかも。
あれ、でも、そうすると。
「夢ちゃん、術式刻印って秘伝なんだよね? 使用はともかく、刻むところを見せちゃって大丈夫なの?」
「今更。あんたたちなら大丈夫よ。……信頼してるんだからね」
昨日のことも含めてだろうか、顔の赤い夢ちゃんに苦笑する。
でも、そんな風に信頼して貰えるのが嬉しくて、顔を背ける夢ちゃんの後ろで、わたしたちは顔を見合わせて音無く笑った。
――なんて、経緯を終えて。
特筆することなく予定どおりにコトが進み、隣の島にたどり着く。これで結果が出なかったらまた次の島に移動しなければならないので、イカダには簡易な結界を張っておいた。
「……ねぇ、夢ちゃん。この島」
「見る限り、さっきと形は同じね」
そう、そうなのだ。
まるで量産されているかのような同じ風景の島が、そこにあった。
「まず見るべきなのは洞窟、で、いいかな? ユメ」
「そうねぇ……異論は無さそうだし、それで行こうか」
そうだよね。
洞窟が島の中央にあるのであれば、怪しいのはそれだ。それがわたしたちが入ってきたような入り口か、はたまた出口かトラップかはわからない。でも、わかりやすい進展を望むのなら良い選択肢だとは思う。
「それにしても順調ね」
「さ、先が全く見えない感じはないよね」
「ははは、これもユメたちみんなの日頃の行いさ」
「日頃の行いと言えば、巻き込まれやすい体質はどうなったんだ?」
「ぁ」
フィーちゃんの言葉で、揃って固まる。
森の中を歩き進んで、魔物の一匹にも出会うことなく洞窟の前にたどり着き、こうしてみると確かにすごく不安になってきた。
順調すぎると、揺り返しが怖いよね――!
「充分に警戒。ひとまずそれしかないわ。ただ何が起こっても、慌てず騒がず陣形を組むこと。良いわね?」
「咄嗟にポジションにつけばいいんだね、わかったよ」
「承知」
「う、うん」
「……ついでに、探知結界は常時発動にしておくね。消費の少ない、危機感知のみの」
魔導術で結界を展開。
警戒しながら、少しずつ洞窟を進んでいく。けれど、探知結界は反応することのないまま薄暗い洞窟を歩いて、歩いて、歩いて。
「つ、ついちゃったね」
「揺り返しが怖いわ……。まぁ良いわ、進むわよ」
「ああ。なんにせよ、動かねばなるまい」
歩いて――洞窟の奥に、重厚な作りの白い階段を、見つけた。
もうこうなったら間違いない。第四階層へと続く、道。
「行こう」
誰とも言わず発した言葉に、そろりそろりと動き出す。
思わず呑んだ息が、プレッシャーとなって臓腑を重くしてしまうような錯覚さえあった。
白い階段を一歩一歩踏みしめて下っていく。壁に飾られた水晶が、まるで蛍光灯のように余すところなく照らされていることが、作り物染みた不気味さを演出していた。そのまま、警戒は怠らずに第四階層を始めるための扉を開く。
「……まるでゲームの世界ね」
夢ちゃんの呟きを背中で捕らえながら、探知結界の精度を上昇。
マッピングで突き当たりに追い込まれないように、白い迷宮を歩き進む。敵が出たら即行動。敵が出たら先手必勝。相手のペースに呑み込まれないように、わたしたちのペースでコトを運ぶ。
白壁の一階を抜け。
「……」
花茨の二階を抜け。
「…………」
鋼鉄の三階を抜け。
「………………」
白銀の四階にたどり着き。
「……………………あれ?」
重厚な扉の前で、首を傾げる。
「ね、ねぇ夢ちゃん、敵影……見た?」
「影も形も見えなかったわ。リュシーは?」
「私もだよ。扉も、開けた先に何もない、という未来しか見えない。負荷を考えなければもう少し先まで見通せるが」
「だ、だめだよ、リュシー。な、なにかあったら乗り越える、じゃ、だめ?」
「……ダメじゃないよ。ありがとう、シズネ」
とにかく、開けて入ってみよう。
時間差でミノタウロスが出てくるのであれば、倒せば良い。黒い体毛の牛頭人体ということだ。赤や青で炎や氷が出ているくらいの強化だったら、驚かない。
「では、開けるぞ」
ギィィ、という重い音と共に、フィーちゃんの手で扉が開かれる。
中に広がるのは、だだっ広い部屋だ。奥に鉄格子が見えて、その向こう側には宝箱と階段。部屋の周囲には溝があって、透明な水が流れている。その水の終着地点が鉄格子の向こう側で、五階層に向かってゆっくりと水を流し込んでいるかのようだった。
天井は高く、水晶で出来た照明がちりばめられている。壁の上部には窓ガラスのようなものが嵌められていて、さらにその向こう側にはなんと海が見えた。魚も泳いでいるけれど……ど、どのくらいの水深なんだろうか。
全体の作りは白。縁にあしらわれているのは銀で出来た珊瑚の装飾や模様。部屋の中央には銀で描かれた円形の模様があって、どこもかしこも綺麗だ。神秘的な、ファンタジーの世界だ。
「誰もいないね、夢ちゃん」
「そうねぇ。どういうことなんだか、さっぱりだわ」
陣形は崩さず、行動を始める。
なにもいないのであれば、向かう先は鉄格子だ。下の階に行ってしまえるのであれば、さくさく移動してこの不気味な違和感から抜け出してしまいたい。
声に、言葉に出さずとも、みんな、考えることは一緒なのだろう。誰も何も言わないまま、白いフロアを進んでいく。
「っ、ユメ」
リュシーちゃんの声。
――ギィィィ、バタンッ
同時に閉まる、入り口の扉。
「っはぁ? 全員警戒! リュシー、どう?」
「正面だ! 何か来る!」
正面に向かって陣形を整える。
フィーちゃんが前、静音ちゃんが中央、わたしが右で、リュシーちゃんが左で、夢ちゃんが後ろ。いつもの陣形で構えるみんなに、一切の油断もない。
そして。
――「ほう。異端者にしては悪くない動きだ」
声が、響く。
どこからか響く声。
自然と視線は、リュシーちゃんが睨む方向――斜め上の空間に固定された。
「空が、割れる」
呆然とした、リュシーちゃんの声。
僅か後に、“風景”が歪み、亀裂が入った。同時にわたしたちに叩きつけられるのは、身も凍るほどのプレッシャーだ。
「うそ、え? だって、あれって」
「く、クラウン社の?」
割れた空間から現れたのは、上品なスーツを身に纏う金髪碧眼の男性。
その顔は、見間違えでなければ、つい最近、その姿を見ることになったひと。
「オズワルド社長?」
クラウン社のCEO。
あの日、あの強盗事件で、師匠やリリーちゃんと一緒に囚われていたひとだった。
だがその時とあからさまに違う部分がある。それが――背中から生える、二対四枚の白い翼だ。
「異端者であろうと、私のことは知っているか。だが、こちらも紳士として、挨拶は行おう。それが例え悪魔の信徒であろうとも、正々堂々と相対することこそが正義の証明なれば、ね」
大げさな身振り手振り。
芝居がかった仕草の奥。整った顔立ちを“観察”すると、身震いするほど酷薄な冷笑が垣間見える。
“これ”は、いったい?
「私の名は“フィリップ・マクレガー・オズワルド”。知ってのとおり、クラウン社の社長であり――」
「天使薬の、天使化か?」
「――と、Ms.ドンナー。横やりはいけない。そして、一つ勘違いもしている。確かに彼ら敬虔な信徒たちは、HeavenDropを用いて天使となり、我々に貢献してくれたよ。だから見間違えてしまうのは致しかたのないことだが……可哀想に、異端者と肩を並べているうちに、目が曇ってしまったのだね」
オズワルド社長はそう言いながらも、どこか薄っぺらな態度は崩さない。
哀れみの視線すらも、まるで箱庭で朽ちた人形に向けているかのように軽薄で、現実味が感じられなかった。
その、わたしたちを生物として認めていないかのような視線が――こわい。
「では、改めて。私はフィリップ・マクレガー・オズワルド・ジョフィエル。天使薬による天使化、などというものは私たち――“アーク・エンジェル”がその力を貸し与えたものに過ぎないのだよ、少女たちよ」
それ、じゃあ。
彼は、まさか。
「理解したようだね。私は上位天使……君たちとは隔絶した、異端という汚染を浄化させるために遣わされた、TrueのAngelさ」
宣言する彼の纏う空気は、どこまでも美しく浄化されている。
だからだろう。綺麗すぎる水に魚が棲むことが出来ないように――彼の光は、わたしたちに重くのしかかるようだった。
まるで、足掻くことも許さないような――“運命”という名の、鎖のように。




